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カモメの集団を見つけた。
ゼボォット・ロソマ少尉は、窓に広がる光景を眺めていた。
太平洋――ハワイから少し離れた場所に位置する海上プラントに、圧縮ビーム型核兵器「グングニル」が保管されていた。
第三次世界大戦で未曾有の危機を齎した「ピースメーカー」の主砲となっていたソレは、「自国の防衛の為」という建前のもとに海上プラントに設置された。
そのグングニルが格納されているプラントに入ることを許されているのは海上プラント最高責任者と合衆国大統領の二人のみ。
当然ながら他のプラントとの繋がりも厳重であり、カモメ一匹でも近付こうものなら即座に射殺されるのが運命だ。
このゼボォット・ロソマ、海上プラント内の中でも特に嫌われていた。
理由は簡単だ。
彼はプラントの一つ、「エリアC」の責任者を担当しているのだが、エリアCでの重労働はまさに奴隷そのもの。
兵士達は「365日24時間働くべし」「腹が減るなら爪の垢を食え」という、ブラック企業めいた教えのもとに働かされていた。
嫌われて当然である。
「イエス! 今日は絶好調だね!」
ゼボォットはそんな兵士達を気にとめることなく、日課の“射的カモメ”を嬉々として行っていた。
海上プラントの兵士達には、電力で動く「レーザーライフル」が支給される。
ゼボォットのライフルは、一発に使う電力を倍増させた自身の改造版のものだった。
命中してしまった運の悪いカモメは、ほとんど肉を残さぬまま爆散し絶命する。
「さてと、これくらいにしてコーヒーを飲もうか」
カモメ殺しに飽きると、アメリカのテレビ番組を見ながらコーヒーを飲みはじめた。
一応、このプラントにも電気、ガス、水道は通っている。
「……チッ、今日は電波が悪いか」
ゼボォットはノイズを交えるテレビに舌打ちをした。キャスターの顔がひしゃげ、奇妙な姿へと変貌しているのを見ているのは些か気分が悪い。
渋々電源を切り、冷蔵庫から食べ物を取り出すことにした。
「……!」
クッキーを取り出した途端、部屋のブレーカーが落ちた。
――本来ならここですぐに非常電源に切り替わるはずなのだが、いつまで経っても切り替わらない。
「……なんなの?」
苛立ちを露わにしながら、乱暴にソファーに寝そべる。
クッキーは食べる気を無くしたので冷蔵庫に戻した。
――しかしこのままでは自分の生活に支障をきたすどころか、このプラントの稼動自体にも問題が生じる。
やれやれ、久々に部下達を指導するか、とゼボォットは背筋を伸ばす。
直後。
「ロソマ少尉っ!!」
ひどく慌てた様子で、それこそドアをぶち壊しかねない勢いで、部下の一人が入って来た。
「なんだどうしたデリック? 非常電源なら、ここも切り替わっていないが」
「し、侵入者ですっ……! あれは人間じゃない……うわああああああっ!!!」
デリックと呼ばれる部下は、汗水を垂らしながら部屋に駆け込んできた。隠れられる場所は無いかと必死になって探しているようだが、何故そのような事をしているのかゼボォットにはさっぱりわからなかった。
「おいっ! 話が掴めないぞ。下で何があったんだ?」
ゼボォットは速歩きでデリックに近寄る。
そしてその瞬間。
「――っ!!?」
ドアが、爆ぜた。
何の前触れもなく爆発したのだ。
熱風がゼボォット達を包みこみ、押し倒そうとする。
コーヒーカップが吹き飛び、床を汚した。四散したドアの破片が壁にめりこむ様子は、投げナイフを連想させる。
爆発の煙が晴れてくると、中から少女が現れた。
「こ……これは一体……」
ゼボォットは窓から海に飛び込む覚悟をした。――デリックを見捨てるつもりで。
この高さから太平洋に飛び込むなど自殺行為かもしれないが、どう足掻いても彼女から逃げられはしない。
