神が与えた悪魔の左手 続き1

31: 名前:サスライ☆09/28(火) 13:06:46
†7年前†

 着流しの上に、ポンチョ式の厚手のマントを着て、暫く切っていないであろう髪は、革のバンダナを何重にもターバンの様に巻いて乱暴に纏め上げられていた。
 補修跡が目立つ革靴を鳴らし、右手で樫の杖を突いて歩く。左手は長すぎる着流しの袖の下に隠れて見えない。
 黄桜18の頃の姿だ。細面なのは変わらないが動きに無駄が無く、全体的に落ち着いた印象がある。
 特にやりたい事も無く、宛の無い旅を続けながらギルドを通してのフリーの傭兵業で毎日を食い繋いでいた。
 3年前とそれは雲泥の差で、改めて七海を連れて来なくて良かったと感じる。未だに思う。
 だから『本当にアレで良かったのか』の答えは出ていない。しかし今はソレを、一時の気の迷いと自分に言い聞かせてまた歩く。
 ギルドに行って先ず見るのは、どの様な仕事では無くて、今世界がどの様に動いているかの無料新聞だ。
 傭兵と言うのは兵の名の通り、戦場に駆り出される事が多く、それでいて生きていなければ金は手に入らない。
 だから、より勝機のありそうな方につく。ギルルの里に居た頃は仕事は上から決められていたが、独りでは勿論そうはいかない。
 そして、どれだけ組織と言う物の中において自分がどれだけ分け前を損していたかに気付かされるのだった。
32: 名前:サスライ☆10/01(金) 07:32:09
 大抵傭兵ギルドは、登録の酒場で会員証を見せると通してくれる。表で経営している賞金稼ぎギルドと違い、傭兵は収入が高い分臭い仕事が多いからだ。
尚、傭兵ギルドは公立では無くて大手マフィアや有力武器商人等の私立経営になっている。
 酒場の奥の従業員専用扉の更に奥。地下へと続く扉があって、やや軋む階段を12段程降りれば、ホテルのロビー程の空間がある。
 電灯の光の中を歩き新聞をとって、酒場の使い回しテーブルセットに向かい椅子にドッカリ座ればそれで中堅傭兵の完成だ。
 そんな新聞を読む黄桜の席の向こうに座る人影が新聞の文字を遮ったので、眉間に皺を寄せてそちらを見た。
「あ゛?
ちょっと新聞見えないんだけど」
 このメンチを切っていると言っても差し支えない行為。実は黄桜の『挨拶』だ。
 これで人間の器を計り、あわよくば次の仕事でペアを組む。喧嘩を買う様な奴は半人前、無視して一人前。
「おいおい黄桜、お前も偉くなったなぁ。こんなトコで喧嘩したら会員証取り下げられんぞっての」
 そして笑った上に言葉で反撃出来て一流だ。黄桜はこの声に憶えがあったので顔を上げる。そこには旅の途中で見知った、師匠とも言える一流傭兵が居た。
「あ、チョーさん。ちわっス」
33: 名前:サスライ☆10/02(土) 07:41:31
 今、黄桜達が滞在中のこの国ではちょっとしたお祭り騒ぎが起こっている。
 革命が成功し、人民主権の新政府を樹立。それ故に価値観がすげ替わり、混沌とした灰色の状態になった。
 今、この国ではちょっとした摩擦による、内乱が起こっているのである。
 無愛想な顔で目線だけスゥと動かし、新聞を読み進めると更に詳しい事が解る。
 元々、この国は主権が二つあった。武力で主権になった物と思想で主権になった物だ。
 思想派は殆ど表に出ず、武力派が長い時間国を治め、際立って戦争も無かった。
 が、相次ぐ新技術、外国への驚異に旧式武装の軍では対応出来ず思想派も表に出てこない。
 煮えくり返った人民が思想派に政権を戻すと言う大義名分を建てて、革命が起こったのだった。つまり、今内乱で新政府軍が相手にしているのは武力派の旧政府軍だ。
「ふぅ、なんか旧政府軍は人が足りなくて火の車らしいな」
 チョーさんは煙管(キセル)に火を点けてモヤモヤした考えを吐き出す様に、煙を出し、それ故に顔によらず聡明な考えを出す。
「あれ、そうなんスか?流石チョーさん、何でも知っているっスね」
