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「……うえぇ、まっずいわコレ」
 新発売の清涼飲料水。城ケ崎はこの清涼飲料水を以前からCMで度々見かけていたので気になってはいた。
 ここ、「東京のヨハネスブルク」などと揶揄される晋蝶栄(しんちょうばえ)区のダウンタウンを暇つぶし程度に散歩していたところ、ボコボコに歪んだ自販機にてそれに出くわした。
「とりあえずコイツを頂くか……」
 “清涼飲料水の時間”を巻き戻して、自販機の中へと戻す。
 壊れかけだったせいか、自販機のボタンを押した際、全く関係のないジュースも出てきた。そのジュースを彼は手にとり、舌に残った味を抹殺した。

 さて、もうこんな治安の悪い街は出ていこうと決めた時。
「……!!?」
 突如目の前で起きた爆発。
 城ケ崎は直ぐさま時間を止め、素早く跳びのいた。
(……超能力者の直感に救われたな。もしあと少しでも時止めに遅れたら内臓がシェイクされてた)
 ジーンズに付着した砂埃を叩こうとしたが、時間を止めたのだから砂が付くわけが無かった。自分が生存するのに必要な要素以外は、全て停止するのである。
 あまりに唐突な奇襲だったので、城ケ崎はそれを忘れていた。
「さてと、どこのどいつの仕業かねえ」
 憤りを露わにしながら停止した世界を見渡す。
 ――怪しい場所はない。
「……ふむ」
 取り敢えず。時間の停止を解除することにした。
 解除するや否や、熱風が身体をたたき付けた。
 いや、それよりも。このようなガラの悪い街で騒ぎを起こすのは非常に不都合であった。
 ため息をつく。
「……」
 若干、足を後ろに移動させる。
 ――来た。
「このっ!」
 城ケ崎は頭上にナイフを振り上げた。
 ――ビンゴ。
 “誰か”を切り付けた。
「……」
 涼しげな顔で態勢を空中で整え、流麗な足取りで着地したのは女性だった。
 否、女性と言うよりは少女に近い。
 クリーム色の髪の毛は肩まで伸びており、黒いカチューシャを装着している。
 そしてこの汚らわしい界隈には不釣り合いな純白のドレスに、それと対を成すかの如くデザインされた、胸元と右肩の真っ黒なリボン。そしてロングブーツ。
 ――あまりに美しいが、あまりに不気味である。
 顔はとても綺麗で、恐らく晋蝶栄区に住む者ではないのだろう。むしろ外人である。
「お前だな、俺を殺そうとしたのは」
 ナイフの切っ先を少女に向ける。
 少女は城ケ崎に返答することなく、機械めいた表情で彼を見つめた。
 その瞳は冷徹で、ヒトさえも風景の一つとしてしか認識していないようだ。
「沈黙はイエスと判断させてもらおう」
 城ケ崎は容赦なく時間を止め、少女に切り掛かる。
「……マインドコントロール」
 突然、少女は物静かな声で言った。
「!!」
 城ケ崎は進撃を中断した。
(馬鹿な、確かに時間は止まっているはずだぞ!?)
