東方学園10
新ろだ2-073
「よし、こんなもんでいいか。後は味付けをすれば完成だ」
調味料は確かこの辺に…と探していた俺に声がかかる。
「ねえ~、まだできないの~?」
調味料の量を間違えないようにしながら答えを返す。
「あと少しでできますから、もう少し我慢してください」
そう言っていると、味付けも終わり、料理が出来上がったので、用意しておいた皿に盛り付けて渡す。
「ハイ、できましたよ。チャーハンです」
「ありがと~。おいしそうだわ~」
そう言ってすぐさま食べ始める。
本当においしそうに食べる人だな、と思いつつ、片付けに入る。
「あら?もう作ってくれないの?」
「材料が無いんですから作れませんよ、先生」
残念だわ~と言いつつ、食べ続けている西行寺 幽々子先生を見る。
先生なので、年上であることは違いないはずなのだが、料理を笑顔で食べている姿を見ると、同年代のように見えてくる。
それがまたいいと、ファンクラブのようなものまでできているらしい。
そんな俺も、この人に惹かれているのだろう、と思う。
なぜなら、
「う~ん、やっぱり〇〇君の作る料理が一番おいしいわ~」
「ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです」
そう褒められただけで幸せな気分になる自分がいるから。
そして、またその言葉が聞きたいと料理の練習をする自分がいる。
…昔は、ただ自分が食べるために作るだけだったんだけどな。
「でも残念だわ。この料理が毎日食べられないなんて」
「まあ、俺としてもバイトを減らすわけにはいきませんから」
もし減らしたら少しやばいことになるのだ。(生活費が)
家族は俺が子供の時に事故で死んだ。学費は払わなくていい、と学園から連絡があった。
だが、生活費くらいは自分で稼がなければと思い、バイトをしているのだ。
ちなみにここは、料理部の部室である家庭科室であり、今は部活の最中だ。
だが俺は、さっき言った通りバイトがあるので、週に一、二回だけ(それも時間まで指定して)で許してもらっている。
その顧問が、西行寺先生であり、今は俺一人の部活なわけだ。
「う~ん。やっぱりもったいないわ~。こんなに美味しいのに~。」
「でも、やっぱりこれくらいがぎりぎりです。これ以上バイトを減らすとちょっと…」
そうなのよね~と返してくる先生。
そして何か思いついたのか、満面の笑みを浮かべて言ってくる。
「もういっそのこと西行寺家に婿入りしない?」
「…はい?先生?今、何と…?」
「だから、西行寺家に婿入りしない?って言ったの」
頭が真っ白になるということを生まれて初めて経験した瞬間だった。
何とか再起動し、先生のほうを見てみると、本気でいい考えだと思っているのか、これで毎日この料理を…などと呟いている。
「いやいやいや!待ってください、先生!どういうことか分かっていってるんですか!?」
「ええ。西行寺家に婿入りすればあなたは生活の心配をしないでいい。私は毎日おいしい料理が食べれる。両方幸せじゃない」
「いや、そうじゃなく。婿入りってことは、その…結婚ってことでしょう!?そういうのは好きな人とやるべきじゃ…」
そうだ。
先生みたいな美人なら俺なんかよりもっとふさわしい人がいるはずだ。
そう考えていた俺にとって、次の言葉は予想外だった。
「あら?私は〇〇のこと好きよ?」
「はい?それって俺の料理がってことですよね?」
「違うわ。私は貴方のことが好きって言ってるの。…女性に何度も言わせるものじゃないわよ?」
そう言った先生の顔は赤く染まっていて、それが俺にその言葉が事実だと教えてくれていた。
「え?なんで俺なんですか?先生ならもっといい人が…」
「そうねえ…。貴方は私を見てくれるから、かしら」
「それって、どういう…」
「西行寺は代々続いてきた家柄よ。その分そういったものを目当てに私に言いよってくるのが多いの。でも、貴方は違った。それが理由」
そう言った先生の顔はいつものものではなく、真剣そのもので、俺はそれに暫く見とれてしまった。
だが、ふと疑問に思い、聞いてみる。
「じゃあ、ほかの生徒はどうなんですか?あいつらもそんなもの目当てじゃないと思うんですが」
先生に告白したが振られた奴がいる、という話しを聞いたことがあったからだ。
だが、それに対する返答は簡単なものだった。
「だって料理が上手くないんだもの」
そんな理由で?