「……まあ、そうしといて。取り敢えず元々人が少ない上に、新政府軍に地力で負けてるらしい」
 これで黄桜には大体の行動方針が決まった。一流傭兵のチョーさんとペアを組んで新政府軍に味方すれば良い。
34: 名前:サスライ☆10/02(土) 08:13:36
 さて、チョーさんとはどの様な人物かについて少し説明しよう。
 そこまで大きくないが引き締まった筋肉を有している中年男性で、重火器の取り扱いに長けている。
 黄色い肌と真っ黒い髪は、黄桜の知る人種に当てはまらなくて本名も不明で何者かはよく解っていない。
 しかし、その強さは本物で先程述べた重火器の使用は勿論、修理技術、更に医療技術まで身に付けているモンスターだ。
 そう言う訳で、黄桜は何としてでもチョーさんとペアを組みたい。交渉は既に始まっている。
 チョーさんは自由奔放な性格で、破天荒な気がある為に中々掴めない。
「まぁ、俺にも新聞見せてくれよ」
「ハァ、別に良いですけどもう読む必要無いんじゃないですか?」
「気になるんだ。新聞の4コマが」
 黄桜は苦笑いで新聞を差し出す。別に黄桜は興味無いが、ここの4コマ『シャブ小僧』は無駄にクオリティが高く、楽しみにしている者が多い。
 傭兵と言う性格上、恥ずかしがり隠れて読む者が後を断たないが、それを知っているからこそチョーさんは堂々と読む。
「チョーさんって、結構オープンッスよね。何か隠し事とか無さそうです」
 先ずは身近な話題から入り、契約まで誘導する。褒めれば案外のめり込み易い。
「いやそうでも無い、俺だって隠し事の一つや二つあるさ」
「またまた御謙遜を。あ、もしかして名前とか?」
「いやいや、お前が新政府軍に就こうと、ペアを申し込んで来ても断ろうって事とかさ」
 まるで4コマの様にあっさりと行動を読まれていた。ならば、何故ギルドに来たのかと聞いてみる。
 一番大きく、美味しい仕事を放って何がしたいと言うのか。
「4コマ読みに来ただけだな」
 たまにチョーさんは、凄い単純思考なのか凄い理論思考なのか解らない時がある。取り敢えず、黄桜は肩が骨粗鬆症になる気分なのだった。
35: 名前:サスライ☆10/04(月) 11:54:02
 殺人は犯罪だ。その犯罪が許される所、それが戦場だ。
「全く、イカれている」
 血の混ざった消炎の臭いを嗅ぎながら、黄桜はボヤく。しかし其処に自らの意志で立っている彼もきっとイカれているのだろう。
 しかし彼は迷いがあった、其処に立つ度に七海の事を思い出すのだ。
 これで良いのか。都合が悪ければ消すのが本当に正しい事なのか。
 桜の花弁の火傷痕が脳裏を過る度に、何時も危ない目に合う。いっそ、この想いも消してしまえと感じる日もあるがそれは出来ず、自分の弱さを再確認した。
「イカれている?違う、死に場所を探しているんだ」
 と、向こうから声が聞こえる。それは今敵対している敵の声。敵は、続けた。
「此処で生き延びても旧政府が全てだった彼等に何が残る?だったら、この場で歴史の舞台から引いた方が良い。誇りを抱いてな」
 その飄々として掴み所の無い口調は馴染みのある声。黄桜は、敵に向かって言う。
「じゃあ、貴方は何でソッチに居るんで?チョーさん
貴方はこの国の歴史の舞台から関係無い筈だ」
 言われた敵……チョーさんは肩の力を抜いて、答えた。
「俺はな、知ってしまったんだ。この仕事を続けても、何も背負っていない奴の先には何も無い。
そんな虚しい人生、せめて何かを背負っている人間の中で死にたいもんさ」
36: 名前:サスライ☆10/05(火) 19:51:23
 チョーさんのマシンガンが唸りを上げて大量の鉛弾を放つのが、戦闘開始の合図だった。
 黄桜はそれを横に走る事でかわし、弾切れと同時に一気に距離を詰める。
 樫の杖でチョーさんの利き腕目掛け、思い切り突いた。
 利き腕を支配しているマシンガンは使えない、そして手の甲粉砕骨折等で片手を封じればガンマンは終わる。
