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夜も深まり始め、月の光ばかりではいよいよ進むのが難しくなる時間。【だだだ】と共に歩いていた【野比のび太】は、あろうことか足を滑らせ、自らの横に流れていた川へとひっくり返った。幸いにも川は浅かったが、彼が立てた騒音に気づいた、その場にたまたま居合わせた【一徹】、【誠】は、互いを見てしばらくの間、固まるしかなかった。
だがどちらにも、大した警戒心は無かったことが幸いした。どちらともなく警戒を解き、ひとまずこの夜を乗り切るために協力を申し出るのだった。
そこから南へと出て、海に近い場所『エリア:O-15』にひとつの海小屋を見つけると、4人はそこで休憩を取ることにした。ひとりが外で辺りを見張りながら、交代で夜を乗り切るつもりだった。
ただ襲われた場合、はっきり言って応戦するほどの力は、この4人は持ち合わせていない。【だだだ】は、自らの手に持った収納式の釣り竿を見てため息を付く。武器とおぼしきものは、これ以外に彼のバッグは入っていなかった。一方の【のび太】も、それ以上に使えなさそうな、何かの人形が入っていたのだった。もはや運のないふたりでは生き残れそうにないと絶望していたところに、一徹達がやってきたのだ。
【のび太】が外で見張りをしている間、【だだだ】達は家の中の、古びた店舗内のカウンターに座り、一時的な休息を取る。しかし、緊張してか眠気すら襲ってこない【だだだ】。手持ちぶさたになりながら、【一徹】へとおもむろに言葉を投げかけた。
「……なんでこんなことしているんだろうね、俺たち」
「そんなの知るかよ……。やらなきゃいけないから。それが答えだ」
「……こんなんじゃ、生きるのも面倒くさいや」
「いちいち、そんなこと言うか?」
「一徹はあれだろ、安西が――」
そう言葉にした途端、【だだだ】は【一徹】から鋭い睨みをうけて、言葉を詰まらせた。今の一徹の目的は、ただ【安西美木】を見つけて再会するだけのことだったが、それを他人に言われるのは、何よりも彼の神経を逆なでしていた。開始から2時間、始まってからそう時間が経っていないというのに、【安西】の足取りすら掴めなかった【一徹】は、かなりの焦りを感じていた。
【だだだ】は一言「ごめん」と謝ってから、取り繕うように言葉を並べる。
「でもどうすればいいんだよ。僕は人を殺したくないし、みんなが死ぬのも嫌だ。だけどみんなはやる気になってる……」
「簡単だろ。死にたいか、生きたいか……それだけで行動すべきことは決まってくる」
「そんなに簡単に割り切れるわけないだろ!」
「単極に物事を受け取れないと、死ぬぞ、お前」
加熱し始めたふたりの会話に、【誠】は仕方なく言葉を挟んだ。
「【一徹】も、そんなに責めてやるな。俺だって割り切れているか怪しいところだ。お前も……。ただ、これが話し合いで解決できることか、【だだだ】?」
「……できない、とは思うけど。でも僕らはこうして……」
「俺たちは協力しているにすぎない。時が来れば、必ず敵対する。この状態は奇跡に近いだろう。だから、俺たちを信用する必要はないし、俺もお前達を信用してはいない」
その言葉に、少し【だだだ】はおびえるような表情を見せたが、言葉も尽きたのか、ただ口を閉ざした。【誠】は【一徹】の肩に手を置いた後、立ち上がって、外の【のび太】と交代しに出て行った。
苛立ちを感じていた【一徹】は、カウンターに顔を伏せて、これ以上何も考えないようにした。頭に浮かぶのは、【美木】の無事を祈ることばかりだった。今のところ彼は、彼女と二人で生き残り脱出することしか考えておらず、パートナーの【誠】でさえ頭の端では敵視していた。
――そうだ、ここで二人を殺せばいい……。そんな考えが頭をよぎる。役に立つどころか足を引っ張ることしか出来ないふたりを、わざわざ側に置いておく必要などないのだ。今なら簡単にやれる。やれるはず……。
すっと顔を上げた【一徹】は、カウンターの向こう側の調理場に、微かに光を反射して光る、鋭利な包丁が置いてあるのを見つけた。ただのオブジェクトには見えない、明らかに武器として使えと言わんばかりに置いてあるものだ。
「……どうしたの?」
「いや、ちょっと腹が減った。店なら何かあるだろう」
【だだだ】の呼びかけに、【一徹】はそう誤魔化しながら席を立ち、調理場へと回り込む。そうだ、必要なことなのだ。殺してしまうことは悪いことではない。そうしなければならない。やってしまえば【誠】も文句は言わないだろう。すべては仕方がないで片付く。
ゆっくりと、静かに、【一徹】は包丁に手を伸ばした。調理場は丁度、カウンターとの仕切りで手元は見えはしない。【だだだ】も【のび太】も、彼の様子には気づいていないようだった。
最終更新:2014年01月26日 12:25