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突然の状況に、クラスは静まりかえる。息を飲む者や、何かに気づいたように表情を硬直させる者……皆がいろいろな反応をしたが、共通しているのは、ただならぬ恐怖感を抱いたことだった。
いつも三嶋は、少しよれよれした見た目のスーツを着こんでいる。仮想空間なのだからわざわざそんなものを着る必要はないのだが、おそらく三嶋は、自分自身の現実の姿を、仮想空間内でもいつも使っているのだろう。
しかし、今は違っていた。地味なカーキ色のスラックス、グレーのロングコートをなびかせ、紅色のネクタイを締め、黒のローファーを履いている。どれもクリーニング帰りのように、ぴしっとした姿。
何よりも生徒の目を引いたのは、胸に政府関係、軍関係者であることを示す、いくつかの特徴的なバッヂがテカテカと輝いていることだった。
三嶋はおもむろに教壇に立つと、まるで授業を始めるかのように、少し張りのない声で言葉を発した。

「えー、おはようございます……。いや、こんばんは、ですね」

三嶋の言葉に、誰も、何も言わなかった。
それを気にもしないかのように、三嶋は言葉を続ける。

「えー、今日から三日間、ちょっとした校外学習をします。皆さんも分かっているとは思いますが、仮想空間内での校外学習です。今回は特別に、日本政府、日本連軍の方々にオファーを受け、この様な企画を行うことになりました」

教科書の内容を読むように、三嶋はすらすらとしゃべっていた。しかし、誰もその程度の説明で事態が分かるわけもなく、また話の内容すら、あまり頭には入っていなかった。 始めに生徒の中で言葉を発したのは、『金星』という男子生徒だった。

「先生、意味が分かりません。もっと詳しく説明してください」

全員の視線が金星に集中する。クラスでも一番の成績を誇る金星は、何よりも頼りにされる人物だった。ややいつもよりは張りが無かったが、それでもしっかりとした声だった。最も、彼もまた、何か事故や予期せぬトラブルが起こったのだろうと頭の中で無理矢理にでもシナリオを描いていたのかもしれない。
金星がクラスメイトの視線に気づいて、周りに目を向けると、一斉に皆が口々に疑問を投げかけ始めた。

「校外学習ってなんだ?」
「そんなのいつ聞いたっけ? 予定表でも見た覚えないんだけど……」
「今日の授業は? 俺ずっと寝てたの?」
「そろそろ家に帰らないと、お母さんが心配しちゃうよ……」

そんな中で、何よりも皆の注目を引いたのは、女子の『英奈』の言葉だった。

「おかしいよ……。仮想空間から抜けられないようになってる……」

本来、仮想空間は、本人達の意志で、自由に現実に戻れるようになっている。しかし現在は、誰が戻ろうと意識を飛ばしても、まったくもって反応はなかった。いよいよ自分たちの身に異常を感じ始め、教室は騒々しくなった。
そんな中で、海(海とピンク)は黙って、少し冷静に状況を考えながら、あたりを見回していた。冷静というよりは、何とかなるだろう、悪いことにはならないだろうと言った根拠のない楽観だが。

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最終更新:2014年01月25日 21:29