「なあ、下らねぇと思わねぇか。この戦いは」
 チョーさんは余裕の口調で笑いながら言葉を出す、見ればマシンガンのグリップで杖を受け止めていた。押す力同士の力比べになる。
「下らねぇなら、止めませんか?」
「お前は何も解っていないな。言っているのは俺達の闘いなんかじゃ無いんだ」
 チョーさんは突然グリップを捻った、だから杖も捻り上げられてフリーになった腹にグリップで突かれる。一連の流れはまるで、銃で杖術をしている様だった。
 腹に衝撃が入ったせいで、ろくに喋れない黄桜に、上からチョーさんは語りを続ける。
「新政府だ誇りだなんだ言っても、つまりは弱い者虐めだ。そして、俺等傭兵はそれに荷担しているハイエナだ」
 呼吸が戻ったのを見ると、敢えてチョーさんは弾を籠めずにグリップで足元を狙う。
 それをジャンプして避けると、読まれていたのかグリップは地面について棒高跳びの原理で垂直蹴りを顎に当てられた。
 ゴム底の蹴りは重く、平衡感覚が保てないグニャグニャの景色でチョーさんの声が違う。
「仕方ない事とは言え、いい加減自分のやっている事に虫酸が走ってきてな
俺達みたいな弱い人間が虐めの荷担で甘い汁を吸うのっておかしいと思うんだ」
37: 名前:サスライ☆10/11(月) 18:59:59
 寒天みたいな世界を振り払い、黄桜は片手で杖を構える。下段の防御の型だ。
 グリップファイトはリーチが短いので下手に突撃すれば反撃を喰らうし、銃は間合いが悪い。
 その点で黄桜の取った構えは正解と言えるが、チョーさんは呆れた顔をしていた。
「ハァ……。
俺さ、結構マジなんだけどな」
「俺の杖術を舐めると痛い目みますよ」
「解っていない、解っていない。そんなんだから、お前は俺に勝てないんだ」
 何処が不満だと言うのだろう、本気を出せと言う意味では、実は左手を使わない事を言われた時、左手は過去に自分で切り落としたと言った。
 つまり、これが今自分の出せる最強の型だ。
 溜め息一つ、チョーさんが銃を片手に、マガジンを片手に迫ってくる。これならグリップファイトをしながらマガジンを詰め込み奇襲が出来る。
 しかし、それを阻止する手段が一つ、黄桜の頭の中に浮かんでいたのでそれを行った。
 先ず、捻りを加えた突きをチョーさんの首に放つ。勿論、頭を横に振って避けられるがそれで良い。
 何故ならこの杖は実は仕込み杖。捻る事で鞘が外れる仕組みになっている。
 慣性を利用して虚空の彼方へ勢い良く飛んでいく鞘。故にチョーさんの首筋には研ぎ澄まされた刀があった。
 これを引けば、チョーさんの首は落ちる。
「だから言ったでしょう、痛い目見ると」
38: 名前:サスライ☆10/14(木) 00:04:16
 経験豊富なチョーさんは気付いていた、黄桜が奥の手を持っている事に。
 杖に隠せる武器は多々あり、銃も考えられた。実際スパイが暗殺に使う傘型銃もある位だ。
 しかし銃を身体の一部として使える本能はそれを否定、ならばサイズ的に刀が現実的だ。
 さて、雑誌等では日本刀が金属を叩き斬る動作があるが、仕込み刀は別だ。
 杖に収納する故に重さが足りないからだ。所謂、普通の傘と折り畳み傘の違いだ。
 そこでチョーさんはマガジンを取り出した。それは、銃を長い戦いで知り尽くした彼だから出来る防御。
「そうだな、痛い目みるな。自分を過信したお前がな」
 チョーさんの首の真横に軽くアンダースローで投げられたマガジンがあり、それが斬撃を防いでいた。
 そしてグリップが腹を突き、しかし今度は再起不能に成る程の適度な力だ。
 鯖折りを思い出す「コキリ」とした鈍い音と、風穴が開く様な感覚が黄桜を襲って、黄桜は地面に倒れる。
 薄れいく意識の中で、チョーさんの最後の言葉を聞いた。
「左手、使ってたら互角だったかもな」
 二つ思う。なんだバレていたのかやっぱチョーさんはスゲェなぁ、との感嘆。
