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「観念なさい高倉。貴方も私の能力が如何なる物かは知っているでしょう」
神崎はポケットから縮小させた槍を取り出し、拡大する。
「……さすが“ジーン”に選ばれてる能力者だ。自信マンマンだねぇ」
高倉は半笑いを浮かべつつ肩を竦めた。
「ジーン……!? まさかあの……!」
ジーン。
【アザーズ】が定義した一つの称号。
それは、アザーズが警戒する“危険な遺伝子(ジーン)”の意味合いを持つ。アザーズはそれを「“非常に強力な名誉ある能力者”であることの勲章」と称し、CIAを経由して四人に与えた。
一人は城ケ崎秀一。
一人はクラウディア・ロゼッタ。
一人はアイザック・セフィウス。
一人は神崎美穂。
然しながら彼ら四人は――クラウディアとアイザックら二人は別として――お互いがどのような能力かは知らない。尤も、関わる機会が無いだけなのであるが。
そのジーンという称号を持つ少女を目の当たりにしてスピリグリーは感嘆の声を漏らした。
「しかしだな、神崎美穂。お前は俺を止めることはできない」
絶対的な能力者を前に、高倉は断言した。そこに一点の迷いもなく。
「ちょっと言ってる意味がわかんないわ」
神崎は少し早口で言い返す。薙刀の矛先を高倉へと向け、一歩、二歩と彼に歩み寄る。
「格納庫以外の全てのブロックには、強力な時限爆弾をセットしたと言ったはずだろう? あれは試作の爆弾でね。発火した時に中で核分裂が起きるようになっているんだ」
言ってくつくつと笑う。
「その前に私が食い止めてやるわよ」
高倉を見据えて言い放った。敵意の篭った双眸が、彼を明らかに刺激していた。
「物分かりの悪い女だ。それでも全国模試で順位一桁を取った奴か?」
「……なんですって?」
高倉の全身をしっかりと識別できるように薙刀を少し下げた。
――左足は踏み込んである。奴との距離は3メートルちょっと。……この間合いなら一瞬で詰められる。
事実、彼女のスピードならばそれはたやすいことだ。
「既にこの場にはスキルジャマーが展開されているということだよ」
高倉の一言に、神崎は目を見開く。
そして、彼の背中から機械的な翼が一対現れた。
「貴方……サイボーグだったのね」
「さすがにこのスピードには――」
その時。
神崎の背後に、高倉はいた。
「追い付けまい……!」
薙刀の石突きで背後のサイボーグを突き飛ばそうとしたが、しかし、彼はそれよりも速く神崎の目の前に現れ、鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐぁっ――! っふ……くふぅっ……!」
回り込まれたかと思えば、また回り込まれた。
胃袋ごと逆流してしまいそうな不快感に耐えれず、ひざまずく。
その間にも、神崎は高倉の翼がどうなっているかを確認した。
機械的な翼は、本当に機械で出来ていた。言わばブースターのようなものだ。あれの推進力が、彼の機動力を支えている。
能力は使えない。
だがそのための薙刀だ。
能力が使えないからといって非力な少女になってしまうことは決してない。
その様子を酒の肴程度に見ていたスピリグリーの目の前に、高倉が瞬時に移動した。
「せっかくだから武器になれ」
高倉はスピリグリーの腹部を手刀で突き破り、中から臓器を引っ張りだした。
「が――げぇっ……!?」
スピリグリーは自分が何をされたのかにようやく気付いた。青ざめる顔とは正反対に、腹は真っ赤に染まっていく。
「違った……臓器じゃない、骨だ」
腹の中の手を掻き混ぜる。手を上にやると、固い感触があった。――高倉の探していた骨である。
「――」
スピリグリーは虚ろな目で、口をあんぐりと開けたままになっていた。
ぬぼっ、というかつて聞いたことのない、骨を抜き取る音が神崎の耳にも入ってきた。
「……」
彼女は薙刀を持っていないほうの手で口を押さえながら立ち上がる。
――吐き気を堪えなくては。神崎は自分に言い聞かせる。
「ま、これくらいなら武器になるか」
高倉はサッカーボールのようにスピリグリーの遺体を蹴り飛ばすと、抜き取った二本の骨でジャグリングを始めた。
絡まりついていた血液があちこちに飛散する。
ジャグリングを終え、二刀流の構えをして神崎と対峙する。
「見逃すと言ったが、やっぱナシだ。死んでもらうぞ」
高倉の身体は肉眼では追い付けない程の速さで駆けた。
――だが肉眼で追い付けないのなら感覚で追い付けば良い。
「っ……!」
薙刀を前後斜め、後ろが上を向くように構えた瞬間、重い感触が薙刀を伝わって手に響いた。
そのまま後ろを振り向く。
骨を武器にした高倉はそれに反応し、高速移動を再開する。
神崎はこの好機を見逃さなかった。
高倉のブースターは、燃料を噴射するのが原因なのか、軌道が一瞬見える特徴がある。
軌道は確実に神崎を取り囲むようなカタチだった。
つまりこのまま薙刀を回転させれば、たやすく高倉に命中するのだ。
「もらった……!」
神崎は予定通り薙刀を回転させ高倉へと攻撃を仕掛ける。
――刹那、鼻で笑う声が耳に入った。
「な……」
――確かに。神崎の読みは高等なものであった。しかし、同時にその読みは在り来りであり、何よりも戦う相手が普通ではないという事が視野になかった。
軌道は確かに取り囲むようなカタチだった。誰が見てもそう思うだろう。
