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朝。美里が少々慌てて校門をくぐると、まず喧騒が耳に入った。見ると、体育倉庫にちょっとした人だかりが出来ている。
「どうかしたの?」
人だかりの後ろのほうにいた生徒を捕まえて、事情を尋ねる。捕まったのは、メガネをかけたおとなしそうな男の子。
「いや、なんか…倉庫に、変な生き物がいるとかで……」
変な生き物?
怪獣なんてものが日常の中を蹂躙している世の中だ、変な生き物も珍しくはない。とはいえ、何故こんな学校の倉庫なんかに…
「変な…珍獣?ツチノコとか」
「何か、中で軍の人が調べてるよ」
「え、軍って…」
そのとき、倉庫の中から何か聞こえてきた。誰かの…二人の声。
「やっ、ちょ…待って」
「よし、そのままじっと…」
「ひゃあっ!?そ、そんなところ…!」
何か、よからぬことが起こっている。それはもう、様々な妄想を引き起こしかねない。心なしか、周囲の熱量が上昇しているような…。
「へ、変な生き物、ねぇ…」
そのとき、何かが扉を突き破りかねない勢いで飛び出してきた。ひとつは、ぴょこぴょこと跳ねる紫色のゼリーみたいなもの。よく見ると、落書きで描いたような目と口もある。ひょっとして、変な生き物、っていうのはこれのことだろうか?
次に現れたのは、窮屈そうな黒のボディスーツに銀の装飾―――いや、防具?を纏った女子が二人。慌しい様子でゼリーみたいなものを追いかけている。私もよく知るミュータント兵だ。で、そのゼリーはというと…
―――気がつけば、それは私の腕の中にすっぽりと納まっていた。
「え、え!?」
ミュータントの女性はというと、ものすごい剣幕でこっちに向かって走ってくる。しかも、『この変態怪獣っ!!』とか叫びながら。私のことなんか全く見えていないようで、とうとう武器なんか構えだした。まるでゆみみたいな―――
ん?
よくみると、その少女はふわりとしたオレンジの髪に、小柄な体をしている。それに、あの武器…いつか、見たことがある。ゆみが何度も文句を言っていた武器、『なんとかトンファー』だ。そして、思い浮かべていた顔と目の前の少女は見事に一致した。
「ゆみ、ストップ!」
しかし、ゆみは止まらない。やはり言っても無駄か。思い込んだら一直線なのは知ってるけど…いや、そもそもちょっと違う気もするし。ゼリーみたいな生き物はというとどうしよう、このままではあのなんとかトンファーの餌食に!?
―――こうなったら…
「はい、パス」
私は、そのゼリーをさっきのおとなしそうな彼の腕の中に無理やり押し込んだ。
「え、は?」
「覚悟おおおっ!」
「え!? ええええっ!?」
今頃焦っているようだけど、もう遅いよ。それと、生贄にしてごめんね…。心の中で、無事を祈っておくことにした。
しばらくして聞こえる、断末魔の悲鳴―――。

「いやー、ホントごめんごめん」
教室の机に思い思いの格好で座っている家城、琴音美里、田口健太、工藤幹也の4人。そこから少し離れた窓の桟にもたれかかり、私―――根岸ユイはその様子を眺めていた。性格は行動に出るとはよくいったもので、傍から見ていると座り方から4人それぞれがどういう性格かが一目でわかる。
「…で、どうするの、コレ?」
今朝買ってきたと思われるカロリーメイトを小さなヘドラに与えながら言う美里。
「怪獣なんだろ? だったらやっちまおうぜ!ちっさくても危険なことに変わりねぇだろ」
「まだ危険と決まったわけでは…」
「おいおい、怪獣の肩持つのかよ。ならお前、もしもの時責任とれるのか?え?」
「そ、それは…」
遠慮がちに言う健太に、猛反発する幹也。二人の男の対照的な姿。当のヘドラはというと我関せずといった顔で、まるでハムスターみたいに夢中でカロリーメイトにかじりついている。
「何より女に手を出す変態野郎ってところが気にいらねぇぜ!なぁ家城、お前もそう思うだろ!?」
このヘドラ、故意にやったかどうかは知らないが、体育倉庫で家城の服の中に逃げ込もうとしていた。これはどう考えても、家城は討伐賛成派だろう。
「うーん…殺す必要は、ないんじゃないかな」
きっと、誰しも耳を疑ったことだろう。無論、私もだ。
「ゆみ…怒ってないの?」
「そりゃ、ちょっとえっちなのは嫌だけど…」
ヘドラを見つめる家城。視線に気づいたヘドラが「きゅ?」と鳴き声をあげながら小首をかしげる。
―――何を想っているんだ?
お前の言っていた、ゴロザウルスの曇りのない瞳か?
―――何を思い出しているんだ?
お前の言っていた、ヘドラの最期の涙、というヤツか?
どうせそんな甘っちょろい想いを重ねているのだろう。
「きっと、そんなに悪い子じゃないと思うから…保護してあげようと思う」
―――あの時の目。
私からカマキラスを庇おうとした、あのときのまっすぐな視線。本当に、思い込んだら一直線らしい。
「いいんじゃない?私は賛成だけど」
「美里!いいのかよ!?」
「え、だって結構カワイイよ?」
人差し指でヘドラをじゃらしながら言う美里。健太もおずおずと手をあげて賛成、と小さく呟いた。
「いいのかよそれで! …これだからミュータントは」
「ミュータントは関係ないでしょ。それに工藤くん…ゆみを折る自信、ある?」
言われて、言葉に詰まってしまう幹也。どうやら、馬鹿で一直線なのは学校でも同じらしい。まぁ、コロコロと顔を変えられるほど器用なヤツだとは最初から思っていなかったが。
「…っ、勝手にしやがれ」
どうやら諦めたらしく、幹也はそっぽを向いてしまった。それが、なんとなくあの時の私を見ているようでおかしく、私は思わず小さな笑みをこぼした。
「皆…ありがとう!」
家城は、屈託のない天使のような微笑を見せた。