 そして、強い人とは本気で戦わなくちゃ勝てないし失礼だ。しかし本気で戦いたく無い、それは我が儘なのだろうかと言う疑問。
 何故か瞼を閉じればあの日の七海の顔が浮かんで、そのまま意識を失って目が覚めたら安全な所に運ばれていた。
 恐らくチョーさんの仕業だろう。が、その後はチョーさんの姿をてっきり見なくなった。
39: 名前:サスライ☆10/14(木) 20:19:09
†四年前†

 ワイワイガヤガヤと雑音賑わす荒れくれ者に混ざって、小汚ない初老の男がテーブルに座っていた。向かいには使い古された黒いマントの黄桜が座っている。
 目に最早生気は感じられない。しかし、生きている。
 チョーさんに負けたあの日から、何故か傭兵を出来なくなった。左手も怖くて使えないままだ。
 初老の男は情報屋だ、だから情報を提供する。情報の内容は、高価な荷物が運ばれる道のりについてだ。
 黄桜21歳、山賊をしている。
 しかし黄桜は山賊として異質だ。荷物に興味は無くて、寧ろその護衛に興味があるのだ。
 高価な荷物には強力な護衛が付く。その護衛を左手を使わず、殺さずに倒す事を奪うよりも目的にしていた。
 殺す事も出来ない、本気になる事も叶わない、欲望に身を任せる事も出来ない。自分をそう思っていて、そんな人間の成れの果てがこの姿だ。
 あらゆる事の自分に対しての問いに答えない人間の成れの果てだ。
 殺そうと思えば自分に命を奪う権利があるのかと問いがある。
 本気になろうと思えば、この力はそんな事の為に存在するのかと言う問いがある。
 欲望に身を任せようと、荷物に同行していた女を陵辱してやった、しかしここぞと言う時に焔の、そして七海の笑顔が横切って冷めてしまう。
 何の為に生きているのか、俺が何をしたと言うのか。
 問えども答える者はおらず、只、情報屋の耳障りな声が頭に入ってくるだけだった。
40: 名前:サスライ☆10/14(木) 20:57:53
 舗装もされていない土の道があった、両脇には森があり、舗装しようにも木材の権利が入り組んでいる為に中々うまくいかない。
 だからこうして山賊に襲われるのに最適な環境が出来上がった。
 今日、荷物の護衛をしていた人間は某国で英雄と呼ばれていた人間だ。文章が過去形なのは、それが既に倒されてしまって立つ事もままならない状態だからだ。
「アーデルハイト・ベーレンドルフ……僅か15で頭角を出し、18で英雄。現在21か……」
 意識があり、気丈な光を宿した瞳で睨み付けるアーデルハイトを、死んだ魚の様な目で上から眺める黄桜は、情報屋から得た情報を言ってみた。
「くそっ、貴様が『英雄狩り』の黄桜か!」
「ああそうさ。運が無かったな、英雄狩りをする前に会っていたら勝てたかも知れないな。
経験が薄かったから」
 『英雄狩り』とは、黄桜の異名であり、彼の起こす独特な行動だ。強者とは英雄である事が多い、故に付いた異名である。
 最も、黄桜の様に力があっても英雄になれない人間は沢山居るが。
「何故だ、何故そこまでの力を、たかが山賊に使う。神はそうは望んでいない筈だ」
「……山賊意外に使ってみたら、こうなった。どうも神様ってのは俺が嫌いらしくてな」
 フゥと息を吐いて、貨物馬車に近付く。その時、やや高めの更に高ぶった大声がした。
「うわああああぁ!」
 それはアーデルハイトが黄桜に向かい渾身の力で起き上がり、短刀で突進する為に気合を入れる為の大声。
 何かの記念品だろうか、飾り気のある短刀は、黄桜の直ぐ近くに迫っている。
41: 名前:サスライ☆10/14(木) 21:27:51
 黄桜に迫る短刀は、まるで予知されていたかの様に軽く避けられて、短刀を持つ手首を掴まれた。
 呆然唖然と目を丸くするアーデルハイトに、黄桜は答える。
「動けない時、なるべく力を使わず素早く起きれる様に重心を後ろにズらしていたろ。
こんな事やってるから俺自身似た状況になるのが多くてな」
