9ページ目
「まず2階にはいない、か」
一通り部屋は回ったし、兵士からカードキーも奪った。麻酔銃で眠らせてこっそり奪い取るという手口だ。
「次は3階か……っ」
息を殺し、柱に隠れる。――恐らく見つかった。こちらに向かって走ってくる音が聞こえる。
まずい、何か隠れるのに役立ちそうなものは無いか――!
周囲に視線を張り巡らす。ダンボール、デスク、冷蔵庫――何れも隠れるのには頼りない。
「……」
部屋に兵士らしき人物が入ってきた。自動ドアがスライドした音が室内に響く。自分の荒い息が今にも聞こえてしまいそうだ。
息を落ち着かせる。大丈夫だ、隠れる場所が無かろうとうまく相手の視界から外れれば良い。それに、麻酔銃だってある。増援を呼ばれる前に麻酔銃か自らの超能力で無力化すれば問題は無い。
まずは隠れる事を優先しよう。向学はそう考え、柱に隠れつつ、兵士らしき人物の後ろに回ろうとした。
そうして走り出した瞬間。
「うっ!!?」
声を出して転倒した。足元のコードに引っ掛かったのだ。物音と自分の漏れた声は、室内を十二分に満たしていく。そして、兵士らしき人物の足音が止まった。
――完全にやらかした。エリートの僕が。
「くそ! こうなったら先手必っ……」
急いで起き上がる。麻酔銃を取り出し、兵士らしき人物に銃口を向けたが――。
「……」
「じょ……女性……?」
血まみれの服を着た少女が、向学に怯えた視線を送っていた。華奢な身体がぷるぷると震えているのが、向学との距離からでも確認出来た。向学は急いで麻酔銃をしまい、少女に駆け寄った。
「ご、ごめんよ。まさかこんな所に女の子がいるなんて思ってなかったよ」
少女は思った。“人形”の服に着替えなくて正解だったと。血まみれのほうが心配してくれるんじゃないかと予想しての行動だったがどんぴしゃりだ。
「だ……大丈夫よ……貴方は……?」
少女――淵野辺卞狐は極寒の地に薄着でいるかの如く震えてみせた。
「僕か? 僕の名前は向学歴だ」
「わ、わ……私はタナカクニコ……お願い、私をここから連れ出して!」 ――我ながら迫真の演技である、と淵野辺はお得意の自画自賛を始めた。有り触れた名前を咄嗟に思い付いた――という訳ではなく、前々から“タナカクニコ”という偽名を用意していたのだ。言わば釣り餌である。
「くにこちゃんだな。わかった待ってろ、今俺の知り合いに連絡を……」喋りながらスマートフォンを取り出した瞬間、向学は釣り餌に抱き着かれた。
「……くにこちゃん?」
「……」
向学は困惑していた。一方で、ドギマギしていた。顔が紅潮しているに違いない――しかしこの子は薮から棒に何をしているんだ。
「……」身体が硬直している。
いつの間にか、釣り餌は向学の首に両腕を巻き付けていた。
「ごめんなさい……でも、貴方の傍にいると凄く安心して……」
これはおかしい。向学は思考を取り戻す。何か変だ。初対面でこんな事はしないはずだ。ここ日本でなら尚更だ。安心するなどと言われると嬉しいが――。
率直に言うと、向学は抵抗出来なかった。こんな美しい少女を目の前にして、どうして離れることが出来ようか。
少女の唇は目前に迫っていた。向学は思わず流れに身を預け、自らの唇と重ねることにした――。
「……《人形の御伽話(アクト・メイデン)》」
「っ!?」
少女が何かを呟くと、まるで全身に鉛を注入されたかのような重みが襲い掛かった。――罠だ。自分はなんと愚かなのだろう。向学は自重したが時既に遅し。身体の自由が利かなくなってしまった。
「まんまと罠にひっかかっちゃって! 私の《人形の御伽話》はキスをした相手を自由自在に操る事ができるのよ!」
ご丁寧に説明どうも、という冗談を言う事すら出来ずに向学は意識を失った。――向学は地獄の苦しみを味わうであろう“人形”の仲間入りを果たした。
「さ~てと、後はあの二人を一気に貪りましょうか」
