―Blood and sickle― 続き

14: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/30(月) 10:57:57


俺は……どうすればいい?
所長室を飛び出してひたすらがむしゃらに走っていた。
着いた先は何故か父さんと母さんの墓がある教会の西洋墓地だった。
「こんなところに来て……何か俺を救うものがあるわけもないのにな」
独り言を呟きながら両親の墓に向かう。
そこには先日置いたクリスマスローズとカスミ草が枯れ果てた姿でまだあった。
両腕いっぱいのクリスマスローズも枯れ果ててほんの少しにまで減ったように見える。
俺はクリスマスローズを一輪手に取り、しばらく眺めた後、手の中で握りつぶした。
「俺はこの花にどんな思いを込めていたんだろう?」
今は自分で自分の事がよく解らない。これからどうすればいいのか、どうしなければいけないのか。
クリスマスローズの花言葉……。
『追憶』、『私を忘れないで』、『慰め』そして、『私の不安を取り除いてください』
俺の不安を全て取り払えるような人などきっとこの世にはいないだろう。
居るとすれば天国の母さんと父さんか。
そんなのを思う俺はきっと馬鹿なんだろうな。ありもしないことを望んで、ありもしない夢を見て。
誰でもいい。俺の心の闇を取り払ってくれたら。
そう、いっそ誰か俺を殺してくれよ。あの日散る筈だったこの命。今更何を惜しむというのだろう?
もう大切な誰かを目の前で失いたくない。目の前で何もできずに大切な者が死んで行くのをただ見てる事なんて俺はできない。
どうすればこの苦しみから逃れられる?考えろ、考えるんだ。
どうすればいい?
「――そうだ。その手があったじゃないか」
目の前で消えるのが嫌なら、怖いのなら。いっそのこと……
――――― 俺の手で壊せばいい。
そうだ。壊そう。俺の手で、全てを。
そう言って俺は墓地をあとにする。その手に愛用している二丁の小さな拳銃をしっかり握って。


17: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆12/04(金) 12:24:21
―turning point―


教会の中庭。今にも雨が降りそうな天気だからかいつもの子供たちの姿はなく、何故か其処には見慣れない数人の男が何やら真剣そうな顔で話し合っていた。
―― あれがハインドの言っていた罪人か。
彼らは粗末な服を着ている。きっと命からがらこの教会へと逃げ込んで来たのだろう。
皆やせ細っていた。
僕が見ていた事に気がついたのか彼らの中で一番年輩の男が近づいてきた。
僕は無意識に身構える。
するとその初老の男は両手を広げて何も持っていない事を確認させると、とても優しそうに微笑んでまた近づいてきた。
「なに、私たちは何もしませんよ」
僕は彼に殺意が無いことを確かめると少し警戒を解いた。
「…それはわかった。でも、お前たちはどうしてこの教会に来たんだ?わざわざ来る用など無いだろうに」
「…… 私たちは皆、罪人です。更生をしようと思ってもなかなかできないのですよ。本当に更生をしようと思うなら教会に来るのが一番でしょう? 」
なるほど、彼らの言う事にも一理ある。
罪人となれば罪の重さはどうであれ周りから差別や偏見を受けることになる。
その状態ではろくな仕事にも就けないだろう。
仕事に就けないのであれば生きてはいけない。ならば修道士やシスターの様にこの教会に住み込みで働こうという気持ちもわかる様な気がした。
「もう一度問う。お前たちは本当に更生をしようと思って来たんだな? 」
「はい。私たちはみな偏見や差別で苦しんで来た者達ばかりです。皆この教会で頑張って生きようと決めて、辛い旅の中私に着いて来てくれたのです」
そう語る彼の眼はとても仲間思いの優しい人に見えた。

