美鈴6



うpろだ1187


 ある晴れた日のこと。
 男は少女への愛を、高らかに叫んだ。

「美鈴ー! 愛してる、君が好きなんだ。君の全てが愛おしいんだ! 美鈴! めいりーん!!」
「ああ、嬉しいです○○さん! 私も愛してます! だからお願いもっと言って! もっとー!」
「めーりーん!!」
「もっとー!!」

 そんな二人と少女たちのお話。






「由々しき事態です」

 夕闇の中のティータイム。
 十六夜咲夜は粛々と警鐘を鳴らす。
 彼女のお仕えするお嬢様、レミリアはぴくりと片羽を振るわせた。

「何の事かしら?」
「あの二人のことです。さすがにもう限界かと」

 あの二人とは○○と門番のことか。
 つい先日、紅魔館を震撼させた傍迷惑な告白劇はなかなかの見物だった。
 些細なすれ違いから、涙あり修羅場ありのラブコメディ。
 最後は関係者(一方的に巻き込まれた者も含めて)によるライスシャワーならぬ弾幕シャワーで締めくくられたそ
れは、レミリアのそれなりに長い記憶の中でも派手なものとして長く残るだろう。

「何か問題でも? あれでなかなか絵になるし、愉しいことじゃない」
「……そう、見えますか」
「ぁ、それがですね。本人たちとは違う所で多々問題が発生してるんです」

 目を伏せて言葉を詰まらせた咲夜に変わり、説明役をかって出るは後ろに控えていた小悪魔
 胸元からメモ帳を取り出して咳払いを一つ。

「妖精メイドの皆さんから苦情が多く寄せられまして。曰く、『廊下でイチャイチャするな』『庭先でイチャイチ
ャするな』『厨房でイチャイチャするな』『門前でイチャイチャするな』『私の前でイチャイチャするな』『浴場
でニチャニチャするな』エトセトラエトセトラ……」
「全部同じじゃない」
「最近は直接行動に移るものも出てきたんですよ。攻撃を仕掛けたり、何を間違ったかサカったメイドが○○さん
に迫るなんてのもあります」

 前者は歯牙にもかけられず、後者は九割がた美鈴に撃墜されるのが関の山であるが。

「ですから、問題なんです!」

 咲夜、再起動。
 ちなみに発情メイドの残り一割ほどはナイフで仕留められている。

「現にメイドの業務に支障をきたしております。即刻、あの二人に何らかの罰則を! もしくは異動命令を!」
「異動って……○○は何か仕事してたっけ」
「本人の希望もあって庭で花壇の面倒をさせております」
「それがまた問題に拍車をかけてまして……」

 もともとは美鈴が門番長と兼任していた花壇の世話。
 ○○がそれに就くことで美鈴は門番の仕事に専念できる筈、だったのだが。

「勤務エリアがお互い目と鼻の先じゃないですか。暇さえあれば職務中もイチャイチャベタベタと……」
「……それは、問題ね」
「大問題なんです!」

 しかしここでふと思い至る。
 怠慢かと思われた門番、しかし近頃は侵入者は全く現れない。
 彼女の親友であるところの魔女も、最近は蔵書を盗みにくる黒白鼠が現れないといたくご機嫌であった。
 眼下に見える花壇も荒れてはいない。
 彼らの仕事に不備は見られないようだが。

「これはどういうこと?」
「えーっと……」

 人目もはばからず門前で乳繰り合う二人。
 そんな二人の邪魔をするような侵入者は、愛の障害とみなされる。
 愛に生き、愛を守るEX美鈴の指先一つでダウンさ!
 そもそも二人の成形する桃色素敵空間に入り込める輩はいない。
 恋符、愛に敗れたり。
 ここに紅魔館の門は鉄壁と化したのだ。

「結構なことね。機会があれば遠目に見てみようかしら」
「お嬢様!!」

 面白そうだし、と笑うお嬢様。
 目が潰れてしまいます、と騒ぐ従者。

「どうやらお嬢様はあの二人を甘く見られているご様子ですね」
「実害はないからいいんじゃない。どうせ妖精メイドだって役に立たないのは変わらないんだし、いっそ全部のメ
イドが○○に殺到するとか。それをばったばったと薙ぎ倒す美鈴。あら、割と愉しそうじゃない」

