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「ま、待ってよ! まだ敵とは限らないじゃない!」

担いでいたスナイパーライフル『レミントンM700』を構える【金星】に、【安西美木】は制止をかけようとしたが、【金星】は彼女の言葉に耳を傾けることもしなかった。ライフルのスコープから動きのあった場所をじっと見据える。ずっしりとした重みを持つM700は、学生が扱うには少し重たすぎるものだったが、使い方に関してはそう難しいものではなかった。

「ねえ、聞いてる? もしもーし」
「……敵だった場合は、先手を打たなければこちらがやられる。この状況で敵だの味方だの言っている場合じゃないだろう。自分たち以外、最終的にはすべて敵だ」

言ってることは正しいけど……と【美木】は呟いたが、心では納得できなかった。先ほど【金星】が対岸で見つけた影が、もし【一徹】だとしたら……。

そんな【美木】の心を見透かしたかのように、【金星】は目だけを彼女に向けて、静かに言い放った。

「彼氏のことが気になるとしても、もはやこの状況ではどうにもならない」
「うっさいわね! 何だって希望を捨てたら終わりなのよ! それに、『ちとせ』だったら協力できるだろうし」
「希望、ね……」

彼女の言葉に肩をすくめながら、【金星】は再びスコープに目を戻した。ただ、金星自身もそこまで非情な人間ではなかった。出来る事ならば【美木】の彼氏である【一徹】を見つけてやりたいと思うし、協力できる人間が欲しくないと言えば嘘だ。だが、警戒しないままにやられてしまえば意味はない。

風はわずかだが吹いている。さすがに銃を撃ったことのない【金星】は、必死に頭の中で弾丸に与える風の影響を考えていたが、想像上ではどうにもならなかった。一発目さえ打てば、何とか予想は出来るのだが。
引き金に指をかけたと同時、木の陰に動きがあった。月明かりの逆光のせいで顔は見えないが、こちらに気づいている様子はない。距離はざっと500mと言ったところか。

初弾で当てる気はなかった。木にでも当たって牽制になれば、と【金星】はすうっと息を吸って止め、引き金を絞った。

「待って!」
「――なっ!」

ズドン、とM700が火を放ったと同時、【美木】は【金星】の腕を押さえた。弾丸は反れ、狙っていた場所とはわずかに反れて、別の木へと着弾した。焦った【金星】は次弾を装填し、さらに4発ほど連続して射撃した。当たりはしなかったが、木の陰から動きは消えた。
頭に来て、金星はM700を投げつけんばかりに振り回した。

「何をするんだ、馬鹿が!」
「ご、ごめん。反射的に……」

【金星】の怒りに、【美木】はすこし驚いて怖じ気づいた。普段から冷静で何事も完璧にこなすような彼が、ここまで怒りを見せたのは初めてだった。
それも、『失敗』は、彼にとって許されざることのひとつだった。

「くそ、次に余計なことをしたら、パートナーだろうが関係ないからな」
「わ、わかったわよ……」

真面目であるが故に冷静さを失うと怖いものだと【美木】は、心の中で思った。確かに守ってくれる気はある以上、これ以上、彼に文句をつける必要はなかった。今は殺し合いをしているのだと割り切ることは、まだ彼女には難しかったが。
金星の射撃以降、辺りに動きは見られなかった。逃げたのか、身を潜めているのか、見えない程度に動いているのか。どれにしても、確認したほうが確実だった。

「安西の武器を貸してくれ」
「えっ?」
「こいつと交換」

金星は、自分のM700を差し出した。断る理由もないため、【美木】は自分の『ハイスタンダードデリンジャー22口径』を取り出す。二つの銃身を持つ中折れ式で、非情にコンパクトな拳銃だ。2発しか撃てないのが欠点だが、小回りが利く分、スパイパーライフルよりは取り扱いが楽だと言える。
デリンジャーと、予備の弾丸二発を受け取った金星は、【美木】に「ついてこい」と手で合図をして、歩き出した。

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最終更新:2014年01月26日 12:19