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大広間は、開けた円形になっており、その円形の内側に更に円形をつくるようにベンチや植物が設置されている。
ここ二階の大広間に移動した二人はすぐに異変を感じとった。
普段なら必ず一人や二人はいるはずの大広間に人の姿が無かった。それどころか空調の音しか聞こえない、異様な雰囲気があった。
「そうだ、この吐き気のする感覚は……」
少し前に味わっていた。
「淵野辺……生きてたのかよ……!」
「え、淵野辺って……あの?」
信条は坂口を訝んだ。淵野辺卞狐の事だとはわかっているのだが、彼女は死んだはずだ。
ふと、ベンチの傍に置かれた自動販売機の後ろに影が伸びた。
「ばれちゃった? ……あはっ」
舌を出して微笑む。
彼女が普通の人間なら、この仕草も綺麗な顔と相俟って可愛らしいと思えたのだろう。
(いやいやいや……いくら可愛くても食人癖でビッチで殺人鬼じゃあなあ――)
坂口は首を振った。
「……なんで生きてんだ、お前」
気を落ち着かせて、そう問うた。
「私の能力だった《人形の御伽話(アクト・メイデン)》には、自分の精神を他の人形へ移植する能力もあるの。あの金髪のクソッタレにめった刺しにされて死にそうになったところで、まだ心臓が動いている人形へ精神を移植した。もちろん、骨格は元の身体へと変わるからキミと会ったときと同じ姿だけどね」
確かに、彼女の姿は、坂口が見た淵野辺卞狐と全く変わりは無かった。
ウェーブのかかった小麦色の髪の毛は、肩の少し下あたりまで伸びていた。服はさすがに変わっており、水色のワンピースを身につけている。
坂口は素朴な疑問を口にする。
「私の能力だった?」
「そう。ナイフで刺されまくった時はもう痛くて痛くて……弾みで能力が少しグレードアップしたのよ! 名を冠するなら《直線上の魔女(ロッテルダム・ネイション)》!」
訳もなくクルリと一回転する。
「この能力があればもう唇を重ねる必要は無いのよ! 腕をのばした延長線上に人形にしたい対象がいればねっ!」
淵野辺が口を歪めて右腕をのばした先には信条が立っている。
「まずい、信条っ!」
「ぐっ……!?」
しかし既に遅かったらしく、操られた信条は坂口へと斬りかかった。
「うあっ……!」
すんでのところで斬撃をかわしたのは良かったが、動揺して逃避する事を忘れていたせいで、信条に腕で首を押さえ込まれた。
「ち……違う……違うのよ、さかぐチ……! これハ!」
「ああ、わかってる。わかってるさ……」
首元に横向きに刃が突き付けられる。
突き付けられた刀はなんとか念力で防げそうだが、信条の《裁きの刃》は今の念力のパワーでは防ぎきれない。
坂口は、下手に信条の身体を吹き飛ばすと危ないし自分の首も弾みで飛ぶ、という危機に陥ってしまった。
「他の奴らもこうやって殺したのか!?」
坂口は淵野辺を睨む。彼女はその視線を嘲笑うように受け止めた。
「殺してないわ。ちょっと眠ってもらってるだけ。比喩じゃなくてホントに眠ってる」
それを聞いた坂口は、少しだけ安堵感の篭った息を漏らした。
「私を侮辱したキミの仲間だもの。そう簡単に死なせはしない……キミを掴まえてキミの目の前で五臓六腑のバーベキューでも開いてやりましょうか、ね?」
――その言葉で、先程の安堵感もあえなく不安感に塗り潰されてしまった。
「……」
坂口はゆっくりと瞼を閉じた。
「あは、死ぬ覚悟でもしたのかな? 潔いわ! ステキ!」
淵野辺は手を叩いて胡乱な喝采を坂口に送った。
――そしてこの状況下で坂口の絶体絶命をより強固なものにするものが現れた。
「おいおい、リテヌートじゃないか!」
淵野辺をコードネームで呼ぶ男――ユニゾンが坂口達を発見してしまったのだ。
「あら、デンドロ男」
ユニゾンを見た途端、淵野辺は彼に悪口を吐いた。
「デ……デンドロ? ラン科の……?」
坂口は淵野辺に訊く。
「それはデンドロビウムね。こいつの場合はデンドロフィリア。実はこのユニゾンは……」
淵野辺は坂口に囁くように説明しようとした。
「おいっ! そんな事どうでもいいし関係ないだろ!!」
しかしユニゾンが声を荒げて妨害する。じりじりと淵野辺に詰め寄っていく。
