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淵野辺卞狐(ふちのべ のりこ)は人形劇が大好きであった。
普通の人形劇好きと大きく違うところは、自作の人形劇を自分で賛美する――というところ。
今まで“人形集め”は時間がかかって面倒だったが、この米軍基地を乗っ取った事で手間が一気に減った。容姿端麗な少女は思わず口元を歪めた。
富山の米軍基地のときよりも立地条件は段違いに良いし、何より“人形”の数が富山のと比べて遥かに多い。今まで人形劇を録画してきた3000本を超すビデオを運ぶのに時間がかかったが、まあその苦労に見合っただけの“人形”が揃っている。
さて、“人形”を処分する際に服に付着したこの“トマトジュース”と“ネギトロ”はどうしようか。この状態で外に出てしまうと何かと面倒だし――背の低い“人形”の服を拝借しよう。
淵野辺は口笛を吹きながら“人形の部屋”へと向かっていった。艶やかな髪がふわりふわりと揺れる――。
「ここだな」
向学は坂口から渡された地図を見ながら呟いた。星印が示した場所とぴったりだ。
Answerによって占拠された米軍基地は確かに何の不自然さを持ち合わせていなかった。いなかったのだが――。
「……ん? なんだ坂口。緊張してるのか……まあ仕方ないか」
皮肉まじりの向学の声は、坂口の耳を左から右へと素通りするだけであった。決して緊張しているから固まってしまった訳ではない。
――何か、知ってはいけないような感覚がする。内臓を氷水に浸されたような悪寒。それが坂口の中に満ちていた。
「おい、坂口!」
「っ……すまん」
「まったく、これだからキミという奴は」
呆れた表情をして、眼鏡の位置を直す。
「じゃあ、警備の度合いが詳しくわかっていない事だし、坂口は裏口から入れ。俺は正面入口に近いところから侵入する」
「坂口だけに?」
「は?」
「や、なんでもない」
坂口はそそくさと裏口へとまわっていった。
「……あらぁ。まさか、お人形さんの候補が自らやってくるなんて嬉しい……!」
数十もの防犯カメラのうちの一つに映る坂口を見て、淵野辺はニヤついた。せっかく大物が釣れそうなところなんだし、いくらか警備のレベルを落とそう――淵野辺はそう考えた。
「こっちの眼鏡の子も良いっ……! 性格が悪そうなところがまたシビれる!」
別のモニターには、防犯カメラに僅かに映った向学の姿がピックアップされている。坂口と向学の姿を交互に見て、爽やかな笑顔を見せる。
――あの男の子は後回しだ。まずはこの二人を人形デビューさせたい――。淵野辺は舌なめずりをした。
「リテヌート様。人形劇の準備ができましタ」
無機質な声が淵野辺の背後から聞こえた。淵野辺の“人形”の一体である。
リテヌート。淵野辺卞狐がAnswerから授かったコードネームである。
淵野辺は苛立ち気味に「後でね」と言うと、淵野辺の人形はお辞儀をして去っていった。――あのKYな人形は後で処分ね。少女は拳を握りしめた。
《超念動力》でドアの鍵を適当に破壊し、恐る恐る扉を開ける。
――どうやら兵士達が暮らしている部屋のようだ。鉄筋の階段を降りた先に、振り分けられた兵士達の部屋の扉が見えた。
――今いる兵士達はAnswerの何者かによって操られている。坂口にそう結論付けさせたのは、兵士達の無機質な雰囲気だ。中には、腐敗臭の漂う兵士さえもいた。悪寒の正体はこれだ。
――ここには化け物が潜んでいる。坂口はそう確信していた。
まずは地下1階から調べることにした。監禁するとしたら地下が有りがちだし、何よりここは地上1階だ。距離的に無難なのである。わざわざ最上階から虱潰しにやっていく必要性が見当たらない。
巡回中の兵士をうまくやり過ごし、地下1階へと続く階段を駆け降りていく。エレベーターは危険だ。
坂口は向学に「地下1階から調べていく」という旨の連絡をメールで伝えた。それを確認した向学は2階から順番に探していくことにした。
地下1階にいる可能性が高い――坂口はそう感じた。ここに来てから、先程よりも遥かに強い悪寒が全身をはいずり回っている。
老朽化が原因なのかはわからないが、水溜まりが多い。歩くたびにピチャピチャと音が立つので、兵士に気付かれてしまいそうだ。
また、点滅している蛍光灯がやたら多い。そのうち、死にかけの蛍光灯も何本か見かける。よって、足元がわからないほど暗い。
それにしても不気味だ。しかし明かりを照らせば兵士に気付かれるだろう。今は辛抱するしかない。
「この男の子やるじゃないの……勘が鋭い……!」
淵野辺は一人で、数多くの防犯カメラの映像を映し出すモニターを見て興奮していた。坂口自身は防犯カメラを避けているつもりなのだろうが、実は全てダミーだ。それとは別方向に防犯カメラが隠されているものだから、坂口の姿は普通に映っている。
坂口の判断はビンゴなのだ。エルトミー・ジェミニは地下1階に監禁されている。
――さて、あとはどのタイミングで私が登場するか、だ。
考える最中、淵野辺は傍に寄せていた“人形”に飽きたようで、それから一旦離れた。
まずはあの眼鏡の子を操ってみましょう。と、少女は微笑みながら呟いた。
最終更新:2014年11月18日 23:21