 パチェも喜んでるし、と付け加える。
 しかし流石はメイド長、待ってましたとばかりに小悪魔に目配せを送る。
 頷き、一度退室する小悪魔。

「……そんなこともあろうかと、パチュリー様を先に説得して参りました」
「説得って、どうやって? パチェが本より優先するものがそうあるとは思えないんだけど」
「今日の昼、あの二人に休憩時間は図書館でゆっくりしていくよう勧めました。そして……」
「その結果がこちらでーす」
「あら、パチェ?」

 戻ってきた小悪魔が小脇に抱えて運んできたのはパチュリー・ノーレッジその人。
 だらりと伸びた四肢に力はなく、椅子に座らせてもぐったりとして動かない。
 むきゅーの音も出ないとはこのことか。

「……れ、レミィ……」
「パチェ! どうしたの、しっかりなさい!」
「あの二人は……危険、よ……」
「パチェー!」

 警告を最後にがくりと崩れ落ちる魔女。
 それでも本を手から離さないのは流石だが、その本が恋愛詩集である辺りダメージを隠せない。

「バカップル糖分過剰摂取による動脈硬化、並びに消化吸収用のビタミンB不足によるものと思われますね」
「お解りいただけましたか、お嬢様。いま館内は危険度AAA。愛のモラルハザード馬鹿二匹を野放しにしている
状態。紅魔館改め桃魔館などと呼ばれてからでは遅いのです。何卒、御処置を」
「ふ、フフフ、面白いじゃない。ばかっぷるがどれだけのものよ。恐れてたまるものですか、私はレミリア・スカ
ーレットよ! こうなったら是が非でも見物したくなってきたわ!」

 駄目だこのお嬢様……早くなんとかしないと……。
 不適に微笑むレミリア、どうやら向かうところ敵なし状態の『ばかっぷる』なるものに刺激されたご様子。
 無駄にカリスマ溢れるその雄姿に咲夜は頭を抱えた。
 空回りする主従を尻目にふう、と乾いた息を漏らす小悪魔。

「わかりました。もう建前も大義名分も無しです」
「……? 貴女、何を」

 佇まいを改め、覚悟を決めた様子の彼女を何事かと見やる。
 これまでの報告にも誇張や虚偽はないがそれ以上の被害でもあるのだろうか。
 もともとこの場を設けたのは咲夜の提案、彼女はそれに追随する形だったのだが。
 怪訝そうな咲夜をちらりと見、胸の前で指を組み訥々と小悪魔は語り出す。

「……正直なところ、キツいものがありまして。恋に敗れた女としては、焦がれた殿方が他の女性と仲睦まじくな
されるお姿は、少し。ええ、少しだけちくりとしますね」

 彼女が○○という男に心身ともに熱烈なアプローチをかけていたのは周知の事実だ。
 であるならば彼の惚気ぶりを見て、心穏やかでいられる筈もなく。
 その心情を慮ってか黙り顔を見合わせる主従。
 小さく儚げに笑う彼女は、しかしやはり歴とした悪魔の眷属で。

「って咲夜さんが言ってました」
「んなっ!」
「へっ?」

 今ここに明かされる驚愕の真実。
 しのぶ恋、主にさえ気取られぬほど色も出さずに秘めるのが瀟洒たる所以か。
 しかしそれも今となっては、砂上の楼閣に等しい。
 鉄の仮面に入ったヒビは見る見るうちに綻びを大きくしていく。

「咲夜……あなた、そうだったの」
「ちちちち違います、違うんです! 言ってません私そんなこと言ってません!」
「恥ずかしがらなくてもいいですよー、咲夜さん。一緒に祝福のクナイ弾を雨霰とお二人にぶちかました仲じゃな
いですかー」
「貴女も黙りなさい!」
「その話、もうちょっと詳しく聞きたいわね」
「おじょーさまー!!」

