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 暖かい。何か、柔らかいものに包まれている。恐らくベッドだろう。
「――、――」
 何者かの声が聞こえる。もしかして自分は助かったのだろうか。
 ――起きちゃったよパトラッシュ。
 ――よし、こんなつまらん事言えるなら自分はまだピンピンしてるのだろう。
「――口、坂口!」
 もう少しで瞼が開きそうだ。信条の呼ぶ声が聞こえる。
「……」
 眩しい。病院の天井だ。小学生の頃、骨折で入院して以来見ていなかった天井である。
「あぁ、良かったぁ……ごめんなさい!!」
 坂口はゆっくり起き上がり、辺りを一瞥する。まだ寝ぼけているのだ。
「……信条か。良かった夢で」
「夢じゃないわ! ごめんなさい、本当にごめんなさい!」 毛布を握りしめて謝る信条。涙の跡は無いが、目が充血している。――ずっと寝てないのではないか。
「信条こそ大丈夫なんか……俺は平気だから早く寝ろよ」
 ふと時計を見る。午前9時だ。電子カレンダーには2013年4月9日午前9時と表示されている。
「そんな事出来る訳ないじゃない……無害な人を殺すところだったんだから」
 ――顔が近い。信条の髪の毛から柑橘系のシャンプーの香りがする。
「ところでここは何処なんだ?」
 信条に問う。中央病院かと思っていたが、予想外の答えが返ってきた。
「保健室よ」
「……日本刀で捌かれたのにか?」
 訝しげな視線を彼女に送る。
「ALEXの方を呼んで治療してもらったのよ。そういう能力を持ってる人も少なくないわ。――執行委員会には居ないんだけどね」
 腹にサラシを巻かれていた。坂口は腹部を摩ってみたが、痛みは無い。
「へえ、超能力も便利なもんだな」
 坂口はそう言いながらぎこちなく背伸びをした。
 それとほぼ同時に、二宮がノートパソコンを抱えてやってきた。禁煙のマークが部屋に描かれているのに気付き、残念そうに携帯灰皿にタバコを押し込んだ。
「なんとかなったみたいだな坂口」
「はい……おかげで」
「さて、お前の超能力を解析してみたんだ。斬られた時に発現してるようだな」
 信条の隣のパイプ椅子に座り、ノートパソコンを膝の上で開いた。パソコンの操作は手慣れているようだ。
「……ちなみにかなり珍しいケースだ。多数の超能力を同時に保有している」
「凄いじゃない!」
「凄いの?」
「凄いわよ!」
 なぜか信条が自分の事のように喜ぶ。
「一つ目は《超念動力(サイコキネシス)》。つまりは念力だな。二つ目は《瞬間移動(テレポート)》。そのまんまだ。三つ目は……三つもあるのか」
 胡散臭い冷静さがここにきて初めて崩れた。
「三つ目は《以心伝心(テレパシー)》だ。どれもクソ典型的な能力だな」
「クソはいらんけどな」
 真顔でクソ呼ばわりされると心にグサッとくる。
「確か世界に複数の能力を持つ人間――多重能力者は12人しか居ないと聞いている。やるじゃないか。主人公補正か?」
「主人公補正言うなよ……」
 またしても真顔で言われた。
「ま、冗談だ。とりあえず明日から任務あるから頑張れよ?」
 ノートパソコンを閉じて立ち上がる。そのまま二宮は速足で保健室を後にした。
「え、またそんないきなりィ……?」
「ほんとごめんね坂口! ……じゃ!」
 信条も、今一度謝罪をして保健室から出ていった。
「……」
 ――何か大事なことを忘れているような。
「ん?」
 二宮が戻って来て、坂口に近付いた。
「言い忘れてたが、坂口の家はお前がいた世界と同じ場所にあるから安心しろ。じゃ」
 ――そうだそれだ。
 坂口はそれを聞き安堵した。
 9時だったので授業を受けるのに遅れてしまったが、その後は特に問題無く過ごせた。
 ――そういえば山田はどうしたんだろうか。
 あいつの事だから、信条と一緒に執行委員会に入ってると思ってたが――。
 それに、斬られる前に信条から聞いた話だと、超能力者でなくとも執行委員会には入れると聞く。ただし、ホワイト学院側が厳選する。
 山田ほどの地味ながらよく出来た人間なら学院側も欲しがるはずだ、と坂口は考えた。
「まずは帰るか……」
 帰りのホームルームも終わり、クラスメイト達はぞろぞろと教室を出ていく。当然坂口も例に漏れない。

 夕方。
 自分の家は同じ位置にあった。住居の形もまったく同じで、家族構成も父母兄妹の4人だ。
 だが――。
 何の変哲も無く「ただいま」と言いながら玄関に入ると、ちょうどその場にいた母がひっくり返った。
 何かあったのか、と聞くと――。
「俺が行方不明だった……!?」
「そうだよ兄さん……皆ずっと心配してた……」
 妹が涙ぐんでいた。母も同じだった。父は開いた口が塞がらない状態にある。
 一体どういう事なのだろう。この世界の“坂口慎吾”の身に何があったのか。調べる必要がありそうだ。
「でも良かった!! 慎吾ぉ、よくぞ戻ってきた……」
 とうとう父も、おおお、と喚きながら男泣き。
「心配かけてごめんみんな。でも大丈夫だ、ちょっと旅に出てたんだ」
「それならそれで連絡寄越しなさいよ馬鹿だねえ……!!」
 母が怒り半分に言う。
「そうだよな、悪かった」
 その場をごまかす。変に別世界がどうのこうのと口走ると、カウンセリングを受ける羽目になるだろう。
「さて、じゃ今日の晩御飯は奮発しないとね!」
 母はエプロンを身につけてキッチンへと向かった。
 慎吾は2階にあるであろう自分の部屋に行くために階段を上る。
 慎吾の部屋は、妹、日和(ひより)の部屋の隣にある。多分。
 ――うん。予想通りだった。
 部屋の中は、定期的に掃除されていたらしく、かなり綺麗だ。ベッドにバッグを置き、床に仰向けになる。
 明日はまた忙しくなりそうだ。坂口慎吾は、目まぐるしく変わる状況に順応しなければならない。

最終更新:2014年11月18日 23:19