淵野辺はアップテンポの曲を歌いながら地下1階へと向かった。向学も淵野辺の後をふらりふらりとついていく――。
「!」
坂口は牢屋のような部屋がズラリと立ち並ぶ廊下に到着した。――巡回しているはずの兵士が見当たらない。気味が悪いので、信条と連絡を取ろうとスマートフォンを取り出した。
連絡に応じたのは、見知らぬ大男であった。しかもオカマ。
「あらこんにちはボウヤ。といっても同い年だけどね。私の名前は二川進輔(ふたがわ しんすけ)よ」
「よ、よろしく……俺は坂口慎吾ってんだ。信条はいるか?」
「用事があるって言ってたわよ。まさにアレね、『可愛い女の子かと思った? 残念二川ちゃんでした!』」
このオカマが何を言っているかわからないが、とりあえず気味の悪さは解消されたし、このオカマも気味が悪いオカマではない。きっと良いオカマだろう。多分。
「……ま、冗談はそれくらいにしてと。心配になって連絡寄越したんでしょ? 大丈夫よ。データ仕入れてきたから」
「この基地のボス様のか?」
そう言うと二川は大きく頷いた。
「フルネームは淵野辺卞狐。身長154cm。スリーサイズは上から82、59、81。初潮があったのは」
「超能力についての情報をください」
「何よつれないわね。……淵野辺の能力は、キスをした相手の自由を奪うみたいね」
それを聞いた坂口は背筋が凍った気分になった。
「まさか米軍兵士が操られてるのって……」
「そういう事よ」
「そういう事か」
「とにかく気をつけたほうがいいわ。ちなみにキスをする相手は動物だろうと植物だろうと物だろうと――あるいは死体にも通用するみたい」
そんな話をしていたら、牢屋に監禁されている男の子――もとい少年が立っていた。エルトリー・ジェミニである。
「ジェミニ先輩、ですね」
「あんた……見ない顔だな。一年生か」
ゆっくりと立ち上がり、柵の側まで近寄ってきた。切れかけの蛍光灯がジェミニを僅かに照らした。
「はい。坂口慎吾です。よろしくお願いします」
「ん。……しっかし恥ずかしいなぁ、抱き着かれるなんて予想外だった」
「それは、抱き着かただけ?」
「え、そうだが……そのあとは操られたかと思いきやここに閉じ込められてな」
どうやらキス以外にも手段はあったようだ。流石にここにいる兵士全員にキスをするなど無理があるだろうし、どの道淵野辺という女には近寄らなければいい話だ。
「なるほど……じゃ、開けますね」
坂口は鍵を先程のように破壊し、ジェミニを解放した。
直後。向学がこちらに向かって走ってきた。
「お、見つかったんだナ!」
「え? ……ああ、なんとか」
微かに感じる悪寒。そして、向学の無機質な動き。――まさかとは思うが――。
「すまんな慎吾くン! 君の判断は正しかっタ」
手を叩いて笑う。坂口も悪い気はしなかったので笑い返した。
「いやいや、向学も頑張ったぜ? ……いや」言葉を切ってから言う。「淵野辺卞狐」
その瞬間、向学の目がギョロッと見開き、坂口の腹目掛けてパンチした。咄嗟に念力で防御しようとしたが、パンチの威力が予想外に強くて咳込んだ。
――向学歴の能力、《全反射(ザ・リフレクト)》。前方から来る攻撃やダメージを全て反射できる能力だ。ただし、横や後ろから来るものは反射できない。坂口にパンチを食らわしたとき、向学の拳にもダメージは少なからず伝わる。そのダメージを更に反射し、その反射した時に受けたダメージを更に――というのをパンチ一撃の瞬間で可能な限り重ねる。その結果、まだ超能力を使いこなせていない坂口に多大な一撃を叩き込むことが出来た。
「やっぱりそうだな……」
「あーあ、つまんな~い。私の正体もうバレてるのね」
向学の背後に現れるは、淵野辺卞狐。坂口を見てほくそ笑む。
「向学は俺の事を名前で呼んだりはしないんだよ。ツメが甘いぜクソビッチ」
最終更新:2014年11月18日 23:21