「退避命令を出してください少将!
国木田少将!! …くそっ、通信切ってやがる」
絶望的な状況の中で、EXMAの兵は打ちつけるように通信機に舌打ちした。もはや戦おうとする者はほとんどいない。皆一様にあの冷たき凶器と殺気の鎧を纏った深蒼の悪魔に背を向けて走っていく。ギラリと閃く、醜悪な銀のカマ。またひとつ、その閃きの中に命が消えていった。くそっ、こんなことがあってたまるか…。
この1年、EXMAはほとんど監禁に近い状態で訓練されてきたんだ。外部との接触も国木田少将と神埼准将以外全くなく…ただ、戦うためだけに鍛え上げられてきた組織。それが、あんな
ガイガンごときに屈していいわけがない。
「お前ら、勝手に逃げるな!退避命令が出るまでは戦え!」
しかし、誰も耳を貸そうとはしなかった。目に映るのは、我先にと逃げ出す者たちばかり。
「くそっ…大体少佐殿はどこにいったんだよ!?」
有賀少佐も所詮子供だったということか。きっとこの臆病者共に混じって逃げ出したに違いない。そもそもあんなガキを隊長にすること事態が間違っていたのだ…。
そう毒づいていた、そのとき。
気づいたときには、ガイガンのカマは眼前まで迫っていた。金属質の、悪魔の咆哮が耳の中で絶望を告げる。
「く、来るなぁ!!こ、こんなところで…こんな所で死にたくねんだよぉぉ!」
手に握られたマシンガンを乱射する。パニック。理性などほとんど無きに等しかった。
しかし、虚しく弾かれる高い唸りが聞こえるばかり。そして―――
またひとつ、腕のカマを紅に染めたガイガンは歓喜の咆哮を上げた。その高らかな狂気が、ゆっくりと闇夜の月に染み込む。
だが、天を仰ぎ吼えるガイガンに衝撃が走った。高速回転しながら風を巻いて突進してきた『何か』に、たまらずガイガンは地面に突っ伏してしまった。
高速回転しながら現れた『何か』は地面を勢いよく抉りながらその正体を露にした。
現れたのは鋭利な爪、角、そして背中を覆う無数の棘。天に吼えるその姿はガイガンよりは小柄でありながらも、十分に荒々しさを突き出していた。
アンギラスは、闇夜にぽっかりと丸い穴を開けて浮かぶ蒼い月を背に猛々しい咆哮を轟かせた。
それだけではない。アンギラスに付き添うように夜空を飛び交う一つの大きな影。アンギラスに劣らないほどの俊敏な動き。だが、戦闘機ではない。
月夜に煌く透明な四枚の羽、そしてガイガンには見劣りはするものの、見るものを圧倒させる巨大なカマ。空を優雅に舞うその姿に、それを見ていた者全てが目を奪われる。
そして空中で静止してみせると、それは月明かりの中にはっきりと姿を見せた。
それこそ、ゾルゲル島でゆみ達が保護した巨大昆虫『
カマキラス』であった。
カマキラスは、アンギラスに習って自らの敵―――ガイガンを静かに睨み付ける。
「この短期間で、アンギラスと同程度まで調教するとは…」
駐屯所のモニターで見守っていた熊坂は思わず感嘆の声を上げた。この怪獣達を指揮しているのは瑞穂だ。彼女は一体、どんなマジックを使ったというのだろう?
その問いに瑞穂は「さぁ、何でしょうね♪」と変わらぬ笑みを向けた。やはり、この人の力は底知れないと、改めて思い知らされる。対照的に、国木田はただモニターに渋顔を向けるだけだった。
うつぶせに倒れていたガイガンがよろよろと起き上がろうとする。先ほどの奇襲が思いの他ダメージを与えたようだった。ようやく頭を上げるガイガンだが、すぐそこにはカマキラスのカマが迫っていた。今度は仰向けにもんどりうって倒れるガイガン。カマキラスの俊敏性は予想以上だった。それに追い討ちをかけるように地面を揺らしながら突進するアンギラス。しかし、そう易々と連続攻撃を許してくれるガイガンではない。アンギラスが飛び掛る直前、滑るように上空へと逃れるガイガン。カマキラスがそれを追う。カマとカマの交錯。甲高い唸りが何度も火花を散らす。上に下に、右に左に絡み合うように繰り出される斬檄に見守る者は息を呑む。
何かがぶつかり合う大きな音で、ようやく怜の霞掛かっていた意識に思考が甦ってきた。
私は、どうなったんだろう?