 メイド長、大ハッスル。
 頬といわず耳まで赤く染めて、ぱたぱたと両手を忙しなく意味もなく振る様は普段の彼女からは考えられない。

「いいでしょう、お話します。あれはお二人が結ばれた夜、そして同時に想いは届かぬものとなった夜。傷心の女
は二人、涙でウオツカを割って、儚く散った悲恋を肴にグラスを傾けたのです」
「嘘よ誤解よ捏造よ出鱈目よー!」
「ほうほう、それでそれで?」

 お嬢様は興味津々。
 一方で槍玉にあげられた従者はもう半泣きだ。

「『気のせいだと、何かの間違いだと思ってた。ううん、そう思い込んでたのかしらね。それでも私は現状に満足
していた。十分だったのよ、彼とたまに顔を合わせて、それで笑って挨拶して、労いの言葉をもらって……。でも
いざああして突きつけられると、駄目ね。憎いとかじゃないのよ。本当。ただ、何をやってたんだろうって』」
「声帯模写っ? ていうかどこまで!」
「あなたそんな特技があったの」

 それにしてもこの小悪魔、ノリノリである。
 完璧な声真似に加えて物憂げな表情で再現されるそれは臨場感抜群。
 時折声を詰まらせ、酒に見立てているのか紅茶をあおるなどと芸が細かい。
 羞恥の小芝居は本人が泣こうが喚こうが耳を塞ごうが関係無しにノーカットで続けられた。

「――そして誓ったのです。いつか幸せをこの手に掴もうと! 私達、『正妻が駄目なら二号でもいいじゃない。
愛の人と書いてラ・マンと呼ぶのよ同盟』の名の下に!」
「ぁああああ! お黙れぇー!!」

 咲夜、殴る! 殴る!
 小悪魔、かわす! かわす!




「っ……! と、あの二人のせいでっ、色々と不都合が起きまして……っ!」
「いひゃいれふよ、ひゃふやひゃーん」

 小悪魔のほっぺたをギリギリとひっぱりながら。
 面の皮が分厚いのか伸びる伸びる。
 おまけにちっとも痛そうに見えない。

「まあ、いいか。咲夜を泣かせたとあれば、俄然興味も湧いてきたし。私自ら動いてみようじゃないの」
「泣いてなんかいませんっ!」
「むしろ鳴かせてほし……あんっ、ダメっ。耳は弱いんですぅ」

 無駄に艶っぽい声を上げるが、耳を引っ張られているだけだ。

「ともあれ、英断で御座います。この時間であれば、彼女は仕事中ですので……」
「○○は自室かしらね。そっちはそっちでなんとかなさいな。私は○○と話してくるわ」
「……お嬢様が○○に会うんですか? そちらは私から追って伝えるつもりだったのですが……」
「いけませんよー、咲夜さん。抜け駆け禁止って約束したじゃないですはひたたた」
「お・だ・ま・り・な・さ・い」

 じゃれ合う二人を放っておいて、意気揚々と立ち上がるレミリア。
 日はとっぷりと暮れていた。
 いつぞやもそうだったが、あの人間が関わる夜は風変わりなものになる。
 何にせよ、退屈しないのはいいことだ。

「ところで○○に異動を命じるとしたら、今度はどんな役職がいいと思う?」
「清掃班の人手はいつでも不足しておりますので、そちらに回すのがよろしいかと!」
「図書館勤務がいいと思いまーす!」

 しかし小悪魔の彼女はともかく、咲夜ですらああだとは。
 なかなかの拾い物だったのかもしれない。
 だとするのなら、或いは――

「――やっぱり私の側仕えとしておくのが、よかったかしらね」

 その場を後にした彼女の顔には小さく笑みが浮かんでいた。



「はっ、今どこかでフラグの立つ音がしました。新たなルート開拓の予感! 難易度はHardですよー!」
「訳のわからないこと言ってないで、貴女も来なさい!」

「……むきゅー……」

 そしてパチュリー置いてきぼり。



 紅魔館の前庭。
 夜風も涼しいその中で、三人の女が対峙している。

「あら、咲夜さんに小悪魔さんも。どうかしたんですか?」

 にこやかに対応する美鈴。
 もともと人当たりのよい彼女であったが、その笑顔はもはや後光が輝かんばかりだ。
 愛って素敵。

「くぅっ! なんて輝き。これが正妻の余裕だとでもいうのでしょうかっ?」
「私の後ろに隠れない」

 眩しいものでも見るかのように、手をかざしてよろめく小悪魔。
 恐らく正妻以前に、彼女にはやましい所が多すぎるのではないだろうかと咲夜は思う。
 まあ確かに、目の前の幸せいっぱい夢いっぱい、愛が豊かな胸いっぱい、な美鈴は直視に耐え難いものがある。

