異様に張り詰めた空気に混じって、わずかに漂う異臭がつんと鼻を刺す。そこに言葉を発す者はなく、皆一様に、小刻みに波打つ蒼の海面に視線を注ぐ。月の光が水面に時折ちらつき、それが海の表情であるようにも思えた。
アンギラスの咆哮が、沈黙の東京湾を切り裂く。怜の小さな体は、その轟音に震えた。その振動が、目前に迫る決戦を刻銘に伝える。
そして、来た。
突如弾ける海面。そこに立つのは異形の生物。
怜は思った。こんなにも、禍々しき生き物が、存在していいものかと。それは、汚物や廃棄物が折り重なり、形作られている。どろりと向けられた巨大な琥珀の視線は、焦点が定まっていないように、不気味だった。
気絶しそうなほどの刺激臭が襲う。怜が鼻を覆うより速く、メーサー戦車隊の攻撃が始まった。廃棄物の塊は、それをものともせず足を地面につけた。そこから、コンクリートがしゅうしゅうと煙をたてて腐っていく。メーサーの第2射。青白い閃光が、夜空を切り裂く。しかし、ダメだ。廃棄物の体には、何をやっても効果がない。それに…苦しみの感情など、あんな空虚な瞳からは読み取れないに違いない。
―――
ヘドラ。かつてそう呼ばれた個体。人間の廃棄物、汚染物質の集合体。人間が生み出した化け物。
ぐんぐんと近づいてくる化け物に、怜は息を呑んだ。今までの
ベムラーや
ラドンのような巨大獣とは明らかに違う、圧倒的な恐怖。感情のないものが一番怖い、などと聞いたことがあったが、それを目の当たりにした時、それが『恐怖』などという言葉で片付けられないものだとわかった。
いざ敵を前にして、動けないなんて。己の未熟さを、改めて痛感させられる。
そんな私に、ポンと肩を叩いてくれたのは信二さんだった。
そんなに気負う必要ないぜ、と言って笑う彼。それは彼なりの、私への勇気付けだった。私は、静かに肩に入っていた力を抜いた。
―――怖いのは私だけじゃない。
ここにいる誰しもが、きっと私と同じような思いでいるの違いない。人間皆が皆、勇敢ではないのだ。
「…よし」
だから少しだけ。
いつもより頑張る一歩を、踏みしめよう。
私は、銃を握る掌に、力を込めた。
一息ついて、今はもう動かないゴロザウルスの前に立ってみる。思い出されるのは、戦いに勝ったことより、あの純真無垢な瞳だった。
―――ああ、やっぱりそうなんだ。
ベムラーを倒した時にもかすかに感じた、この想い。胸が押しつぶされそうになる、この感覚。
「何、やってるんだろ…」
ミュータントは、戦うことが使命。とある兵士が残した言葉のひとつ。自分自身、そういう覚悟でこの道を選んだはずだった。なのに…
やっぱり私って、バカなのかな……?
「いけない、戻ろう…」
そうだ、こんなことを思ってはいけない。さっきだって、ゴロザウルスのせいでひとつの命が消えそうになった。そして、きっと幾つかは消えた。
だから、怪獣に罪悪感とか―――全部人間の都合だなんて、思ってはいけないんだ。
皆の日常を失わせないことが、私の―――
「本当に、それが君の願いか?」
「えっ」
―――言葉に、呆気にとられていた私がその奇襲に反応できたのは、ほとんど偶然だったかもしれない。足元が、ぐらりと揺れた。
その一撃が防がれたことに、攻撃の主はさして悔しがるでも驚くでもなくただ目の前の人物を見据えていた。
「あなたは…誰?」
音もなく現れた彼は、この深い夜の闇に容易に溶け込めそうなほどの、全身黒の衣を纏っていた。漆黒と醜悪を纏ったその姿―――M機関の中で…いや、世界の中でも、知らぬ者は恐らくほとんどいない。
「X、星人…」
半ば呆然と呟く私に、私と同程度の身長の彼はかすかな笑みを漏らした。軽蔑とも、何ともつかない、虚と有の入り混じった笑み。
何を考えているのかわからない。私は先ほどの奇襲のことも想定に入れてぐっと身構えた。