だが相手は機械で出来ている。見かけの動き――つまり目視できた範囲だけで読み取った場合――の限りでは取り囲んだのかもしれないがそれこそが、まさに彼女の読みの落とし穴。
高倉は、回りこんだと見せかけて神崎の死角で跳躍していたのだ。
高倉は、神崎の頭上を舞っている。
当然神崎は薙刀を回転させたばかりに隙が生まれる。――能力が使えないばかりに、本来なら能力を使えば一瞬にも満たぬ間に倒せるはずの相手に、神崎は翻弄された。
咄嗟に彼女は華奢な身体を翻そうとするも、遅かった。高倉はオーバーヘッドの要領で骨を振り下ろす。すると神崎の身体はやすやすと吹き飛ばされた。
「ぁっ……!!」
先程の薙刀を伝わったものと比較すれば桁違いである衝撃が神崎の全身を悪趣味に抱擁した。
電気ショックじみた感触。
壁まで飛ばされたたき付けられたインパクトは、身体中が音叉に早変わりしたかのよう。
「一つ訂正があるが、俺は改造人間(サイボーグ)なんかではない。人間型自律思考機械(アンドロイド)だ」
「……あら、そう?」
呼吸を整えながら返事をする。神崎本人としては、サイボーグだろうがアンドロイドだろうがホムンクルスだろうが、変わりは無いと感じていた。結局は人の手が加わった義体であり、自然的に誕生した訳ではないからだ。
「サイボーグは生身の人間に改造を加えたものだ。だが俺はゼロから創られた機械そのものなんだよ。対話インターフェイスや自律AIを積むことによって人間らしくはなっているし喜怒哀楽の表現も可能だ。だが虚無から生まれているからこそ、サイボーグよりも忠実に任務を熟すことが出来る。……『罪悪感』を取り外すことによってな」
ま、罪悪感を感じない例外な生身の人間はごまんといるがな、と付け足す。
「直にここは沈む。……俺を倒すんなら今のうちだぜ」
高倉は悠々たる笑いをこだまさせた。
――呼吸が整ってきた。神崎は立ち上がり、ついてもいない埃をはらう。
すると高倉は嬉しそうに口を開いた。
「……おっと、もう爆発三秒前だ!」
彼は懐からサブマシンガンを取り出して神崎に向かって乱射した。
薙刀で銃弾を幾つか弾いたが、高倉の狙いは足止めだった。
「あばよ! 死ねやぁ!!」
これまでにない速さで神崎に詰め寄り、そのままの勢いでパンチを繰り出した。
「ぐっ……!!」
華奢な身体は薙刀で防いだだけでは耐え切れず、膝をついてしまった。
――それにしてもこの薙刀は頑丈である。神崎はつくづく思い知らされた。……これは頼れる相棒だ、と。
そして、爆発は起こった。
「……!」
爆音と閃光が部屋の中を駆け巡る。天井に張り巡らされたパイプは破裂して水を巻き上げ、床からは爆発と思わしき火の粉が舞い上がる。
高倉はパンチの勢いをそのまま壁にぶつけたらしく、壁にはぽっかりと大きな穴が空いていた。そこから脱出したのだろう。
床が欠陥住宅のように傾く。
否、床だけではなく、ブロックごと傾いているのだ。
「まずっ……このままじゃ……!」
滑り台とすら言えなくなる程の角度まで傾いてきた。更に床は水で滑りやすくなり、前方からはスピリグリーの私物が飛来してくる。
神崎は薙刀を床に刺し、辛うじてその場に留まっていた。
見上げればだらし無く開いたドア。見下ろせば奈落の底で待ち構える海。流れ落ちる水は滝を連想させる。
目の前にスピリグリーの遺体が滑り落ちてきた。滝を赤く濁しながら海へと落ちていく。
落下する彼の私物や瓦礫がいつまでたっても海の中へと入り込まないあたり、相当な高さだ。
「スマホ……スマホ……」
ポケットに手を突っ込む。左手だけで薙刀にぶら下がるのはかなりしんどい。
「あった……! ジョディー先生……頼むから出て来て……!」
幸い、ここは電波が通っているから大丈夫だ。しかしながら焦りを隠せずに震える右手で、通話先を選ぶ。
「――」
覚えず息を殺す。
聞こえるのはプルルルルルルルル、という聞き慣れた音。
『Ms.神崎ね。そっちはどう?』
神崎は安堵の息を吐いた。もう大丈夫だ、と。こちらのGPSの座標を指定すれば、彼女が行ったことのない場所でも空間を繋げることが出来る。
「今能力が使えない状態にあります。もうじき崩れるであろう建物にぶら下がってて大ピンチです……」
苦笑いを含める。
『ほ、ほんとね!? オーケー、そっちの座標を言ってちょうだい』
ジョディーは切羽詰まった声でそう言った。
「……。北緯19度25分、西経155度17分です」
神崎が座標を指定した瞬間、足元に空間を繋げる“穴”が現れた。
スキルジャマーとの干渉が起こる前に素早く薙刀を抜き、そのまま神崎は落下した。
◇
「よっと……」
神崎が着地した場所は、執行委員会の本部だった。
目の前には心配そうな顔をした英国美人のジョディーがいる。
「ご苦労様。あとはゆっくり休んでて」
言われて、神崎はグングニルの奪還を阻止できなかった事を思いだす。
さっきまで死の淵まで追い詰められていたばかりにすっかり忘れていた。
「すいません、でも……グングニルが」
「仕方ないわ。相手が相手だし、グングニルは私達の物ではない。護衛を頼まれた訳でもない。私が勝手に貴女を送り込んだだけだもの。……私のほうこそごめんなさい」
悲しそうに目を細めて俯く。
◇
狂気の蝉は着々と準備を進めている。
羽ばたく瞬間を。二つの相反する性質をもって。
最終更新:2014年11月18日 23:30