だが、それがこの人にとても合っていて、本当の理由はこっちじゃないのか?と思ってしまうものだった。
「それで、あなたはどうなのかしら?」
「え?」
「え?じゃなくて。貴方は私のことをどう思っているの?」
そう言われてまだ返事をしていないことを思い出す。
自分の中にある感情。
好きだという思いを伝える言葉を。
「俺も、先生のことが好きです」
「だめよ、それじゃ」
「な、なにがですか?」
「好きだって言うのに、先生だなんて言い方じゃ伝わらないわよ?ちゃんと名前で呼んで。敬語もなし」
名前で呼ぶ。
それを意識しただけで顔が赤くなるのがわかる。
でも、これは乗り越えなくちゃいけないんだろうと考え、覚悟を決める。
「あ、はい…。じゃあ、改めて。幽々子、好きだ」
「それでいいわ。じゃあ、恋人になった証を…」
先生はそう言って、おもむろに立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「え、せ、先生?なんで抱きついて…?」
「ここまでくればわかるでしょう?ここからは男性からすることじゃないかしら。それと、先生はなしよ」
そういうと、先せ……幽々子は目を閉じ、動かなくなる。
求められていることはわかった。
ならばそれをするのが男というものじゃないのかと覚悟を決め、顔を近づけていく。
どんどん近付いてくる顔に見とれながら、最後は目を閉じ唇を触れさせる。
その時の感覚を一言で言うなら柔らかいとしか言いようがない。
そして、顔が離れ、眼をあける。
「〇〇、顔が真っ赤ね。恥ずかしいの?」
「そういう先…幽々子こそ」
「あら?これは嬉しいからよ。恥ずかしいからではないわ」
「まあとりあえず帰りましょう。」
今日の部活は終了だ。
作った料理も全部食べられているようだし。
だが、その言葉に対して予想外の返答が来た。
「そうね。今日から食事が楽しみだわ~。美味しい物をよろしくね~」
「え?何のことですか?」
「あら?言ったでしょ~、婿入りしない?って。そのつもりだったのよね~?」
「もしかしてこれからすぐってことですか!?」
「すぐじゃないわ~。ただ、料理は作ってもらおうかな~って」
「いや、でも、俺先生の家知りませんよ?」
「私がそっちに行くわ~」
「…わかりました。リクエストはありますか?」
「美味しい物たくさんで~」
「はあ…。難しいことを言いますね」
「よろしくね~。私はもう少し仕事してから行くわ~」
「わかりました。じゃあまた後で」
さようなら~という言葉を聞きながら家に何があったかを思い出す。
今日から家には自分だけでなく、自分が作った料理を食べる人がいる。
しかも恋人なのだ。
そう思うと、なんだかやる気が出てきた。
今までで一番おいしい物を作っておこうと帰り道を歩いていく。
あの、満面の笑みを見るために。
新ろだ2-083
――この物語は合唱コンクールで金賞を獲るべく戦いを挑んだ私立
東方学園2年7組の記
録である。やる気ゼロであった生徒たちを教師が奮起させ、反則の中から限りなく黒に近
いグレーを探し出し、わずか一ヶ月でライバルたちを蹴落とす日々、その原動力となった
信仰と哀を余すことなく追った感動の物語である。
* * * *
ことの発端はヤツのとある発言だった。
「ねぇ藤原先生? 今年の合唱コンクールの金賞の特典聞いたかしら」
にやにやといやらしい笑みを浮かべながら、わざわざ私のデスクまでご足労してくださ
るとヤツはそう言った。
「ええ、知ってるわ輝夜先生。なんでも勝ったクラスには例年通り、秋の穣1年分(付属大
学の農学部OB 2年1組秋姉妹の母提供)、家事のことそれ以外のこと何でもござれ万能
メイドアンドロイド(付属大学の理工学部物理学科岡崎教授提供)、その他にも豪華特典が
授与されるけど――」
私の台詞を遮り、
「今年はさらに勝者だけに瀟洒な特権が与えられるのよ」
「だから、知ってるんだけど」
腹が立つのでツッコミはしてやらない。
