2.sterben

 とは言え本当に殺すつもりはない。後藤を意図せず殺したSATの佐藤は正直殺したいが、「意図せず」ならば殺すのは理不尽だろう。つか殺せねぇだろ。
 それに1人で病院行っても誰が俺の担当医だったか知らないから母に事情を話して母と一瞬に病院に行くことにした。幸い母は物わかりがいいのか疑わないのかわからないが明日学校休んで病院に行くことを咎めはしなかった。だからと言って記憶喪失という単語に無反応という訳ではない。そこまで鈍感じゃないぞ。

 んで病院に行った。
 学校の前で頭を撃たれてそのまま即搬送された病院、ということらしいので学校からすぐ近くの病院だった。ついでに学校と俺の家は近いので俺の家からも病院は近い。家から車で10分程度でつく。
 そしてその10分程度でつく病院は総合病院なので駐車場含めて規模がデカい。また、壁の色が白に薄紫が入った感じなので病院と聞いて思い浮かべる印象とは若干違う感じだ。

 その白に薄紫の壁に沿って駐車場の車道と区別するために作られたであろう歩行者用の赤い道を通り病院に入った。空気感染するウイルスをあまり外に出さないかつ空気の入れ替えが可能となる2重の自動ドア、その間に100円でマスクが出るガチャガチャが置いてある。全一種だから俺でも簡単にコンプできるな()。

そしてその自動ドアをすぎれば受付の前に群がって、だが他の人と距離をおいて椅子に座るマスクの集団。集団の数自体は平日ということもあって少ないが、それでも10人以上いるのは数えなくてもわかる。その集団の横を通って受付まで行くのに、病院に慣れてないせいかなんか圧力を感じる。マスクってやっぱり怖いです。何か風邪でも風邪を防ぐ訳でもないのにマスクつけてる奴いるけど少なくとも俺から見たら何か怖いから。

 意識を左側のマスクの集団から前方に戻した辺りで受付の前についた。母が要件、つまり俺が入院してたときの俺の担当医と話がしたいということを伝える。なるほど、俺の担当医は鈴畑先生というのか。
「では鈴畑先生に確認を取ってみますので席についてお待ちください」
 と言って笑顔の対応をした受付の人に軽く会釈をして、マスクはしてないが俺らはマスクの集団の一部へと化した。
 俺の視界には受付番号を表示しているモニターや定形句の如く置かれた花瓶に入った花、貸し出し用車椅子の置き場などが入ってくる。受付番号とかもらってないけど俺らは受付番号無視のパターンとかってことかな。
 んでそのままの状態から約数十秒後、母が突然質問をしてきて俺ら二人の間の静寂を破った。
「本当に10/1に目が覚めたこと覚えてないのかい?」
「……うん」
 俺の返事は声というより喉を唸らせているだけの音だ。
「10/1に目が覚めて、それから落ち着いてから警察の人に事情聴取されて、テロのこと何も覚えてないっていって警察の人達ががっかりしながら帰って……」
「テロのことを俺は覚えてなかったのか……?」

「え? 何さ、ならあんた今覚えてるの?」
 360度どこを見ても温厚な母の顔に恐怖にも似た驚愕の表情が露わになっていた。いや、そこまで驚くか。
「ま、まぁ、覚えてるよ」
「隠してた訳じゃないでしょうね……?」
 恐怖にも似た驚愕の表情とやらを近づけないでくれ。怖い。
「なら覚えてなかったのか? って疑問系にならんでしょ」
 その言葉から3/4拍子ほどおいて、母の表情の恐怖にも似た驚愕の表情が解かれ、アはホ面にも似た温厚な表情になった。
「まぁ、そうね」

