25: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:32:07
「……貴様は俺の事は信じるのか。俺が違うと言えば違う、そうだといえば真実だとでも?」
馬鹿馬鹿しい、とソーマは続け、指先でスプーンの柄をつつく。からん、と音を立てて倒れたスプーンで砂糖を掬って彼はその紅茶色をした砂糖を嘗めた。
「そういう訳じゃない……ただ、君からも話を聞かなきゃ、僕は納得しない。納得しないまま、うやむやで物事を終わらせるなんて……研究者としては嫌なんです」
緩く頭を振って否定し、ロランは言う。
ソーマからすれば自分を信じるどころか、自分の話を聞きたいという人間が居るという事自体驚きなのだが。
自分の言葉を待っているらしいロランに、ソーマはスプーンから口を離して息を吐く。
「知らん」
「……え?」
「知らない、と言ったんだ」
はっきりとそう告げ、ソーマは椅子に深く腰掛ければ組んだ足の上に指を組んで手を置く。そのまま俯くように視線を落としてソーマは淡々と続けた。
「俺自身、本当にこの組織の人間を殺しているのかどうかは解らない。別に自分の前に出てくる人間が悪いなどと馬鹿げたことを言うつもりはないが、俺はただ命令通りに戦場に居るだけだ」
26: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:34:39
自分の殺した人間が敵か味方か解らない。
ソーマからすれば、これ以上の答えはなかった。何せ自分からすれば敵も味方もないに等しいのだから。
予想していなかった答えに唖然とするロランに目もくれず、彼は更に言葉を続けた。
「まあ、組織の人間が俺に殴りかかってきたりするということは……俺が殺したんだろうな」
一瞬悲しげに目を伏せてソーマは諦めたような、そんな声音で締め括る。
ロランは彼の声音が変わったことにも気付いたが、それを指摘して更に踏み込むような真似はしなかった。
彼の頬に微かに残る傷痕は、恐らく先日殴られたときについたもの。その唇から垂れる血をうざったそうに拭ったソーマの姿は記憶に新しい。
それでも、あの傷ならばまだ軽い方だとロランは思う。
あれ以上にボロボロになって医療室へと入っていくソーマの姿を、二、三度ではあるが見たことがあった。
だがそれも追求する事はしない。
幾ら相手があの“死神”とはいえ、その心の中に土足で踏み入るような真似はできない。
例え自分と友人の精神を、ずたずたに引き裂いた憎むべき存在だったとしても。だからといって土足で踏み荒らして嘲笑う、なんてことが許される訳はないのだ。
ロランは紅茶を一口口に含んで嚥下する。先程よりもずっと冷めた生温いそれで喉を潤して、彼はソーマに視線を向けた。
「…………じゃあ、もしかして君は、……その責任を、感じていたりするんですか?」
ロランが問えば、ソーマはぴくりと眉を動かして反応を示した。
顔を上げて何を言うかと思えば、かれは不機嫌露わに舌打ちしてテーブルの上の彼岸花を摘む。
27: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:36:28
「俺は自分が悪いとは思わない。が、“俺が殺しただろう奴”が悪いとも思っていない」
だからまさか責任を感じて彼等に彼岸花を手向けるなんて真似はしないんだ、という風な内容のことをソーマは言って紅茶を一息に飲み干した。
それでも何だかもやもやとしたものが消えてくれなくて、彼はもう一杯の紅茶を注ぐ。その紅茶は途中で途切れ、ぽたりと雫が落ちるだけになった。
まさか途中で紅茶がなくなるなんて思っても居なかった、とソーマは中途半端な量の紅茶を啜る。
「――ただ、俺は“あの町”の助けになればいいと思っただけだ」
「…………君の故郷、ですか?」
頷いて肯定を示し、ソーマはほんの少し、見た目では解らないほどの笑みを口許に浮かべた。
その瞳にも何処か懐かしいものを思い出すような光が見える。
ルクスの言っていた事は本当だったのか、とロランは再認識すると同時に、やはり彼にも一応は感情が備わっているのかと安堵にも似た感情を抱いた。
決まって無表情で、瞳を見ても何を考えているか解らなくて、言葉も何か台詞を読み上げているだけのようなものなのだ。そんなソーマでもちゃんと人並みに笑ったりはするのだとロランは思う。
だからといって、彼の所業が許されるかと言えば答えは否だし自分の中のどす黒い思いが消えるかと言えば答えは否なのだが。
「……これで、もう答えは分かっただろう。解ったならさっさと帰れ、俺は忙しい」