 絶対的な時間停止の壁がいとも簡単に突き崩された。
 それ自体が想定外であり、頭の整理が追い付かない。
「お前に“時間を止めた”と錯覚させた。……それだけ」
 少女は表情を変えずに言い切った。
 彼女の死神のように冷たい双眼は、確実に城ケ崎を捕らえている。
「へっ……なめんなよ!」
 しかし城ケ崎とて超能力者。戦闘には慣れている。たとえ時止めが使えなくても戦える。
 だが、ナイフで素早く切り掛かるも彼女はひらりと身をかわす。
 まるで攻撃先がわかっているかのように、ひらりひらりと。
「くそっ……」
 城ケ崎は苛立っていた。
 攻撃が当たらない事にではない。
 彼女が、能力を使わずにただ回避だけしている事に苛立っていた。
 弄ばれる事に不快感を覚えない者はまずいないだろう。――当然ながら、城ケ崎も不快感を覚える者の一人であった。
 身体どころかドレスにさえ命中しない。完全に、彼女の舞踏に翻弄されていた。
 ――そして次の瞬間。
「うっ……!!」
 再び厭な予感を感じ取った城ケ崎は素早く後ろに跳びのいたが遅かった。
 先程の爆発はやはり彼女の能力によるものであった。城ケ崎は爆発をもろに喰らい、宙を舞った。
「ぐふっ……」
 地面に叩き付けられる。起き上がらぬまま、少女を見上げた。
 依然として表情はロボットのように変わらないままだ。
 少女が痛みに苦しむ城ケ崎を見下ろしていると、彼女の背後からもう一人、何者かが現れた。
「もういい、クラウディア」
 その男は少女をクラウディアと呼んだ。
 彼女ほどの無機質さはなかったものの、彼の目もまた、冷徹さに溢れていた。
「……」
 クラウディアは頷くことなく彼に従った。男が前に出、城ケ崎に近寄る。
「こいつは初対面の超能力者を敵と認識する癖があってな。許してやってくれ」
「……はあ……?」
 腹部の損傷が激しい。城ケ崎にとって、今は彼らが敵とか敵じゃないとかの問題ではなく、これが致命傷なのか致命傷じゃないかの問題だ。
「……さてクラウディア。君にやってもらいたい事があるのだが」
 男は恐ろしいほどに切り替えが早かった。
 もはや城ケ崎は視界にすら入っていなかったのである。
(くそったれ……こんな屈辱は初めてだ……!!)
 “時を操る”という強大な能力に絶対の自信を持っていた城ケ崎。
 しかしその自信は同い年程度の少女によって一瞬で突き崩され、挙げ句の果てにいきなり出て来た男には、僅かな説明を述べられた後、「自分は関係無い」かのような態度を取られた。
「……」
 凄まじい殺意に駆られながらも、まずは傷を癒す為に退避することにした。
 城ケ崎は一瞬で消え去った。――消え去った、というよりは時間を止めて移動した、というほうが正しいのだが。
「……これはアメリカが持っている重要なパーツの一つだ。“ピースメーカー”の軸となるだろう。頼んだぞ」
 城ケ崎が悔やむ間にも、男は淡々とクラウディアに説明をしていた。
 クラウディアは軽く頷く。
「わかった、成峰。……行ってくる」
 男――成峰(なるみね)は満足そうに頷いた。
 少女は自らの爆発を引き起こす能力――《見えざる爆弾(ゲイブ・ミー・ジ・エンド)》を応用した高速移動で、目的地へと向かっていった。
 ――爆発を引き起こす、というのは少し違う。この能力は、爆発を操るのではなく、爆発の素となる特殊な“電波”を操るのである。
 スカラー電磁波。
 “波紋”のように拡がるソレは、二つの波が重なり合うと爆発するのだ。
 座標を指定しての攻撃も出来、“方向という概念を持たない”ため、向学のような反射能力も突き破る。
 爆発を推進力にしての高速移動や気象操作、地下で爆発を引き起こしての人為的な大地震。本来ならばスカラー電磁波は空想科学に過ぎなかったはずのもの。
 それを実際に操る、というのはかなりの脅威である。
「……」
 成峰の懐のスマートフォンが鳴り出した。――電話の主はアイザックだ。
「……もしもし」
「アイザックです! クラウディアさんはどうでしたかな?」
 陽気な声が成峰の耳に入ってきた。
「……たった今送らせたところだ。しばらくしたら空間移動させてやってくれ」
「いやぁ、それがスフォルツァンドさんが死んでしまいましてね!」
 こりゃ参った、とアイザックは言い足す。
「空間能力者は珍しくないと聞いたが」
「冗談ですよ。スフォルツァンドさんが死んだのは事実ですがね。了解しました! すぐに戻ってきてください」
「了解」
 成峰は通話を終えた。
 爆発の余韻なのか、微妙に焦げ臭い。――早いところここから出ていくか、と心の中で吐き捨てた。
(まったく、俺らのボスは仲間が死んでも調子が変わらないんだな――)
 彼の有害としか思えない能天気っぷりは、しかしながらどこか狡猾さが垣間見える。

最終更新:2014年11月18日 23:28