「そう、勝ったクラスの生徒たち一人ひとりに、負けたクラスの誰かに絶対遵守の命令を
下すことができるのよッ!!」
「知ってる」
「そう、知らなかったの。だから今教えてあげたわ、感謝しなさい」
耐える、耐えるのよ妹紅。前回の慧音の説教を思い出しなさい。ここは職員室、暴れる
のはご法度。今すぐ消し炭にしてやりたいけど、ここは屋内、火気はタブー。
「そして、その特権は教師にも有効……これが意味をするところがわかるかしら藤原先生?」
……なるほど、私にもヤツの言いたいことが読めてきた。
「つまり――」
「勝負よ。妹紅」
二人の間に沈黙が舞い降りる。が、私とヤツの視線は絡まったまま微動だにしない。
先に口火を切ったのは輝夜。
「そろそろ本気で決着をつけなきゃいけないと思っているのよ。だから今回、アンタには
全校生徒の前で土下座でもしながら『負けました』って言ってもらおうかしら。もちろん
私が若白髪にもほどがあるその頭に足を置いてあげるわ。そこの心配は無用よ」
「逆だろ。私がお前のそのうざったらしい髪の上におみ足を置いて差し上げるの。それに
これは地毛だと何回言えばわかるかな。若年性痴呆症なんじゃないのか?」
脳内で慧音に謝る。ことヤツに売られた喧嘩だけは、
「その勝負、乗った」
買うしかない。
「くすくす。私のクラスは負けないわよ」
「うちのクラスが負けると思うか?」
「負けるわよ。私のクラスが勝てば必然でしょ」
奥歯を噛み締める。つくづく腹の立つヤツだ。その謎の自信がどこから来ているのかわ
からないのもなおさら腹立たしい。
「あら、もうホームルームね。それじゃ、土下座楽しみにしてるわよ♪」
好き放題言うとヤツはひらひらと手を振りながら去っていった。やり場のなくなった怒
りは足元のくずかごにぶつける。
「あ」
散乱してしまったごみを拾い上げながら、私は知らず呟いていた。
「負けないわよ。うちのクラスこそ、ね」
* * * *
「――おい、○○聞いてるのか?」
「お、……おぅ」
いかんいかん。ちょっと呆けていた。俺は片耳に嵌めていたイヤホンをはずし、
「聞いてるともさ。つまり魔理沙は、苺に練乳はジャスティスだと言いたいんだな?」
「ああ、苺特有のあの甘酸っぱさの酸っぱさの部分を練乳の純度120%の甘さでもって
覆い隠すことによりこの組み合わせは至高の一品と化すんだぜ」
その至高の甘さとやらを思い出したのか、魔理沙は幸せそうな笑みを浮かべながら頬を
押さえる。
だがしかし、
「苺はそれ一つで完成されているものだ。だのに、それをあの脳みそまで砂糖にされてし
まいそうなあの甘~い練り乳とやらでぶち壊しにされてたまるか。酸味があるからこそ甘
みが際立つのだ、出直してこい霧雨魔理沙ァッ!!」
勝った、と勝利宣言を口にしようと、
「いいんだな、○○?」
幸せそうなそれから一転、不敵な笑みをまったく崩さず魔理沙は言う。
「今お前は、全世界で60億を越す練乳愛好家、通称レンニューヤーたちを敵に回したん
だぜ?」
「ひぃッ!?」
なんという数だろうか。これこそが噂に聞く、数の暴力というやつか。俺は思わず敵の
圧倒的戦力に膝を着きそうになる。
「くッ……まだだ、アンチレンニューヤーは少数精鋭。どうせお前たちはほとんどが烏合
の衆だろ、量より質が大事ということをその身に刻み込んでやろう――」
「ちなみにそちらの数は?」
「待って! 今から有志を募る!!」
俺の真後ろ、教室の窓側の一番後ろというベストポジションに座す魔理沙から、隣の席
で先程よりずっと冷たい視線を送り続けていた霊夢に向き直る。
「有無を言わせるつもりはないぞ、博麗霊夢」
「馬鹿と言ってほしいの、○○?」
「それはやめてね。単刀直入に言おう、仲間に入りたそうな目をし」
「……はぁ、本当に頭の中が味噌じゃなくて砂糖で出来てそうなくらいに馬鹿ね……」
「お前、呆れながらもちゃんと話聞いてんじゃねーか! お願いします助けてください!