最近、家城とばかり一緒に行動している。何故?
こういった選択はほとんど神崎瑞穂の選択で決定されているわけだが、ひょっとしたら意図的に組まされているのかもしれない。家城のお守りでもさせているつもりなのか。
だが、私はそこまで彼女が子供じみていないと知っている。もちろん考えや行動はまだまだ学生の演劇でヒーローごっこに変わりないのだが。それでも、時には大人びた姿を見せることもある。大人ぶっているわけでもなく、子供じみているわけでもなく。ならば、彼女は何なのだろう?
――― 一ついえることは、いつも私達より『遠く』を見ているということ。
「…結論が出たなら、そろそろ行くぞ」
恐らく少し前までの私ならば、このヘドラも有無を言わさず殺していたに違いない。
少し甘すぎるだろうか、やはり。しかし―――
尾崎小隊から一時弾き出されているとはいえ、彼女には彼女なりの考えとモラルがあるのだと思う。決して役不足などということはない。尾崎大尉がいなかった間の『穴』も、十分埋めていたに違いない。
「あっ、待ってくださいよぅ」
後ろから追いかけてくる甘ったるい声。初めは怒りさえ覚えたものだが、最近はそうでもなくなった。慣れだろうか。
―――それとも。

防衛博物館。かつてガイガンのミイラが運ばれ、調査されたその施設に、新たに巨大な肉の塊が運ばれてきた。その巨躯の名はゴジラ。水上で死体が発見されてから数週間、数隻の戦艦でようやく搬送されてきた元怪獣王。一同が圧倒する巨体に目を奪われている中で、怜の心だけは、別の場所にあった。
―――何故、私の前に姿を現せたのか。何故、そう飄々としていられるのか。
「しっかし、こうして見ると改めてデカイな」
見上げて、抜けた声で信二さんが言った。
「ああ…こんなものが動いていたと思うと、改めて恐ろしくなる」
「…うむ」
相槌を打つ静奈さんと松本さん。そして―――黙って見つめる、尾崎。
尾崎真一ら、事務総長警護隊が日本に帰国してはや一週間。ゆみは尾崎小隊から数合わせのために一時はずされ、ユイさんと一緒に別の任務に就いている。そして代わりにやってきた尾崎真一。私の兄を――殺した男。
本人にその気は更々ないのかもしれないけれど。私は知っている。X星人の事件があった2年後の、あの事件の日に…。
今回の任務、防衛博物館の護衛。普段はさして重要視されない護衛の任務をミュータントにさせるという事は、それだけゴジラの重要性が高いということなのだろうか。
だが、私の想いは護衛よりももっと重大な任を差し出している。尾崎…兄の仇。
私は、ホルスターの中で引き金を引かれるのを待つミストラル・コアガンをゆっくりと、力を込めて握り締めた。
私は、『その時』が来るのを静かに待った。はやる気持ちをぐっと抑えて。チャンスは二人だけになったその一瞬。例え犯人が私だとばれてしまっても構わない。どれだけ手を汚したとしても、私はやらなければならない。尾崎…私の敵。
「それにしても…ここの護衛に一体何の意味があるんだろうな」