「な、なら、聞くけど……」
 珍しく母の声が震えてる。前にこんな声聞いたのは感動系映画をテレビで見ていたときの……、それも絶対時間で計れば半年以上前のことか……。
「あんたテロの時学校から逃げ出したらしいけど、その時人殺しとかしてないでしょうね……」
「あ、いや……」
 記憶を遡る。教室で1人、自転車で逃げようとし、校地外に、後藤さんと出会って、逃げて、遠藤と会って、逃げて、そこで2人目、後藤さんが死んで、遠藤も死んで、学校の前に戻ってきた……、2人か……。
「殺しなんかしてないよ」
 あ、マズッたかなこれは。1人目を殺した時の証人はクラスメイト全員だったな。まぁいい、息子が人殺しなんて認めたくないだろう。

「そう、気遣わなくてもいいのよ……。みんなを守ったんなら非難だけなんかできないはずよ」
 マズッてるやん。
「あ、シマリス君」
「あ、鈴畑先生」
 ん? 先生の方から来たのか?
 とっさに鈴畑先生の声と思われる声が聞こえた方を振り返ってみると、そこには眼鏡に黒い口ひげ、つかチョビヒゲが生え、鈴畑と書かれた名札を白衣につけたオッサンが立っていた。でもなんで先生まで俺をあだ名で呼ぶんだろうか。クラスメイトが見舞いに来たときにでも吹き込まれたか?
「丁度今日はうちの科が休みだったんでね。どうぞついて来てください」
 うちの科? 何だろうな。脳関係なら患者も少なさそうだと思うが所詮素人の予想だな。よくわからん。とりあえずどうぞとは言ったが勝手に歩いていこうとする先生について行く。
「今日はどんな要件で来たんですか?」

 鈴畑先生の声は何だか優しい。後藤さんを思い出すような温かみを感じる。その温かい声に、母のthe母上といった感じの作られた上品な声が反応する。不倫フラグじゃないだろうな。
「それが、何と言っていいのか、息子が記憶喪失、といいますか」
「記憶喪失!?」
 流石にこの声は温かくないな。驚き:温かさ=10:0。すると先生が立ち止まって振り返ってきた。
「シマリス君、具体的にどこら辺の記憶がないんだ? テロの時より前? 後ろ?」
「あー、後です。テロの夢を見ていると思ってて、その夢が覚めたと思ったら昨日で……」
「ん?」
 先生の先生らしからぬ声に驚いて先生をちゃんと見てみると目が点になっていた。ついでに思考も止まっているのかな?
「えーと、私の理解力が足りなかったかな」
「あ、すいません。説明が悪かったですね」

 確かに説明はしにくいだろう、寝て目が覚めると4ヶ月以上過ぎてて、しかもその時の夢の出来事が実際に起きていたらしい、など齟齬なく伝える難易度はラーメンをスプーンで食べる難易度といったところか。
 いや、この例えは余計齟齬生むな。前言撤回。とにかく難しい。のでもう一度言葉にしてアウトプットしてみる。
「えー、まず、6/21、テロがあった日、僕は授業中寝ちゃって、その時テロの夢を見たんです」
「ほう、その夢は寝ぼけて現実と混同した訳ではないんだね」
 鈴畑先生の顔がオッサンから医師になった。切り替えがよすぎて反応に困るね。だが現実と寝ぼけて混同か……、だとしたら馬鹿げた話だがテロ後の記憶がないことの説明はつかない。
「ちょっと、そう言われると自信がなくなるけど、確かに夢を見た感覚でした」
 あの爆風や爆音、血の匂いは正直いうと夢だとは思えない。だが寝ていた。その確信は……、説明はできないがある。
「そうか……。続けて」

「えー、それから夢の中で後藤って人を人質にとったテロリスト達と言い争いして、俺が叫んで、そして夢がさめたら11/13だったんです」
 一応言い終えて続く言葉がなくなった俺は少しうつむいて視線を鈴畑先生から少しずらす。
「私が警察の人から聞いたのはね、君が撃てないと叫んだ直後にテロリストが君の頭を撃ったらしいんだ。だから私が予想するに、それは夢ではなく現実で、頭に強い衝撃を受けたことによる記憶喪失によってテロの体験を夢だと錯覚した、といったところかな」
 筋は通ってる。ひょっとしたらそれが答えかもしれない。
「そうなのかも……、しれません……」
「だがこれは私の予想にすぎない。この予想が当たってるかどうかと、何故君が起きた10/1から11/13の記憶までもがないのかを調べるためにも、私の研究室で話すつもりだったけど精密検査とかをやってみる価値はありそうだね。予定変更です。こっちについて来てください」

