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6.death gravity

 鳥が翼を広げるように、俺は両手を広げた。
 空を見上げる。
 そして俺は重力を反転させた。その瞬間、空が白い膜、いや、殻に覆われる。空一面を白が覆い尽くす。
「な……!? 貴様!」
 ちょくえが上に浮かんでいく。建物の一部も、車も、人も、何もかもが上に浮かんでいく。轟く悲鳴。轟く崩壊音。
「お前らは全員俺の夢の創造物だ! 物だ! 人なんかじゃねぇ!」
「舐めるなぁぁぁああああ!!」
 ちょくえが上に浮かびながら再び銃を俺に向けて撃ってきた。しかし無駄だ。弾道を曲げれば……、
「うっ!?」
 ひ、左肩が撃たれた。何故、何故、何故!?
 そして今の痛みで集中力が切れてしまった。重力が元に戻る。全てが落ちてくる。

 そして落ちてきた。
 地面に物がぶつかる甲高い音や鈍い音、音が音を互いに消しあうようなとてつもない音量の騒音が俺の耳に襲ってきた。果てに爆発音まで聞こえてきた。ああ、そうか、近くにガソリンスタンドがあったな。
 音が俺を覆い尽くす。煙も俺を覆い尽くす。この世の全てが俺を覆い尽くした。
 しばらくその音と煙に覆い尽くされていただろうか。音は進むし重力が復活したから煙は下に落ちていく。次第に前が見えてくる。
 そうして聞こえてくる無音の世界。見えてくる崩壊した世界。これ全てを俺1人がやったのだ。地面に無数に転がる元々建物だった瓦礫や道路だった瓦礫、まるで乱暴な子供に壊されたミニカーみたいに転がっている車、そこに点々と赤を塗っていく死体、それらを燃やす火柱と黒煙。
 後ろを振り返るとちょくえが大の字で倒れていた。また頭から血を出していやがる。まぁ何しろ何メートル上から落ちたのかは知らないが結構な高さだった。死んでいてもおかしくはない。

「シマリス……、お前は狂気を取り戻せたと勘違いしてないか……? 今のこれはお前の恐怖だ。狂気を取り戻すには私が死ぬ必要がある」
 もう一度後ろを振り返る。ショートカットの、キリッとした目の、若干小柄で、両手に拳銃が持たれていて、煙で薄汚れた病衣を着て、真っ白なスニーカーを履いた遠藤、彼女が立っていた。
「正直ここまでお前が暴走するとは思っていなかった。こんな世界じゃ生きる意味がない。まぁ、だが私はお前を守ると誓った。その気持ちは変わらない」
「遠藤……」
 突然我に返ったような感覚が俺を襲った。

 俺はこの世界中で誰よりも人を殺した。

 その事実がのしかかってきた。何故今更……。
「シマリス、お前はまだ人を殺す必要がある。テロリストはまだ生きている」
 遠藤が体の向きを左に45度傾ける。
「だろう? DUST」

「殺されるつもりはないがな。銃を捨てろキーパー」
 50m程先の瓦礫の影から人が出てきた。サブマシンガンを片手で持ってこちらに向けている。こいつがDUSTか。若干距離があるせいで表情ははっきりと見えないが無表情に見える。テンプレートに怖いやつやこいつ。
「キーパーなんて糞ダサい私のコードネームをまた聞くとはね、お前が捨てろ」
 俺が遠藤のコードネームがキーパーだったという無意味な情報を得たのと同時に遠藤が発砲。DUSTが再び瓦礫の影に隠れた。
「不意打ちなんて遠藤らしいな。俺を殺そうとしたときも不意打……」
「伏せろ!」
「はい!」
 頭抱えてしゃがんでアホみたいな格好を晒す。そして真後ろから爆発音にも似た瓦礫が粉砕される音が鳴り響いた。みさくらの狙撃か。
「みさくらの姿が目視できる! 止まらずに動き続けろ!」
 頭抱えてしゃがんだままだったのでその瞬間は何が何だかよくわからなかったが、今の遠藤の叫びの直後銃声が何発も聞こえ始めた。