このままではものの数秒で練り乳を噴射され辱めを受けてしまいます! 見たいのか、
そんな光景!? 大の男が不特定多数から白く濁った――」
「魔理沙、今日は帰りどこか寄ってく?」
「そうだな、さっきの話をしてたら甘味が食べたくなった。どこかいい甘味処を知らないか?」
「そうねぇ……そういえば――」
霊夢と魔理沙は勝手に俺を放置プレイし、放課後どこ寄る談義に花を咲かせ始めてしま
う。捌け口のなくなった言葉は、
「見たいのか! 霖之助!!」
まん前の席で読書に耽っていた森近霖之助に振る。
「誰が得をするんだい?」
「ごめんなさい」
こんなにも冷静に言われたら謝る他ない。敗北の苦い味と不完全燃焼な感じを抱きつつ
俺は椅子の上で膝を抱えた。
「で、もちろん○○も行くだろ? 甘味処」
「わ、私ですか?」
魔理沙からの突然の誘いに戸惑う。
「こんな負け犬めも、お供してもよろしいのでございますか?」
慈愛の表情を浮かべ、俺の両肩に優しくを手を置いて、
「何言ってるんだ。財布が一緒じゃなきゃ困るじゃないか」
「お前表へ出ろ、決闘だ。俺のワルサーP38が火を吹く」
「随分とにぎやかですけど、何のお話をしているんですか?」
「放課後、最近美味しいって評判の甘味処でも寄らないかって。早苗もどう?」
「わぁいいですね。ぜひ私も」
「しかもこれのおごりよ」
「○○くんのですか……これはますます」
俺が魔理沙に水鉄砲をつきつけている間にそんな不穏なやり取りがなされていた。二挺
拳銃(トゥーハンド)の異名を持つ俺がもう片方の手で水鉄砲を取り出そうとしていると。
ガラガラと荒っぽい音を立てて扉を開け、我らが2年7組の担任であられる、藤原妹紅
女史が肩を怒らせ教室に入ってきた。
これはまずい。
みんなの表情からも「あちゃー……」が見て取れる。
週に約3日程度、我らが担任は今日みたいに目に見えて不機嫌な日がある。どうして不
機嫌なのか。その理由を知らぬ者はこの学園にはいない。
2年1組担任、蓬莱山輝夜教諭。
妹紅、輝夜、両女史の関係を表すならこうだ。
「生来の宿敵」とか「犬猿の仲がマブダチレベル」だとか「水と油だって二人の前じゃ
まぐわえる」とかなんとかかんとか。
とにかく、仲が悪い。
廊下で鉢合わせしようものなら口喧嘩が始まり、両者ともに通りすがりの生徒がドン引
きするほど悪口をまくしたてる。授業中だってことあるごとに互いのハズカシエピソード
を暴露しあう。さらに、二人の幼馴染であり毎回喧嘩の仲裁をさせられている2年3組担
任、上白沢慧音教諭が出張などで不在のときなど殴り合いにまで発展する。最初は「キャ
ットファイトだ!!」とはしゃいでいた奴らも顔が青ざめるほどの有り様が広がるのだ。
一度、授業中に八雲藍教頭がうんざりといった口調で「えー、これは火災訓練ではない、
繰り返す、これは火災訓練ではない……はぁ……原、因、不、明じゃない火災が屋上で発
生したため、生徒はこれより一年生から順に校庭に避難してもらう。……原因は推して知っ
てくれ……」という放送があったことがあった。
そりゃもう非常識人ばかりのこの学園において、数少ない常識人の一人としての悲哀が
にじみ出ていた。八雲藍教頭と上白沢慧音教諭、どちらが先に胃が穴が開くかでオッズが
