廊下は止まれない 続き2

35: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 13:43:29
28.



「いいよ」
「ん、それじゃ今日いつものとこで」
「わかった」
「じゃね」

何も聞かない。
気を遣ってくれているのかな。
それとも、何も話さない私に何を聞いても無駄だと思ってるのかもしれない。
うんざりさせているのかもしれない。
疾風、私の中であなたの存在が膨れていく。
破裂して、あなたの中身が溶け出しそうだよ。
靴の裏についたガムみたいに、しつこくて取れそうにないような、不快であるような、そんなものが私の中に生まれた。
へばり付いて、足を地面に引っ付けて、のろのろと流れを狂わせる。
勢いを止める。
嫌だ、吐き出してしまいたい。
疾風。
疾風。
疾風。
どこに行ってしまったの?
何で、姿を見せないの?
会いたいと思っていないから?
考えの甘い私に嫌気が差したから?
どうしてなの。
――――私はあなたに会いたいよ、疾風。


 私は思う。
こういう陰気くさい感じ、私には似合ってない、と。
こういう役割は大抵槙が担当だ。
私はそれを横目で見つつ、見守りつつ、けなしつつ、支える役目。
こっちの立場に立ってしまうと槙の居場所がなくなる。
よし、忘れちまえ。
私のためにも、槙のためにも。

「美術、明日提出って知ってた?」
「そんなの誰が言ってたのよ」
「え、美術の先生」
「いつ」
「この間の授業参観のときに」

おいコラ。
いきなり思い出させてくれちゃって槙ちゃんったら可愛い。
ご褒美に私の鉄拳をあげたいくらい。

「ねぇ、奏」
「何?」
「どこに行ってたの、授業参観のとき」

傷口をさらに広げる質問、問いかけ。
返答に困る私を槙はじっと見つめる。
時間が凍りついたみたいに流れようとしない。
早く次の授業になりさえすれば席は遠いから時間を稼げる。
言い訳を考えられる。
いつもならあっという間の休み時間が、長くてもどかしい。

36: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 16:27:30
29.


 「具合悪かったの? だったら何で槙に言ってくれなかったの?」
「え」
「もう、すぐに奏は私のこと子供扱いするんだから。私こう見えても保健委員なんだよ」

保健委員……て、あんた。
それ、ジャンケンで負けたからなったんじゃん。

「あぁ、ごめんね。でも大したことなかったし、ひとりでも大丈夫だったから」

突っ込みを心の壁にぶつけて抑える。
あぁ、苦しい。

「もう、今度からはちゃんと槙に知らせてね」

ははっと私は薄ら笑いをして手を振り、ごめんと一言槙に言う。
これで槙はもう笑顔になってくれるんだよね。
単純というか、扱いやすいというか。
槙は私にゆとりをくれる。
しっかりしなきゃとか、自分が立つ場所を明確にしてくれる存在が槙だ。
槙がいてくれることで、この学校生活もいくらか快適に過ごせそう。
教室の前のドアが開く。
しかし、すべりが悪いためもうあと半分がなかなか開かない。
あぁ、ミスター現国、いつにも増してヘタクソだな。
ぶ厚い皮下脂肪が邪魔でもう少し開けないと入れないんだよね。
何て滑稽な有様だ。
がだ、がだ、がだ、と3回ドアが吠えると、がたんという音と共にドアの逆襲が始まった。
ドアを抱えてミスター現国は廊下に追いやられたのだ。
あぁ、地響き。
教室は一旦静まったものの、その次の瞬間には飛び跳ねるようにしてみんながみんな大喜びした。
ミスター現国、頑張れ、と心にもないことを私は引きつる顔を抑えながら呟いた。

お昼。
寛ちゃんと一緒に食べる曜日は月、水、金の週3回。
待ち合わせ場所は眺めのいい4階の廊下。

37: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 16:28:27
30.