「……美鈴。貴女、最近は随分とご機嫌よね。今にも飛んでいってしまいそうなくらい」

 咲夜さんは最近ずーっと不機嫌ですよねー、と呟いた小悪魔がドタマをしばかれた。えらく軽い音がした。

「そりゃあもう、愛しい○○さんと結ばれた私は上機嫌も右肩上がり! 天まで昇る勢いです!」

 結ばれた、の辺りで小悪魔の目に濡れた色艶が瞬いた。
 一方で咲夜の目からは一切の色彩が失せた。

「……そのせいかしら。足元が見えていないみたいだけど?」
「そんな! つま先から髪の先まで、私の身体で○○さんが見てないところなんてありませんよ! やん!」

 いやだ私ったらなに言ってるんだろう、と恥じらう美鈴。
 やだこいつなに言ってるんだろう、と歯軋る咲夜。
 私も事故を装って何度も見せたんだけどなあ、と端っこに退避して小悪魔。

「……確認するのだけど、今この場に○○は居ないわね?」
「そうなんです。このあとお部屋で待ってる○○さんと二人っきりで、でへ、えへへへへぇ」

 あーたまんねえ、とばかりに息を荒くする美鈴。
 あーやってらんねえ、とばかりに溜め息を漏らす小悪魔。
 あーもういいや、とばかりに呼気を鋭くする咲夜。

「……もういいわ。もうたくさん。もう知らない」

 穏便に済ませる心積もりは、既に頭から消え失せた。
 惚気はもういい。
 惚気はもうたくさん。
 どうなろうと、知ったことか。
 取り出したナイフを一本、その切っ先を向ける。

「単刀直入に決めるわね、美鈴。貴女は、○○と別れる」
「……はい?」

 快刀乱麻、一刀両断。
 前置きも後書きも考えず、ただその一つを宣言した。

「ちょ、咲夜さん。もうちょっとやり方が――」
「囀らない」

 もう少し手管足管回してやるものと思っていた小悪魔が口を挟もうとする。
 しかしその口に銀のナイフが挟まった。
 かちりと歯が刃を噛む。
 これには流石の小悪魔も目を白黒と瞬かせてモールス信号で降参の意を表する。

「えーと、咲夜さん? 今、ものすっごい聞き捨てられるべき、且つ言い捨ててはいけないことを仰りませんでした?」
「一本釘を刺すだけでは足りない? 複刀でズタズタにしてあげるから、貴女は○○から身も心も引くの」

 美鈴を纏う気ががらりと変わる。
 咲夜も大量のナイフを周囲に浮かべた。

「なんでそんなこと言われなきゃいけないんですかっ!」
「○○の為にならないからよ。貴女が周りも向こうも見ないで振舞うから、彼までそれに影響される」
「○○さんは私のこと見てくれますもんっ!」
「ああそう、でもね――」

 それを言うなら私も見ていたのだ、あの時から、彼の背中を、横顔を、ずっと。
 でも今ではその度に、そのすぐ側に。

「貴女が見えるのが、とてもとても障るのよ!」

 ヘッドドレスを掴み、投げ棄てる。
 メイドから一人の女にフォームチェンジ。
 事ここに至って、美鈴の方でも気づくものがあったらしい。
 その様に少し怯んだが、それでも雄雄しく闘気を立ち昇らせる。
 愛を守るため、EX美鈴スーパーモードここに見参である。

「私と○○さんは愛し合ってるんです! 誰であろうと何であろうと、手出し口出し後出し無用っ!」
「一人勝手に先走っておいて! こうして表に出てるんだから、出るトコ出てあげるわよっ!」

 同時に地を蹴る二人。
 ここに女の威信をかけた、弾幕勝負が始まった。

 そしてその一方で。

「ひやー、修羅場ラバンバ。一人の男を巡って戦う二人の女、そしてそれを裏から見つめる私。どうしましょう。
ここはやはり、王道的に夕日をバックにクロスカウンターで共倒れしたお二方を、非道にも埋めちゃうとか。そし
て哀しみに暮れる○○さんの心のスキマを埋めてみましょうか。Let's漁夫の利っ☆」

 そこに降りかかる流れ弾! 流れ弾!
 小悪魔、安地! 安地!



