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淵野辺卞狐と、彼女によって殺された者達の遺体はALEXが回収することとなった。これで一連の凶行は解決したが、さすがにこんな状態の基地を使うのもよろしくない、という意見が出たため、後日撤去されるとのこと。生き残った兵士達は祖国に帰りリハビリを受けるようだ。
坂口は憔悴しきった顔で基地をあとにした。向学は申し訳なさそうな表情をしている。
――何はともあれ、もう犠牲者は出ないしジェミニ先輩も救えた。なら、今はその城ケ崎って男に感謝すべきよ。
二川は坂口にそう励ました。確かにその通りだ。
「けど、あいつを一発ぶん殴ってやりたかった、でしょ?」
信条は坂口に待合室でそう言った。坂口はすぐに頷いた。
「もちろんだ」
「ま、とにもかくにも任務は成功したんだから元気出しなさい? 仕事じゃないけどきちんと報酬は出てるんだし」
信条は坂口に通帳を手渡した。
「あのなあ、金の問題じゃな……じぇじぇじぇ!!」
今はそんなものを見る気にはなれない、という顔から、通帳の「0」の数に驚きと喜びを隠せない顔に一変した。思わず立ち上がる。
「ね?」
「いや、高校生の分際でこんな金貰っちゃって大丈夫なのかよ……」
通帳に振り込まれた金額の桁を何度も見直す。――犯罪的だ。使う場面を間違っているが、犯罪的だ。
「あ、ところでジョディー先生には会った?」
「そう言えば会ってないな」
通帳を懐にしまう。
「屋上で待ってるって言ってたわよ」
「果たし状か……」
「違うと思う、じゃあね」
坂口の冗談をサラっと受け流す。信条は坂口に軽く手を振ると、待合室を出ていった。
「あ、すいませんジョディー先生ですよね?」
屋上で缶コーヒーを飲んでいた女性に声をかける。コーヒーは微糖を飲んでいるようだ。
――しまった、英語で声をかけたほうが良かったか。
「はじめましてMr.坂口」
全く違和感のない日本語で返事をしてきて安心した。
「貴方を呼び出したのはちょっと理由があってね……コーヒー飲む?」
青く長い髪の毛が風で揺れた。ずいぶんと美人である。
「いえ、お構いなく」
と言うより、飲みかけの缶コーヒーを出されても困る。――飲みたかったという邪な考えを振り払った。
「そう。ところで私が空間能力者っていう話はMr.二宮から聞いてるよね?」
「はい」
「なら話が早いわ。私に頼んでくれれば故郷に帰してあげるわ」
故郷とは、坂口がいた並行世界のことだ。
「故郷からこっちに来るときはMr.二宮に言って頂戴」
坂口は安堵感を覚えながら頷いた。
「ただ世界と世界を繋げるのには身体に負担がかかってね……回数は限られてるって考えてくれるといいかな」
ジョディーは申し訳なさげに言った。
ジョディー先生の空間能力は性質上、“別の世界で過ごした時間“は“故郷の世界“には反映させる事も、反映させない事もできるそうだ。
例を用いて説明しよう。“故郷の世界”を1月1日に去り、“別世界”で2月17日まで過ごしたとする。“故郷の世界”に帰りたいときは、帰宅時の時間、すなわち“故郷の世界”の時間を1月1日~現在まで変更出来るのだ。
つまり坂口は、“別世界”でのほほんと暮らしていても、故郷に帰る時は“故郷の時間”を去った時と同時刻にすれば誰にも怪しまれないという事だ。ただし、坂口にとっての“故郷の世界”から“別世界”へ行くときはその性質は反映されない。理由は、“空間能力者ジョディー・フラン”という存在が坂口にとっての“別世界”に存在するからだ。
「わかりました。でも、とりあえず今日はここに滞在しますよ」
軽く頭を下げた。
その後、俺の親には度々寮に泊まっているという建て前を伝えたと言われた。これで不審に思われる事は無いはずだとも言われた。
――正直そこまで内密にする必要があるのか、とジョディー先生に問うたところ「両親に超能力者ですと紹介されたい?」と言われた。
確かにそれは困る。ぐうの音も出ない。
とにかく、坂口は早く寝ることにした。
ALEXでは、山田が再び長官に呼び出されていた。
「被害者の人数は?」
「米軍基地に残っていた遺体は合計144体です」
「……残っていた?」
長官はコーヒーに砂糖を入れ、掻き混ぜた。
「はい。2階の一室から冷蔵庫が発見されたのですが、中から遺体を溶かすのに用いられた酸が出て来ました。……溶け残った遺体も」
凄惨な光景がフラッシュバックし、顔をしかめた。
山田は内心、腑に落ちなかった。ここまでの悪党を裁くことも苦しめることも出来なかったことに。犠牲になった者達の慟哭を淵野辺に浴びせてやりたかった。そういう思いがあった。
「まるでジェフリー・ダーマーのようだな」
一昔前の殺人鬼を例に挙げる。山田は頷いた。
「……ま、よく頑張ってくれた。感謝する」
「いえ」
「ところで山田君」
「はい」
長官はデスクの引き出しから一枚の紙を取り出して、山田に渡した。
紙には山田の部隊の移動に関する事柄が記されている。
「君に少人数の超能力者達を纏めて貰いたい」
「ふむ……」
山田は紙と睨み合う。
「大丈夫だ。皐(さつき)君のような危なっかしい連中じゃないさ、すぐに馴染める」
「了解しました。では早速……」
長官に頭を下げると、早々と部屋をあとにした。その様子を、長官は黙って見送った。
「……危なっかしいだなんて心外だよボクぁ」
突如男が開いていた窓からヒラリと現れた。彼が、長官の言っていた男、信条皐である。
「いやいや、君は危なっかしいじゃないか」
「そう思ってくれて何よりだよ」
皐は表情を何一つ変えずに笑った。笑った、というよりは笑い声を無理矢理喉から引っ張り出したようなものだ。
「じゃあね、ボクはみっちゃんの様子を見てくるよ」
「美咲君のところか」
“みっちゃん”とは勿論、信条美咲のことである。
「それ以外に誰がいるんだい? んじゃ」
皐は窓から逆さまに飛び降りた。――生身の人間ならば一瞬で潰れたトマトに変身してしまうくらいの高さである。
しかしその高さから飛び降りる姿など、長官は普通に見てきたので何の不信感も抱いていない。
――やれやれ、慣れというのは怖いものだ。
長官は口元を僅かに歪めた。
最終更新:2014年11月18日 23:23