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「誠!」
一徹はふたりの元へ駆け出そうとしたが、その足が何かに引っかかって、思い切り顔から地面に転げた。自分の足をみると、そこには白く比較的太い縄が巻き付いていた。すぐに抜け出そうとする一徹だったが、縄は予想以上にきつく巻き付いている。
「ご、ごめん……。だけど、ぼ、僕だって……!」
地面でもがく一徹を、草むらの影から出ていたカマンベールが取り押さえた。縄に気を取られていた一徹は、抵抗する間もなくカマンベールの持っていた縄で、腕を後ろ向きに縛られてしまう。
「や、やめてよ! そんなプレイ、男同士で――」
「僕はそんなんじゃない!!」
一徹の顔を、グーパンチで思い切り殴ったカマンベールだったが、人を殴り慣れていけわけでもない彼は自分の拳をも痛めてしまう。殴られた一徹だったが、顔が腫れぼったく感じる以外は、さほどの痛みも感じていなかった。
その一方で、誠と海の戦いは続いていた。先に立ち上がった誠は、まだ堅くナイフを握っている海に飛びかかり、その腕を身体を押さえつけた。地面に押しつけられたカマンベールはがむしゃらに動くものの、柔道の寝技に近い形で身体を封じられては、彼では誠に太刀打ちできるわけもなかった。
しかし、その場が畳の上でなかったことが、彼の強さを奪うことになる。砂の上では誠は踏ん張りきることが出来ずに、カマンベールの激しい動きに隙を与えてしまう。カマンベールはここぞとばかりに、誠の手を振り切って、そのナイフを彼の背中に突きつける。
鋭く、貫くような痛みに、誠は身体を仰け反り返す。刺す角度が悪かったために、複数回刺すようなことは出来なかったが、そのうちにカマンベールは誠の下から抜け出していた。
「海……! 待て、戦う必要なんかない! 俺の話を聞け!」
痛みに耐えながら、誠は頭に浮かんできた言葉をそのまま口にした。その言葉に、海は引きつった笑い声で返した。
「ははは、何を言ってるんだよ、誠。いいか、理由なんか必要ないんだよ! 俺は戦う! 俺はお前を殺す! 俺は生き残る! 俺は――」
狂気気味に声を張り上げる海に、誠は地面に落ちていた手のひらサイズの石を投げつけていた。石は彼の胸元に直撃して、その言葉を遮った。
よろめいた海に、誠はありったけの力を込めて、身体ごとぶつかっていった。
「うわああぁぁぁ――!」
もろに誠の突撃を受け、海の身体は少し宙を浮いたかと思うと――その後ろの斜面へと再び転がり落ちていった。叫び声は遠のいて、その姿も草木に紛れて見えなくなる。
「……無駄口を叩いてる暇があったら――俺の話を聞けばよかったものを!」
海が消えていった斜面をのぞき込みながら、誠は吐き捨てるように言った。
彼が死んでしまったかどうかはわからないが、誠には彼を殺す気はなかった。密かに心のどこかで、話し合えばなんとかなるのではないかという希望を持っていた。だが、結局は自分も追い込まれた状況では、他の殺る気になっている奴らと何も変わらないのだと思い知らされる。
最終更新:2014年01月26日 12:03