 その戦闘は熾烈を極め、その弾幕は鮮烈を窮めた。
 弾と弾のぶつかり合い、魂と魂のぶつけ合い。
 妖精メイドによる勝者予想集計は、メイド長4割、門番長3割、小悪魔1割、そしてその他(パチュリー様が乱
入して収める、お嬢様が乱入して勝ち残る、妹様が乱入してぶっ壊れる、自分が最後に勝つ等)が2割である。
 そしてその結果は。

「○○さんは私が大好きーっ!!」
「見てるだけで何が悪いーっ!!」
「きゃー! ルール違反の相乗不可避弾幕! 皆さん見てる場合じゃないです逃げてー!!」 

 あたり一面総撃墜。
 勝者も敗者も観客も、相打ちどころか丸ごと全部ノックアウトと相成った。
 当然ながら、そんな状態で当初の目的が果たされることは無かったのである。






「全くもう。言い出したのは咲夜なのに、不甲斐無いったら無いわ」
「面目次第もありません……」

 数日後、そこにはどうにか持ち直した咲夜の姿があった。
 辛辣な言を愉しげに送るレミリア。
 さらに後ろに小悪魔も控えている。
 三名による、バカップル対策報告兼打ち上げのお茶会である。

「それにしても、さすがお嬢様ですねー。あのお二人もすっかり落ち着いて、苦情もサッパリなくなりました」

 有耶無耶になったかと思われた二人の件であったが。
 ○○と話し合ったらしいレミリアの采配により、屋敷内に所構わずイチャつくバカップル二人の姿はなかった。
 両名、自身の仕事に今まで通り励んでいる。
 仲のよさは相変わらず、愛も変わらずではあったが、時と場所を弁えるようにはなったらしい。

「○○のお願いを聞いてあげただけなんだけど。いや、それもこれもどれも私のカリスマの為せる業か」
「しかし、同じ部屋に住まわせただけでどうしてこうも変わるものでしょうか」

 主のカリスマとやらを疑う訳ではないが、彼女にはその理由がイマイチ判らないらしい。
 そう口にした彼女がやや憮然としているのはそれだけのせいではないだろうが。

「ふっふっふー。甘いですよ咲夜さん。適度な刺激こそが、愛しい二人をより燃え上がらせるのです!」
「……そういうものかしら」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです」

 したり顔で不敵に笑う小悪魔。

「普段からずーっとべったりだとやっぱりマンネリですからね。敢えて会えない時間を作ることでメリハリをつけ
るんです。緩急ってやつです」
「せいぜい半日だけなのに?」
「たかが半日、されど半日ですよ、お嬢様。例を挙げてみましょう。○○さんと半日顔を合わせることが出来ず、
挨拶もされることのないままの咲夜さん。どうです?」
「あら、とんでもなく不機嫌」
「例になってないわよ!」
「ところがどっこい、その後廊下でばったり○○さんに出くわし二言三言会話する咲夜さん」
「あら、とてつもなく上機嫌」
「お嬢様ぁー!」

 ちなみに今日はいまだ会話なし。
 多分この後も会うことなし。

「そして何より! 同じ部屋でベッドは一つ! それでやっぱり枕は一つ!」
「枕は二つじゃないの?」
「腕枕って素敵だと思いませんか、咲夜さん?」
「私に聞かないでっ」

 たまに膝枕、どちらかと言えば肩枕、あるいはそれは胸枕。

「二人が中で何をしているか。気になりませんかお嬢様?」
「気になるわ。見てないの咲夜?」
「見てません。見たくもありません」
「家政婦は見るのが仕事らしいわよ?」
「私はメイドですっ」
「メイド長でしょう、あなた」