ぼんやりと視線を泳がせる。見えるのは、何かが空中で何度も重なり合い起こる一瞬の閃光。そして、交錯する二つの物体の一つに目が止まる。空に浮かぶ幻想的な蒼月とはまるで正反対の、むしろ闇に溶け込みそうなほどの深い蒼。それを引き立てるように、ギラリと黒く輝くカマ。
―――ガイガン!
理解したその瞬間、私の意識は飛び起きるかのごとく覚醒した。
そうだ、あの時ガイガンの拡散光線を受けて…
思い出したと同時に、焼きつくような痛みが全身を駆け巡った。見ると、左足には鉄骨がまるで生えてきたかのように突き刺さっていた。その他の場所も、擦り傷だらけだ。機敏性重視の軽装甲のツケだ。瓦礫の絨毯の上に、一人横たわる私―――。
そういえば、サキは?
私は痛みも忘れ、瓦礫の中を必死で掻き分けた。もしかして、もしかしたら―――
果たして、サキはそこにいた。岩みたいな大きな瓦礫の中、眠ったように動かない少女。煤に汚れた頬に触れる。
―――冷たい。それこそ、人形みたいに。
「…サキ?」
答えはない。
「…サキ……」
静かに肩を揺する。が、やはり答えはない。
「サキっ!」
涙をこぼしながら、叫ぶ。ぽたりとひとつ、落ちた雫が静かにサキの冷たい頬を伝う。
と、そのとき。
「…ん……」
かすかに指が動いた。はたと我に帰る。ひょっとして―――?
信じられない思いとそうであってほしい期待とが混ざり合った想いで見つめる中、サキはゆっくりと瞑っていた瞼を開いた。
「サキ…!よかった……」
胸を撫で下ろす。せっかくまた逢えたんだから…もしこれでまたお別れだなんて嫌だったから。
しかし―――
「て、敵、は……?」
目が覚めて、初めての言葉がそれだった。
「サキ、大丈夫?」
「て、敵…倒さない、と……」
ボロボロの体で、直も武器を向けようとするサキ。しかし、誰の目から見ても、サキが動けない事は明らかだった。私は、虚空に向けられた右腕の銃口を押さえつけ、叫ぶ
「そ、そんな場合じゃないでしょ?早く病院へ…」
「居場所……なくしたく、ない…」
「…?」
―――何を言っても無駄だった。サキは、まるでうわ言のように『敵を倒さないと』繰り返す。
気味の悪い光景だった。思わず、私の体は仰け反る。そして、いつしか感じた恐怖の感情が湧き上がってきた。
―――そう、初めて
バラン・ラバと戦った時の、ゆみに抱いた感情と同じ恐怖が。
あなたは、本当にサキなの…?