 ふと頭を上げると遠藤が走りながらデザートイーグルの2丁拳銃でDUSTと銃撃戦を繰り広げていた。何か某サバイバルゲーム部のアニメでこんな光景を見た気がする。ただ、DUSTはさっき隠れた瓦礫の影から動かないで発砲しているので素人目には動き回っている遠藤が優勢に見える。
 それから後はみさくらだ。遠藤は目視できると言ったが目視できないんだが。どこから飛んでくるかわからない狙撃の恐怖。これがちょくえの言っていた恐怖か。
 んで怖いから立って走ります。そもそも闇路とやらは依然として見当たらないからどこにいても不思議じゃないしな。またそれと同時に死んでいても不思議じゃない。
 とりあえずさっきのみさくらの狙撃は俺の真後ろに着弾したから弾が飛んできた方向はわかる。瓦礫を盾にしよう。こんな糞みたいに足場悪いところで走り続けるのは難易度が高すぎる。

 ということで真横に倒れたビルを盾に隠れて一旦落ち着くことにした。死体が窓のない窓枠から数人はみ出して倒れているが、こいつらの仲間入りする可能性を考えればそんなことで躊躇いを感じてる暇はない。白いTシャツを真っ赤に染めて絶命している男性の死体を隣に地面に腰を下ろした。

「はぁ、さて、どうする、何が必要だ……、武器か……、そうだ、武器だ」
 さっき俺は武器を生成した。それをもう一度しよう。倒れるビルを挟んだ先から聞こえる銃声の中を生き残る、もしくは逃げ延びるためには武器くらい持ってても別にいいだろう。さっきと同じように遠藤のあの拳銃を脳内に思い浮かべる。すると右手にあの銀の拳銃が……、

 こない。

「え……?」
 何で、これは俺の夢のはずだ。夢をコントロールするのは俺だ。テロリストでもその生き残りでもない。俺だ。なのに……、いや、ただ単に集中力が足りないだけか……?
 そうだ。多分そうだ。もう一度思い浮かべる。
 あの銀のスライド、木製のアタッチメントのグリップ、大きな銃口……。

 という想像をしただけで創造できなかった。

「糞! ちょくえの銃を拝借するしかないか……」

 だがそのためにはちょっと戻って銃撃戦に近付く必要があるな。
「糞、どけ」
 死体を足でどけてビルの影から頭を出してちょくえの位置を確認する。
「よし、まだ気を失ってるな」
 ついでに遠藤の姿を見ると銃口がちょくえが倒れている方向とは真逆を向いていたのでみさくらに注意すれば銃を回収する暇はあるだろう。ただ今のこの地は所々更地に近い。下手すりゃDUSTの射線上に突っ込む自殺行為になりかねない。幸い元々俺とちょくえがいた場所は建物と建物の隙間だったので、その建物が崩れても遮蔽物だらけだがそこまでの道が危なさそうだ。

「急がば回らぬ」
 迷ってる暇はないと判断した俺は撃たれた左肩を押さえながらスタートダッシュをきってちょくえに向かって全力疾走した。その瞬間俺の斜め後ろにあった車(多分廃車)のタイヤがパンクというか弾け飛んだ音が鳴り響いた。
「みさくらの狙撃怖すぎるがなああああああ!」
 走る。走る。とにかく走りだした以上走りきる。凹凸が酷すぎるこの道もスナイパーに狙われているとなるとどうでもよくなる。凹凸だろうが凸凹だろうが口口だろうが走りづらさとか気にしてる場合じゃない。と、また後ろから爆発音が聞こえた。今度はさっきの車のエンジンが被弾したようだ。

 そして全力で肉離れを起こそうとするような走りを10秒程続けたところでちょくえの元にたどり着いた。しかしちょくえの近くの遮蔽物の瓦礫はDUSTのサブマシンガンは防ぐだろうが、対物ライフルはどう考えても防げなさそうな厚みだったのでちょくえの腕を俺の左肩を押さえていた右手で持ち上げて引きずる。
「くっ、後、ちょくえを持ってくだけ……!」
 と、大きなカブを抜こうとするじいさんの気持ちを味わいながら再びさっきとは違う建物の影に身を隠すことに何とか成功した。
「さて、銃……、あ……」
 ちょくえから銃を拝借しようとしたところで気づいた。