 最近のレミリアは頻繁に○○と話している。
 それは外界のことだったり、他にも、まあ色々。

「仕方ありませんねー。それでは不肖ながら小悪魔、ありのまま昨夜見てきたことを話しますっ!」

 いつの間に、どうやって見たというのか。
 鼻息荒い小悪魔を前に、咲夜の頭はどうにかなりそうだった。

「『ねえ、○○さぁん。今日も、その……シてくださいよう』」
「ん、なっ……」
「おおっ」

 毎度おなじみ小悪魔劇場。
 美鈴の猫撫で声が普段の惚気っぷりより糖分三割り増しだ。
 顔を真っ赤に染めて絶句する咲夜。
 身を乗り出してかぶりつくお嬢様。

「『わかってるよ美鈴。ほら、いつも通り後ろを向いて』」
「な、んななななな……」
「後ろ? いつも後ろなの?」
「『はい、お願いしますね……んッ』」

 一人二役、男声だってお手の物。
 そして美鈴の、明らかにあからさまに普段とは違う意味で甘い声。

「いいい、いけません。聞いてはいけませんお嬢様!」
「咲夜、目を塞がれると前が見えないわ」
「『あ、はぁっ……ふあ、んっ! 気持ちぃ、ひ、あんっ!』」

 完璧に似せた声色のせいで、寧ろ見えない方が生々しいが。

「『そんなにイイんだ? じゃ、ここをこうする、とっ……!』
 『ぅあンッ! あ、あーっ! すごっ、そこっ! スゴいのぉ……!!』」
「……○○ってそんなに凄いの?」
「わ、私に聞かれても困ります!」
「『美鈴だって、ほら。ここ、こんなになってる……』
 『やぁ……ん、言わないでェ……恥ず、かし、ぃ、あッ!』
 『ぴくぴくして、こんなにカタくして。凄いよ、美鈴の……』」
「…………」
「…………」

 ごきゅり、と。
 どちらともなく生唾を飲み込む。
 激しさを増す蜜夜の音声再現に、もはや相槌も静止もなく聞き入っていた。

「『美鈴の 肩 こ り 』」
「……肩」
「……こ、り?」
「『だってぇ、基本的に肉体労働ですもん。あっ、そこそこ。くぅあー、極楽ですねえ』」

 しおしおと、場の盛り上がりが萎れていくのが見て取れるようだった。
 要はただのマッサージ音声。
 確信的な犯行であることは間違いない。

「なんだ、つまらない。私も今度○○にやらせてみようか」
「……まあ、そんなことだろうとは思ったけれど。わかってたわ。本当よ?」
「『それにやっぱり、大きいとどうしても負担になっちゃいますし……やんっ、そこは違いますってばあ』」

 瞬間、咲夜の時間だけが空間ごと音を立てて止まった。
 寧ろヒビが入った。

「……という感じでしたー。羨ましいなあ、○○さんの肩もみ。私もして貰いたいですねえ」

 声真似を終えて小悪魔が大きく伸びをする。
 その動きに合わせて揺れる、たわわに実った二つのソレ。
 なるほど、彼女の肩にかかる重さも並々ならぬものがあるだろう。

「咲夜さんもお願いしてみたらどうです?」

 そう言ってちらりと目線をくれる。
 無論のこと彼女の魅力を損なう訳でもなく、全体からすれば美しいラインを誇るだろうがしかし。
 さほど負担にはならなそうな、咲夜のソレ。