でも、『アレ』は本当にゆみだった。ならば、きっとこのサキも本当のサキなのだろう。たとえ、体が兵器に変わろうとも。
…皆、変わっていく。私だけが取り残される。―――変わらない私がおかしいのか。
だが、すぐにいや、と首を振った。
少なくとも、命を無造作に殺めるだけの殺戮マシンになんて、絶対ならないほうがいい。それなら、変わらないほうがよほどマシだろう。
私はサキをその場に残し、歩き出した。なんとか本部まで戻って、医療班を呼ぼうと考えたのだ。おぼつかない足取りで、体を引きずるようにして。私の体力も、どうやら限界に近かった。脚に刺さった鉄骨から、とめどなくあふれ出す血。
心を無に、と自分に言い聞かせるが、私の顔は自然と歪んでしまう。
―――前言撤回。こんな時、心がなければ。
少しだけ、殺戮マシンが羨ましくなった。だってそれなら…尾崎の事も、ためらいなく殺せたのだから。
耳を刺すような、高い音。体の芯から震えさせるような、咆哮。
…関係ない、と心に言い聞かせても、それらが奏でる重厚な合奏が、私の中に焦燥と困惑を植えつけていく。
本当は、こんな所で怯えてる場合じゃないのに。傍から見て、道路の片隅で膝を抱えて震えている私の姿は酷く滑稽だったに違いない。月明かりに晒されたブレードランスの輝きも、虚しく押し黙っていた。
―――音のない時間が、ただ無常にも過ぎていく。
早く、走れ…この腰を上げて。
早く、飛び込め…助けを求める、仲間の元に。
今ならまだ、間に合うかもしれない。
…でももし、間に合わなかったら?
フラッシュバックする、父の最期。…大切な人を失うところは、もう見たくない。
私は、それこそどうしようもないタイミングで駆けつけてしまう事に怯えていた。ガイガンがカマを振り下ろす、その一瞬―――それのためだけに、この体は起き上がることができない。もう迷わない―――そんな事を誓ったいつかの私は、フィクションだったような気さえしてくる。
“逃げてもかまわない”―――ユイ先輩の言葉が、甘い誘惑を放ちながら甦る。そうだ、今更私一人がいったところで、状況が変わるものでもない。きっと怜ちゃんだって、無事に決まってる。
そうやって都合のよい考えを催眠術のように自分に言い聞かせ、私はおぼつかない足取りで来た道を引き返し始めた。
―――だが。
突然、道が消えた。と、いうよりは、なくなったと言ったほうが正しいかもしれない。そして、轟音を立てて目の前に降ってきた『ソレ』に、私は思わず言葉を失ってしまった。
消えてしまった道を埋め合わせるようにそそり立つ、鋭角的なフォルム。ソレは、幽鬼のような顔面をゆっくりと持ち上げた。炎とは違う、血のような朱に染められた単眼が私の眼前、手の届きそうな位置にゆらりと浮かび上がった。
蛇に睨まれた蛙のごとく、私の体は凍りついたように動かなくなってしまう。どろりと向けられる、醜悪な視線。恐らく、アンギラスか何かに吹き飛ばされたのであろう『ソレ』は、無機質な外見からは想像もつかないような激しい憎悪を全身に表していた。
『ソレ』―――ガイガンの怨讐の咆哮が轟く。
“お父さんを殺した奴らへの復讐…それが本心だろ?”
X星人の男の子に言われた言葉…あの時、私は答えをためらったけれど。今ならはっきりと言える。
『復讐したい』なんて、私はこれっぽっちも思っていなかった、と。いや―――思えるはずがなかった。だって
―――この姿を目の当たりにするだけで、私の心は今にも壊れてしまいそうになるのだから。
ガイガンはこちらに気づいているのか、ジッと地面を見つめたまま動かない。ひょっとすると、こちらの出方を伺っているのかも。だが、今の私にはもちろんそんな余裕などない。ただひたすら、カマが閃く瞬間に震えていた。
「あ…ぅ、ぁ……」
呻き声みたいな、声にならないSOSだけが、時の止められた空間に小さく響きわたる。
しかしとうとうその静寂は破られた。待ちきれんとばかり、ガイガンは二度目の咆哮を轟かす。そして、その研ぎ澄まされた白銀のカマを振り上げる。
逃げないと―――
だが、足がすくんでしまって動かない。目を伏せることもできなかった。
カマの切っ先が月光に煌めき、まるでスローモーションみたいに振り下ろされる―――