「音楽室って人気なくて怖いよね」
意外に寛ちゃんはホラーが苦手。
いつもこんな話題から私たちのお昼休みは始まる。

「寛ちゃん、どうする? 急にピアノの音とか鳴り始めたら」
「いや、どうするもこうするも、逃げる」
「はは、頼りないなぁ」
「だって怖いじゃん」

今日も寛ちゃんの手にはあんぱんがふたつ。
そして決まって私はミルクティーを片手に寛ちゃんがあんぱんをくれるのを待つ。
4階は音楽室と空き教室3部屋のみ。
あまり人が来ないとても静かなところだ。
しかし、風通しもよく眺めもよく、密かにカップルたちの間でよく使われにぎわうことがある。
今日も私たちを含めて3組のカップルがそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。

「ホラーって言えば夏だよね。それじゃ秋といったら?」
「そりゃぁもちろんスポーツでしょう」
「え、でも寛ちゃん卓球部のほけつ」
「それ言ったらおしまいじゃん」

セミの声はいつの間にか聞こえなくなったなぁ、とふと思った。
いつから聞こえなくなったんだろう。
季節が変わり始める合図はいつも唐突だ。
一瞬のうちに入れ替わる。
いつの間にか空は高くなっていて、暑くても湿気がないからべとつかない。
夏風に吹かれていた葉は青々とした力強い色から急に大人びた色に変わる。
私たちも目立って変わるところはないけど、お互いを恋しく思う季節になる。
侘しい。

「この前スーパーで買った焼き芋パンって言うのがすごくおいしくて」
「へぇ、食べてみたいなぁ」

38: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 16:29:11
31.


 私は渡されたあんぱんをかじった。
今回もつぶあんだ。

「そういうと思って」

ふふふと不気味に笑ってみせると、寛ちゃんはごそごそと後ろからビニール袋を取り出した。

「はい」
『ほっかほかの焼き芋パン 電子レンジで30秒間あたためるとほくほくの焼き芋みたいにおいしくなるよ』

袋にはそんな事が書かれていた。
寛ちゃん、この言葉にやられたな。

「ありがとう。でも今はあんぱんだけで充分だ」
「そっか、でもチンして食べた方がおいしいから、家帰って食べな」
「うん、ありがとう」

がさがさとビニール袋のすれる音の奥で、セミの鳴き声が聞こえた気がした。

美術提出、結局間に合わず。
私は放課後居残りをさせられ完成するまで帰ってはいけないと言われた(一生帰れそうにないな)。
美術の先生は私のようなやる気のない生徒を嫌う、自分に酔いしれ自分が全て主義。
ミスター現国の女バージョンといったところか。
まったく、自分がよければすべてよしか。
自分の名前を汚されたくなくって必死になる姿はものすごく汚らわしい。
こういう大人はこの学校にたくさんいる。
吐き気がする。
あぁ、何だか胃がむかむかしてきた。
絵もなかなか終わりが見えてこない。
きっとあと1週間はかかるな(ということは1週間家に帰れない!?)。
このペースで描き続けると、美術の先生の説教は10倍くらいに跳ね上がる。
最初は5分程度の不満が、50分拡大版、「芸術に対する心得と感謝」とか変なことを延々と聞かされることになる。
それだけは阻止したい。
私はちまちまと下書きを描くのを止めて、もう絵の具で塗りつぶしてしまおうと決意した。
どうぜ鉛筆の線はあとあと隠れて見えなくなるんだから、気にせずにどんどんと塗っていこう。
私は水を汲みに廊下を歩き始めた。

「ハローハロー僕のスイートハニー」

階段の方からぺたんぺたんと上履きの音が近づいてくる。

41: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/08(水) 17:56:17
32.



しかもやけにテンション高めの声。
西陽で廊下に映し出された影はすっと高く、動きはゆったりとしている。
スローモーション。
私は普通に振り向いているはずなのに、この短時間の中で色々なことを思い巡らせた(だからきっと錯覚してるんだと思う)。
部活に入っていないくせにいつも持ち歩いている大き目のスポーツバッグ。
いつも何を入れているんだろうと思わせるくらいバッグはぱんぱんだ。
背は高いくせに幼い顔(可愛い)。
――――ずっと求めていた人物。

「疾風!」

私の声に、目の前の人は微笑んだ気がした。
一瞬にしてフィルムが変わる。
さっきとは異なる映像が私の前を流れていた。
私は廊下に座り込んでいた。
力が一気に抜けた。
驚いたからだ。
手には筆が握られ、真っ白なキャンバスが私の前に立ちはだかっていた。