―― バンッ。

いきなりの銃声。男たちのどよめき。
俺が驚き振り向くと其処にはまだ煙を上げている小さな拳銃を片手に無表情でこちらを見つめるキルトの姿があった。
「――キルト!? 」
キルトは無表情のままただプログラムされた機械の様に引き金を引き続けていく。
僕の後ろで何人かが倒れていく音がする。
僕は何が何だか分からなかったけれどただ一つ分かった。
――――キルトを止めないと……。
「キルト!やめろよっ! 」
気付いた時には僕はキルトに掴みかかっていた。
銃を持ったキルトが怖くなかったわけじゃない。でも、止めなくちゃいけない。それだけだった。
「え?イエティ?どうしたの? 」
キルトは突然飛びかかってきた僕にびっくりしたのか引き金を引く手を止めた。
「何やってんだよ! 」
――――バンッ
右腕に焼ける様な痛みが走る。
――――キルトに、撃たれた?
―――― 俺が?キルトに?
焼ける様に痛む傷を抑えてうずくまる。右腕の傷口を見ると予想以上に出血が激しく、白い上着までもが真っ赤な鮮血で染まっていた。
「イエティそこでちょっとおとなしくしててね? 」
僕にそう言うとまた機械的な殺戮を始めようとする。
――――止めなくちゃいけない。僕は、止めなくちゃ。
自分でもなぜそう思ったのかわからない。
その時感じた思いは、果たして『止めたい』なのか『止めなければいけない』だったのか。
その時の僕にはそれを考える余裕さえなかった。
ただ思った事に忠実に。僕は今にも引き金を引きそうなキルトの足首に必死にしがみついた。
「離して」
「――…嫌、だ」
「離してったら」
「――…嫌、だ」
――――バンッ。
「う、ぐわぁああ! 」
足首に縋り付いていた左手に鉛が撃ち込まれる。
目の前の手が赤く染まっていく。
焼けるような痛みが左手にも……。
当然そんな状態で掴んでいられる訳も無く力の入らなくなった僕の手はキルトの足首から離れた。
「キルト!おめぇ……」
騒ぎと銃声を聞きつけたのか中庭にブラッドたちが駆け付ける。
「これは……どういう事ですか……」
「キルト君……」
「あいつ……此処まで思い詰めていやがったのか! 」
―――――駄目だ。来ちゃいけない。
―――――ッ!!?
また不意に頭が痛みだす。
駄目だ。皆死んじゃう。此処でキルトに殺されちゃう。
皆死ぬ。死んじゃうんだ!
「この教会に犯罪者なんかいらない。ね?ハインド所長様? 」
「それは……違う」
「違わない。犯罪者なんかいらない。ハインド所長様?俺の両親が死んだとききちんと犯人は捜した?また教会側が…とか言って探さなかったんだろ?あの事件の時教会の中に犯人が居たかもしれないのに? 」
――――頭が、痛い!
痛い、痛い、痛い!
「残る犯罪者はあと一人。これで俺はもう大切な人を失わないですむ」
最期の一人に銃口を向け、キルトは引き金を引いた。
――――バンッ
乾いた銃声の後、最期の一人も地面に倒れた。


18: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆12/04(金) 12:27:51
頭が……痛む。
キルトによる虐殺の後、その場に残っていたのは無表情のキルトと地面にうずくまるイエティのみ。
頭の痛みは一向に引く気配はない。だが、この頭の痛みが何なのか。僕には分かっていた。
僕の記憶が帰ってくる、忘却の彼方から。
――――僕は……いや、俺は……。
失っていた記憶が蘇ってくる。遠い昔に無くした記憶がまるで昨日の事のように頭の中で再生されていく。
俺は……。俺の名前はイエティなんかじゃない……。
――――俺の名前は、セゾン。
セゾン・ガードルートだ……。