 淡々と説明される頃には、短刀が落ちて乾いて澄んだ音が地面に伝わった。しかし、アーデルハイトの目には絶望の色は見えない。奥の手がある訳では無いのにだ。
「何故、諦めない。最早お前には何も無いのだぞ。もしかしたら、『犯される』かも知れんぞ?」
 余談だが、アーデルハイトとはドイツの女性名である。勿論男性のパターンもあるので、どちらにも使える名前だが。
「では、絶望したら強くなるのか。諦めたら進展するのか。
私は僅かな希望に懸けようと思うのだ。それに、お前は私を犯せない」
 絶望どころか、挑発的に笑いかけるアーデルハイトは言い合うだけ意味が無いと判断した無表情の黄桜に言葉を続けた。
「私は知っているぞ。お前、粗チンで不能らしいな」
「……!?一体誰がそんな事を」
「おやおやぁ、冷酷無比の英雄狩りが耳まで赤くするとはなぁ。
お前、陵辱しようと服を破いて自分も脱いだまでは良いが勃たなかった上に粗チンだったと被害者の女性は言っておるぞぉ」
 目を弓にしてウケケと憎たらしく笑うアーデルハイトは、年相応の愉快さがあり、顔を赤くして目を丸くする黄桜は年相応の純粋さがあった。
42: 名前:サスライ☆11/01(月) 01:15:58
 手首を掴んだまま顔を赤くしている黄桜にニヤニヤとしているアーデルハイトは、最早敵を見る目をしていなかった。
 だから彼女は英雄足りうる存在なのかも知れない。倒すのでは無くて、勝つ事が出来るのだから。
 彼女は雰囲気をゴロリ変え、しかし出来る限り優しい表情と声で言う。きっと自分がそうされたら嬉しいだろうから。
「もう、『英雄狩り』なんて止めないか?私の方からも言ってみる、上手くいけば城の兵士に出来るかも知れない」
「今更、引き返せと」
「引き返すんじゃない、初めるんだ。終わりは、初まりなのだから。
君はそんな事を本当は望んでいない」
 今まででも何べんも同じ感情に見舞われたが、今回は特別それだ。
 コイツはもしかしたら、お人好しなのかも知れないと言った感情が高ぶり、怒りを通り越して呆れが湧き出る。
「ふん、お前に俺の何が解るんだ。所詮は正義気取りの偽善者ではないか」
 するとアーデルハイトはニカリと笑い、黄桜は難解さに頭を抱えたかったが体制的にそれは出来ず、只薄気味悪さが背筋を走る。
「そうかも、知れない。だが、自らの正義を肯定出来ないより遥かにましだ。
己も信じられない人間が正義を語るべきでは無いだろう」
 薄気味悪さは、そのまま氷柱になり、心臓をグサリともチクリとも、或いはその両方が一気に貫く。
43: 名前:サスライ☆11/01(月) 01:33:02
 アーデルハイトは、目を見開いている黄桜の顔を見て正しさを肯定すると、沈黙と言う回答に答えた。
「君は、まだそうして誤りに傷付く事が出来る。
まだ、笑う事が出来る。
人の立場を考えて話す優しさがある。
やり直せない訳無いではないか」
 それは何故だが必死で、背景を感じられずに得なく、もしかして15で英雄になるにも大層な理由があるのかも知れない。
 しかし黄桜も理由があるのは同じだった。目の前の少女と同じく、此処に在るには大層な理由があった。結局は、同じ年齢の同じ人間で、環境が違うだけなのだ。
 だから黄桜には黄桜の大層な理由がまた脳裏を横切る、そこには七海の笑顔があった。アーデルハイトのダイヤモンドの様に固い意志の目と重なっている。
「私も許してもらう様に必死に懇願する!絶対だ」
『貴方は次期里長で無ければ十分過ぎる戦力になる』
 何処からもなく声が聞こえる、そして黄桜の深層心理は従えと言う。
「それまで護ってみせる、人を護れない英雄に価値など無い」
『じゃあ、私も貴方の旅に付いて行きます』
 重なる、重なるから自然と手が動く。左手が動く。
「『ごめんな』」
 それは、誰に言った言葉だろう。彼が何をしたと言うのだろう。
44: 名前:サスライ☆11/01(月) 01:50:02
†現在†