しかし彼は、動かぬまま私の反応を面白がるように見ているだけだ。そして、唇の端を更に歪めて、何かを囁いた。
「な、え…?」
「皆の日常を失わせないことが、なんだって?」
心臓を貫かれたような感覚が、全身を駆け巡った。
「それが、戦う理由だって? 笑わせてくれるじゃないか…君のような青臭い子供が、誰かのために何かができるというのかい? こんなことで揺らぐ信念しか持たない君が。 え? 家城由美子?」
どこまでも見透かされている。体が痺れる。
「何を…」
「まだ、あの和泉とかいう子のほうが余程立派な信念を持っている。そして、彼女はそれに忠実だ。綺麗事しか並べられない君とは違ってね」
やめて、聞きたくない。
「戦場で迷いは即ち死に値する。君はそれが全くわかっていない。だから、今でもそんな甘い考えを持つことが出来る。そうだろ?」
息が苦しい。膝が震える。やめて…やめろ。
「君も、そろそろ素直になるといいよ。綺麗ごとで正義の味方を気取るのは疲れただろ? 本心に従ったほうがいい…
―――お父さんを殺した奴らへの復讐…っていう本心に、ね」
必死で抑えてつけてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。そして、空いた体の隙間に、腹にたまったどす黒いものが、流れ込んでいく。
耐えられない。こんなの、もう…
「もうやめてっ!」
「君が持つその力は、そのためのものだろう?今までだって、そのために戦ってきた。そうじゃなかったのか?」
気がついたときには、私は跳び出していた。込められた怒りが、トンファーの一撃となって目の前の敵に炸裂する。しかし、その一撃は漆黒の彼の前にある見えない壁のようなものに阻まれた。目の前にいる憎悪の対象に、手が届かないなんて。そのことが、余計に私を怒りの失墜へと誘う。
「そうだ、それでいいんだよ。人間を突き動かす最大の感情が怒り、憎しみ、つまりは闇の部分なんだからね。でも、まだまだだ。これじゃ、『あの時』と何も変わらない…君は無力のまま、目の前の憎むべき敵をただ睨みつけることしかできない。本当に哀れだ」
「五月蝿い黙れ!」
叫びと共に、見えない何かに亀裂が走ったのが見えた。先ほどまで余裕の表情を見せていた彼も、これにはさすがに驚いているようだった。
「私はもう、無力じゃないっ!! 薄汚いこの道を選んで、力を手に入れた! だからもう、無力な『あの時』とは違うっ! 違うんだっ!!」
雄叫びと共に、それは硝子のように砕け散った。貫いた一撃はそのまま、黒きその姿にねじ込まれる。吹っ飛ぶ彼。コンクリートの地面を何度も転がり、壁に激突する。
「…それでこそ、確かめに来た甲斐がある」
わずかによろめく相手に、私は躊躇うことなく2撃目の体勢に入る。しかし、今度は突然の衝撃波に、逆に体ごと吹き飛ばされてしまう。今のは、彼の技だろうか。
「だがまだまだだよ。宝の持ち腐れだ。そんな動きじゃ、君の復讐したい相手には到底敵わない。僕にもね」
「こんのおおおっ……!」
痛みも忘れ、私は相手に一直線に跳びかかる。その感覚は、本能のまま、狂気に駆られるまま敵を惨殺していく、『いつもの』私に似ていた。
当然、何の考えもなく突っ込む私は再び衝撃波に体を攫われた。それでも、私は攻撃をやめなかった。怒りに身を任せたこの体は、ブレーキの壊れた暴走車。誰かが止めなければきっと、このまま体が壊れるまで走り続ける。
―――立ち止まることが恐かった。だから、私はブレーキを壊した。そしてそのことに、安心していた。
私が動きを止めたのは、たっぷり5分間いたぶられた後だった。我に返った時にはもう遅く、私の体はほとんど動かなかった。それでも、この装甲がなければもっと早く動けなくなっていたかもしれない。