――彼女らの不要なやり取りは坂口にとってまさに一筋の光明であった。もっと時間をかけてくれればなお良しと坂口は心の中でニヤついた。
坂口は秘策を思いついたのだ。
「関係あるわよ。キミの嗜好について坂口クン、ちょっとだけ興味あるっぽいし?」
「え、ああ、せやな」
坂口は適当に返答した。
「せやなじゃねえっ……! 関係無いだろうが! いいのかリテヌート。この男をお前が味わえる暇もなく殺すぞ」
手に持っていた拳銃を坂口へと向ける。
しかし坂口は弾丸の軌道を逸らす程度なら念力で行えるのを淵野辺は知っていた。――つまりこの脅しは無意味なのだ。
淵野辺はユニゾンを嘲るように鼻で笑い、坂口に説明を開始した。
「デンドロフィリアってのはね、植物への性的嗜好や恋愛感情の事を言うのよ。凄くない? 『あそこの街路樹ちゃんマジ天使』って思っちゃうのよ?」
「くっ! 死ねっ! 死ぬぅえっ!!」
ユニゾンは銃口を子供のようにはしゃぎまわる淵野辺へと向けて、マガジンが空になるまで撃ち込む。
声が響くほど静かな大広間に、充分過ぎるほどの銃声が鳴り渡る。淵野辺は自動販売機の陰に隠れてやり過ごす。
「植物に興奮して何が悪いんだよゴミムシ女がッ! 戦艦に萌えてる奴らだっているんだぞ!! それにお前のほうが酷い性癖だろうが!!」
「あれは擬人化されてるから問題無いのよ。ユニゾンのはまんま植物だし、私は私でサディストの延長っていうかんじだし!」
「おい」
揉めている最中、二人は聞き慣れない声を耳にした。
声の主が誰なのかは、坂口と信条はわかりきっている。
二宮翔梧だ。
「くそっ……!」
ユニゾンは隙間がある場所へと駆け出そうとするが、そこを二宮は逃さなかった。
「ぐふっ……!?」
二宮は拳銃でユニゾンの頭を撃ち抜いた。彼は血を額から吹き出しながら倒れ込む。
「このッ! 信条美咲! 坂口慎吾を殺せ!!」
ユニゾンが殺害されるまでの一部始終を見ていた淵野辺は、せめて一人でも多く道連れにしようと考えた。
「……」
しかし、淵野辺の命令に信条は反応しない。――それどころか、坂口から離れて、刀を鞘に納めだした。
「なっ……? どういうこと!?」
「頭を弄らせてもらった。もうその能力は使えんよ」
厳しい面構えで二宮は答えた。
坂口は、ユニゾンと淵野辺の不毛なやり取りの最中に、《以心伝心》で二宮を呼び出したのだ。
頭の中を操作できる彼なら、信条の拘束も解けようと思い至った。
「頼むから今度こそ死んでくれよ」
気怠そうに銃口を向けて、引き金を三回ひいた。
淵野辺は床に血を撒き散らしながら倒れた。端正な顔立ちに撃ち込まれた三発の銃弾は、確実に彼女を殺した。
坂口は尻餅をつき、深呼吸をする。
「お、気分が落ち着いてからでいいから会議室来てくれよ。ウチの委員長の居場所がわかったんだ」
先程とはどことなく違った雰囲気で二宮はそう言った。
坂口は頷いて、二つの死体から目を逸らす。
信条が隣でしゃがみ込んでいるのに気が付いた。――おそらく自分に気を使ってくれているのだろう。
「その、ごめんな」
坂口は信条に静かに言った。
「ううん。私のほうこそ謝らなくちゃ……」
また危うく坂口を殺してしまうところだったし、と信条は申し訳なさそうに言った。
「ぃよし、モタモタしちゃダメだな。行こう」
坂口は自分で頬に平手打ちをかましながら立ち上がった。
立ち上がったところで、ふと疑問に思った。
「なあ、信条。死体っていつもどうしてるんだ?」
「え? えーと、連絡をすればALEXが回収しに来るんだっけな。一般市民なら病院に移して病院から遺族に伝えられる。超能力者ならそのまま社会から存在しなかったことにされるわ」
「存在しなかったことに、か――じゃあ例えばの話だけど。超能力者が一般社会に大きく影響を及ぼしてしまった……なんて事があったらどうなる? 超能力者はいるんだ、って社会が認識するようになったら」
坂口は信条を真っ直ぐ見つめながら訊く。
「――」
信条は少し黙ったあと、「どうなるのかしらね」とだけ言った。
――どうして信条は、少し悲しげだったのだろう。
坂口はそれを問うのは止しておこう、と思い止まった。
最終更新:2014年11月18日 23:32