「……終わった」
俺は無意識のうちにそう呟いていた。
俺の邪魔をする犯罪者達はもういない。俺の大切な者たちは誰ひとり傷つかずに済んだんだ。
――――終わったんだ、全て。
「きゃぁああああああ!! 」
不意に背後から聞こえた悲鳴。この悲鳴は……セラン?
俺は後ろを振り返る。其処に見えたのは返り血に染まったイエティ。
――――どうして?イエティが?
大鎌をその手に握り返り血を浴びているイエティ。その姿はあの教会で仕事をした時とは違う気がした。
――何故だろう?
イエティはあの時と変わらないはず。なのに俺の胸を占める違和感は何だ?
イエティが真っ赤に染まった顔でこちらを見つめる。長く黒い前髪の下からのぞく赤い眼、気味悪く吊り上った薄い唇に俺は背筋がぞっとなった
――――そうか。わかった。
あの教会とは気迫が違う。
相手を必ず仕留めようと心に決めた眼。殺戮者の眼だ。あいつは確実に殺戮を楽しんでる。
きっと誰もあいつを止める事をできはしないだろう。
「……ローランさんがっ! 」
セランの声に初めてイエティの足元に転がった人物をみる。イエティの足元に寝ているのは確かにローランだった。
「イエティ! 」
俺が呼んだのに気付いて振り向く。
するとあいつは何も言わず俺に近づいてきた。
「もう、終わったんだよ!何してんだよ! 」
「何をしてるかって?そんなの殺戮に決まっているじゃないか!そう、これは殺戮だよ!キルト」
そう言ってイエティは俺の首に血に染まった大鎌の刃を向ける。
首に触れる鎌の冷たさが俺の中にある恐怖感を増幅させていくようだ。
俺は今にも震えそうな足を力を込めて抑えると正面からイエティをにらんだ。
目の前にあるのはいつものイエティの眼じゃない。紅く血色に底光りするその眼には今にも逃げ出しそうなほど情けない俺の姿が映っている。
――――俺が怯えている?
「キルト。怖い?恐ろしい?逃げたい? 」
イエティが意地悪そうに口角を吊り上げて言う。
「僕が違う人に見えるだろ?それは間違っちゃいない。僕は別人なんだから」
「別人…? 」
「そう。僕…、いや俺の名前はセゾン・ガードルート。君が二年前に殺そうとしていた犯罪者さ」
セゾン・ガートルート……。こいつが……?……イエティが?
俺はその名前に聞き覚えがあった。
俺がその名前を初めて聞いたのは二年前。所長室でだった。

「あんな事件の後で大丈夫かい?キルト」
「仕事していたほうがいいんですよ、所長」
今回の仕事。それは両親を殺害した子供を殺すこと。
動機は不明。家族構成その他一切不明。顔写真も一切なく、解っているのは子供の名前のみ。
それが、セゾン・ガードルート。
俺にとっては容易い仕事だった。現場も割と近いし何て言ったって相手はまだ子供だ。
――――俺がしくじる筈がない。
その時はそう思っていた。
なのに、いざ現場へ行ってみると其処にいたのは俺より歳が2つほど下の小さな子供が一人。一瞬こいつがやったのかとも思ったが俺にはこんな小さな子供が両親を殺害するなんて到底思えなかった。俺がこの歳の時は親に縋って甘えていただろう。
「お前、母さんと父さんを誰が殺したのか知らないか? 」
「……」
「お前、名前は? 」
「……」
何を聞いてもこたえようとしない。
どうやら親の死体を目の前に放心しているようだ。
さしずめ犯人はこいつの兄貴だろう。家族構成その他資料には載っていなかったが兄貴が居ないとも限らない。
「…僕は…誰? 」
不意に聞こえたその問いに俺は驚いた。
きっと事件のショックで記憶を失ってしまったのだろう。
そう思うとなぜだかこの小さな子供が不憫に思えた。兄貴の事件に巻き込まれて両親を失い、記憶も失った。
ここにずっといても食べる物すらなく餓死してしまうだろう。
俺は何故かそのときその小さな子供に自分の姿を重ねてしまった。
両親を失い、途方に暮れているその小さな子供に。
俺には帰る場所も食べ物も着るものも沢山あるけれどこいつはどうだろう?
何もなくこの場所で寒さに耐えられるのか?


22: 名前:未狂 (HmQwKPThIQ)☆12/13(日) 19:06:17
気がつくと俺は何故かその小さな子供を連れて手ぶらで教会に戻ってきていた。
何故だろう?俺自身にもそれはよく解らなかった。
手を繋いでいる、俺よりも小さなそいつを見る。
俺の視線に気がつくとそいつは此方を見上げた。
白く、奇麗に整った顔には表情という物はない。事件のショックからかこいつは笑わなくなっていた。
話したのはただ一言だけ。
『ぼくの、名前は? 』
――名前。俺にも、誰にだってあるもの。
こいつにも名前位はあるんだろう。ただ、それを見失ってしまっただけ。
――――名前、か……。
その時俺は昔の事を思い出していた。
母さんと父さんが昔俺に言って聞かせていた事。