少女の双眸がその全てを物語っている。
目が合った瞬間、殺される、という感覚に囚われた。
「……」
少女――クラウディアはゼボォットに近寄り、口を開いた。
「……TRA-59392、グングニルはどこにある」
「……え?」
なぜ、それを知っているのか。ゼボォットの中に素朴な疑問が浮かんだ。
一方のデリックは、クラウディアが彼と話している隙に間合いを取ろうと、ゆっくり離れていった。亀よりも遅く、1ミリ1ミリ確実に後退する。
「こ……ここからブロックFまで渡って、」
「口頭ではなく図を用いてほしい」
ゼボォットの説明を遮り、クラウディアは静かに言った。
ゼボォットは口元を震わせながら辺りを見回す。――確かデスクの引き出しに地図が入っていたはずだ。思いだした彼は、縋り付くようにデスクに近寄り、乱暴に引き出しを抜き物色する。
「えっと、こ、こここれだ。ここ……」
痙攣しているかのような手つきでペンを持ち、グングニルが格納されているプラントを黒で囲む。
「……」
クラウディアは右手で地図を取り、左手をゼボォットの頭に乗せる。
「た、頼む――! 命だけは……」
彼女はしばらく地図を見つめていた。
「……わかった。そっちが何もしてこないのなら」
言って、ゼボォットの頭を爆破するつもりで添えた左手を離し、彼に背を向けた。
――ゼボォットの狙い通りだった。
(引っ掛かったな、ガキめ――!)
デリックの装備からくすねていたレーザーライフルをクラウディアに突き付ける。
「おっと……動くなよ?」
勝ち誇った顔でクラウディアに言う。
銃口は彼女の後頭部に密着している。少しでも怪しい動きをすれば直ぐに撃ち抜けるのだ。
「……」
しかし。
クラウディアにその程度の脅しは通用しなかった。
彼女は銃口に怯えることもなく、それどころか躊躇いもなく振り向いて、自ら銃口に額を押し付けた。
「な……!? 一体何を考えて……」
ゼボォットから焦燥の色が見えはじめていた。
一滴の汗が、頬を伝う。
「血迷ったか……!?」
実際、そうとしか思えないのだが、しかしあまりに凛としたその風貌と余裕さが、何か別の意味を持っているようにも見えた。
「お前は私を殺せない。それだけ」
――舌が渇く。
――いったい何の根拠があって。
「うっ……ふぅっ……」
気休めにもならない深呼吸をする。
「なめるなァッ!!!」
ゼボォットは腹の底から叫び声を上げ、力一杯に引き金を引いた。
「……だから」
言ったはずだ、と。
殺伐とした部屋の中に、少女の声が浸透した。
「……!?」
かちり、かちりかちりかちり。
何度も何度も引き金を引き直す。
しかし、発砲できない。精神的な意味ではなく、機械的な意味で。
理由は至って簡単だった。
スカラー電磁波により、機械が破壊されていた。それだけの事。スカラー電磁波は、機械をも狂わせるのだ。
「じょ、じょじょじょ冗談だ! ちょっとした余興だ……な!? デリック!? そうだよな――」
言い終える前に、ゼボォットの頭は四散した。
肩から上は黒煙に包まれている。ゼボォットだったソレは膝をついて倒れ込んだ。
哀れで身勝手な少尉は、ただの肉塊へと降格したのだ。
「――」
一部始終を見ていたデリックは、今にも泡を吹いて気絶しそうだった。しかし気絶したらもうこの世のものではいられなくなると思い、必死で堪えた。
クラウディアはデリックを一瞥すると、表情を変えずに去ろうとした。
「待っ――」
知らず、デリックは彼女を呼び止めようとした。
「……」
彼女の足が止まる。
デリックは自分の軽率な口を抓った。
「何」
とくに苛立てることなく、彼女は訊いた。
「いや……その、俺の事は見逃すんだなって」
俺は何を言ってるんだ、と心の中で呟く。
「……貴方には、生きてほしいと思ったから」
「……え?」
首を傾げた。――どういう意味を持った発言なのか検討すらつかない。