疑問を声にしたのは信二さん。それは同時に私の片隅の思いも代弁していた。
「だってよぉ、そりゃあ貴重な資料の一つや二つあるかもしれないが…それならもっと前から護衛強化してたはずだろ?ゴジラっつっても…あんなでかいものを盗むのはどんな筋肉ダルマでも不可能だぜ」
「…うむ」
再び相槌を打つ松本さんだが、静奈さんだけはさっきと反応が違った。
「瑞穂のことだから、きっと考えがあるんだろう」
「え~そうかぁ?あの人なんも考えてなさそうだけど」
「少なくともお前よりは、物事を考えてると思うけどな」
「ちっ、胸なしの静奈にゃ言われとうないわ!」
「誰が胸なしだボケぇ!」
…実際どうなのだろうか?確かに神崎准将は有能な士官であるとは思うけど……さすがに今回の任務の意図はわかりかねる。それとも…
―――別の誰かの、思惑?
そのとき、私に天啓が下った。
「んじゃ、俺たち下の階層を警護すっから、れぃちんと尾崎で上の階頼むよ」
「…大丈夫か?3人だけで」
「おいおい、いくらカイザーだからって俺らを舐めすぎちゃーいませんかい?」
「…うむ」
んじゃーヨロシク、と暢気にひらひら手を振りながら、階段の奥へと消える信二さん。それに続く2人。
やがて、階段を下りる足音が消える。しんと静まり返った空気。聞こえるのは遥か遠くから聞こえる作業機械の唸り、そして…私の使命を実行せよと言う頭の中の声だけ。
尾崎は無用心にも私に背中を向けながら歩きだす。
私は銃の引き金に指を添えた。そして、ゆっくりと銃口を男の後頭部へと持っていく。後は、この指を少し動かすだけ。それだけで、何もかもが終わる。
が、突然尾崎は立ち止まった。まさか、勘付かれた?
「…俺は研究室を中心にガードする。和泉は資料保管室を頼む」
気がつけば、そこは研究室の目の前だった。止まったのはそれでか…。
「わかりました」
飛び出しそうになる心臓を必死に押さえて、私は声を振り絞った。慌てる必要はない。まだチャンスは十分にあるのだから。
―――それにしても、静かだ。私と、尾崎の声だけが響く廊下。他の音の介入を許さないその空間は、まるで時が止まったようだった。
尾崎はまだ動かない。研究室に入るならさっさと入ればいいのに。それとも、誘っているのか? あえて、私はその誘いに乗ることにした。再び、ミストラルコアガンの照準が尾崎を捉えようとする。だが…
(くっ…)
銃を握る音、ホルスターから抜き出す金属のこすれる音、引き金に指をかける音、この身を支配する震え…全ての音が廊下に、私の耳の中に反響している。小さな音が漏れるたび、私は気づかれたのではないかと全身が臆病になった。しかし、すぐにいや、と首を振り自分を奮い立たせた。ぴったり、後頭部に照準が重なる。後は、この指で引き金を引くだけ。
一筋、流れる冷や汗。ひとつ、唾を飲み込んで。震える指を、押さえつける。
引けば終わる、何もかも。
その指を引け、和泉怜。兄のために。
引くんだ、早く…気づかれる前に。
引け…引け……

―――引け!