 ちょくえの銃はちょくえが倒れていたところに落ちたままだ。

 考えりゃわかる、というより見りゃわかるだろ俺。地面に落ちる直前にちょくえはあの銃を撃ったんだ。ホルダーにしまってる訳がない。

「仕方ねぇ、弾倉は持ってくか」
 ちょくえをうつ伏せから仰向けにひっくり返してズボンのポケットやらスーツの内ポケットやらを探し、最終的に尻ポケットに入った弾倉を発見してうつ伏せのままひっくり返す必要なかったなとか思いながらちょくえの銃の弾倉3つをズボンのポケットに突っ込んだ。
「さて、銃を取って走って逃げる。よし、完璧」
 どこも完璧じゃない気はしているが、地面に落ちている銃を確認し、イメージトレーニングをする。取って走って逃げる、取って走って逃げる、取って走って逃げる。
 これだけイメージトレーニングすればもう大丈夫だろうというほどイメージトレーニングをし(意味:恐怖で迷い続けていた)、痛む左肩はそのままに走り出そうとした。まだ走ってないよ。
「シィィィィマァァァァリィィィスゥゥゥウウ! ヒャハハハハハハ!」
 走ってない理由はご覧の通り蛇王だ。お前生きてたのか。

 その精神科をお勧めしたくなる蛇王の発狂と共に銃声が鳴り響く。コルトアナコンダとやらか。リボルバーだったから装弾数は多くないはずだ。
 とりあえずちょくえの銃に向かって走りだした。
 するともう一発銃声がなる。なのに俺に当たらなかったのは運なのか蛇王の腕なのか事故った時に頭おかしくなったかのどれかだろうか。個人的に頭おかしくなったに一票。
「よし! キタコレ!」
 ちょくえを大した距離移動させた訳ではないため走る前からちょくえの銃がもう目と鼻の先にあったので、走り出してすぐ体勢を屈めて手を伸ばす。そして銃を取る。そして走る。そして逃げる……!
 そして足元の瓦礫がバラバラにぶっ飛んでその衝撃で転びそうになり、何とか右隣のひっくり返った車のドアによしかかって瓦礫の上に転倒することは回避した。
 だが今、足元の瓦礫がバラバラにぶっ飛んだっていうことはまさか……、

 そうだ、そのまさかだ。本当にみさくらが目視できる。俺の真っ正面の方向にうつ伏せでバレットM82を構え俺に銃口を向けるみさくら。ついでに左からは蛇王がリボルバーを俺に向けているはずだ。万事休す。せめて蛇王がリロードの途中であることを祈る。
 だがあろうことか蛇王は弾が切れたリボルバーに弾を詰め直すのではなくそのリボルバーを投げ捨て、ロケットランチャーのセーフティを外していた。馬鹿じゃねぇのあいつ。
 左からは対戦車榴弾、前からは対物ライフル。言っとくけど俺人間だから。せめて対人兵器使って。
 いや、だが、対人だろうが対物だろうが対戦車だろうが死ぬのはご免だ。なら頼るべき人間はこいつしかいないだろう。

「遠藤ぉぉぉおお!!」

 俺は時を制した。
 ロケットが発射される音、みさくらが発砲する音、遠藤が発砲する音、全てが同時に聞こえた。
 そして瞬時に上半身を半時計回りに捻らせる。対物ライフルの大きな弾さえも目視できる。
 次の瞬間、対物ライフルの銃弾は俺の胸のすぐ前を通り、俺がよしかかっていた車の運転席と助手席の窓ガラスを粉々に吹き飛ばした。そしてロケット弾は遠藤が発射したマグナム弾に被弾し、中の火薬に引火して俺から30mほど離れた辺りで爆発四散した。
 この間1秒未満。スローモーションなんか恐怖によるものなんかじゃない。自分からスローモーションにできる。銃弾をかわせる……!