「もう少し期待していたんだけどな…」
地面に這い蹲る私の目の前で、彼は私を見下すように立っていた。
「もう、手詰まりかい?」
「……」
いくら動こうとしても、体に力が入らない。おまけに、感覚まで薄れてきた。相棒を握る掌から、握る感覚が伝わってこない…。
「きっと、鍛え上げればいい逸材になったのだろうけど」
額に、何か冷たい感触がする。多分、銃口か何かだと思う。
「残念だね、ここで終わりだ」
私の命は今、彼の一本の指にかかっている。そして…多分、それは躊躇なく、引き金を引く。
ビーム砲独特の、甲高い唸り。あぁ、終わったんだな。きっともう、この体は動くことはないんだろうな。
ふと、怜の顔が浮かんだ。私は、何度か死の危機に陥った怜ちゃんを助けた。ベムラーの時や、ラドンの時。怜ちゃんもまた、あの時、こんなことを考えていたんだろうか。
あまりにもあっけない最期。もし、こんな時に誰か―――怜ちゃんが、いてくれたなら。私はどんなにか、嬉しかっただろう。それこそ、今なお体に残る憎悪も全て、吹き飛ばしてしまえるくらいに。
しかし、目の前に広がっていた光景に、私は思わず飛び起きそうになった。
翡翠の閃光が幾重も拡散し、まるで花火のように彼を包み、弾ける。その奥には、少女が立っている。いつも隣で私を支えてくれた―――蒼艶のポニーテールを風になびかせる、彼女の姿が。
「くっ…援軍か」
「さっさとゆみから離れなさい。でないと、今度は脳天をぶち抜くわよ」
新しい武器を与えらていたのは、ゆみだけではなかった。ミストラル・コア。カードリッジを入れ換えることで、拡散弾『ワイドショット』と一点集中の貫通弾『レーザー』の二つの役割を果たす最新鋭のレーザー兵器。
怜は静かに近づきながら、黄色で楕円形のカードリッジを差し込み、それを彼の後頭部に突きつける。
「…今日のところは、このくらいかな……」
ぽつりと呟き、彼は長いコートを激しく波打つように翻した。
「助けに来た君に免じて、今日は引くよ。…次会うときは、僕の期待通りの女になってくれていると嬉しいな」
「いいからさっさと消えろ!」
怜の持つ銃口から一条の黄色い閃光が放たれるが、彼はその前に姿を消してしまい、その閃光は空を切った。
久しぶりに訪れる、静寂。ぱったりと音のなくなった世界で、私に駆け寄る怜。
「ゆみ、大丈夫だった?」
向けられた眼差しは、とっても澄んでいて、穢れなく。
「うん…なんとか」
なんて、小さな微笑を返すことが、私には精一杯で。
「よかった…連絡しても応答ないから本部に戻ろうかと思ったら怪獣の死体があったからもしかしてと思って」
返された微笑は眩しくて、何だか傷が癒されていくようだった。
「…ありがとう」
「ん、別に…前のお返し」
怜ちゃんは、照れ隠ししているのか私から眼を背けた。いつもは見られない姿が、なんとなくかわいい。
「それにしても…どうして巨大怪獣まで出現したのにM機関は動いてくれなかったの?」
X星人との戦いで忘れていたが、ゴロザウルスがあのまま暴れていたら間違いなく大量の死傷者が出たに違いない。動けなかった理由は、一体なんだったのか? それを聞くと、怜もまた思い出したようにハッとした表情を見せた。
「ゆみ…一緒に来て」
海岸線一体は火の海だった。ヘドラの通った道は、建物や戦車の残骸にまみれ、それに付随して腐敗臭が充満していた。その中を、生き残った兵達が必死に駆け抜ける。
「ひでえ臭いだ…」
鼻を覆いながら、信二は呆然と戦いの様を見守っていた。
