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「し、執行委員会?」
聞き慣れない単語が信条の口から発せられた。
「あれ、それについて聞いて無いの? ――あの先生、肝心な所を何で説明しないのかな……おかげで恥かいちゃった」
顎に手を当てて唸る。
「ここの近くって不良校が多いじゃない?」と、信条は説明を始めた。
「うん。ここの世界もそうなの?」
「まあね。昔、不良がこの学院にしょっちゅう殴り込みに来てたらしいわ。見るに耐え兼ねた先代校長が、学校の風紀を取り締まる風紀委員会とは別に、そういう輩を文字通り執行する為に立てたのがこの執行委員会よ」
「そんで俺がソレにスカウトされた、と?」
「それがね、いつしか執行委員会の活動内容も不良に対しての取り締まりって訳じゃ無くなったのよ。原因はテロ組織にあるんだけど、ここ日本には私達超能力者或は国の上層部しか知らないテロ対策組織があるの」
信条の顔つきが少し変わった。
「SATとは別なのか?」
「そうよ。これまた超能力者達が結集してる組織」
「してその名前は?」
「ALEX」
「アレックス?」
信条は頷いた。
「執行委員会に入ったホワイト学院生は、卒業したらALEXに配属されるようになってるの。ALEXは結構良い職場だと聞いてるわ。給料はガッポガッポ、副業でスポーツ選手やってる人もいるから将来の夢に向かって目指せるって事は保証してる」
「つまり超能力者だからといって生き方を強制される訳じゃないんだな」
ちょっと良いかもしれない、と坂口は感じた。
社畜のような扱いを受けるのでは、という先入観がすっかり消えていた。
「そうよ。こんなこと出来るのもホワイト学院が国立だったからだし、よく出来てるよね」
信条は皮肉まじりに言った。
直後、信条の携帯電話の着信が鳴った。この軽快なリズムからして清涼飲料水のCMソングだろう。信条は坂口に背を向けた。
「もしもし信条美咲ですが――はい、わかりました。それでは坂口を連れていきます」 通話を終えた信条がこちらを振り返った。
「準備が出来たみたいよ。貴方の超能力は何になるか楽しみね」
そう言ってはにかんだ。この笑顔には、先程のような皮肉は混じっていなかった。
連れていかれた先には、何の装飾も無い真っ白なかなり広い部屋。何らかの機械や兵器のテストをする時に使いそうだ。それくらい広い。上を見ると、ガラス張りの部屋から二宮が見下ろしている。坂口の視力だと、傍にマイクがあるのがわかる。
「あ、あーあー、テステス」
二宮のマイクテストの声が部屋に響く。
「坂口。これからお前の超能力が何かを調べるために戦ってもらう。超能力診断テストだ。超能力が発現しやすいようにこっちがいろいろやってるから安心しろ」
坂口は突然の宣告に驚いた。彼らのマイペースっぷりに慣れるのには時間がかかりそうだ。
「はぁ!? 戦う? ちょっと待ていきなりすぎる!」
坂口はガラス越しでも聞こえるように叫んだ。
「火事場の馬鹿力って言葉があるだろ。超能力の発現にはそれが必要なんだ。だからせいぜい追い詰められてくれや」
真顔で返答する。
「そうは言っても……」
「坂口、早くしよう」
信条は臨戦体勢だ。
「なんでそんなノリノ――」
突如、坂口の言葉は「ノリノリ」の「リ」を残して身体ごと吹き飛ばされた。
「かはっ……!?」
――嘘だろ。これ女子高校生のパワーじゃねえよ。
腹に信条のキックをモロに喰らった。息がしずらくなり、とても苦しい。
「これが超能力者か。速すぎて目が追い付かねぇ」
呼吸を整えて立ち上がる。信条との距離を考えると、相当強く吹き飛ばされたに違いない。
「悪いけどどんどん行くから」
緩い雰囲気はすっかり消え、今や信条は一人の冷徹な戦士である。こんなにも切り替えが激しいと混乱する。
「あぶねっ!」
首を傾けて信条の拳を紙一重でかわす。
だがそれが仇となった。右の拳をかわしたのは正解だったが、咄嗟に頭を左手で抑えつけられた。
身体が信条から見て右に傾く。そのまま倒れそうな時に、坂口は信条の膝蹴りを、またもや腹に喰らった。
「あぐっ!!」
かなりキツい。喉元まで胃の中のモノが込み上げてきた。
ひざまずいた坂口に、そのまま容赦無く脇腹をキック。サッカーボールのように跳ね上がって地面に叩きつけられた。
(ちょ、まずい、気絶する……)
世界がぼやけて揺れている。信条に初めて恐怖心を抱いた。こんな信条は尊敬出来ない。
(そっちがその気なら……!)