「ゆめ」

もう秋も深まり始めて大した運動なしに汗をかくことは極端に減った。
なのに、私の額からは何筋かの汗が流れ落ちていた。
背中もびしょびしょ。
もちろん、手なんかは言わなくてもわかる。
呆けるほか、私を表す言葉はない。
まっすぐに進む廊下を眺めているようで、しかしまったく別のところに焦点を合わせているようで、本当はそこに存在しないあるものに対して思いを馳せている。
足をできる限り伸ばして、少しの恥じらいもなく座り込む。
あぁ、こんなことしても疾風は現われない。
あの頃とは違う。

42: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/08(水) 17:56:59
33.



あの頃の私は純粋に廊下の居心地のよさを求めていただけだ。
ひんやりしていて、埃しかない殺風景な場所。
だけど私にとっては特別な場所。
不純な気持ちでいてはいけないような場所。
私はこのとき初めて、廊下を私欲のために利用した。
頬を流れる水滴は、止まる気配を見せずに流れ落ちた。

昨日、旧校舎の一部が崩れたので今週末に取り壊し工事を行う、と朝のHRで先生が言っていた。
私はとうとうこの日が来たかと思ったが、左から右へ、話をうわの空で聞き流した。
塞き止めるな。
何かを考える前にすべて流してしまえ。
特別な思いを抱いてしまえば、必ず帯を引いて疾風の存在が引き出される。
思い出。
新校舎から旧校舎へ渡された唯一の架け橋。
旧校舎がなくなれば、あの閉ざされた世界も無くなってしまう。
ものが役割を見失うということは、存在理由を消されてしまうということ。
存在していても意味を成さない。
ナクナル、のだ。
あそこでの出来事だけが、私の中に取り残される。
そうするとどうにも処理できなくなる。
消化しきれないものは、体の中に蓄積され、毒に変わり、私を内側から蝕む。
完璧に終止符を打たれてしまえば時が止まる。
未解決事件が迷宮入りするような、解決されず宙を漂い、周りから忘れられ、しかし事実として残される。
そんな悲しみだけを植え付けられた私は永遠にここに囚われてしまう気がする。
同情も憐れみも励ましも草むらに隠れて出てこようとはしない。
時間の流れに沿って年を重ねて老いても、癒されることはないということになってしまう。
急に恐怖が私の体の中を走った。

43: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/08(水) 17:57:32
34.



先生が教室から出ていく。
HRが終わった。
ふと、何かから逃れるようにして私は廊下に目線を移した。
廊下の窓に、秋空が広がる。
まるで動くポスターのような、現実にあるものが不思議と作られたもののように見える。
夏のような真っ白で分厚い入道雲、喜びすぎて強い刺激を与える太陽、現実の世界を歪める陽炎、真上を向き続け咲き続ける向日葵。
すべては過去という枠組みにすっぽりと納まり、紙でできた箱にしまわれる。
思い出――――そう、思い出として。
秋、冬はこっちに向かって突き進んでいる。
戻ることを望まない。
自然はとても強いのだ。
支配されているようで、自由がないようで自然はとても自由なのだ。
決めたことを永遠にし続けているだけで、自然は自分自身で自由を選んだのだ。
その強さを、どうか先を見据える勇気を彼に与えてあげてほしい。
足枷に体を縛る鎖をすべて断ち切ってあげてほしい。
少しでも動いた気持ちをほったらかしにしないために。
彼が、疾風が疾風に追い付けるように、俯きながら泣く疾風を拾ってこれるように。
疾風自身の望むことを、具現化できるように。

44: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/09(木) 16:49:50
35.


土曜日の学校。
週休2日制バンザイ。
しかし、私は廊下にいる。
上履きのかかとを踏んで、ぺたんぺたん歩いている。
どこに向かって歩いているのかはわからない。
ただただ廊下を歩いているだけだ。
旧校舎は今日取り壊される。
さよならを言いたかったのか、それとも何となく気になってきたのか。
はっきりとした理由はわからない。
でもきっと私は、胸の中に存在し始めた違和感を取り除きたくて、ものが役目を終える瞬間を見たいと思ったのだ。