角を突き立てるアンギラスが、ヘドラめがけて突進する。その俊敏な動きから繰り出される突きは、たとえどんなに強固なものでも一瞬で砕いてしまう威力がある。しかし、角が突き刺さろうと、ヘドラは平然とした面持ちで首を振る。ヘドラは、ヘドロを主とした廃棄物の集合体。痛覚など存在しないヘドラには、力任せの攻撃は空を切るだけだった。それどころか、ヘドラ内部に蓄積された強烈な酸によって、突っ込んだアンギラスの角や皮膚が、しゅうしゅう、と音を立てて溶けていく。もがき苦しむアンギラス。更に追い討ちとばかり、ヘドラの血だまりのような眼光から深紅の熱線―――赤色溶解光線が放たれる。悲鳴をあげ、のけぞるアンギラスは、完全に弱りきっていた。満身創痍。これ以上アンギラスが戦えないことは、誰の目にも明らかだった。
「しゃーねぇ、やったるか!」
見るに見かねた信二が、相棒の
スナイパーメーサーを掲げた。慌てて静奈がそれを制す。
「馬鹿言え、お前一人に何ができるんだ!相手はヘドラだぞ!?生半可な攻撃ならさっきのアンギラスの二の舞、下手すれば人間一人なんて簡単に…」
「へっ、わりぃな…オレはそこまで頭のいい人間じゃないんでな。ただ、俺達のために戦ってくれてる仲間を、見殺しにするなんてできねー。それだけだ」
信二はあっという間に煙の中に消えていってしまった。
「ったくあの熱血馬鹿は! 松本、お前も何か言ってやってくれ!」
「…俺も行く」
無愛想な顔で、信二がたどった道をさっさと駆け抜けていってしまう松本。ひとつ深いため息をつく静奈。
「ああもう、そろいも揃って、あの大馬鹿野郎共は!」
誰もいない虚空に罵声をたたきつけ、静奈もその後を追った。
都心のすぐ目と鼻の先まで迫るヘドラを、一条の閃光が遮る。
「ヘイヘイ、そっちは通行止めだぜ!?」
今動いている兵士は、ここにいる3人だけ。負傷者の相手は救護班がしてくれる。だから、今は自分達の使命を果たそう。
ヘドラの、その禍々しい肉体(と、呼ぶことさえ憚られるが)に何本も閃光が突き刺さっていく。しかし、やはり何の手ごたえもない。ヘドラは、ただ亡者のように前へと突き進んでいく。
「行かせるか!」
静奈のショック=アンカーが風をまいてヘドラの体を押さえつけようとする。しかし、右腕の鞭にいとも簡単に弾かれてしまった。攻撃の時だけははっきりと実態のある風貌を見せる…嫌らしい相手だ。
その鞭を断ち切ろうと、松本がビルの上から愛刀魔断剣を閃かす。だが、今度は腰から生えた排気口のようなものから黒煙が吹き上がる。空中ではかわす術もなく、視界を奪われた松本に鋭い爪が猛威を奮う。あっさりと体を攫われた松本は、瓦礫の絨毯に勢いよく叩きつけられた。
「やはり、ダメか…?」
静奈が呆然と呟く。しかし、信二がそれを即座に否定した。
「バカ野郎!簡単にあきらめんな!!」
「し、しかし…」
「勝利だけ信じて突き進め!他の事は考えるな!そうすりゃ道は開ける!」
いかにも何も考えなしに突っ込む単純な熱血馬鹿が言いそうなことだと思った。だが―――
「確かに、そうかもしれないな」
あながち、熱血馬鹿も嫌いではないのかもしれない。
「行くぜ!」
二人の持ちうる全力が全弾に込められ、ヘドラにまるで雨のように殺到していく。
よろけた。それまで微動だにしなかったヘドラの巨体が、一瞬ゆらいだ。効いている。もしかしたら、本当にやれるかもしれない。わずかな希望の光が見えた。
しかし、それも一瞬だった。それまで見せなかった憎悪の表情を滲ませながら、ヘドラは攻撃対象を一瞥する。激しく体を揺さぶるヘドラ。それが怒りを表現していると気づくのに、さして時間は必要なかった。
「げ、なんか…怒ってる?」
顔がひきつった。アンギラスをも悶絶させる熱線…そんなものを、生身の人間が受けたら―――
「に、逃げろっ!」
背筋が凍りついた。黒煙の中に不気味に浮かび上がる紅い二つの光。間違いなく、熱線を撃つつもりだ。離れなくては。あの悪魔の光線の届かない、どこか遠くへ。しかし…どう考えても絶望的だ!