刹那、閃光のように二人の間に割って入るカマキラス。自分の体ほどもあるカマを受け止めながら、ゆみからガイガンの注意を逸らせようと激しく威嚇する。だが、すぐにもう片手のカマに吹き飛ばされてしまった。だが、すぐに体勢を立て直すと再びガイガンに向かって急降下する。カマキラスは、ゾルゲル島で助けてもらった恩返しをここで果たすつもりなのだろう。効果がないと分かっている自分のカマを、何度も振りかざす。さらに、今度はアンギラスが背後からガイガンの首筋に噛み付いた。勢いと不意打ちに、ガイガンもたまらずよろめく。しかし、すぐに上空へと飛び上がる。アンギラスを乗せたまま、ビルの輝きがビーズほどに見える高さまで来ると、ガイガンはアンギラスを振りほどいた。飛行能力を持たないアンギラスを振りほどくことは簡単だった。そのまま、真っ逆さまに地上へと落ちていくアンギラス。そして、抵抗する術もなくアンギラスは地上へ叩きつけられた。地上には衝撃波と土ぼこりが轟音を立てて、まるで津波のように辺りに広がった。これにはゆみも目を瞑る。地面にめり込んだアンギラスは、弱々しい呻き声をあげながらも必死に立ち上がろうともがく。しかし、魔王のように降り立ったガイガンは、むき出しになったアンギラスの腹部へとのしかかった。そして、もがき苦しむアンギラスを執拗に踏みつける。何度も、何度も。その度、土煙の中から聞こえてくる痛々しい悲鳴。
このままじゃ―――
見ていられないとばかり、ガイガンに踊りかかるカマキラス。しかし、ガイガンの真紅の単眼から放たれる拡散光線に軽く一蹴されてしまった。
このままじゃ、皆…
そろそろトドメを、とガイガンが腹部の縦一列にびっしりと生やした棘突起を回転させる。それで、アンギラスを生きたまま両断するつもりだ。
そうはさせまいと、遅れて到着した戦車隊と空中戦艦の猛攻撃。ミサイルと鉄甲弾の雨が一瞬のうちにガイガンを爆煙に包み込む。
やったか? 戦車隊の誰かが叫んだ。
だが、終わるはずがなかった。一瞬の後、煙を巻いてガイガンが飛び出してくる。それだけで、4,5台の戦車が宙に舞った。そして、有無を言わさず放たれた拡散光線が、戦車隊を次々飲み込んでいく。わずか10分足らずで、戦場は火の海を化した。そして、黒い煙と炎の間から巨大な眼が光る。悪魔の咆哮が、火の海と化した戦場を支配する。
このままじゃ、皆…死んでしまう。あの時と、同じように。
「…何を、しているんだ?」
突然の自分を呼ぶ声に、それまで動くことすらままならなかった体が反応する。反射的に声のする方向へ振り向くと、そこにはいつしか見覚えのある少年の顔があった。髪から靴まで漆黒に統一された彼が、静かに歩み寄ってくる。
「せっかく君が復讐するべき相手が目の前にいるのに……前にも言ったろう、見せかけの理由など張らずに、素直に本心に従えと…」
「……じゃない」
「…?」
消え入るような声しか出せなかった。でも、それははっきりと意志を持っていて。
「私の本心は、そんなものじゃない」
次の瞬間、私ははっきりとX星人の彼を見据えていた。
「今更何を言い出すかと思えば…この間、僕の言葉に剥きになって飛び掛ってきたのは誰だったかな?」
嘲るように彼は返す。
だが、今ならわかる。間違っていたと、はっきり言える。
「私は…復讐のために、M機関に入ったわけじゃない。誰かを恨むために、戦ってるわけじゃない…」
そう、それはむしろ―――
「恨まないために」
「は?」
彼は一瞬、間の抜けた顔をする。
「私や。怜ちゃんのように…誰かを恨んだり、憎んだりする人たちを、もうこれ以上増やしたくない…だから」
「…結局、君は綺麗ごとなのか……」
「綺麗事だと馬鹿にするより、綺麗事でも努力するほうが、ずっとマシだと思うよ」
わざと、茶化してみたりする。…自分で言ってて、ちょっと恥ずかしかったから。
「……確かにそうかもしれない。だが、争いや憎しみあうことは今に始まったことじゃない。戦争や紛争…遥か昔から、君達は自ら憎しみあい、争いあっている。…今更君一人が頑張っても、止められるものじゃない」
それに、とイヤミったらしい視線を向け彼は言葉を紡ぐ。
「無理だよ。そんな臆病者の君じゃ」
「!?」
ひょっとして、見られてた…?