そのとき、砕けるような爆発音が無音だった廊下を切り裂くように駆け抜けた。
―――目の覚めるような感覚だった。
「何事だ!」
研究室に飛び込む尾崎。私はその後を追った。喧騒に包まれた室内から見えるのは、さっきまで自分たちもいたゴジラの格納室。その一角が、激しく燃えている。狂気の朱を撒き散らし、炎はたちまち部屋全体を一色に染めていく。
「これは一体…」
研究者達もその光景に呆然とし、立ち尽くす。しかし、間髪いれず今度はその研究室に奇怪な爆音が轟いた。
「強 攻 突 貫 !」
声という名の爆音と同時に砕け散るコンクリートの壁。室内は一瞬で分厚い煙に満たされる。咄嗟の出来事に、皆一様に目を覆う。
煙が晴れ、ゆっくりと目を開けると、さっきまでなかった大穴が目の前に姿を現していた。だが―――それだけではなかった。
「はっ、こんなもんかよ…ザルな警備だな。全然慎重になる必要なんざねーじゃん?それとも、やっぱ俺って最強?」
大穴の前に、不敵な笑みを漏らす男の影が、煙が引くにつれて少しずつ顕わになっていく。
逆立った黒の髪、それよりも更に深く染まった漆黒のコートを纏っている。だが、何より目を引くのは、彼の手に握られた巨大なハルバード。怜の背の丈の2倍はありそうなほどのそれは、一振りするだけで威圧的な迫力を持っていた。
再び、爆発するようなやかましい声が響く。
「カイザーの尾崎と、ジンを手こずらせた家城由美子ってのはお前らかぁっ!」
「…は?いや違」
「問答無用!その実力、確かめさせてもらうぜ!」
有無を言わさず、彼のハルバードが私の頭上スレスレを勢いよく駆け抜ける。標的を見失ったハルバードは側にあった棚や機械をまとめてなぎ倒した。あれに当たっていたらひとたまりもなかっただろう。
「いいねぇ、その反応。わざわざ地球に来た甲斐があるってもんだ」
地球に来た。漆黒のコート。間違いない…
―――X星人だ。
格納室をちらりと見やると、ミュータント兵や研究員以外の『何か』が、炎の揺らめきに混じって―――それも大量に―――いるのが見えた。おそらく、この男の仲間達だろう。
准将は、この事態を予期していたんだろうか? それとも、他の誰かが―――
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「大尉…行ってください。ここは私が」
「ておいちょっと待て!一人でこの宇宙最強の俺様に勝てると思ってんのかこらぁ!?」
「…大丈夫か」
「……」
尾崎の声は、ほとんど私の耳に入っていなかった。とにかく、今やるべきことは―――
任せた、と言って尾崎は下層へ向かって走り出した。
「あっ、てめ逃げんな!」
追おうとするX星人の足元に、一発甲高い音が弾ける。
「…なんだぁ?よっぽどあの男に死んでほしくないのか、あぁ?」
一呼吸置いて、彼は放たれた銃口からか細く揺らめく煙の、その先を睨んだ。
―――死んでほしくない? …まさか。むしろその逆。だけど―――
「悪いけど…今、ものすごく機嫌が悪いの。だから、早く消えたほうがいいと思うわ…無様に、それも一瞬で終わるのが嫌だったらね」
挑発的に、私は唇の端を持ち上げた。この一世一隅のチャンスを、こんな男のために逃すわけにはいかなかった。
男もまた、私の挑発に口を歪めた。どうやら乗ってきたらしい。
「おもしれぇ…そこまで言うんだったら、楽しませてくれるんだろうな!」
男はハルバードを大きく振りかぶって、跳躍した。

その頃、下層は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。特にG格納室の被害は凄まじく、立ち込める炎は視界のほとんどを奪い去ってしまう。そんな中で、怪しく蠢く影達。
グロテスクな、穢れた銀の姿をしたヒューマノイド。無数のそれらが、手に持つ近未来的な形の銃でゆらゆらと攻め寄ってくる。その動きは、さながら亡者のようだった。
「ちっ…なんて数だ。これじゃ、アリ一匹入る隙間もありゃしないぜ」
迫る影を前に、スナイパーメーサーを構えながら舌打ちする信二。
「隙間がないなら、作ればいいだろう」
ショック・アンカーがまとめて敵をなぎ払う。芋づる式に吹き飛ばされたX兵が、団子状になって壁にめり込む。そこにトドメのメーサーを叩き込む。
「ああ、そのとおりだ。……ついでに、胸の中心にも隙間、作れば?」
「何かにつけて胸に絡むなボケッ!大体貴様はいつもいつも…」
「おし、実、前出ろ!俺が後方やる!」
「…うむ」
「おいコラ無視すんなぁっ!まだ話は終わってないぞ!?」
一人興奮する静奈を差し置いて、二人は勢いの増す炎の中に突っ込んでいった。
「…ったく、あの男共は毎回毎回考えもなしに突っ込んで……」
―――それにしても、目的は何だ?やはり、ゴジラの遺体? クローンでも作るつもりか?それとも、サイボーグ?
ふと、それで思い出したことがある。…防衛軍の中の、ほんの一部でしか知られない、胡散臭い噂だ。たしか、あれは―――
だがすぐにいや、と首を振る。今はそんなことはどうでもいい。
今は、目の前で戦っている仲間に手を貸すこと。それが今取るべき行動だろう。
松本の斬撃が、X兵達を紙くずのように宙に舞い上げた。