思わず目を伏せた。助かる、というイメージがなかったからだと思う。
しかし―――その紅き閃光が放たれることはなかった。その前に、翡翠の光がヘドラを包み込んだ。
蒼白の月を背に、二人の少女は立っていた。眼下には、一面煌びやかな橙に染まった海岸線と、先ほどの攻撃で横たわったどす黒い巨躯。
「…別にいいんだよ、無理なら休んでても」
怜が問う。
「冗談。尊敬する先輩達がこんなに頑張ってるのに、私だけが休んでるわけにはいかないよ」
ゆみが答える。
「そう。じゃ…行こうか」
突然の事態に驚きながらもゆっくりと立ち上がるヘドラ。怒りは頂点まで登っていた。力任せに、翡翠の閃光の主に向かって鞭をたたきつける。しかし、砕けたアスファルトの上には、誰もいなかった。再び翡翠の閃光がヘドラを包むように、弾ける。初めてヘドラが鳴き声を発した。悲しく、寂しい悲鳴を。
更に、ショックアンカーがその歪んだ体を縛り上げた。もがくヘドラだが、もがけばもがくほどワイヤーは絡まっていく。怒りに我を失ったヘドラは、いっそ熱線でワイヤーごと溶かしてしまおうと再び眼を激しく発光させる。だが、その前に二つの閃光が同時に深紅の眼球を貫いた。怜の『レーザー』と、信二のスナイパーメーサーだ。ヘドラがのけぞった。無機物的な印象は今やどこにもなく、そこにもがき苦しむその様は、まさに生物そのものだった。パニックに陥ったヘドラは、排気パイプから黒煙を噴き散らす。もはや、自分でも何をしているのかわかっていないのだろう。そのパイプに、松本の一閃が容赦なく炸裂する。引きちぎれるパイプ。再び木霊する絶叫。
「ゆみ!」
暴れる気力さえないように、ぐったりとするヘドラの目の前でゆみが『相棒』を構える。ヘドラの潰れてしまった瞳。どろりと向けられる、ないはずの視線。それが、なんとなく泣いているように見えた。生み出されたことを、嘆くように。
「……ごめんね」
申し訳なさそうに、ゆみはやわらかい微笑みを手向けた。静かに轟く、ヘドラの咆哮。
ゆみは大地を踏みしめ、ヘドラの胸へ向かって跳んだ。金色の光を纏った彼女のツバサは、まさに大空を飛んでいるかのように、輝きを放っていた。
―――ついに、トンファーがヘドラを貫く…。
月光の中、漆黒を纏った彼は物憂いげな眼で佇んでいた。彼女に傷つけられた頬を撫でる。痛み、というものに久しぶりに再会した。―――胸糞悪い。
「随分無理したみたいじゃねえか、ジン」
罵声と共に現れる、もう一人の男。格好は彼―――ジンと同じく漆黒のコート姿。しかし、身長は彼よりも2周りも大きく、髪も立てている。
「セフォル…別に無理なんかしてないさ」
「おいおい、無様に逃げ帰ってきて、それはないだろ?」
「…誰が逃げ帰ってきたって?」
皮肉めいた笑いを浮かべる男―――セフォルを、ジンは軽く睨み付ける。
「ま、とにかくだ…そろそろ動いていいんだろ?俺たちも」
「そんな事、統制官にでも聞いてくれよ」
―――そういえば、アイツは命令を無視してGの所まで行ったんだっけか。それがセフォルの暴れたいという衝動に拍車をかける結果になったんだろう。―――まったく血の気の多いやつだ。まぁ、そう焦らずとも、直に忙しくなるだろうが。そんなことよりも…だ。
ジンは、今日の戦闘に何か疑問を抱いていた。
「あれは、一体…」
水平線に浮かぶ朝焼けを見つめながら、ゆみは今日の戦いを想っていた。水面に反射する朝焼けの光。どこまでも眩しく純真で綺麗なそれは、ゴロザウルスの瞳を思わせた。そして、ヘドラの見せた、涙も。
―――結局怪獣を殺すことは、人間の都合なんだろうか。ヘドラは、人間が生み出したもの。人間が吐き出した負の部分だけを吸収して、育ってしまった怪獣。ただヘドラは、寂しかっただけなのかもしれない。皆に必要とされなくて、疎まれ、疎外されて。
ヘドラだけじゃない。人はただ、危険だというだけで、生き物を平気で殺していく。
地球にとっての危険は…怪獣よりも、人間ではないのだろうか―――
「何、考えてるの?」
隣までやってきた怜が、顔を覗き込みながら尋ねる。
「ん…別に」
「あ、そ。別にいいんだけどさ…」
まもなく朝日が昇る。その純白な輝きは、まるで今日の戦いの傷を癒していくような、そんな神々しさがあった。
「私も…こんな風に、綺麗だったらよかったんだけどな」
あのX星人に言われた言葉。
―――あの時、まだ幼かった私は炎の中を狂ったように暴れまわる
ガイガンを、ただ睨みつけることしか出来なかった。血の花が一面に咲き誇る街の中を、ただ一人彷徨う私は無力で、哀れで、寂しくて。零れてくる涙が、余計に悔しくて。無力な私は…力が欲しかった。もう、誰も泣かないために。何より、もうあんな辛い思いをしないために。
「なーにボーッっとしてんの」
怜の声に、私ははたと我に帰った。
「ほら、帰るって」
そう言って、私の腕を引っ張る。
私はもう寂しくなんかない。親友―――仲間がいるから。
「うん」
私は、これ以上ない最高の笑みを作って見せた。
そして、自分の信じた道を進んでいこう。間違ってもいい。そうすればきっと、この想いへの答えも出るはずだから。
―――私はもう、迷わない。
最終更新:2007年10月02日 23:02