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時間を少し遡る。
ALEX。東京都の中央に位置する何気ないオフィスに本部は設置されている。オフィス自体の大きさは警視庁くらいだ。
ALEX長官は、一人の超能力者を直々に呼び出した。その男は長官に促され、やけに大きいソファーに座った。
手元にコーヒーが置かれた。続けざまに地図を渡される。男は一瞥し、すぐに長官に戻す。
「……ここの基地を取り戻せば良いのですね」
男は確認のため長官に尋ねた。
「そういう事だ」
長官は頷きながらそう言った。男はコーヒーを一口で飲み干したあと、息を吐いた。
「頼んだよ山田君」
山田紫電第八中隊隊長は立ち上がり敬礼をした。
「ク、クソ、クソビ……クソビッチですって……」
右まぶたが痙攣する。指先を軽く動かしただけで関節が音を立てる。
「ふ、教えてあげましょうか……人形の素晴らしさを」
そう言うと、絶えず攻撃を続けていた向学が動きを止めた。ふと振り返ると、ジェミニも同様に自由を奪われていた。
「先輩……! くそ、任意のタイミングで操られるのか」
坂口は間合いを取った。しかし攻撃する様子は見せない。――どうやら本気で人形(どれい)の魅力を語るつもりだ。
「貴方にはわからないでしょうけど、私が操っている人形は全てにおいて私に尽くしてくれる」
天井から雫が滴り落ちた。
「金銭欲、睡眠欲、食欲、優越欲、支配欲、性欲、攻撃欲……全てが私の“人形”によって賄える」
当たり前かのように、アメリカ人なら誰でもワシントンを知っているだろうというような顔を坂口に見せる淵野辺。つい最近までただの高校生であった坂口にとって、人知を逸脱した発想であるのは言うまでもない。
「こんな素晴らしい能力を持てた事は誇りに思うし、短い間だけれども安定した暮らしを送れる人形たちは幸せに違いない! ……貴方もいかが?」
「え? お断りだよ?」
薄ら笑いを顔に張り付けながら淵野辺を煽る。関節が再び鳴る。
「そう……なら死んでもらうわ! ッフフ、今夜のバーベキューの素材が増えて何よりっ!」
指揮者のように腕を振るい上げると、向学らの背後から無機質な兵士達が現れる。――よく見れば“死んでいる”のになお働かされてる兵士もいた。この淵野辺卞狐という異常者を何としてでも食い止めなければいたずらに犠牲者は増えるだろう。
「ずいぶんと賑やかなパーティーだな。俺の肉だけじゃ足りないだろ?」
指揮者が腕を振り下ろした。ライフル銃の乱暴な演奏が始まる。
坂口は引き金を引く直前、足元に転がっていた消火器を念力で吹き飛ばしていた。それが良かったらしく、消火器は煙を辺りに撒き散らして、彼等の視界から坂口を揉み消した。
「あ~しまった、ついあんな大口叩いたけど勝機が無いわコレ……!」
廊下を出て裏口に通じる階段へと走っていく。消火器での足止めは正直心許ない。せめて武器になるものがあればなんとかなりそうな気もする。
「くっ!」
背後から銃弾が襲いかかってくる。念力で軌道を逸らす。――その直後だった。
「うおっ……!?」
突如、坂口の目の前に壁が出来上がった。階段まであと少しの距離だが、これでは進めないどころか袋のネズミである。
《自由創造(フリークリエイト)》。このジェミニの能力は、その名の通り“無の状態”から何かを作り出す事が出来る能力。
ただし、坂口や信条らのように身体の一部として超能力を扱える訳ではなく、作り出す物の構造を知る必要があり、そこから多大な演算を用いる事で初めてこの超能力を扱える。
よって、生き物が素材となっている物は作り出す事が出来ない。反面、カーボンナノチューブやダイヤモンド、身体が吹き飛ぶものの核分裂を生み出すことさえ可能である。
この壁はジェミニによって生み出された。否、ジェミニを操っている淵野辺が間接的に生み出したと言えよう。
壁は相当厚く、まだ未熟な念力で突き破るのは到底不可能だ。
妨害電波を流しているのか、淵野辺と出会ってからスマートフォンも動かない。
念力であの集団を突破するのも困難だ。第一、淵野辺に触れられてしまえば終わりだ。
――ここまで危険な任務だとは思いもしなかった。正直自分は浮かれていた。中高生がひょっとしたら、なんて望む非日常に対して自分も興味があったのかもしれない。しかし今は違う。普通の生活ほど幸せなモノは無い。そう確信している。
だからといって逃げる訳ではない。信条達は自分なんかよりも凄絶な経験をしているはずだ。なら逃げてはいけない。そうしてしまっては死んだ事と同然だから。
「やるしかないよな……!」
淵野辺らと対峙する。
彼女が腕を振るうと、兵士はロケットランチャーを坂口に向けて一斉に発射した。爆発は、壁もろとも容赦なく飲み込んでいった。爆風で淵野辺の髪が靡く。
「……!」
淵野辺は眉を寄せた。坂口がいたはずの場所には、自らの人形――操る前から死体だった人形がある。
すぐ横を見ると、ドアが開いていた。――“人形の部屋”だ。淵野辺は舌打ちをした。
最終更新:2014年11月18日 23:22