―――――― キルト?いい子にしていないと雪男を呼んじゃうからね?
――――――雪男?
――――――そう。父さんと母さんは寒い所からきたから、雪男さんと知り合いなんだ。
――――――本当に?
――――――あぁ、本当さ。その村では雪男さんが悪い子をお仕置きするんだよ?だから、キルトはいい子でいてね。

不意に思い出した事。何故かこの子供に会ってから昔の事をよく思い出す。
今思えば子供に対する何の変哲もない話だろう。いまではもう、信じる気もないしバカバカしいとさえ思ってしまう。
でも、これは大切な記憶、思い、両親の温もり。
でも、こいつにはそれが無いんだな……。
「お前の名前さ、イエティでもいいか?……イエティ=ミティ。いい名だろ? 」
手の先の小さな子供は子供特有の大きな瞳で俺を見つめると微かにうなずいて見せた。
それはそいつが俺に対して初めてする自分の意思表示。
何故か俺の顔にはあの事件以来の笑顔が戻っていた。


23: 名前:未狂 (HmQwKPThIQ)☆12/16(水) 20:19:09
「…フフッ、やっと思い出した? 」
目の前にいるイエティ、いや、セゾンは俺のよく知る彼などではなかった。
血色に底光りする瞳を嬉しそうに細め、口元は先ほどから上がりっぱなしだ。
目の前で風に揺れている漆黒の髪がローランの血で染まっている。
ローランの首元を切ったのだ、それ位血が噴き出したとしてもおかしくはない。
「イエティ。いや、セゾン。どうして、ローランを殺した? 」
「意味なんてないさ、殺戮。それだけ」
冷たく言い放ったその言葉。どれだけ俺の心を犯したか。
俺は怒りに震えていた。
俺は、お前を信じていたのに。いつも、そしてこれからもそうであると思っていた。
それなのに、そう思っていたのは俺だけだったということなのか。
俺は懐から銃を抜き出し目の前にいるセゾンの眉間へと突きつけた。
その瞬間セゾンから笑みが消える。
首元に押し付けている鎌に力が入る。鎌は食い込み俺の首を紅い雫が一筋伝った。
そして、俺の頬も雫が伝っていく。俺はそれを銃を持っている手とは反対の手でやや強引に拭うと正面からセゾンを睨みつけた。
「……何?…引き金、引けばいいじゃん。二年前自分が生かした命。悔むような事もないでしょ? 」
そうだ。さっきまで殺戮を行っていたのは俺のほうじゃないか。それに俺は今眉間に銃を突きつけている。今なら簡単に殺せるだろう。
でも何故か俺は引き金をひけずにいる。
――それは何故?
セゾンは自分の命は悔やむ事さえないような物だと言った。
だが俺にとってのセゾン…いや、イエティは俺にとってそんな存在じゃない。
どんなに危ない仕事でもあいつは逃げなかった。俺と共にいつも二人で仕事をこなしていたじゃないか。時には背中を合わせてお互いを信頼してきたはずだ。
いつからこうなったのだろう?どうしてこうなってしまったのだろう?
さっき拭ったはずの涙がとめどなく俺の頬を濡らした。
セゾンの眉間に突き付けた銃を持つ手に力を入れセゾンの顔を真正面から睨みながら俺は心の中で思った。
――――なぁ、教会の神様よ?教会に祀られて皆に祈られるというのならどうせそばにいるんだろ?それならどうか、どうか俺の祈りが届きますように。俺は神に願ったことなんて一度もない。いつも願うのは己自身。そんな俺が祈るんだ、どうか聞いてくれよ。
―――― 目の前のこいつを、セゾンをあの頃のイエティに戻してくれ。俺の願いはきっと生涯でただ一つ、これだけだからいいだろ?だから頼む。俺の願いを叶えてほしい。