瞬間に頭を駆け巡る、さっきまでの情けない自分の姿。道端にうずくまって、逃げようとして、ガイガンを前に足がすくんで歩くことすらままならなかった自分の姿に、思わず顔を逸らす。今、すっごい顔紅いかも…いや、青いかな……。羞恥心と、見られていたことへの絶望感の入り混じった、よくわからない感情が渦巻く。
「結局努力といってもその程度…所詮子供は口先だけで綺麗ごとを並べたがる、か」
何も言い返せない私を尻目に、X星人の彼は転がっていた私のブレードランスを拾い上げる。そういえばすっかり忘れていた。
「君さ… 戦うのやめたら?」
ブレードランスを突き出し、彼はぴしゃりと言った。急に、風の向きが変わる。
「今のやり取りではっきりした…君に命のやり取りをする資格はない」
「なっ…!?」
それははっきりとした断定だった。だが、そんなことを他人に決め付けられるわけにはいかない。
「そ、そんなこと勝手に決め付けないで!」
「わからないのか? 口先だけの決意で、命を扱うことも、武器を握る資格もないって言ってるんだよ」
「…っ」
さっきから、何故か言葉に詰まる。大体、元はといえば、自分達が仕掛けてきた戦いだっていうのに…何がしたいんだろう? でも…
「口先、口先ってさっきから…決め付けないでって、言ってるでしょ…」
なんか、ここでこの子に負けたくない。子供っぽいかもしれないけど、それでも―――
「なら、どうするんだ?」
私は、彼の握るブレードランスを、彼よりも強く握り締めた。
「証明してみせる…口先だけじゃないって!」
アンギラスから一旦標的を逸らし、カマキラスに執拗な攻撃を加えるガイガンの背中に、私はトンファー内臓機銃を放った。甲高い金属音が戦場に木霊する。それに気づいたガイガンがゆらり、と視線をこちらに向けた。…やっぱり、恐い。体が凍りつきそうになる。でも、ここで立ち止まっちゃいけない。でないと、本当に口先だけの決意になってしまうから。だから、まっすぐ前だけを見て。
―――走り、出す。
ブレーキは、もうずっと昔に壊した。だから、このまま走り続ける。
私は再びトンファーをブレードランスに戻し、その勢いでガイガンの腹部に斬りかかった。ガイガンの、見るからに硬質そうな腹部の回転カッターが唸りをあげる。まともにぶつかり合う。刃の交錯。だが、サイズが違いすぎる。
「ああっ!」
簡単に弾き返された。コンクリートの地面にたたきつけられ、そのまま抉る。普通の人間なら、きっと今ので死んでいる。だが、私はまだ死ねない。もう一度…今度は膝、関節を狙う。立てなくさせれば、まだ勝機はあるかもしれない。…ダメだ、カマに妨害された。それだけじゃない。銀鉄の重厚なカマは、はっきりとゆみを捉えていた。ガイガンの腕が、ブン、としなる。サイボーグ怪獣の力になどとても逆らうことは出来ない。一瞬で対岸のビルの外壁まで飛ばされた。そして、磁力の無くなった磁石みたいに私の体は地面に向かって零れ落ちた。
何か、剥きになって、馬鹿みたい…やっぱ私って、子供なのかな…。あの子のいうように、口だけの青臭いガキで…学生のヒーローごっこと同じ…何ひとつ守れない……戦う資格もない…そして、武器を持つ資格も、ない。
ごめんね…私が不甲斐ないばっかりに。ぼやける視線の中に映る、ブレードランス…相棒と呼んでいた武器を抱きしめる。
ガイガンが、朱の単眼を不気味に発光させる。恐らく、拡散光線を放つつもりだろう。
「ああ、くそ…」
ここまで、かな……。
ノーヴとの戦いのような奇跡でも起きない限り、どう見ても絶望的だ。そして、そんな奇跡は私の体から起こりそうになかった。