成立しているのも無理からぬ話である。大穴で両方同時に食券十枚を賭けている俺として
は気が気ではない。こっちが先に穴が開いたらどうしてくれる。昨今の世知辛い世相を鑑
みるにおそらく労災を申告しても受け付けられないだろう。
それはそうとその翌日から、一週間妹紅教諭と輝夜教諭は学校に姿を見せなかった原因
がいまだにわからない。
――思い切り出席簿を教卓に叩きつけると妹紅女史は一言。
「勝て」
教室中に沈黙とはてなマークが満ちるのがわかる。各々が視線だけで「おい、誰か『何
をですか』って聞けよ」という攻防戦を繰り広げる。
俺も一瞬だけ魔理沙に振り返るとすでに魔理沙はこちらに中指を立てていた。
「なめてんのかお前!!!」
勢いよく立ち上がる。
「ほぉ~、そういう態度を取るのか○○」
すかさず魔理沙を指差して、
「ノゥ。妹紅ちゃん違いますよーこの小娘に言ったんですよー見てくださいこいつの指先を」
死ぬときは一緒だぜ、と振り返ると……いつの間にか手は握られており、魔理沙はきょ
とんとした表情をしていた。
このアマ……。
無理やり魔理沙の手を取り、人差し指と中指の間に親指を挟ませる形にする。
「お、女の子がそんなサインをしてはいけませんッ!!」
今後しないようにと言い含めて着席すると机に煙を上げているチョークが刺さっていた。
「Yes,Ma'am!! 我々2年7組一同は絶対に勝つ所存です!!」
俺は再度立ち上がると妹紅女史改め妹紅ちゃんに敬礼した。ただひたすら命が惜しかった。
「よし、ありがとう。私はみんなにそう言ってもらえると信じてた」
「はい、これはみんなの総意です! ――って今委員長が言ってました」
「え、あ、あたし!?」
あわてふためている、うちのクラスの学級委員長である鈴仙・優曇華院・イナバに親指
を立てる。
「ありがとう鈴仙。悪いけどあなたには委員長としてみんなを導いてもらうわ」
「は、はいッ! その、先生、いいですか?」
「何かしら」
「あたしたちは何に勝てばいいんでしょうか?」
よくぞ聞いた、とみんなも笑顔をのぞかせる。
「何に勝つのか……合唱コンクールだけど、言ってなかったっけ?」
「は――」
「いや、そうですよね合唱コンクールに勝つんですよ。ちゃんと話を聞いてないとだめだ
ぞ、委員長」
まったく最近の若者は人の話をよく聞かないんだよね。
「くッ、あんただって聞いてなかったでしょ!!」
「決め付けはよくないだろ!」
「あんたが先に決め付けたんでしょ!!」
「そうだっけ? でも、決め付けるのはまだ早」
「――おほん、と、とにかくね。今度の合唱コンクール金賞はうちのクラスが絶対に頂く
わ」
頭に上っていた血もようやっと冷えて下がったのか妹紅ちゃんは言い争う俺たちを無視
して話を進める。この玉に瑕な輝夜女史との関係で頭に血が上ることさえなければ、普通
にいい先生なのだ。
さて、ちょうど妹紅ちゃんのチョーク射線上に委員長を立たせたので俺も話を進めるの
に協力しようか。
「で、妹紅ちゃん。今回は輝夜先生と何をかけたんですかい?」
ビキ、と分かりやすくこめかみに青筋が浮かぶ。なんとわかりやすい反応。
「……プライドよ」
「いや、それじゃわかりませんて」
ビキビキと青筋が増える。まだいけるか?