 俺はこの事実に高揚し、狂気に満ちた笑顔を浮かべた。
 当てれるなら当ててみろみさくら。
「まぁ、争う気はないがな」
 バックステップで対物ライフルでも貫通しなさそうな瓦礫の影に退避する。そして武器を失ったはずの蛇王にちょくえの拳銃を両手で構えて向け、サイトを頭に合わせる。
 後は引き金を引くだけだ……、
「撃てるのか!?」
 蛇王が吠える。
「後藤を守れなかったお前が撃てるのか!?」
 勝手にほざいてろ。
「そもそも! 何で俺らテロリストが重力がひっくり返ったにも関わらず都合よく生き延びているかわかるか!? ヒントは後藤が死んだのと同じ理由ということだ!」

「それがどうした! 腰抜け!」
「ほう……、言うねぇ……、いいだろう! 教えてやる! 俺らが生き延びたのはお前が俺らが生き延びると願ったからだ! だから死ねと願った後藤は死んだ!」
「……、死ねぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!」



 空を覆っていた白の殻が真っ赤に染まる。



 無意識に目をつぶるほどの叫びを上げた俺が目を開けて最初に見た光景は上半身と下半身が分離して上半身だけが吹っ飛んでいっている蛇王の姿だった。いや、姿というと語弊があるな。何しろ下半身だけで立っている。
「はぁ……、後藤に死ねだと……? 舐めた口聞いてんじゃねぇぞ屑」

 その怒りが全身を支配していてしばらく気付かなかったが、重力が再び反転していた。しかし最初のもの程マイナス向きの重力は強くなかった。軽石が浮かぶ程度だ。
「こちらマスタング4から全員に、全員直ちに銃器の使用を中止しろ」
「誰だ!?」
 咄嗟に拳銃を声がした方に構える。マスタング4……、恐らく闇路だ。
「シマリスがマスタング2のライフルの弾道をねじ曲げてマスタング1に無理矢理当てやがった」
 その闇路は無線で話しながら右手に持ったアサルトライフルを捨て、胸のホルダーに刺さっていたナイフを取りだす。
「さて、シマリス。おねんねの時間は終わりだ。お前の存在そのものを否定される時だ」
 どいつもこいつも狂ってるか厨2病患者だ。変態処理係、略して変処理とかいうあだ名付けてもいいぞ。

「まぁ、お前は人を殺しなれていない。その拳銃もハンデとして認めようか」
 認めよう? 何上から物事を話してんだよ。主導権は俺にあるとお前も認めているはずだ。
 力強く拳銃を握り、揺れるサイトを必死に闇路の頭に合わせる。
「恐怖は狂気を駆り立てる。言っとくがお前に勝ち目はない……」
 パーフェクトに厨2病なセリフを吐き捨てた闇路がナイフをまるで刀を鞘にでもしまうように腰の辺りでナイフの刃を俺とは逆に向けて構える。何をす……、
「抜刀!」
 闇路が突如ナイフを腰に構えたままジャンプして低空飛行で突っ込んできた。抜刀してない。そういえば今の重力の向きは上向きだったな。それを考慮してきてやがる。
 だが俺は驚きはしつつも冷静に拳銃の引き金を引く。
 すると闇路が一瞬にしてナイフを腰から振り上げ、拳銃が発砲される爆発音と甲高い金属音が同時に鳴り響いた。まさかこいつ銃弾を弾いた!? いや、だが銃弾を弾いたとなれば刃は欠けているはずだ。せっかく銃弾をかわせるくらいの狂った世界にしたのだ。その能力を活用する。しかし闇路はナイフを振り上げたままそれを半回転させる。諸刃か。

 だがまだ距離がある。もう一発撃つだけの余裕は……加速した!?
 闇路の低空飛行速度が突如上昇したのだ。理由はわからないし探る余裕すらない。だがこれは回避に徹さなければ間に合わない!
「くっ……!」
 俺がみさくらの狙撃をかわした時のように上半身を半時計回りに捻った瞬間、再び銃が発砲される爆発音と甲高い金属音が同時に鳴り響き、闇路のナイフが彼の手から離れ宙を舞っていた。
「キーパー!」
 武装解除された闇路が低空飛行をしたまま遠藤に吠えた。今のは遠藤の射撃か。ならこのチャンスを生かさない訳にはいかない。
 俺は再び重力を元に戻した。すると低空飛行を続けることができなくなった闇路が綺麗な弧を描いて俺の足元にうつ伏せに落ちてきた。

最終更新:2014年10月30日 22:29