―――どうして。
ハルバードの、朱の刃をまともに食らった怜の体が、一瞬にしてコンクリートの壁にめり込む。さっきまでの反応が嘘のような鈍さ。だが、ミュータントでなかったら、今のでこの体は綺麗に等分されていたかもしれない。それでも、肩から滲む紅い筋は怜の動きを止めさせるには十分な効果を持っていた。
男が、嘲るような笑みを漏らしながらジリジリと迫ってくる。
「おいおい、一瞬で終わらせるんじゃなかったのか?これじゃ全然楽しみがないんだがなぁ…え!?」
詰るような言葉と同時に、男の汚らしい脚が怜の顔面に叩き付けられる。床に伏した怜は、か細い息で呼吸し、踏まれ汚されていく髪にも気づかず、男のなすがまま甚振られた。
―――どうして、いつも私は、肝心なところで役立たずなんだろう…。
男が何か言っている。しかし、ずっと遠くで喋っているみたいに聞こえない。男は何度も私の顔を踏みつける。感覚の薄れた私の、わずかな反応を楽しむように。
どうして。さっきまでは、順調だったのに…重い一撃をかわしながら、唯一の取り柄であるスピードを生かして、相手を翻弄して…そう、いつもの、ゆみとの模擬戦みたく。
「あ?こいつ死んだか?」
ピクリとも動かなくなった体を、頭を引っつかんで覗き込む漆黒の男。
―――どうして。どうしてこの体は、動かないんだろう。
私に力がないから?
力がないから…私は、大切なものを、何一つ守れないのか……
兄さんも、ゆみも―――『あの時』の、あの子も。
「もう少し楽しめると思ったんだけどよぉ…やっぱ、俺が最強ってか?ひゃーははっ!」
高らかな笑い声を響かせ、男は使い古しの人形のように果てた怜を乱暴に投げ捨てた。まるで、遊び飽きたおもちゃを放る子供のごとく。
「今日は生かしといてやるぜ…次、俺の前に出るときゃもう少し楽しめる女になってろよ、家城由美子。さーて、後はカイザーの尾崎を潰しにいくか。ヤツはお前より楽しめそうだしよ」

静寂の中に、ただ一つ、この身だけが取り残される。どこか遠くで弾ける小さな、小さな音。きっと、皆が必死になって戦ってる音。
―――私は…その音の中には、混ざれない。こんな未熟で…役に立たない私は。

そういえば、バランラバと戦ったあの日も、私は役に立たなかった。誰より戦果をあげたのはゆみで、その日は、たしか―――ゆみの、初めての戦いだった。

―――どうして。
どうして私は、こんなに小さいの…?
こんなじゃ私……尾崎に追いつける気が、しないよ…。
チャンスはいくらでもあると思ってたのに。あの男は、私の想像もつかないようなずっと先にいたんだ。―――私の声も殺意も届かないくらい、ずっと遠くに。
「……う…ぅ……」
変な呻き声が、涙と一緒にこぼれ落ちた。
兄の無念と、私の無念。それが一緒になって溢れているようで、私は、その場に蹲った。
―――戦う者として…最後の最後で、甘かった。

しばらくして…私は、酷い寒気に襲われた。炎のあがる戦場は、あんなにも熱かったはずなのに。
一回体を震わせ、私は何を求めるでもなく寒さを逃れるために立ち上がろうと脚に力を入れた。―――だが。
「……え?」
感じたことのない視線だった。体中心を貫くような、まっすぐに研ぎ澄まされた視線。体を突き抜ける絶対零度の視線に、私はいい用のない寒気を覚えた。
―――しかし、私は視線よりも、その視線の主に体が凍り付いてしまった。
その『少女』は、私と同じように長い髪を後ろの一点で縛っていた。紫の髪の彼女は、仕草まで私とそっくりだったことを、今でもよく覚えている。
芸術品のように、微動だにせずそこに佇む少女に、私はおそるおそる声をかける。目の前にいることが信じられなかった。彼女と出会うのは、『あの時』以来だったから。
「…サ、キ……?」


「それじゃ、皆お願いね」
結局、この小さなヘドラ―――ぷちへどと呼ぶことになった小怪獣は、学校で4人が世話をすることに決まった。幹也はまだ納得のいかないようだったが、美里がなんとかなだめ、事は落ち着いた。
「あ、ゆみさん…」
ユイの乗るバイクの後ろに座ろうとしたゆみを呼び止めたのは健太だった。
「ん?何?」
きょとん、と小首をかしげ柔らかな微笑みを向けるゆみ。健太は、予想外の不意打ちに戸惑いながらも、なんとか言葉を紡いだ。
「あの、ゆみさん…僕、ゆみさんに話があるんです」
「え…私に?」
何か、強い意志のようなものを持った健太の瞳は、いつものような頼りない姿ではなかった。が、しかし。
「あ、ごめん、ちょっと待って」
携帯電話が鳴っていることに気づき、ゆみは通話ボタンに指をのばす。
それは神崎准将からだった。
―――だが、いつものふんわりとした声は一切なかった。
代わりに迸った、戦慄。


「すぐ戻って、本部が大変なの!」





最終更新:2007年11月17日 19:59