「当ててみせましょうか。妹紅ちゃんは過去幾度となく輝夜先生とやりあってるわけです
が、大抵の場合、慧音先生が仲に入って両成敗されますよね。はっきり言って決着がつい
たとこは俺も見たことないですし、失礼ですけど、そういう噂を聞いたこともないです。
とくれば、お二人の間にはとにかく一回はケリをつけたいという感情が渦巻いてると考え
ます。そこでどっちか……まぁ輝夜先生の方でしょうけど、学校の行事に目をつけたと。
喧嘩なら慧音先生に怒られるんでしょうが、正式な行事による勝敗なら特に文句も言わな
いでしょう。おまけに今回は敗者クラスの誰かに勝者クラスが絶対命令を下せるらしいで
すしね、完全敗北宣言をたとえばどっかの誰かさんに言わせたり言わさせられたりするこ
とが可――ところで委員長!」
「え、何よ」
俺の口上が途中で中断し、どういうわけだか自分の名前が呼ばれたことに委員長は怪訝
そうな顔をする。
彼女の意外と華奢な肩に両手を置き、
「え、ちょ、ちょっと……!?」
「委員長、俺の眼を見てくれ」
「訳わかんないわよ! 授業中なのよ今!! それに私の眼は」
その眼と同じくらい頬も朱に染めて委員長はうろたえる。
「いいから大事なことなんだ!!」
「あーもぅッ!」
ぶつくさ言いながらも意を決したように俺の眼を見、バックに炎を背負いチョークを今
にも振りかぶろうとしていた妹紅ちゃんの姿を映りこみに見た……と思う。
ぽかんと口を開けたまま委員長は固まる。
「俺の責任だ。すまん、一つ貸しにしとく」
俺はそっと目を閉じた。
目を開けたとき、背中に堅い感触があった。
「お、霊夢、○○気がついたみたいだぜ」
魔理沙が俺の顔をのぞき込んでいたことで自分が床に寝かされていることに気づく。
つかつかと歩み寄ってくる足音がし、霊夢が視界に入る。さりげなくスカートを押さえ
ていた。
「何か言いたいことある?」
「委員長は無事か?」
今度は頭に一瞬だけ固い何かが当たる感触。
「……ここにいるわよ」
視線を上に向けるとどうやら俺の頭を軽く蹴ったらしい委員長が視界に入った。何気に
スカート押さえてなかった。
俺の視線の先に気づくとあわてて押さえ、あろうことか今度は本気で俺の脳天を蹴ろう
としやがった。のを横にいた早苗がなだめる。
「お、落ち着いてください。鈴仙さん!」
「み、見ら、見られ、た」
羞恥と怒りが攪拌されているのかさきほどより顔面が真っ赤になっている。ウサ耳から
でも煙ってのは出るとしたら出そうな勢いである。普段なら相手にとって不足はないと受
ける所だが、悪いが今は早苗に任せよう。
「あー誰か何が起こったのか説明願いたいんだけど」
嘆息の後にこめかみを押さえながら霊夢が、
「どこまで覚えてるのよ」
「引き際を見誤ちゃった、てへっ」
脇腹を思い切りつねられた。
「そこまで?」
ななななんか、この人、見かけよりも相当怒っていらっしゃいますよ。
「ごめんなさいごめんなさい。あとうっかり失念して……委員長の眼まともに見てしまった」
妹紅ちゃんだけを見てすぐ委員長をしゃがませようとしたんだけどな。あまりの妹紅ちゃ
んの本気っぷりに思っていたよりずっと俺も平静を失っていたらしい。委員長の眼は特殊
だらけなこの学園でも輪をかけて特殊で、一般人がなんの対策も講じずに見つめあえば物
の数秒で気絶させてしまうという大層な眼なのである。本人も少なからず気にしているだ
ろうし、あまり他人が触れていいものでもなかっただろう。反省。
「それであんたいきなり倒れたでしょ。さすがに妹紅先生も虚をつかれたのか隙が出来て