―――簡単に諦めるんじゃない、この馬鹿。
「へ…?」
半ば諦め、瞑ろうとしていた目を見開くと、そこには炎をあげ、のけぞるガイガンの姿が。
「っしょい!我ながら完璧な狙いだぜ」
どっかで聞いたような声。なんだか、すごく懐かしい気がする。
「大丈夫、ゆみ?」
また聞いたことのある声だ。声の主は、私の体を包み込むように優しく抱き起こしてくれた。
そして、そこに広がっていたのは…
声を聞いた時、まさかとは思った。そしてそれは…本当だった。
「一人で、よく頑張った…」
珍しく、私の髪を撫でて褒めてくれる松本さん。
「ボロボロになって……終わったらすぐ医務室連れてくからね」
私の体を抱えながら微笑む静奈隊長。
「…すまなかった、お前一人に、押し付けてしまって……」
ちょっとだけ照れくさそうに、そっぽを向いてるユイ先輩。いいんですよ、そんな風に思ってませんでしたから。
「おいそこの小僧!お前、女の口説き方がなっちゃいねーぜ」
ビシッとX星人の彼を指さす信二さん。いつも通り元気でなんだか安心した。
「…お前ら、防衛博物館にいたはずじゃ!?」
彼も、皆の登場に驚きを隠せないでいるようだった。
「あんなザコ連中、俺ら3人の敵じゃねーっつの。恐れ入ったかコラ!」
自信げにガッツポーズの信二さん。やれやれまた始まったかと首を振る静奈隊長。
…そして。
「それと。あんまり子供だからって馬鹿にしないこと。ていうか自分も子供でしょ?」
「れ、怜ちゃん……」
「ぼ、僕はガキじゃないっ!」
声を荒げる彼は、なんだかちょっと前の私を見ているようでおかしかった。
「どうだか…。大体、争いは一人で止められないって? バーカ、そんなこと言われなくてもわかってるわよ。そんなもの、一人で背負えるものじゃない」
そう言って、私の肩にぽんと手を置く怜ちゃん。
――― 一人でいきり立っても、大きな争いは何も変わらない。そう…
「争いは、全員で止めるもの」
ね、と微笑んだ怜ちゃんの顔は、なんだか輝いているようで。
「…うん」
勇気付けられて。
「よっしゃ、それじゃ行こうか総力戦…!」
心の蟠りも、消してくれたような、そんな気がした。
仲間の心強さに―――暖かさ。
「尾崎小隊、これよりガイガンを倒滅する!」
それは、散々私を引きずっていた『恐怖』を、簡単にもみ消してくれて。
―――私はもう一度、強くブレードランスを握り締めた。決意を込めて、強く。
「こちら、
コンスタンティノープルの河原田です、皆さん聞こえますか?」
その通信は、頭上で浮かんでいる戦艦からだった。
「これまでの戦いを見た所、ガイガンの装甲は相当なモノのようです。通常兵器ではほとんど貫くことは不可能でしょう。でも、このコンスタンの主砲『1200mmウルトラメーサーキャノン』なら真っ向からガイガンを迎え撃てます!」
「ただし、発射するにはチャージする時間が必要ですの」
口を挟んできたのは多分霧島麗華だろう。
「ですからお願いです!皆さんで、チャージするまでの間ガイガンを引き付けておいて下さい!チャージは3分もすれば完了します!」
河原田からの通信が終わるやいなや、空中を浮遊していたコンスタンの艦首のフェアリングが蒸気と音を立てながらぱっくりと開いた。
「3分か…長いな」
などと言いつつも、松本は既に攻撃の態勢に入っていた。他の者もそれに習う。
「はっ、何言ってんだ、楽勝だっつーの!」
「油断するな、相手は曲がりなりにもあのガイガンなんだから…」
静奈がガイガンに向かって駆けながら信二達に呼びかける。が、しかし。
「ってちょいお前らー!? 人の話聞けよ!」