24: 名前:未狂 (HmQwKPThIQ)☆12/20(日) 16:52:58
セゾンに突き付けた銃。それは憎しみからか、それとも己自身でけりをつけたかったからか。
俺自身わかっている。この引き金を引けはしない事を。
目の前のそいつが俺の心を読んだのかニヤリと笑う。
その顔を見て改めて実感した。認めたくはなかったけれど。
――――こいつはイエティなんかじゃない。
「どうせ打てないんでしょ?やっぱりキルトは弱いよ。殺さなきゃ、殺される。そんな世界で生きてきたはずなのに。やっぱりキルトは甘いよ」
そう言ってセゾンは首に突き付けた鎌を押しつけた。
こうしている間にも鎌は食い込み、首に一筋の流れを作る。
確かに俺は前にイエティに殺されたいと願ったかもしれない。それでも俺が願ったのはイエティでありセゾンではない。
俺は意を決して鎌を押しのけて後ろへと跳んだ。鎌を押しのける際に手と肩を切られたらしい。紅い血がどくどくと流れだし、激しい痛みが走っていた。でもこの程度の痛みで引き下がるわけにはいかない。
セゾンを見ると俺と同様に紅い血が右腕と左手からとめどなく溢れ出していた。
その傷は俺が先ほどつけた弾痕。
普通の人間ならあんなに出血をしていて動ける者など居はしないだろう。
それほどにセゾンの殺戮に対する執着は大きいということか。
俺は深く息を吸い込む。そして今にも降り出しそうな空を見上げた。
そして吸い込んだ息を吐くと目の前にいるセゾンへと目を向け、ぐっと眼に力を込め、集中力を高める。
俺の中でセゾンと自分自身の鼓動、呼吸音以外のすべてが消える。
この状態。この集中力は長続きせず、体にそれ相応の負担をかけてしまう。それ故に俺はこの力を使うことを拒んできた。
その上先ほど負った怪我の痛み。この状態が続くのはもって2,3分ってとこか。
俺は覚悟した。此処で死んでもいいという覚悟。この嫌な夢を覚ますための覚悟。そして、すべてを投げ出してでもセゾンを、いやイエティを救いだすという覚悟を。
この状況、はっきり言って俺は分が悪い。はっきり言ってあいつに勝つという自信や確信などない。
もう一度あらためて目の前のセゾンを見る。
血に染まった髪から覗く血色に底光りする瞳。楽しそうに口元を歪め、その手には身の丈もあろうかというほどの大鎌。
その時俺の心に恐怖感が押し寄せた。不安、恐怖、怯え、震え。一瞬にして俺の心が凍りつく。
―― 俺は本当に勝てるのだろうか?
――死んでしまうのではないのだろうか?
「怖い?恐ろしい?震えてしまうほどに? 」
セゾンが不気味な笑みを口に浮かべて問う。
俺はそれに答えられずにいた。
『………ぜ? 』
ふと脳裏に浮かんだ言葉。記憶の中に埋もれてよく思い出せない。
『………だぜ? 』
そうだ、この言葉はあいつの……ローランの。あいつの言葉だ。

『おいおい、キルト何震えてんだ?まさか目の前の敵に震えているんじゃねぇだろうな?いいか、キルト。よく聞くんだ。俺達殺しを生業にする者たちにとって敵に弱さを知られてしまうのが一番いけない事だ。その瞬間お前は負ける。いいか?』

「自分が窮地に立った時。相手に敵わないとわかっていても最期までふてぶてしく笑ってる奴が勝つんだぜ?」
俺はその言葉を声に出して呟いてみる。
この言葉はローランの言葉。俺が初めての仕事の時、今と同じように相手に怯えて震えていた時に掛けてくれた言葉。
ふと俺は横目に倒れたローランを見る。
そして視線をセゾンへと戻すと嬉しそうに口元を歪めた。
俺は負けない。あの日々を取り戻すために。
俺の顔つきが変わったことに気付いたのかセゾンは眉をひそめる。
「俺は……負けない」
俺は再度念じるように声に出して呟いた。