ね、みんなであんたを先生から離したのよ」
魔理沙がおかしそうに付け足す、
「いやぁ、○○が倒れたときの霊夢のあわてようったらなかったぜ。一瞬だけだけど妹紅
ちゃんを見る眼が殺気立ってたしな」
ギロと霊夢の目が殺気立つ。
「ねぇ魔理沙それってこの眼かしら?」
「そ、その眼だぜ……悪かった」
俺を盾にするように霊夢の向かいに回りこむ。
「まったく。あ、そうそう、あんた後でアリスにお礼言っといたほうがいいわよ」
「ん、なんでだ?」
ここで意外な名が出たので驚く。
「私たちがあんたを引っ張ってる間に、先生をなだめてくれたのよ」
なんと、これはあとで大げさなくらい感謝を言っとかないとな。ひょっとしたら「火の
鳥」食らって、この夜からハイサヨナラしてたかもしれないんだから。
「わかった。お前らにも色々と迷惑かけたな、ありがとう」
身体を起こしながら、四人に礼を述べる。
「それとやっぱもう一度言う。委員長、巻き込んじゃってすまん」
早苗に深呼吸をうながされ、落ち着くまでやっていた委員長に頭を下げる。
「……もういいわよ」
「本当に、いいのか?」
「ええ、あたしは人に頭を下げるのも下げられるのも嫌いなのよ」
こうまで言われちゃ俺としても引き際を心得るしかない。せめてもの謝罪の証として、
「まっ貸し一つって言っちまったしな。なんならこれから霊夢おすすめの甘味処に寄ろう
かと思ってるんだけど、おごらせてもらうぜ?」
甘味と聞いて委員長のウサ耳がピクピク蠕動した。全婦女子にとって占いと甘い物は共
通の好物という認識は間違ってないのかもしれない。
「それは嬉しいけど……いいのかな?」
隣の早苗に尋ねる。
「どうでしょうか。○○くんのことだから――」
なんか要領を得ない会話が始まっているな。と、
「とりあえずとっと帰ろうぜ。私はもう別腹に甘い物を詰め込む準備は万端なんだ。なぁ
委員長?」
なぜだか俺を見て、魔理沙は言った。
「何言ってるんだ委員長はこっちだろ」
鈴仙をあごでしゃくる。
「何言ってんのよ。そっち“も”でしょ、委員長?」
「待て待てぃ、霊夢まで」
悪い予感が俺の頭の中で警鐘をかき鳴らしていた。藁をも掴む思いで早苗に訊くことに
する。
「教えてくれ、早苗ッ! この二人の邪悪な笑みの意味はなんだ!」
「えっと……」
早苗の視線の先をたどると、黒板。すでに清掃も終わっているのか表面も綺麗になって
いる。その謎の文字の羅列以外は、
「なんだこれ。臨時合唱委員長とかいう文字の下に俺の名前が勝手に書かれてますよ。誰
だよもう、個人情報漏れてるのかな……」
ギャグも後半完璧に滑っていた。
「えー、みなさん?」
誰も俺と眼を合わせようとしない
「誰かさんが倒れた後にね、みんなで提案したのよ。『鈴仙さんだけが、今回の合唱コン
クールで先頭に立って働くのは負担が大きすぎるから、誰かもう一人くらい委員長を臨時
で増やした方がいいんじゃないか』ってね」
口元を押さえながら霊夢が言葉を紡ぎ始め、
「はい、それで最初希望者がいるかって話になったんですけど、誰も手を挙げなくて。次
に推薦で決めようってことになったんです。そしたらみんな一斉に手を挙げて」
肩を震わさないよう必死な様子で早苗が継ぎ、
「とある誰かさんが全員一致で推薦されて決定したんだぜ。賛成多数で可決なら私も見た
ことはあるんだけどな、全員に推薦されるなんて。いい意味でも悪い意味でもどんだけす
ごいやつなんだろうな。顔を見てみたいぜ、その誰かさんの」
腹を抱えながら魔理沙を通し、