時既に遅く、松本の放つバズーカの一弾がガイガンを捉えていた。ちなみに、バズーカは信二からの借り物。
「お前ら、ちょっとは作戦ってものを知れっ!」
「いーじゃん、つーか小難しいことやってないで突っ走ればおっけーだろ?」
「ったくお前はいつもいつも…」
なんだか、急激に緊迫感が失われていく…。でも、らしい、というか…なんというか、この人達だからこそ許せる、そんな感じがする。
「なんか、あの人達らしいよね」
私が苦笑を浮かべると、怜ちゃんがそれに反応してくる。
「…ゆみも、『らしく』してればよかったのに……」
「へ?」
思わずきょとん、とまぬけな顔を浮かべる私。
「さっき、あの男の子に『子供だ』とか『資格がない』だの言われて、すごい剥きになってたでしょ」
「え…」
「無理に小難しい理屈並べちゃって…いいじゃない、子供でも。ていうか、無理に大人ぶってるほうがよっぽど気色悪いって」
少しだけ無理していた背伸びしていた自分を滑稽に感じ、思わず赤面する。怜ちゃんにまで子供だと思われていたのはちょっとショックだったけど。
そんな私に、怜ちゃんはもう一度肩に手を置いた。
「子供なら子供なりに、突っ走ってぶつかってけばいーじゃん。信二さんじゃないけど、あんまり小難しく考えないでさ」
その微笑に、私は改めて感謝した。そして、こんな真っ向からぶつかって理解してくれる親友がいて、どんなにか幸せだと痛感した。
―――助け助けられ、なんて私の自惚れもいいところ。やっぱり、本当は助けられっぱなしだった。
「…でも、だったら怜ちゃんも素直になってほしいかな……」
へ、と今度は怜ちゃんがまぬけな顔を浮かべた。
「足…無理してるでしょ?」
さっきからずっと気になっていた。まるで元々生えていたかのように怜ちゃんの足に突き刺さった鉄骨。皮膚を伝って垂れてくる血を隠すようにする怜ちゃん。多分、それは心配をかけさせまいと思ってやってるんだろうけど。
「べ、べつにこれくらい……何ともないし」
「駄目だよ、そっとしておかなきゃ」
自分らしさ。子供っぽいのもそう(らしい)けど、お節介焼くのも、そうじゃないかなって、今思った。
「い、いいから!どうせすぐ直るんだし…いいから今は、ガイガンをなんとかしよう」
「…そうだね」
「そこの未成年諸君!じゃれあってないで早くこっち来い!」
はぁやれやれ、と静奈隊長のため息交じりの声が遠くから飛んできた。
「じゃ、行こうか」
「…うん!」
松本のバズーカの一撃はガイガンの腹部に直撃した。しかし、ガイガンに全く動じる様子はない。まるで他人事のようにそのままこちらに向かって突き進んでくる。
「ま、そう簡単にはとまらねーか」
今度は信二の
スナイパーメーサーと、静奈のメーサー銃が火を噴く。しかし、これもやはり効果は薄い。それどころか、お返しとばかり拡散光線の御返しが来た。皆一斉に跳んで交わす。紙一重。やはり拡散光線という名だけあって、攻撃範囲はかなりのもののようだ。
「まずはあのウザイ光線をなんとかしないとな…」
「どうしろっていうんだ?アイツの顔面でも吹き飛ばせと言うのか?」
静奈は確認するようにガイガンを見上げる。見れば見るほど、その醜悪さが見るものをゾッとさせる。
「無理だ、それこそ1200mmウルトラメーサーでもなければ…」
だが、静奈の言葉に信二はにっ、と口の端を持ち上げた。
「何言ってんだよたいちょーさん…あるじゃねーか、とっときの大砲が」
そう言う信二の背後では、既にユイがプラズマグレネイドの砲塔をガイガンの頭部にあわせていた。
――― 一閃。光の奔流が、紅く染め上げられた空を切り裂いてガイガンの頭部に炸裂する。一瞬のうちに黒煙が奴の頭部を覆う。
