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 苓北恵美が拉致されてから二週間が経つ。
 執行委員会は救出のために着々と準備を進めていた。
 Answerから、彼女の安全を証明する為に定期的に手紙が送られてきている。筆跡も確かに彼女のものであった。
 彼らの要求は、苓北財閥の全財産。
 苓北財閥の財産は、父親の意思によりホワイト学院に託されていた。つまり苓北財閥の金を動かせるのは、苓北財閥とホワイト学院なのだ。
 これを知ったAnswerは、苓北一家を人質に取り交渉を持ち出した。
 苓北一家を全員拉致しているのなら、何故一家を脅して財産を掌握しないのか。何故ホワイト学院側には二週間以上もの猶予が設けられているのか。
 疑問点が数多くあったものの、手紙によって苓北恵美らの安否が判明しているため、学院側は慎重に彼らの居場所を割り出し、戦力を蓄えている。
 そして今日、居場所が判明したので救出に向かう事を坂口は二宮から知り、“別世界”へと旅立った。
「……」
 待ち受けていた世界は――至極当然なのだが――自分がいた並行世界と何ら変わらない世界だった。
 ただ、“超能力者”が存在するかしないかの、小さいようでとても大きな違いがあるのみ。
 坂口は昨日まであちらのホワイト学院に通っていたように、いつも通りに校門を抜けていく。
 通りの左右には木々が植えられている。銀杏の木だ。
 銀杏の木を越えていくと、銀杏の木があった場所にはガードレールが隔たれており、ガードレールを跨いだ先には数々の自動車が往来している。
「……ん?」
 坂口はふと声を漏らした。
 おかしい。ホワイト学院の中になぜ自動車道があるんだ――?
「……!」
 はっとして、辺りを見渡す。
 ガードレールを隔てた先には自動車。ガソリンの臭いが染み付いた背の低い木々。
「ち、中央分離帯……!?」
 坂口慎吾は、ホワイト学院の校門をくぐり抜けたにも関わらず、中央分離帯に取り残されていたのだった。
 取り残された、と言うよりも強制移動させられた、という表現のほうが近いだろう。
 ホワイト学院の校舎も校庭も校門もまるで見当たらないあたり、坂口慎吾自身がどこかへ飛ばされた――。
 周りがおかしいのではなく、自分がおかしいのだ。
 当たり前のように走る自動車と、異常者としか思えない中央分離帯に佇む男子高校生。
 しかし自分が飛ばされたのならば問題無い。ホワイト学院へと瞬間移動すれば良い事なのだ――と坂口は当たり前の事をようやく思いつき、ホワイト学院の校門前へと《瞬間移動》で飛んでいった。
「よっ……と」
 着地した地点は、先程くぐり抜けていった校門の前だ。何らおかしな点が無いあたり、やはり自分が飛ばされたのだろう、と坂口は改めて認識した。
「しかし、何が目的で飛ばしやがったんだ……?」
 素朴な疑問を口に出す。――答えてくれる者などいやしないが。
「とりあえず二宮先生と連絡をとったほうが良いか……」
 今動くと飛ばされかねないと判断した坂口は、二宮に今の状況を説明しようとする。
 広大な敷地を持つホワイト学院では、その全土に坂口の《以心伝心》の能力は及ばない。能力が成長すればまた話は別だが、現時点では本部にいるであろう二宮と校門前にいる坂口とでは距離が離れすぎている。
 故に連絡手段は通話のみとなる。
 近頃買い替えたスマートフォンを取り出し、電話番号の一覧から二宮を探し出す。

 ――途端。
「っ!?」
 一体どういった原理なのか。
 目の前の空中から水が溢れ出し、スマートフォンへ降り注いだ。
 魚や得体の知れぬクラゲがまじっているあたり、海水と考えて良いのだろう。
 ちょうど、スマートフォンと顔との中間地点から海水が溢れ出した。バケツをひっくり返したような勢いで右手に降り注ぐ。
 坂口はその光景に呆気を取られ、口をぽかんと開けたままだったが、ハッとして溢れ出る海水から素早く離れた。
「くそ、なんなんだ一体!? 何てったってあそこから水が……」
 スマートフォンは使い物にならなくなった。海水は依然流れ出ており、コンクリートを這っていく。
 だが、坂口には、そのあまりに奇妙な光景に気を取られている暇はなかった。
「な、なんだぁ!?」
 銀杏の木々の間から、クラクションを鳴らして颯爽と大型トラックが飛び出してきたのだ。
 紙一重というところで坂口は回避したが、トラックはそのまま銀杏の木々を薙ぎ倒し、横転した。
 美しかった景観は、生々しいブレーキ痕と湾曲したり折れたりした銀杏の木々によって物騒な事故現場へと変貌した。
 浮き上がったタイヤが力無くくるくると回る。
「だ、大丈夫ですか!!」
 逆さまの運転席を覗く。
 ――運転手は既に死んでいた。額と喉に一発ずつ銃弾を撃ち込まれていたあたり、ここに飛ばされる前に殺害されていたに違いない。
「くそ……どこだ! 出て来やがれ!!」
 虚空を睨み叫ぶ。
 一般人を巻き込む無慈悲な攻撃を行う連中と言えばAnswer以外に彼は知らない。
 ――と、ここで再び彼は閃いた。
「いや……連絡手段はあるじゃないか」
 坂口はまたしても当然の事を忘れていた。
 ――この現象には超能力者が関わっている、だからまずはその超能力者を探さねばならない――。
 そのことに囚われすぎていた。
 つまるところ、執行委員会本部へと瞬間移動すれば良かったのだ。
 なんて、簡単な事。
 さっそく坂口は実行に移した。

「あらよっと……」
 ふう、とため息をつく。
 見覚えのあるロビー。ここは間違いなく執行委員会本部である。
「攻撃が来ないとは言い切れないがここまで来れば攻撃はまずされないだろ……」
 呟きながら周囲を見回す。
 ――坂口は敵の能力の仕組みを把握しつつあった。
 自分は両サイドに銀杏の木々が立ち並ぶ場所から、両サイドにガードレールが立てられた中央分離帯へと飛ばされた。
 海水は、手に持ったスマートフォンとそれを見る自分の顔との間から溢れ出た。
 トラックは、銀杏の木と木の隙間から飛び出してきた。
 ――これらの現象に共通しているのは、“能力の影響を受けたモノは、何かの隙間にいる”こと。 隙間にいるものを、また別の隙間がある場所へ飛ばすことが出来る。
 そのような能力である、と坂口は仮定した。
 事実、それならば辻褄があう。
 無差別に飛ばすことが出来る能力ならば、坂口慎吾はもっと無茶苦茶な場所に飛ばされていただろうから。
 つまり、この能力から身を守るためには――どのくらいの範囲から“隙間”と呼称するのかは不明だが――隙間らしき場所には近寄らなければ良いのだ。


 男――Answerから“ユニゾン”というコードネームを授かった彼は、坂口慎吾を見て口元を歪めた。
「くくっ……アイザック様……このユニゾンめが、我が力《左右に構える罠(クシコス・ポスト)》で、あのクソガキをぶっ殺してさしあげましょう……」
 垂れそうになった口元の涎を指先で拭き取った。
「あれを殺したら褒美が貰えるんだぞォ~~俺は絶対に褒美を貰うぞォ~~~金がガッポガッポだぜガッポガッポ……ウフフフフフフフフ」

最終更新:2014年11月18日 23:31