「しかもその誰かさん私に貸しがあるらしいのよね。今後の円滑な人間関係のためにはそ
ういう貸し借りとかないほうがいいかなって思って、」
鈴仙に言葉のリレーがつながった。
「ね、委・員・長?」
これ見よがしに親指を立てられる。
「うんッ
なんて言えるかボケ! ふざけんなぁああああああああああー」
個人の意思が尊重される社会じゃなかったのかこの国は。もう信じられるものなど何も
ないのかもしれない。
「え、ドッキリでした。は? まだ? ドッキリでした、まだ?」
「往生際が悪いぜ○○」
「そういう問題じゃないんですよね。他人をおもんぱかれや!」
「往生しなさいよ○○」
「しちゃうよ? しちゃってもいいけど、誰が責任取ってくれるの?」
「自己責任に決まってますよ」
「早苗さん? ちょっとキャラが違いますことよ?」
誰か味方はいないのか。
「委員長、後生だ、助けて」
「早く行きましょうよ。甘味処」
「おいシカトか、コラァ!? なに鞄持ってウィンクしてんの!! こうなったならおごるわけねぇだろ!!」
「だって決まっちゃったことは仕方ないじゃない。話を聞いてなかったのが悪いんじゃない?」
またこれ見よがしに言いやがる。
「やだもん、やだもん、委員長と対等な立場になんかなりたくないもん。俺が上でお前が
下だもん!」
「何よそれ! あったまきた!!」
「……あの二人はほっとくとして、なぁ早苗」
「はい?」
「これって結局なんだったんだ」
俺は鈴仙にビッグバンバニーボムをかけられそうになるのを一旦やめさせて、早苗と魔
理沙をうかがう。
魔理沙が早苗に差し出す手。さきほど俺がさせた人差し指と中指の間に親指を挟ませる
握り。
「あっ……と、それはです、ね……」
赤面しながらも早苗は答えを耳打ちする。
「ウップス。なぁ、鈴仙提案だ。甘味処で好きなのおごってやるから講和しよう。お先ッ!!」
「ちょ、ちょっと!?」
俺は素早く自席に置かれた鞄を手に取ると廊下に転がるようにして飛び出る。
一直線な廊下を風のごとく走りながら背後を――
幽鬼のようにたどたどしい歩き方でうつむきながら魔理沙が廊下に出てくきていた。
とっさに出かけた悲鳴を飲み込み思い浮かぶ限りの神に祈る。釈迦、キリスト、アラー、ヤハウェ、
八坂神奈子、守矢諏訪子、それからそれから、
魔理沙が顔をゆっくりと上げる。
涙をにじませ、顔はさきほどの鈴仙もかくやというほど紅潮している。
しゃくりあげながら、
「わ、私、だって……女の子なん……だぜ……」
「すまん魔理沙。お前は素敵な女の子だ。悪かった許してください!」
絶叫しながらもスピードは緩めない。あとは突き当たりの角さえ曲がればこっちの――
「恋符 マスタースパーク」
閃光に包まれながら、そんな声が聞こえた気がした。
* * *
甘味処『命蓮』の女主人、聖白蓮は某日の夕暮れに四人の少女がボロ切れのようなもの
を引きずりながら店を訪れたと後に日記に書き記している。
つづく
あとがきのスキマ
たいてい学園物のメインイベントときたら体育祭や文化祭と相場が決まってるんですが、
どうせやるなら、たいていどこの学校もやる行事のくせにいまいちマイナーな合唱コンク
ールにしようと軽い気持ちで書いちまいました。
リアルでもドラマチックになりがちな行事だと思うんですけどね。特に男子と女子の仲が
悪かったりすると、それはもう――
グランギニョルです
なんか物語が始まってるのか始まってないのかよくわからんちんですが、
そこは生温かい眼でスルーしていただけると嬉しいです。
最終更新:2012年06月14日 16:36