「凄く――悲しい眼をしている」
クラウディアはそれだけ言って、部屋をあとにした。
「……」
悲しい眼、と言うのには心当たりがあった。
海軍で、ここに配備される時、上司からも同じ事を言われたのを思い出す。
かつてはストリートチルドレンであって、はいつくばって生活していたからかもしれない。
全てを失ってでも、仕事を得ようとした若い頃。老夫婦に拾われた。
幼い頃憧れていた海軍に志願したいという無理にも首を振ることなく、叶えさせてくれた今は亡き老夫婦への感謝は今でも忘れていない。
――あの少女は、それを知っていたのだろうか。
デリックは「まさかな」と呟いて、天井を見つめた。
――確か脱出用のボートが各ブロックにあったはずだ。
恐らくこのプラントはあの少女によって破壊される。そうなる前に逃げよう、とデリックは立ち上がり、非常階段を降りていった。
◇
サイレンが鳴り響く。
侵入者が現れた合図だ。
「くそ……ライフルが使えないぞ!!」
「た、助けてくれ、ぉ゛ぶぇっ!!!」
武器も能力も持たぬ人間を殺す事など、超能力者からすればパンにバターを塗る事よりも容易である。
クラウディアは武器が使えないと腹をくくった兵士達を次々と爆破していく。
爆発には煙が伴う。
それを逆手に取り、兵士達は彼女を取り囲み袋だたきにしようとした。
当然ながらクラウディアは兵士達を爆破する。
――すると彼女の周りは煙に包まれるのだ。
彼女の視界が不明瞭な間に、兵士達は手榴弾を手当たり次第に投げつけた。
彼女が煙から抜け出したのを確認すると、それを待ち構えていた兵士がナイフで切り掛かる。
「んぐっ!?」
しかしクラウディアはそれをわかっていた。そこで彼女は投げ入れられた手榴弾の一つを持ち込み、切り掛かってきた兵士の口の中に強引に押し込んだ。
兵士の頭が爆裂する。立て続けに兵士の集団を爆発で一掃する。
すると、ここ、見晴らしの良い一面ガラス張りの廊下。その廊下から見渡せる光景に、戦闘ヘリが入り込んだ。
クラウディアが走り出したのと同時に、戦闘ヘリの機関銃から無数の銃弾が吐き出された。
ガラスは次々と破壊されて、廊下にその破片が散らばる。
ミサイルも飛来してくるが、クラウディアは爆発の推進力を用いてひらりと回避し、スカラー電磁波の爆発で相殺する。
機関銃の弾幕には、爆発の弾幕で対抗する。
一定範囲内に入り込んだ銃弾を自動的に爆破していく。
しかしそれを続けていくのも面倒だと考えたクラウディア。再び爆発の推進力を利用し、瞬時に戦闘ヘリへと跳躍する。
機関銃は戦闘ヘリの機首に搭載されている。機関銃の銃身の上でバランス良く立っているため、戦闘ヘリの兵装では彼女を攻撃出来ない。――攻撃が届かないのだ。
「くそっ……くそっ!! どけよっ、怪物っ……!」
半狂乱のパイロットは、子供がヘリを振り回すような操縦をして彼女を振りほどこうとした。
が、戦闘ヘリとて所詮は機械。
クラウディアによって戦闘ヘリは無力化され、その場に止まる事となった。
「……」
無言でコックピットのガラスを破壊し、パイロットに近寄る。
「頼むっ……! 命だけは、命だけは……!!」
パイロットはクラウディアに縋り付き唸った。鼻水と涙で顔面がぐしゃぐしゃになっている。
クラウディアのドレスに、涙なのか鼻水なのかわからないものが付着する。
「……その言葉は聞き飽きている」
しかし、その体液に動揺や嫌悪を抱く前に――少女は冷徹な一言を浴びせた。
クラウディアはパイロットの襟を掴み、ひらりと彼の身体を浮かせた。
「うぐっ――」 宙に舞う身体はそのままコックピットから投げ出され、海へと真っ逆さまに落下した。
どぼん、という鈍い音を聞いてから彼女は操縦席に乗り込み、格納庫へと向かうことにした。
最終更新:2014年11月18日 23:28