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「くそ、一体どうなって……」
 三階。
 騒ぎの原因は最早爆破予告というよりAnswerの暴走といっていいだろう。
 この階もやはり混乱状態に陥っていた。むしろこうなっているほうが敵を見つけやすいのではないか、と坂口は思いついた。
 この騒ぎの中、一人だけ異様な雰囲気を放つ人間を探せばよい。
「お……」
 ――どんぴしゃり。
 その外見も、今の状況に対する挙動も、明らかに普通の人間のものではない男が一人いた。
 こんなにも広いショッピングモールの中、こうも都合良く現れるはずがない。――おそらく彼はこの時を窺っていた。
 会議室で見た画像。
 あれからして、この外見の男を、委員長は“アジタート”と呼んでいたはずだ。
「アジ、タート……」
 男との距離が5メートル程度になったとき、坂口はその名前を口に出してみた。
「……へぇ」
 男は確かに笑いながら口元を吊り上げた。
 坂口は確信する。彼はアジタート。敵だ。ならば先手必勝――!
「あァ?」
 油断していたアジタートの背後に《瞬間移動》で回り込み、ありったけの《超念動力》を頭部にぶち込む。
 まだ生まれたての能力といえど鉄筋を折り曲げる程度のパワーは普通にある。アジタートの首にかかるダメージなどいざしらず、坂口は堅気の衆に手を出した彼らに対する怒りをこめた攻撃を喰らわす。
 いや、喰らわせようとした。
「な!?」
 《超念動力》を巨大な弾丸のように発射したのは良かったが、それは呆気なく回避された。
 ――というのは誤りで、坂口の攻撃を回避したのではない。“効かなかっただけ”。
 攻撃を喰らったアジタートの上半身は砂のように吹き飛び、空中を舞ったのだ。
 銀色に発光するその粒子達は、残った下半身の周りを旋回し、いったん上昇すると、ひっくり返った蜘蛛の死骸の脚のような形の針をいくつも作って。
「うぐ……!!?」
 坂口の身体を、一斉に貫いた。
「、……!! ……。――!」
 声にならない、出てすらいない無音の悲鳴をあげる。
 視界がぼやける。だがしかし、自らを貫いた無数の針が抜けていくのはわかった。
 血で服が濡れていくのも感覚でわかった。
 ただ今は、彼と戦おうとした事に後悔をしていた。
 自分は、自分すら守れないのか。
 無力さを思い知ると同時に、意識が遠退いた。
 銀色の粒子達はアジタートの上半身を構築していく。顔が出来上がったあと、今一度、坂口の様子を確認した。
「なんだァこいつ? 一瞬でダウンしたぞオイコラ……」
 坂口の頭部を軽く蹴ったあと、つまらなそうに去っていく。
 《粒子兵器(ミストウェポン)》。
 アジタートの能力。自身の身体や他の物体を自由に粒子化、ないしは別の物体へと構築する事ができる能力。物体を構築するという能力においてはジェミニの《自由創造》にも近いが、戦術の広さなら《粒子兵器》のほうが格上である。
 坂口の身体を貫けたのは、粒子を硬化させ針のような鋭利な形状にしたからだ。

