1.試合開始


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  • 1日目  午前8時15分
彼は駆け足で階段を上り、寒い廊下を足早に抜けていく。まだ静かな朝の学校には、すれ違う他の生徒さえ見かけられない。
いたとしても、教室の中か、もしくはすでに現実には、その意識は無い。わざわざ寒い廊下に留まっているということは、まずないだろう。
手を擦り合わせながら、カイロのひとつでも持ってくればよかったと、半ば今となってはどうでもいいような後悔をする。
しかし、制服というものが廃止になって、冬の寒さを乗り切るのはまだマシになった方だ。自由な服装で登校をし、適度な温度に保たれた教室へと足を踏み入れれば、もはや外の寒さなど何の意味もなくなる。
ためらいなく教室の扉を開く。本来ならばそこに机がずらりと並び、黒板が立てかけられ、その端の方には、今日の日直やら、誰かの落書きやらが見受けられるのが普通だろう。

だが今となっては、そこに広がるのは、画面の存在しないデスクトップパソコンと、奇妙な形をしたマウスのようなものが、机と同じようにずらりと配置されている様子だ。椅子にはそれぞれ、いくつものコードが接続された、頭を覆うようなヘルメットが置かれている。
これが、彼らにとっては普通の光景だった。

「お、『だだだ』早いな、おはようさん」

足を踏み入れた彼に、ひとつの声がかかる。長い銀髪の目立つ容姿は、目の端に捉えただけで誰かはっきりとするほどの特徴を醸し出す。

「おはよう『坂田』(坂田銀時)。そりゃ、なんたってアレが楽しみだからな」
「そうだよな。……でも、『安藤』のやつ、もういるかな?」
「何、また自宅からなのか? いくらなんでも面倒くさがりすぎだろ」
「安藤も、お前に言われたくはないと思うぞ……」

そう笑い、坂田は自分の席に座り、頭にヘルメットを被った。数秒経った後に、すぐにヘルメットを外し、だだだに親指を立てて見せた。

急いで だだだ も自分の席へと向かい、PCの電源ボタンを押して、スタンバイが完了するのを待った。すべての授業は、これを使用して、仮想空間内で行われる。
2011年の現在、もはや教育現場はそれが主流となっていた。

スタンバイのランプが点灯したのを確認すると、だだだは坂田と同じように、頭にヘルメットを被る。真っ暗な視界の中に『STAND-BY』という文字が浮かび上がっているのを確認すると、だだだは両手を、椅子の横の、小さな机の上に置かれていた特殊なマウスの上に手を置き、ぐっと力を入れた。
手に吸い付くような感覚を感じた後、ふっと意識は遠くなる。まるで、魂が身体から剥離していくような感覚を覚えながら、だだだの精神は、BROPシステムの中へと吸い込まれていった。

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最終更新:2014年01月25日 21:10