 英雄狩り・黄桜は、最後の英雄アーデルハイトを刈って以来姿を見せなくなっていた。
 現地に遺されたアーデルハイトの遺体には軽い火傷がある程度で際立った外傷は見られなかったそうだ。
 そんな営業停止して存在も忘れかけられている黄桜だが、莫大な褒賞金は未だに存在している。被害者が被害者だけに野放しにしては面子に関わる。
 が、捕まらないのは英雄狩りの恐怖だろう。人は誰しも誰かの背中を追って生き、その追うべき対象が殺される様な人間はどれ程強いのかと言う恐怖である。
 しかし敵討ちが後を絶たないのも確かで、そう言った者達は帰って来ないのも懸賞金と恐怖を上げる切っ掛けになっている。
『所詮人は自分の命が惜しい』
 酒場から出た彼女に先程の情報屋の言葉が過る。しかし、ダイヤモンドの意志を継ぐ彼女にとってそんな物でしか無くて一瞬で振り払われた。
 誰かがやらなければいけない。
 これは私情は関係無く見えるが、随分な私情だ。私情とは突き詰めれば公的な感情になるのだから。
 つまるところ、胴着服の彼女は随分な情熱家と言える。
「……貴方は、私が止める。この、千鳥が!」
 黄桜が里を出たのは性別不明の5歳の頃、今ではポニーテールをなびかせる凛々しい女性となっていた。
45: 名前:サスライ☆11/01(月) 02:08:02
 サラサラと流れる川が人里離れた山の奥にある。それに糸を垂らして釣りをする人影一つ。
 木綿の着流しを纏った黄桜で、その風貌は世捨て人と言った所。左手はやはり包帯に覆われている。
 溜め息一つ吐いて、ビクに何も入っていない事を再確認すると、また釣りに戻った。
「何が悪いんだろうなぁ、餌かな、釣り方かな、ポイントかな?」
「必要とされない所に生物の居場所は無い。魚は本能的に知っているのでしょう」
 体勢も顔の向きも変えずに、ボンヤリと川の流れを見ている彼は、背中からの声に特に驚きもせずに、川に流す様に言う。この川でみんな洗い流せれば良いのに。
「いやいや、結構重要だよ、だって魚が取れなきゃ俺は飢えて死んじゃうかも知れない」
「では貴方はそれを望んでいるのでしょう。
だから……大人しく倒されろぉ!」
 活き活きした悲鳴が背中にかかり、蹴りが黄桜の後頭部を直撃した。川に水柱が上がり、数匹の魚が宙に舞い上がる。
 水面の隆起部先端から割れて出てきた黄桜はペッと水を吹くと、蹴り飛ばした張本人を見た。
「んーと、身体強化の蹴りにギルルの古武術。懐かしいな。ねぇ、千鳥よ」
 黄桜の目の前には武術の型を取る千鳥が在る。
46: 名前:サスライ☆11/01(月) 02:31:19
 蹴られる瞬間に、黄桜は後頭部を身体強化と同じ原理で、精霊の加護を用いて防御していた。だから水柱が上がる程の蹴りもどうと言う事は無い。
 千鳥はそう考えて、やはり一筋縄ではいかない相手だと演武を一通り行った後、再び型を取ると黄桜がオヤと感じるから口に出す。
「あれ、それってギルル古武術をアレンジしてんな」
「ふ、作用。これぞギルル流千鳥門。通称『千鳥流武術』です!」
「うわぁ、だっさ……」
「うっさいな。何時か軍の正式採用になる程メジャー武術になると思いたい」
 千鳥はそう言って、駆ける。只、駆けるのでは無い。なんと水の上を駆けた。
 一瞬のインパクトに身体が固まった黄桜は、そのまま跳び蹴りを狙われるが意識を取り戻し右手で受ける。
 川の向こう側まで蹴り飛ばされ、しかし受け身をとった黄桜は右手のみをレイピアよろしく突き出して、ニヤリとする。
「それが千鳥の精霊の加護か。水を操る、そんなトコか?」
「残念ながら、ハズレです」
 千鳥が遠くから正拳突きを放った、勿論突きは届かない。が、衝撃波が黄桜を襲う。
 そのスキに後ろに回りこんだ千鳥、経験からか同門からか一瞬で予想がついた黄桜はそこに回し蹴りを放つ。が、まるで鋼を蹴った様に効かないではないか。
