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海の他にも、何もしゃべっていない人間が他にも数人いた。
まず、福永だ。まるで状況にすら興味がないかのように、教壇の方に表情のない顔を向け、指をいじっている。睨み付けているのか、ただ見ているのかは定かではないが、妙に落ち着いているように見えた。その周りにいる『のび汰(野比のび汰)』や『さまらら』、『レイナ』が話しかけるのにさえまったく構っていない。
もうひとり『黒影』は、完全にそっぽを向いていた。福永とはうって変わって彼に話しかけるような者もおらず、ただ独り、後ろを向いて何かを考えるように腕を組んでいる。
特に海の目を引いたのは、クラスのアイドルでもある『凜(日暮里凛)』だった。ジュニアアイドルの有名芸能人である彼女が同じ学校であることも奇跡だが、よもや同じクラスになることは奇跡であり、海はそんな彼女に心を傾けていた。しかし今の彼女は、よほど不安なのか、顔をしかめて、じっと下に顔を向けうつむいていた。
そんな表情を見て海は、出来ることならば近くに行って、肩をそっと抱きしめてやりたいだの、側にいられればいいのにだの、誰でも一度は思うような妄想を繰り広げていた。
ふと現実に意識を取り戻したとき、『一徹』の姿が目に入った。一徹はじっと一定の方向を見据えている。視線を追うと、その先には『美木(安西美木)』の姿があった。お互いに何かをやりとりするように頷き合い、そして表情を和らげていた。そういえば、彼らふたりは付き合っていたような噂を聞いた覚えはある。
「授業中です、静かにしましょうー」
教卓に手をついて、掠れて今にも消えそうな声でひとつ三嶋が声を上げたが、クラスの騒音にかき消されていた。
それ以上、三嶋は何かを言おうとはしなかった。逆に、三嶋の隣にいた軍服が、ちらりとその様子を見て、一歩前へと出る。同時に、スピーカーで拡声したかのような声で怒鳴った。
「お前ら、静かにしないか!」
巨大な声が、一瞬で教室を静まりかえらせる。それに納得したのか、三嶋は何事も無かったかのように姿勢を整えた。
「えー、今回の校外学習の内容ですが……今日は皆さんに、ちょっと『殺し合い』をしてもらいます」
今度ばかりは、ざわめきは起こらなかった。誰もが一瞬、その言葉の意味を理解出来ずに硬直する。ただ、その中でも数人の生徒は、少し苦笑いをしたり、予想していたように諦めた表情を浮かべていたのを、海は見逃さなかった。
相変わらず、三嶋は表情ひとつ、声色ひとつ変えずに続けた。
「えー、先ほども言いましたが、皆さんは今回の“BROP(バトルロワイアルオペレーション)”対象クラスに指定されました。」
誰かが、うぅっとうめくような声を上げた。
最終更新:2014年01月25日 21:29