相手が女だからと遠慮していたが、ここまでボコられて未だに遠慮する程自分はお人よしじゃない。この信条美咲を直ちに“執行”してやろう――。
坂口もようやく戦う意思を見せた。
戦闘経験は皆無だ。だが身体はバスケをやっているからヒョロヒョロではない。この信条に一発ブチかませるくらいの力はあるはずだ。
「動きが」
「っ!?」
殴りかかるが、ひらりとかわされる。
「単調すぎっ……!」
背中に裏拳を喰らう。腹ほど痛くはないので、隙を見せぬようにと素早くターンした。
が、目前まで信条は迫っていた。
それに気付いた頃には、アッパーを喰らい宙を舞っていた。
舌を噛まなくて良かった。それだけが幸運である。
(このままだと信条が追撃をしにくる……)
ゆっくり立ち上がると、後ろから急速に迫る信条の気配がした。
(ほらね)
坂口は立ち上がると見せかけて再びそのまま倒れ込んだ。直前で身体を捻り、仰向けになる。こうなれば信条が上を通過した事が確認できるはずだと考えのだ。
「っ!」
坂口の読みは当たっていた。視界に空を切る信条の足を捉えた。
(こんな細くて可愛らしい足からどうやってあんなパワーが)
信条が体勢を整える前に坂口は彼女の足を掴んだ。信条はスリムだから両手を使えば投げ飛ばせるはずだ。
「出んだよクソッ!!」
「うわっ!?」
坂口は信条をフルパワーで投げ飛ばした。身体は少し宙に浮いて、ゴロゴロと転がっていった。
「よし……!このままお返しの追撃だ!」
倒れている信条に向かって全速力で走った。そのまま助走キックをするつもりだ。
端から見れば大人気ないと言う者もいるだろうが、坂口はそれどころではなかった。そんなに気に食わないならお前が信条と戦え、と言ってやりたいくらいに。
信条が立ち上がりそうなところで坂口は追いついた。信条が坂口に容赦しなかったように、坂口は信条に容赦しなかった。その足は信条の身体をロックオンした。
が。
「えっ……?」
一瞬でその場にいたはずの信条の姿が消えた。足は空気を蹴り上げただけだ。
咄嗟に裏拳を繰り出すが、読みを間違えた。まったく別の方向から信条のパンチを顔面に喰らった。
「うっ……くそ!」
体勢が崩れ鼻血が出て来た。その速さは過大評価すれば常人が追い付く事など到底不可能、過小評価すれば目が追いつかない。
一矢報いたと思いきや万事休す。
最初の信条は手を抜いていたという事だ。
(落ち着け、まだ何か起死回生のチャンスが巡ってくるはずだ……)
息を整えろ。鼓動を落ち着かせろ。そう言い聞かせる。
(いや……そんな都合良くは……)
信条が走ろうとした。否、こちらに既に迫っていた。
「あーやけくそだ喰らえ喰らえバーカ」
何を思ったかこの坂口慎吾、幼稚園児のように足を信条のほうへ上げるだけで何もしなくなった。もはや坂口は諦めていた。
「な……!!?」
しかしその行動は完全に信条の予想を上回っていた。坂口へ突っ走るだけだった信条は、あろうことか地面と平行に上げられた足に突っ込み自爆した。
「え、嘘だろ」
坂口自身もこれは予想外だった。それは、上から眺めていた二宮も同じだった。吹き出したコーヒーを慌てて拭く。
「うぐ……まさかこんな事になるなんて」
信条は息苦しそうに言った。腹を抑えて呼吸を整える。
「正直貴方を見くびってたわ」
(たまたまだなんて言えねえ)
坂口は痒くもないのに頭を掻いた。
「本気を出させて貰う。――私の能力は《裁きの刃(ジャッジメントブレード)》」
「えっ」
シャキン、という鮮やかな音が鳴る。信条が腰に着けていた日本刀を抜いたときの音である。
「この能力は、自分が持っている刃物と同じものを一定範囲内に“生やす”ことが出来る」
(あ、これはやばい)
坂口は背を向けて逃走する。逃げ場がある訳ではないが。
しかし、地面から突然“生えてきた”大量の刃に足止めを喰らう。
これが信条の《裁きの刀》。
信条は本気で斬りかかるつもりだ。今更「あれはマグレでした」などと言える訳がない。それこそ殺されるだろう。
「ま、まさか斬る訳じゃないよな? 冗談キツ――」
刹那。
肉を切る派手やかな音が坂口の聴覚を刺激した。
「え……まさかマグレだったの……?」
信条がそんな事を言ってるがもう遅い。
坂口の足元の真っ白な床が、赤色に彩られていく。
――ああ、こりゃ死んだわ。
日本刀で腹部を切り裂かれた。間もなく中のモノが落ちてくるだろう。
ただ、そうなる前に坂口の意識は飛んでいた。
最終更新:2014年11月18日 23:18