やはり台詞を読むような声色で言い、ソーマは立ち上がれば本棚へと向かう。その棚から適当に選んだ数冊――否、銃数冊の本を軽々と片手に担いで彼はそれをロランの座るテーブルの前に置いた。
“今から読書をするからさっさと出て行け”ということか、と悟り、ロランは頭を掻けば椅子から立ち上がる。
「ありがとう、ございました……」
「…………礼を――」
その後に続けられた言葉をロランは聞かず、扉を開ければそのまま一度も振り返らずに部屋を出た。
28: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:39:29
+++
「――ルクス、随分要らないことを喋ってくれたな」
いきなり自分の部屋に押し掛けてきたかと思えばすぐさま胸倉を掴んでそう威圧感のある声で言ってきたソーマに、ルクスは困ったように笑ってその手首に手を添える。
感情があるのかないのか分からない、と称される割にはかなり短気で、すぐに苛立って、自分のテリトリーに他人を入れたがらない彼。
もう既に四十代に近いルクスからすればまだ未成年のソーマは“生意気”で可愛いものだ。
「別にからかったつもりはありませんよ……それにあながち間違いでもないでしょう?」
「だから余計に面倒なんだ」
間髪入れずに反論してソーマは彼の胸倉を掴む手を離す。襟を正すルクスを見下ろしてからソーマは適当にそこらに置いてあった柩に腰を下ろした。
そのまま手をついて、ふと指先に触れたそれを手探りで取ってみる。
誰かの写真――恐らく遺影になるであろうそれを見て、ソーマは微かに顔を顰めた。
「…………ルクス」
「何でしょう? もう文句なら聞きませんからね」
紅茶を淹れる準備をしながら、彼に視線を向けるでもなくルクスは言う。
その声が聞こえていたか聞こえていなかったのか、ソーマはその写真を元あった場所に戻せば俯く。
29: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:40:58
「……本当に俺は味方を殺しているのか? それよりも、敵と味方、この人間の違いは何だ」
どうせ互いに人殺しをしているのは同じだ。自分からすれば相手は敵だが、相手からすれば自分が敵。正義は悪であり悪は正義、というものと同じだ、とソーマは思う。
ソーマの問いにルクスはしばらく口を閉ざしていたが、たっぷりの砂糖を放り込んだ紅茶をソーマに手渡すと同時に口を開いた。
「後者の問いは解りませんが……」
そこで一度言葉を句切り、彼はその手に一輪の彼岸花を取る。
「貴方は敵味方問わず殺し続ける最低な“人殺し”ですよ」
「――そうか」
その赤い花を受け取って、全ての救いを失くしたかのような表情で死神は笑った。
Fin.
30: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:53:26
□後書き
リコリスっていう名前の葬儀屋が活躍するお話じゃないです。リコリス(彼岸花)を手向ける葬儀屋と彼岸花が好きな死神と研究員のお話です。
もっと言えば放置中の「リレイズ」の派生作品です。
元々は自分のサイトにて「彼岸花の葬儀屋」と「死神の彼岸花」としてUPした作品です。今回それに加筆修正、及びロラン視点だった「彼岸花の葬儀屋」を三人称に修正して「死神の彼岸花」に続くようにしただけのものです。
サイトの方ではルクスさんは違う名前です。
取り敢えず、組織でとことん嫌われるソーマと口の端から血を垂らすイイ男☆を書きたかった、という理由だけで執筆しました。
多分集団暴行とかも普通に受けてるんだろうな、って書いてて切なくなったのは秘密。
恐らくソーマは味方を傷つけずに済む方法を知らないだけ。
だから闇雲に突っ込んでいって傷つけて、挙げ句に殺してしまう。
誰かが分かってやれれば状況は変わるのかも知れませんが。支えがないから自分で障害を排除する以外に方法はないんです。
ソーマもソーマなりに自己防衛に必死なのかも。
それとルクスさん結構酷いこと言ってるけど悪い人じゃないよ!多分ソーマに対して父性抱いちゃってるんだよ!
彼岸花の花言葉は「悲しい想い出」。他にも「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」などがあります。
ソーマは「悲しい想い出」も持っていますが、もう味方も殺しちゃうのは仕方がないって諦めてるんです。
ロランも同じだよね。きっと。
ロランが聞かなかったソーマの台詞。
礼を言われる程の事じゃない、か。
礼を言うのは俺の方だ、か。
皆様のご想像にお任せします。
それでは、また。ぺこり。
最終更新:2011年03月20日 06:50