「肩とか、凝りません?」

 ぺたぺたと自分のソレに手を当てるレミリアは置いておいて。
 強烈な皮肉であった。

「あああ貴女って娘はーッ!!」

 激昂した彼女の手に握られるは銀のナイフ。
 今にも投擲せんと振りかぶられたその時。

「ひゃ、危ないじゃないですかー。『咲夜さん』」
「う、あっ」

 ○○の声で名前を呼ばれ、ピタリとその挙動は静止する。

「『そんなに怒ることないですよ。それに咲夜さんのだって可愛くて、好きですよ。俺は』」
「な、何を……」

 ナイフはどこかに引っ込んだ。
 声真似だとはわかっていても、手が出せない。
 その声は、その言葉は、あまりにも咲夜にとって甘美に過ぎた。

「『ねえ、咲夜さん。いや、咲夜』」
「あ、あ。あぁ……」

 なんかもう本人よりいい声で、ウィスパーボイス。
 それだけで彼女は腰砕けだ。
 何よりその声で名前を呼び捨てというのは、クるものがあった。

「『かわいいよ咲夜。食べてしまいたいくらいだ』」
「駄目、駄目よ。○○……!」

 シチュエーションとしては、強引に迫る○○と受身の咲夜といったところか。
 全てにおいてありえない状況だが、意外にもツボに嵌ったらしい。
 身をよじり、形だけの拒否を口にする咲夜。
 目を瞑るのは逆効果だというのに。

「『いいだろう、咲夜。俺、もう我慢できないよ……』」
「○○、だめ……。し、仕事中なのよぉ……って。あ、れ?」

 目の前にいる、と錯覚した彼の胸を弱弱しく押す。
 無論のこと手応えはない。
 目を開けて確認してみれば、声の主たる小悪魔は声真似を止めてレミリアと談義に花咲かせていた。

「仕事中だと駄目なの?」
「いえいえ、これは所謂OKサインです。もう心も肢体(カラダ)も準備は万端なのです」
「そもそも咲夜ったらいつも仕事中じゃない」
「つまり24時間オールオッケーってことですよ。any time、any where、only to him!
 いやん、咲夜さんのエロス! もっと!」

 羞恥と期待の赤から、殺意の無色へ。
 果たして、一人の修羅がここに誕生した。



「彼の声で、醜い悲鳴を上げなさいっ!!」

 咲夜、ナイフ! ナイフ!
 小悪魔、かすり! かすり!






 そのまたさらに数日後。
 今日も今日とて紅魔館は程よく平和だった。
 心亡くさない程度に忙しいメイド長、咲夜は廊下の角を曲がったところで○○と遭遇することに成功した。

「こんにちは。お疲れ様です、咲夜さん」
「○○も、ご苦労様。これから休憩かしら?」

 それならお茶でも一緒にどうか、と。
 有りっ丈の勇気を込めて放たれんとした彼女の誘いは、しかしというかやはり。

「いえ、これからちょっと一大事がありまして」
「……あら、そうなの。頑張ってね」

 未然に終わったわけである。
 廊下を曲がり向こうに消える○○の背中に、彼女の溜め息は届かない。
 残念だけど。ああ、でも――

「それでも○○さんの笑顔とお疲れ様の一言で今日も頑張れる! 咲夜さんったら乙女チックー」
「……何を言っているの、貴女は」

 ○○の消えた角から当然のように現れる小悪魔。

「○○さんを見た瞬間、時間止めてまで顔合わそうとした甲斐がありましたね」
「何を見ているの、貴女は」

 廊下の端から端まで猛ダッシュ。
 その後もタイミングを上手く計ろうと秒単位での位置合せの成果だ。

「私もさっき、○○さんと故意にぶつかって勝負下着を見せちゃいました。ノーリアクションでしたけど」
「何をしているの貴女は!」

 黒のレースとガーター。
 咲夜は白のシルク、ガーター付き。

「全く。油を売ってないで、自分の仕事に戻りなさい」

 話はもう聞かないとばかりに咲夜は踵を返す。
 ○○が消え、小悪魔が現れた廊下へスタスタと歩を進める。
 特に他意はない。もともとこちらに用事があったのだ。
 これ以上茶化されては適わないと、話を聞かずに早足で。

「あー、咲夜さん。そっちには一大事な○○さんが……って、行っちゃった」

 聞いておけばよかったものを。



「美鈴ー! 愛してる、結婚しよう。これからはずっと一緒だよ! 美鈴! めいりーん!!」
「ああ、感激です○○さん! 私も愛してます! だからお願いもっと言って! もっとー!」
「子供は三人がいいかなー!!」
「もっとー!!」



「きゃー! 咲夜さん待って待って、八つ当たりはんたーい!!」
「……ッ! ~~っっ!!」

 咲夜、スペカ! スペカ!
 小悪魔、気合避け! 気合避け! 喰らいボム!



 どっとはらい


最終更新:2010年06月02日 22:59