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かつて【福永ユウジ】という男は、どこかにいたのだろう。頭の隅に微かに残るだけのわずかな昔の記憶は、唯一の、自分が自分であるための証のようなものだった。だが失われた記憶は、さほど彼の行く末に大きな影響を与えなかったとも言える。ふと気がつけば、新たなクラスの一員としてそこにいるだけだった。

普通の学生として授業を受け、アパートの一室へと帰り、寝る。それだけの生活だったが、それで彼の心は落ち着くはずもない。ふとしたことで、骨董屋で見つけた模造剣を手に取り、夜の街を出歩く。目的は無かった……しかし何か、自分から失われてしまった何かが、そこで見つかるような気がした。
手を掛けてきた不良に、容赦なく片端から潰しにかかり、やがて彼はちょっとした夜の支配者となった。しかし、彼の側へと付く者は少なかった。それは、彼の異様なまでの妄想に原因があったのだろう。
――失われた記憶は、きっと自分が偉大な力を持つひとりの証であり、今はその開花の時を待っているに過ぎない。やがては世界に危機が訪れたとき、本当の自分が復活する。……そんなことを常に口走っていては、まともとは思われないだろう。


唯一、そんな【福永】の側にいたのは、同じクラスメイトとなった【るく】だった。不真面目で不良の典型的な形とも言える【るく】にとって、形がどうであれ、そこに君臨する【福永】という存在はひとつの目標であった。……最も、理由はそれだけではなかった


【BROP】……バイオロジックリアリティングオペレーション。デジタル空間における疑似生活技術と言われるこのシステムの中で、【るく】は唯一、この深層にある危険を知っていた。不良仲間……いや敵とも言える他校の生徒が、現実で姿を見せなくなることが多発したことに彼は疑いを持ち、個人的に追った末にたどり着いたのが、【BROP】……バトルロワイアルオペレーションだった。

疑似空間にて、選ばれたクラス内で生徒達に殺し合いをさせ、ひとり、あるいは一組だけ優勝者を決める。優勝者は国の誇り高き象徴として祀られるらしい。現在はまだ、このバトルロワイアル自体が公にされたものではないため、いろいろなことが隠されたままだが……。

かつて○○インダストリーが、BROPのシステムソース流出の疑惑を持たれたことがあり、さらに、BROPを使ったオリジナル疑似空間の作成も話題にはなった。一部のテロリストやハッカーの仕業だと噂されていたこの事件は、すべては今の政府が如くんだことであると知ったとき、もはや【るく】はまともに生きる気力を失った。

【るく】が学校に行かなくなり、家さえも飛び出して【BROP】からまったく疎遠の暮らしをしたのは、すべてはこれを知ってしまったからだった。唯一、過去世代からの化石とも言えるデスクトップパソコンがある古いネットカフェに住み着き、日々、これに関する情報を集めていた。
脳をデジタルに接続しない、アナログとも言える古いパソコンならば、デジタル世界で意識が捕らえられてしまう心配もないだろう……。そんな予測から取った行動である。

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最終更新:2014年01月26日 13:42