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 淵野辺の一件から数日が経つ。
 あまり望ましい事ではないのだが、あの日見てしまった死体の数々のビジョンを二宮に消去してもらった。
 それが二宮の能力、《記憶改変(メモリー・アレンジャー)》。
 脳を操ることが出来るその能力は、記憶、感情、脳に送られる信号等、脳に関する事なら何でも出来てしまう。
 故に、能力を持つ二宮は扱いに気をつけなければならない。
 記憶というのは、膨大な数のタンスの引き出しと言える。「どうしても思いだせない」という状態は、タンスの引き出しとして記憶はしているのだが、その引き出しの在りかを忘れているという状態である。
 その数多の引き出しの中から、二宮は検索をかけて対象の記憶(ひきだし)ごと抜き取る。こうする事によって、記憶が消去される。
 ちなみに、記憶に関しては改竄したり勝手に追加させることも出来るそうだ。しかし二宮はそれらの力を使おうとはしないし使いたくもないと言っていた。
 やたら乱用すると記憶障害を偶発させる事態になるかもしれないからだ。
「第3会議室……第3会議室……」
 坂口は信条に渡されたメモを頼りに第3会議室を探している。
 第3会議室は、基本あまり使わないそうだ。「貴方は新しくここに超能力者として加わった。だから超能力を持った仲間達と知り合っておいたほうがいいと思うの」――ジョディー先生からはそう言われた。
 人形劇の事件――淵野辺の一連の事件で知り合った二川、向学、ジェミニ先輩も超能力者だ。
「……ここかな?」
 「第3会議室」と書かれた表札を目にした。――ここに違いない。坂口はドアを開けた。
 中は取調室のように狭い。無造作に置かれた長テーブルには三人の男女が座っている。
「あら、貴方が新入りの坂口慎吾さんですの?」
「あ、はい」
 綺麗な金髪の女性が立ち上がった。
「そうですか。私は三年の苓北恵美(れいほく えみ)と申しますわ。……恥ずかしながら超能力は持っていないのですが、我が執行委員会の委員長として挨拶をしておきたかったので」
 丁寧なお嬢様口調で淡々と自己紹介をした。
 坂口は軽く頭を下げると、黒髪の女性に視線を送った。彼女もそれに気付いたらしく、立ち上がって坂口に近付いた。
 腰まで伸びた黒髪が柔らかく揺れる。
「私は神崎美穂(かんざき みほ)。恵美とは幼稚園以来の仲よ。何と呼んでくれても構わないわ」
 優しく微笑んだ顔に、坂口は少しはにかんだ。
「さて、これで自己紹介は終――」
「ちょちょちょちょ! 冗談キツいぜ愛しの委員長!」
 最後の一人、見るからにチャラそうな男が声を上げた。
「あら何か用?」
 苓北は蔑むような目で男を見た。
「俺もぐっさんに自己紹介したいじゃん? あ、新屋敷驫右牙(しんやしき ひゅうが)って言うんだ、アンタと同い年だから気軽に名前で呼んでくれYO!」
「お、おう」
 新屋敷は坂口の手を振り回すように掴んだ。
「ごめんなさいね坂口さん。会議室にカナブンが紛れ込んでますのよ」
「え? カナブンって俺?」
 新屋敷は苓北を見た。
「当たり前ですの。何か文句が?」
「いやもっと言ってください」
「……」
 苓北は呆れたように溜息をついた。神崎がそれをあたたかい目で見守っているのに気付いた苓北は「違いますわよ!?」と説得した。
 自己紹介もあらかた終わり、解散となった。
 それにしても先程の二人といい、ホワイト学院には美人が多いものだ。
「自分もこういう学校生活を望んでたりしてたんかな……」
 坂口はとりあえず信条にメモの礼を伝えるべく、彼女が普段居る部屋に向かうことにした。

 一方の信条美咲は、パソコンと睨み合いをしていた。中学時代に滞納していたレポートの提出を済ませておけ、と二宮に釘を刺されたのだ。
 ――なんてこった、滞納なんてするんじゃなかった。
 最早取り返しはつかないので頑張るしかない。
「……!」
 ふと美咲はパソコンとの睨み合いをやめた。――ドアの奥からの殺気めいた気配を感じ取る。
 息を潜め、パソコンを閉じる。心拍数が跳ね上がっている。指先がとても冷たい。――この不愉快な感覚の原因は、ドアの奥に居る私の兄、信条皐(しんじょう さつき)に違いない。
「いるんだろ? みっちゃん。開けてよ」
 思わず「ひっ」と声を漏らす。
「やっぱり居るじゃないか、可愛いなあ」
 鍵が開いているのに気付いた皐は、ドアを開けた。
「……? いない?」
 皐は部屋を見回した。
 直後。
 皐の左肩が一閃した。美咲が開いたドアの上から日本刀でバッサリと切り捨てたのだ。
 宙を舞う左腕を見た皐は、少し笑った。
「ははは、酷いなみっちゃんは」
 笑ったとは言うが、それは声だけだ。顔は常に真顔。――証明写真ほどの真顔ではないが。
「ま、こんな傷は再生出来るしね」
 それを知った上で美咲も皐を切り付けた。彼の能力、《完全再生(パーフェクトリカバリー)》は、どのような怪我や損壊を受けても速攻で再生する。
 現に今、彼の左腕は見る見るうちに再生している。
「……」
 美咲は皐を睨みつけたまま、日本刀を構える。
 信条皐は、この能力を身につけてALEXに加入してからは法律では裁けない人間や、隠蔽をし続ける汚職政治家などを殺し続けていた。
 ALEXからの命令ではなく、自主的に駆逐を行っているのだ。
 ALEXの上層部や長官も、そのことを黙認していた。彼の殺害対象には、死んで当然の連中しかいなかったからだ。
 当の本人も、そのような連中を殺し続けるのは、世間に有害だから殺すというのもあるが刀の切れ味を試したいがため、と言っている。
 しかしそんな兄を認める気など美咲には更々無かった。とにかく彼を忌み嫌った。
 「切れ味試し」という理由で人命を蔑ろにするのは間違っている。美咲はそう主張した。
 否、美咲が最も主張したいのはそれではない。
 美咲自身、法律で裁けないような胸糞悪くする連中は死んでもいいとは思っていた。ただ、自分はそういう連中を殺すつもりは無いだけだ。
 しかし皐は美咲をALEXに加入する一環として、その殺しに加われと言うのだ。
 彼と同じ道を行ってしまっては、いつか大切な人を殺してしまうかもしれない。人の命の儚さを忘れてしまうかもしれない。
 その恐怖があった。故に、彼を認めたくはなかった。自分勝手かもしれないが、偽善かもしれないが、彼には間違いだと言い続けたい。その一心だった。

最終更新:2014年11月18日 23:23