「はい」
 と、置物と化した母と一緒に先生について行く。先生も先生で説明が足りないな。まぁ、自分では言いたいことわかってるけど相手がわかってるかどうかがわからないまま話しちゃうからね。
 んで先生について行くと廊下を行き来する入院者の姿がチラチラと目に入ってくるのに気付く。見るからに手助けが必要そうな姿勢で歩行器を使って歩いてる人に、それとは対照的に自販で買ってきたであろうお茶を手に持って早々と隣を歩き去っていった人、レストルームで置いてある漫画を読む人……、どれも病院に馴染みのない俺にとっては新しい世界の住民に等しい。
 また1人目に入ってきた。女の人らしい。ショートカットで堂々とした歩き方でこっちに歩いてきて……、いるあいつは……、

「な、何で、何で遠藤が……!?」
「ん? 知り合いですか?」
 知り合いといっちゃ知り合いだができれば知り合いたくないやつだ。忘れる訳がない。後藤さんを殺し、俺にまで殺すつもりで銃口を向けてきたやつだ。
「久しぶりだな、だがお前にとっては1日振りか?」
 まるで男みたいな言い方も主観時間では1日振りだ。つかなんで主観時間で1日振りだってわかる。こいつ絶対なにか知ってるな。
「あんたここの患者さんと知り合いだったのかい」
「ああ、何で入院してることを示す病衣着てのうのうと入院してるのか知らんがこいつはテロリストだ」
「元な」
 素早い突っ込み訂正。まるで音ゲーかのような反応速度だ。
「ああ、そうでしたね。彼女がテロリストの唯一の生還者なんですよ」
 先生も先生でなんでテロリストを褒め称えるような言い方なんだ。命を助けれたらそれでいいとかいう天才的発想かなんかですか。
「まぁ、でも元なら大丈夫ね」
 おいおいかーちゃん、流石に疑わなさすぎだって。こいつ俺を殺そうとしたんだぜ?

「先生、ちょっとこのシマリス君に話したいことがあるんだ。5分でいいから先にいいですか? お母さんも、頼みます」
 何なんだよ、遠藤が俺に話したい事って。それに先にするってのも図々しい。まぁ精密検査するとか言ってたしそれの後だと流石に遅すぎるのはわかるけど。
「5分程度なら私は別に構いませんが、お母さんは……?」
「ああ、私も構いませんよ」
「ありがとうごさいます。シマリス君、ちょっと来てくれ」
「あ、はい」
 何だかよくわからんが遠藤について行くことにする。んにしても優しい表情ではあるがどうしても遠藤のことを色眼鏡で見てしまうな。それに先生と母に聞かれちゃマズい話か……。
 そして遠藤について行くと人気のない廊下の行き止まりについた。そこで遠藤が俺の目を凝視する。
「まず、これはあなたの夢だって伝えておくべきかしら?」
「え」
 待たれよ遠藤。夢? 将来の夢とかじゃなくて寝てる時に見る方?
「その証拠になるかはわからないけど、私は今死んでいる。でも今生きている」
 哲学の話をするなら全くの範囲外だが。
「私は確かに胸に2発銃弾を受けて死んだ。だがお前が私は生きていると思ったから私は生きている」