26: 名前:未狂 (HmQwKPThIQ)☆12/21(月) 22:28:14
そして片手に握った銃をセゾンのほうに向け口元に笑みを浮かべながら宣戦布告する。
「俺は……負けない。お前を助けてみせる」
セゾンの口から笑みが消える。
それと同時にセゾンが地面を蹴り、向かってきた。
俺は眼を閉じてセゾンの鼓動に耳をすませる。微かに聞こえるあいつの鼓動。呼吸をする音。敵の隙を見つけて踏み込み鎌を振り上げる瞬間、あいつは癖で短く息を吸い込む。
それは、あいつが緊張しているから。相手を倒せるのか不安だから。
その事を俺はあいつとの日常で知っていた。
「……スッ」
――――聞こえた。あいつの息を吸う音が。
その瞬間俺は音の聞こえた八時の方向を向く。眼をあけると其処には鎌を振りかざしたあいつの姿。
背の低いあいつにとって鎌は大きく、身の丈ほどもある。そいつを振り上げる瞬間、自然と腹ががら空きになってしまう。それがこいつの弱点。
案の定、鎌を振りかざしたセゾンの腹はがら空きで隙だらけだった。
俺は其処に向けて銃を構え一発。
「……甘いよ」
――――キンッ。
確実に腹を狙っていたはずのその銃弾は腹をかすめる事すらなく、セゾンの鎌に弾き飛ばされてしまった。
―――― そう簡単にはいかないってことか。
俺は体勢を立て直そうと飛び退いて後退しようとした時、今まで前にいたはずのセゾンがいきなり後ろに現れ、飛び退いていた俺の背を足で思い切り蹴り上げた。
その瞬間俺の体は宙に浮かびおよそ十メートルもの距離を飛ばされる。
俺は空中で体勢を整え、眼下に迫った地面に体を反転させ、両足で着地した。


27: 名前:未狂 (HmQwKPThIQ)☆12/25(金) 22:45:45
「やるじゃねぇか」
はっきり言ってセゾンに切られた傷は痛かったが今はそれどころじゃない。
あと俺がこの集中力を続けられるのは一分ほど。決着をつけるにはあまりにも短すぎる。そんな事を考えている間にも時は迫ってくる。
俺は最後の力を振り絞って大地を蹴った。
片手の銃をセゾンへと向けて一発。勿論それは鎌に弾き飛ばされた。
でもこれだけでは終わらない。腰に付けたホルダーから残りの一丁を取り出すと弾き返して隙のできたセゾンへ一発撃ち込んだ。
セゾンは眼を見開いた。
セゾンの持つ鎌は俺でさえ重いと感じるほど。それを体の細いセゾンが此処まで操ることでさえ人並みではない。ただ、俺の一発目を弾き返したときにその鎌は振り下ろされてしまっている。
その鎌で間髪をいれずに打った俺の二発目が弾けるはずない。
俺は自分の勝利を確信した。
だがそれはあまりにも早すぎた。セゾンは振り下ろした鎌の握る手を滑らせ、刃に近い部分の柄を持つと、元持っていた柄の部分で俺の弾をはじき返して見せた。
あの一瞬での判断力。柄はせいぜい直径3,4センチほどしかないというのに。
呆気に取られている俺はセゾンが目の前にまで迫っている事に気がつかなかった。
そのまま手に持った銃の二丁とも鎌で空中に高く弾き飛ばされる。
「俺の、勝ちだね」
セゾンはそう呟くと手に持った鎌を思い切り振りあげた。
――――俺は負ける。此処で死ぬ。
そんな事が頭を過ぎった瞬間俺の頬を最期の雫が伝っていく。
この涙もこれで最期。この空も、地面の感触も、あいつの顔も。
俺は最後の涙が伝うと同時に何故か口元に最期の笑みを浮かべていた。
それはあいつへの最後のメッセージだったのか……。それは俺自身にもよく解らないものだった。
俺が笑みを浮かべた瞬間あいつの振り上げた鎌が停まったように見えた。まるでためらったかのような……。そしてあいつの紅い瞳に光が戻って、その瞳はまるであの頃の……。
だがその振り下ろした鎌の勢いが停まるはずもなく、俺の体を赤く染めた。
その瞬間弾き飛ばされた俺の銃が地面に落ちる音がし、その音と同時に俺は地面に倒れた。