「今日で、止まる。止まってしまう」

今まで生き続けてきた旧校舎の歴史が終わってしまう。
もう時を刻むことはないだろう。
この悲しみは一体何のために沸きあがるものなのか。
さっぱりわからない。
そんな状態で私は泣いた。
ブルドーザー、ショベルカー、よく工事現場にあるはたらく車たち。
どんどんと校舎の中に入ってくる。
あぁ、こいつらは旧校舎のことを何も知らない奴らだ。
だから簡単に壊すことを引き受けてしまう。
当然だ。
しかし、何だか敵に侵入されたみたいで、腹が立つ。

「朝からうるさいと思ったら、今日だったんだ」
「知らなかったの?」
「うん、最近学校行ってなかったから」

何気なく隣にいて私と会話をしている男の子。

「そして何で君は僕の隣で泣いているの?」

ははっと軽く笑うその顔をずっと見たいと思っていた。
人を小ばかにしたような、寒いときに求めるやわらかな陽射しみたいな笑顔。

「あなたが隣にきたから」

45: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/09(木) 17:02:40
36.


恥ずかしいとも思わない。
涙を隠そうとも思わない。
ありのままに流れるままに涙を放置して自由に。

「違うよ」

違うって何が違うのか。
先にここに立って旧校舎を眺めていたのは私だ。

「違う、君が僕の隣にきたんだよ」

何を言ってるの?

「そして涙を流した」
「意味がわからない」
「気付かなかったの? 君はずっと僕の隣にいたんだよ、いつもずっと」

ぴぴっと軽快な笛の音。
あ、いつの間にか旧校舎が壊されている。
さよならを言わないと。
言わないと。

「ずっと」
「僕の話を聞いてくれるんでしょ」

本当の目的はそうなのかもしれない。
誰にいない校舎の中2人きりで話すこと。
漏れてはいけない秘密。
しかし、どうしても素直にそうと思いたくはなかった。
寛ちゃんにも申し訳ないし、それに、自分自身が振り子のように揺れていることを認めてしまいかねないから。

「そうかもしれない」

私の返事は曖昧。
誤魔化しがきくとは思っていないけど、こういうしかなかった。

「何それ」

くすくすっと疾風ご自慢の人を小ばかにしたような笑い方。
あぁ、でもその笑顔をずっと求めてきたのは事実だ。

46: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/12(日) 16:00:42
37.



「まぁいいや。うん、ありがとう」
「どういたしまして」
「僕の過去はこの間言ったことだけで充分だから。もう君を苦しめたりはしない」
「うん」
「君を大切にしたいから」
「うん」
「このまま止まることはできないと思ったから」
「うん」
「君と同じ時間を進みたいと思ったから」

背は私より10センチ以上高い。
上から見下ろされる感じがとても不愉快だけど、今は見守られているような気分がして心地いい。
疾風の視線が、私に向けられる。
私も、疾風の視線を受け止める。
肩に手が乗る。
まつげが長いな、鼻も高いな。
色白で私よりもきれいな顔立ちを間近で見た。
相当腰を屈めたんだろうな。
私も精一杯背伸びをして、ちゃんと届くように努力をしたけど、でも何だかただ触れただけで、掠めただけで。

「ヘタクソだね、君」

47: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/12(日) 16:09:45

「あなたのせいよ」
「あぁ! またあなたって言う。本当に君は物覚えが悪いな」
「うるさ」
「ほら、名前呼んで、奏」
「え、どうして私のなまえ」
「呼んで」

さっきまでは恥ずかしくなかった疾風のアップが急に私の顔を熱くさせた。
オーバーヒートしてそのまま崩れ落ちてしまいそう。

「は、はや、」
えぇい。

「疾風」
「はい、よくできました」

もっと屈むことができるだったらさっきもそうしろよ。

「ばか」

へへっと鼻をこすって、少し照れ隠しみたいに笑う疾風はとても輝いて見えた。
あぁ、旧校舎が全部壊されて、今まで入ってこなかった光が入ってきているんだ。
そうか、終わりじゃないんだ。
刻む運動は止まってしまうかもしれないけど、終わりではない。
始まりを伝えるための合図。
そうだ。
区切りをつけて、また新しく線を越える。
――――長く長く続く廊下は、また、私たちと共に動き始めた。








おわり

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最終更新:2012年08月11日 08:04
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