 バックステップで距離を取ると、黄桜は冷や汗を拭い、しかし昔読んだ能力大全から千鳥の能力を推理した。
「成る程、お前の精霊の加護。それは、『四聖咆哮』。
超身体強化だな」
47: 名前:サスライ☆11/01(月) 02:54:32
 水を走るのは、沈むよりも速く走ったから。衝撃波は、拳速が生み出す風。鋼の堅さは、強力な身の引き締め。
 千鳥は、精霊の加護の才能が無くて落ちこぼれ扱いを受けていた。しかし、基本が異様に高い事を利休に認められる。
 その結果、能力が無いのでは無くて身体能力を究極に高める能力だと知った。
 彼女はそれを以て頭角を表し、『男だったら次期族長』と里から認められる程に成長した。
 しかし彼女はそれを里の為に使わず、ある日忽然と姿を消す。その後は『正義の味方』として世界を回っていた。
 黄桜を探す為に。
「アーデルハイトさん、あれは何故火傷で死んだのですか?貴方の能力はそこまで殺傷能力は無い」
「お前に言う必要なんか無いだろ」
「ありますよ、だって、あの人は……大事な仲間だったんだから」
 今にも泣きそうな雰囲気を纏う彼女を遠目に見て、溜め息一つ言ってやる。
「ショック死だよ。
アイツ、俺の能力に侵されつつある中で、無理矢理ショック死しやがった」
 千鳥は肩の力を抜いて、口に笑みを浮かべる。表情は遠目なのでよく解らない。
「ああ、そうか。アイツは自分で無いなら死んだ方がマシって言う奴だからなぁ、そうかそうか。
アハ、アハハハハ……」
 そして、下唇を噛み千切った。
「ふざけんなテメェ。神聖な精霊の加護を何だと思ってやがんだ!」
 拳を顔面に受ける黄桜、しかし表情は冷たい。やせ我慢しているだけだが。
「神聖か、俺にとっちゃ悪魔だよ。例え、神様がくれた物だとしてもな」
48: 名前:サスライ☆11/01(月) 03:24:38
 やせ我慢の状態から黄桜は千鳥の拳に噛み付いて固定し、左手で千鳥の頭を掴んだ。左手の包帯が全て灰になり、下から生身の腕が出てくる。
「どんなに人間が強かろうが、悪魔には勝てないんだ。この俺みたくなぁ!」
「そうでも、無いですよ」
「何っ!?」
 黄桜に頭突きを喰らわせる。そして頬に蹴りを入れて、噛み付きの束縛を解除。地面にバウンドしたのを掬い上げて、逆ベクトルから殴りかかる。
「ギルル流・『流れ落とし』!」
 思い切り血を吐いて地面に改めて叩きつけられる黄桜。
 身体強化とは、力が上がるに限らず内臓の力も上がる。当然脳の力もだ。それを利用し、千鳥は忘れた途端に記憶の欠片から思い出して高速で修復したのであった。
 こうして、彼の戦いは終わった。

†††

「なあ、千鳥。俺さ、思うんだ。もしかしたら強くなるには一人じゃ駄目なんじゃないかって。
だってさ……素直にそう思える今、もう七海の顔が脳裏を横切る事はあんま無いんだ」
 地面に仰向けのままの黄桜が体育座りでチョコンと座る千鳥に言う。
 千鳥の顔は黄桜によく見えない、しかし彼の顔は晴れ晴れとしていた。
「あのショック死の後な……、俺は山に籠った。何でかなぁ、きっと最後のチャンスを逃して居場所を失ったのを本能的に知ったんだろう。
七海の記憶を奪った『あの日』をやり直すチャンスをさ」
 千鳥は口をモゴモゴさせる、黄桜は只、「泣くなよ」と笑顔で言った。
 黄桜の顔に雫が落ちる。
「全く、お前は何時までも泣き虫だなぁ。
精霊の加護を信じるんだ、だってそれは神の力でも悪魔の力でも無くて……」
 笑顔のまま、彼は息を引き取った。千鳥が黄桜に会いに来たのは、里の為なんかじゃ無いと言う事を伝える前に。
 そう、『倒しに来た』のでは無い。千鳥は『会いに来た』のだ。

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最終更新:2010年11月22日 09:51
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