―Epilogue―

「まだ、死んじゃいないだろ」
セゾンの声を聞いて俺は重い瞼を開く。
自分の胸の辺りを見ると紅い血に染まっている。全身が焼けるように痛む。
だが、俺は生きている。最期だと思ったあいつの顔を見ている自分が居る。
同時に俺の脳にある疑問が浮かんだ。
「何で……殺さ…なかった? 」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。本当はもっと言いたい事でもあるだろうに言葉が出てこない。
「自分でも、解らない。俺はイエティじゃない。セゾンだ。セゾン=ガートルート。そのはずなのに、俺がお前に止めを刺せないのはなぜだ? 」
完全に隙のできた敵をイエティが殺さないわけない。しかもセゾンとなればそんな事あり得ないはずだ。
でも俺は確かに見た。最期の瞬間セゾンは躊躇い、その瞳にイエティが戻った事を。
「俺はお前の事をどうとも思っちゃいない。俺はセゾンであってイエティではないから。だが、お前を殺す事を俺は躊躇った。それは今も同じ。全身が言う、殺してはいけないと」
倒れた俺を見降ろし自分の思った事、感じた事を淡々と述べるこいつは紛れもなくセゾンだ。でも、どこか懐かしいイエティの面影があった。
セゾンに付けられた胸の傷が痛む。後どれだけ俺の意識がもつか……。
最後に一言だけでも……。
「イエ……ティ。守れな…くて…ごめ」
俺が守ると、俺が救いだすと、覚悟したはずなのに。
今更になって怖くなる。俺に近づく死、というものが。
俺は見降ろすセゾンを見上げ、最期にあいつの顔を目に焼き付ける。
その瞬間俺は気がついた。セゾンの瞳にまたイエティの面影が戻っている事を。
俺は、少しだけでも救いだせたのかもしれないな。
そう思うと本当に最後の雫が伝っていく。
それは、悲しみではなく、あいつが少しでも戻ったことへの安堵の涙。
俺の意識は泣き出しそうに顔を歪めるイエティの顔を最後に途絶えた。


その殺戮から小一時間ほど経過した教会。
中庭に彼の姿があった。
一人その体を真っ赤に染めながら立つ彼。その視線の先には先ほど眠ったキルトの死体があった。
彼はおもむろにポケットから花を一輪取り出すとキルトの死体の上へと放り投げた。
それは白くきれいなクリスマスローズ。
その花ことばの意味を彼が知っていたのか。それともキルトが墓参りにいつも持っていっていたからなのか。
突然彼は驚いたように空を見上げて呟く。
「……雨?血が、流されるじゃないか」
それは自分の頬に雨の感触を感じたから。
何か水の様なものが頬を伝う感触。それを雨だと誤解したのだろう。
「………… 涙…か。俺らしくもない」
その正体に気がついた彼はその雫を拭い教会の中へと消えていく。

彼がほんの少し前仕事をしていた寂れた教会。
その教会とこの教会、何が違うというのだろう?
この教会だっていずれは寂れゆく運命。
その答えはただ一つ。彼にはもう解っているだろう。
時は戻らない。失った物もそれに同じ。
教会のステンドガラス、真っ赤に染まったキリストを背に、幾多の死体が折り重なる上。
彼は大鎌を片手に不気味に笑みを零す。
違うのは、そう。一人だということ。
手をつなぎ、隣を見上げたあの頃は戻らない。
隣にいたあいつも戻らない。
彼は死体の上で涙を流す。
死神や悪魔も彼には嘆くだろう。
『神の悪戯だ』と。




28: 名前:未狂 (HmQwKPThIQ)☆12/25(金) 23:02:06
―後書き的な何か―

さびれた教会を舞台にするのがこの作品のテーマでした。

最後なんてカオスですね、カオス……orz

ここでつけたしをば。

ステンドガラスっていうのは元々教会に入る光の量を調節するためにわざとガラスを汚したことから始まったそうです。
なのでステンドの意味は汚れた、という意味だそうで。
汚れたものだとしたらセゾンが背にするにはちょうどいいものではないですかね。

あと、キルトの両親は寒い地方出身で、ハインド所長と顔見知りだったりします。
ハインド所長、実はあの事件の後必死に犯人捜しまわったんですよ。
それで犯人を見つけてその場で射殺しました。近距離で、あの磨いていた銃を使って。
もちろんその銃には犯人の血が飛びます。近距離ですから。
毎日毎日拭いているのは両親を守れなかった自分の罪を忘れないためではないかと推測されます。
もちろんキルトにはそのことを黙って。
ハインド所長悪者のようですが、実は違うんですよ、実は。

では、ここまでしっかりとみてくださった皆さん全員に感謝の意を述べて後書きとさせていただきます。

ありがとうございました。

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最終更新:2010年06月28日 20:28
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