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【残り32名】
「わからない、どういうことだ? 一体何の権利があるってんだ!」
椅子を激しく揺らして誰かが立ち上がる音が聞こえ、別のことを考えていた凪(神田凪)は、ふと意識を戻す。後ろに顔を向け、男子生徒――むったに目を移した。
クラスの問題児とも言われるむった。普段から福永を妙に尊敬しているのか、彼の側にいつもいた。凪にとっては、むったはとにかく怖い存在で、出来れば近寄りたくは無い……いやむしろ、誰かをいつも殴っている彼の様子を見て、自分の側から消えればいいとさえ感じていた。
ぴっしりとしているはずの制服は、いつの間にかだらしなく着崩されており、中からは独特の色と柄をしたシャツが覗いていた。
ただ、このときばかりは、クラスメイトの殆ど、凪も含めて、この意味のわからない状況を打破してくれるきっかけになることを、彼に少し期待していたかもしれない。
いきなり、『殺し合う』だの『バトルロワイアル』などと言われても、そんなことが出来るわけもない。とにかくむったに、どっきりか何かわからないが、この事態を止めてくれさえすればそれでいい。止めてくれれば、今後の見方を改めようかと、凪は半ば神に祈るかのように考えていた。
むったは、ずかずかと教室の中心を歩いていき、三嶋の前に立ちふさがったかと思うと、その胸ぐらをいきなり掴み上げた。ぐっと顔を引き寄せられた三嶋は、少しばかり目を見開いて、むったの姿を見据える。
とっさに軍服の男がむったに近寄ろうとしたが、三嶋はそれを手で制した。
「てめえ、冗談もいい加減にしやがれ! 何が殺し合うだ、BROPだ。ふざけてんじゃねぇぞ」
「……私がふざけていたことが、これまでにあったかな?」
強気の態度で、三嶋はそう言い返した。むったの顔に怒りとも逆ギレとも取れない表情が浮かぶ。
よし、いいぞ、もっとやれ――そのときばかりはクラスが団結して、むったの猪突猛進ぶりを心の中で応援していたのだろう。
そのとき、むったの肩に手を置いたのが、のび汰(野比のび汰)だった。少しおどおどとしながらも、のび汰は小さく言った。
「あの、むった。先生に暴力は良くないよ。だって先生だもん」
「意味がわかんねえんだよ、お前は!」
のび汰の手を振り払い、もう片方の拳を振り上げて威嚇した。さすがにのび汰もすぐに諦めて、『待って』と言いたげに手を上げながら、後ろへと引いていった。
舌打ちをして三嶋に向き直ったむった。だが、その口から出た次の言葉は、皆の期待を大きく裏切ることになる。
「俺の親父がどこの会社にいるか知ってるな? このシステムを開発したインダストリーの取締役だぞ? てめぇ、その息子がいるクラスを、こんなふざけたことに巻き込むのかよ、ああん?」
堂々と、恥ずかしげもなく父親を語るむったに、少しクラスメイトは肩を落とした。それが何になるのかという突っ込みを、誰かがいれなかっただけマシな方である。
そんな彼に、三嶋は――誰もが見る、初めての表情を浮かべた。蔑み、哀れみ、もはや苦笑とも取れない歪んだ表情は、むったの勢いを一瞬殺した。
「あのな、むった」
胸ぐらを掴んでいるむったの手を、三嶋はぐぐっと力を込めて掴み返した。異常な力の強さに、むったはすぐに手を離して、数歩後ろへと下がった。
「みんな平等だって、小学校のときに習ったろう? 偉大な研究者だろうが、役人だろうが、何か特別な扱いを受けて言い訳がない。その子どもだって同じ事だ。君らは皆、別の境遇で生まれた。お金もち、貧乏、男、女……それらを、君たちは選んで生まれてきたわけじゃない。だから、そんなことで、君らの価値が決まるわけじゃないんだよ」
しわくちゃになった襟を整えながら、三嶋は教壇から降りて、離しながらむったの周りをぐるぐると歩いた。生徒が三嶋を恐れ、後ずさりをする。
むったは三嶋の動きを警戒しながらも、だるい話をするなと言わんばかりに、思い切りそっぽを向いていた。
「君らはまだ、自分たちの本当の価値を知らない。見つける努力すらしてこなかったんじゃないかな。だけど、大人はそうはいかない。自分の力をきちんと把握して、出来ることをする。それは境遇で得られるものじゃなく、自分の力で得るものだ。
だからね……むった。自分だけが特別だなんて――」
三嶋は、むったの目の前で立ち止まった。
その瞬間、三嶋は目にも止まらぬ早さで拳を振り上げたかと思うと、むったの顔面に思い切り拳を食らわせたのだった。予想外の攻撃に、むったは反応することすらできず、身体ごと後ろへとはじき飛ばされた。
「そんな勘違いを、しちゃあいけないんだ……なぁ?」
まるで、殴った余韻を楽しむかのように、三嶋は拳に手を這わせた。
最終更新:2014年01月26日 13:36