 俺が思った? むしろ死ねとなら思ったぞ。
「そもそも私は元から存在していない。あなたが夢を見たから、望んだから私が生まれた。あなたは私の親といったところかしら。シマリスお父さん、フフっ」
 何がフフッだ。1人で勝手にボケるな。俺にツッコミを期待してるなら無駄だぞ。
「あー、シマリスお兄ちゃんの方がお前なら心がぴょんぴょんするか」
 ちょっと待て、こいつ本当に遠藤か? 躊躇いなく人の頭をぶち抜くキチガイか? あ、いやでもキチガイという点は案外当たってるのか。
 つか心がぴょんぴょんする訳ないだろ。銃口向けられたんだぞ。むしろ鼓動が止まるわ。
「そんな訳で私は全ての真相を知っている」
 どんな訳だ。
「まず、後藤を誤射した佐藤っていうSATの話は聞いただろ」
「ああ」

「あいつはお前がちょくえと呼んでいるお前のクラスメイトの存在しえない未来だ。同じ時間に違う時間の同じ個体が存在している。元々ちょくえとやらは警察を一応目指していた時期があったそうじゃないか。その時の志がそのまま時間と共に凍結されて意志が変わることもなかった。その未来の姿がSATのちょくえだ。
 ということはつまりテロの日にちょくえが2人いたということ、お前が夢だと思っていたあの日から既に世界の時間がおかしかったことになる。よってテロが起こったあの日は現実じゃないし、その現実じゃない時間から連動しているこの時間も現実じゃない。お前の夢だ。
 考えてもみろ、あんな街中にどうやって戦車や戦闘機を隠す。夢でなきゃ不可能だ。それに舐めていたとはいえ外に出て防御するやつも配備しないで戦車を運用するのも馬鹿げた話だ」

「え、ちょ、その」
「まぁ、聞け、理解できなくてもぼんやりと頭に残るだけでいい。
 それで、これはお前の夢だということだが、それなら夢から覚める方法はあるはずだろう。だがそれに関しては私は知らない。また、夢であるならどこからが夢なのか、それも気になるだろうが、夢の始まりなどない。つまりお前も元から存在していないんだ。存在していないやつが存在する夢、その夢がさめれば現実では存在しないやつはどうなる? 死という概念はそこにも適応できるのか?

 そこで1つ問題がある」
 1つどころじゃないだろ。
「もし君がこの世界で死んだらどうなる。私は死ぬのか? それとも世界ごと滅ぶのだろうか……、だが恨みは人に平等に分け与えられた。
 警察の記録ではテロリストは全員死亡となってる。私含めてな。私は偶然生まれたバグのような存在だから生きてようが死んでようが関係ない。だがテロリストの生き残りはまだ4人いる。コードネームは蛇王、DUST、闇路、みさくら。そして警察は、この世界の警察は闇だ。お前を囮にしてでもテロリストの生き残りを捕まえようとするだろう」
「え、記録では全員死亡になってるんじゃ……」
 な、何とか話に追い付こうと努力はしてるぞ。ただ棒立ちを続ける気はない。
「一般市民にテロリストが生きていることが漏れてみろ、不安をかきたてるだけだ。だが生き残りがいることを警察は知っていて、その生き残りを捕まえる作戦概要を私は知っているんだ。それがお前を囮とすることなんだ」

「マジか、とだけは言える。要は警察もヤバいんだろ」
「そうだ。だから私はお前に死なれないようにお前を守る。だがお前を守る理由は私が死にたくないからだ。だから命をかけてまで守る気はないがな。さぁ、私は少し話しすぎた。先生と母親のところに戻れ。何か聞きたいことがあれば306号室で入院しているからそこに来て質問してくれ」
 わからなさすぎて何を質問すればいいのかわからんってやつだよ。
「はぁ……銃口を向けたやつが守るのか……、まぁ、この反応からして完全に受け入れた訳じゃないのは察せるだろ。だが俺を殺したりさえしなければ別に構わん。テロリストから本当に守るんなら逆に歓迎だ。それだけは伝えておく」
 理解などしている訳もないが理解したつもりで俺なりの回答を遠藤に言い残した俺は遠藤のもとから歩き去った。

最終更新:2014年10月30日 22:21