 所変わって再び四階。
「神崎先輩……!」
 神崎は新屋敷を見て安心しかけたが、すぐに異常事態である事を悟る。
 女の腕が小さな女子の身体を離れない程度に締め付けている。
 新屋敷のすぐ近くには気絶した男性。
 少し離れた場所に首の無い女性。
 ――それが両親であることを理解したくなかった。
「あなた……鬼畜ね」
 薙刀を構える。
 マエストーソは鼻で笑い、肩をすかした。
「それがどうしたってんだ、あ? 何? おこなのかえ? 激おこ? ン??」
「っ……!!」
 神崎は瞬時に詰め寄り、マエストーソの反射神経では対応できないくらいのスピードで攻撃をしようとした。――が。
「おーいおいおい、このガキが死んでもいいのかよ!」
 けらけらと笑いながら、女児の顔面を神崎に突き出す。
 無論、神崎はマエストーソを攻撃出来なかった。
「た……たすけて、おねえ、ちゃ……」
「大丈夫よ、安心して……」
 神崎は、涙しながら助けを求める女児を安心させることすら出来なかった。
 ――この鬼畜を取り除かねばならない。
 神崎はマエストーソを睨みつけた。
 新屋敷と山田も、マエストーソの気が触れない程度の距離まで詰め寄る。新屋敷の痺れは取れつつある。 ――だが人質がいるようでは動きようがない。
 既に西園寺は怪我人の手当に向かっていた。ただしあの家族の父親は、今起きれば発狂しかけないので手当を断念した。幸い、気絶しているだけで命に別状はない。
「おい。女。スフォルツァンドを連れてこい」
 女とは神崎のことだ。
 神崎は戦闘機のコクピットに攀じ登り、スフォルツァンドの姿を確認する。
 薙刀で肩を貫かれたからか、かなりの出血である。死にはしない程度だが。
 意識は無いが、脈はあった。神崎はスフォルツァンドにはたらく重力を軽減させ、片手で持ち運べる重さにした。
「……ほら」
 マエストーソの目の前に、スフォルツァンドを突き出す。そして、重力の軽減を解除する。
「フン、煩わしい……」
 マエストーソはスフォルツァンドの髪の毛を引っ張る。
 ――成人男性の身体を片腕で持ち上げた……? めちゃくちゃね。と、神崎は少し驚いた。
 マエストーソはスフォルツァンドの脳に直接電気信号を送る。
 もう片方の、女児を抱えている腕で器用に携帯電話を取り出す。
「私だ、マエストーソだよ。苓北恵美は確保出来たか?」
「――!!」
 神崎、新屋敷は確かにその言葉を聞き逃さなかった。
「――ああ、そうかい。そんじゃ話が早い」
 再びスフォルツァンドに電気信号を送る。すると、マエストーソの前方に空間の境目が現れた。
「そんな、ハサミを使わずに……!?」
 どういう原理かはわからないが、マエストーソは彼の頭を弄り、無理矢理能力を行使した。――あの巨大ハサミを必要とせずに、だ。
 空間の境目から、拘束された苓北とトランクイッロが現れる。
 トランクイッロは苓北のこめかみにショットガンを突き付けている。
 また一人、人質が増えたということだ。
「……ん?」
 トランクイッロは覚えず声をあげた。
「あ? どうしたよ?」
 マエストーソが聞くと、トランクイッロの顔がだんだん固まっていく。
「……しまった、スキルジャマーをつけっぱなしだ!」
 トランクイッロがそう言うと、マエストーソは目を見開いた。
「馬鹿野郎が! それを早く言――」
「今だ、やれぇっ、苓北!!」
 空間の境目から二宮が飛び出し、ショットガンを拳で弾き飛ばす。
 ――スキルジャマーが効いているということは、この空間の境目も強制的に閉ざされるということだ。
 さて、強制的に閉ざされる時、“間になにかが存在する”とどうなるか。
 苓北は身体を捻り、トランクイッロを空間の境目のほうへ押し出す。
「っ――!!」
 答えは簡単だ。
 強制的に閉ざされるのだから、切断されることになる。
「あぐぇえええっ!!!!」
 トランクイッロは叫び声を上げながらのたうちまわる。
 左腕が置き去りにされたからだ。噴水のように噴き出す血が、マエストーソの足に付く。
「もらった……!!」
 その間に、神崎がマエストーソを薙刀の刃が付いているのとは反対の部分――つまり石突きで弾き飛ばすのはたやすい事。
 マエストーソはのけぞった。
 宙に舞う女児を新屋敷がキャッチし、隙を見た山田が高圧の“水弾”を飛ばし、マエストーソに追撃を与える。
 《車軸流し(スプライトウォーター)》。水を操る山田の能力。身体そのものを水にしたり、高圧の水ビームや弾丸を飛ばすことも可能だ。
 空間が閉ざされたため、スキルジャマーの効果は及んでいない。トランクイッロは、あちら側にスキルジャマーを置き去りにしていただけだ。ただ、空間が繋がると効果が及ぶだけであって。
「くそったれが……! なめんなァ!!」
 マエストーソは更に強力な電撃を地面に這わせた。するとトランクイッロとスフォルツァンドが寝転がっている部分の床がめくりあがり、二人の身体を吹き飛ばした。
「まずい、スフォルツァンドを動かして逃げる気だ!」
 山田が叫ぶと、初対面の神崎はそれに応じるかのようにマエストーソにはたらく重力を強力にした。
「遅いっ……!」
 ほくそ笑むマエストーソ。
 スフォルツァンドの頭を既に掴んでいた。電気信号を送り込み、空間の境目を身体の下につくる。
 しかしそれだけではなく。
「きゃっ……!?」
 口に貼られていたガムテープを取る途中だった苓北の足元から手が現れた。マエストーソの手である。
「まずい、恵美――!!」
 咄嗟にマエストーソにかけた強力な重力を緩和しようとしたが、マエストーソが一足先に苓北の足を引っ張った。
 そのまま三人は空間の境目から消え去っていった。――スフォルツァンドを残して。
「ぁ……」
 神崎は震える手で床を触る。
「恵美ぃぃぃぃぃぃっ……!!!」
 二宮はスフォルツァンドにゆっくりと近付き、脈をはかる。
 ――スフォルツァンドは、マエストーソによる無理矢理すぎる脳への電気信号に耐えられず死亡していた。
「居場所を聞き出すあては無い、か――」
 二宮は舌打ちをした。
「……」
 その様子を、部外者である山田は黙って見るしかなかった。
「……ALEXの者だな。ご協力に感謝する」
 二宮は軽く頭を下げた。
「……ああ」
 山田はいてもたってもいられず、西園寺を探しにいくことにした。

「……わ、凄いケガ! 大丈夫ですか!」
 西園寺は坂口を発見していた。
 彼からしたら、まさに九死に一生を得ることとなった。
 西園寺の《触き返す息》により、傷口が見る見るうちに塞がっていく。
「くっ、……ふぅ」
 この大怪我を治療するのに体力を使いすぎた。
 西園寺は汗を拭った。
「……すいません、ありがとうございます」
 坂口は息を整えようとした。
「もう大丈夫。安心してね」
「……あなた、超能力者、ですよね?」
「うん。まあこんな能力見せたら誰でもそう思うよね……えへへ」
 西園寺は無邪気に笑った。
 ――なるほど、ポニーテールって可愛いんだなぁ。
 坂口はそんな悠長な事を考えながら瞼を閉じた。
「む、今変な事考えましたよね?」
 目を細める西園寺に、坂口は苦笑いした。

最終更新:2014年11月18日 23:27