「くっ…!」
よほどの衝撃だったのか、反動でユイの体が数十センチ後ろに押し出される。そして、止まると同時に、肩膝をつく。不気味なうねりと共に、ユイの腕に絡みつくプラズマグレネイドの触手は、まるで生きているかのようだ。
「だ、大丈夫ですか…?」
ゆみは心配そうにユイの顔を覗き込んだ。―――すごい冷や汗だ。言葉も返せず、肩で息をする彼女。レオリナと戦い、衰弱したユイの体が、プラズマグレネイドの強力すぎる反動に耐えられるわけがなかった。
黒煙が、闇夜に溶けて消えた。中から現れたのは、さも当然のようにくっきりと形を残したガイガンの頭部。
「くそっ…!」
信二の舌打ちが、その場にいる全員の想いを代弁する。
だが、その時。
ガイガンが仰け反った。アンギラスだ。ガイガンの頭部に食いつき、もぎ取ろうと必死にもがく。だが、それを易々と逃してくれるガイガンではない。すぐに、右腕のカマが排除しようと閃く。
「させるか!」
咆哮と共に静奈のショックアンカーが中空を駆け抜ける。そして、見事銀鉄のカマを絡み取った。しかし、ガイガンの力も半端ではない。逆に放り飛ばされそうな静奈の体を、すぐに怜とゆみが押さえつける。
更に左腕のカマが閃く直前、飛び込んできたカマキラスがそれを受け止める。見事な怪獣との連携だ。
羽交い絞めのようにされたガイガンは、逃れようと身をよじる。その凶悪な力は、抑えているものたちの体を簡単に揺さぶった。そう長くは持ちそうにない。
「コンスタンまだか!?」
松本が通信機に向かって叫ぶ。
「あと25秒です!」
駄目だ、間に合わない。特にゆみ達はもう限界が近い。ショックアンカーが振りほどかれ、アンギラスにダメージを入れられたら最後だ。
仕方ない、と信二は膝をつくユイに向き直った。
「すまねえユイっち…もう一発いけるか?」
少し間を置いてから、無言で頷くユイ。その時、どこから聞いていたのか別の通信が入る。
「ダメよ、無茶しないで!プラズマグレネイドはまだ完全に調整が済んでないんだから!これ以上使い続けて、ユイちゃんにもしものことがあったら…!」
その通信は瑞穂准将からのものだった。准将の言っていることはもっともだ。頷いてはいるものの、息も荒く青みがかった顔はどう見ても普通ではない。
「下手すれば、もう戦うどころか、立つことすらできなくなる可能性だって……」
ユイの身を案ずる瑞穂の声が小さくなる。それは、そんな兵器の実験台に彼女を選んでしまった責任を感じてなのか。
だが、ユイは立ち上がった。そして
「……やります」
「! そんな、話を聞いていたの?」
「…今は、誰一人欠けるわけにはいかないんです。……皆、仲間として必死に戦っています。そして…私も、仲間だから」
触手の締め付ける腕をよたよたと持ち上げ、照準をあわせるユイ。そんな様子に、瑞穂は諦めたようにひとつため息をつくと。
「…わかったわ。ただし、あと一発だけだからね」
「……ありがとうございます」
よっしゃ、と信二は気合を入れなおし、ユイに狙う位置を指示する。理解し、頷くユイ。
「チャンスは一度きり…それじゃ、行くぜ!」
掛け声と同時に、信二と松本が同時にバズーカとスナイパーメーサーの引き金を引く。狙うは、右腕のカマの付け根。そう、右腕のカマは、サキのガトリングの砲撃によって既にモロくなっていたのだ。これは、信二のとんでもない動体視力があってこそ見出せた策だった。予想通り。火柱があがり、右腕のカマが鈍い音を立てて地面に転がった。
「次、れぃちん!」
「はい!」
今度は怜が、ミストラル・コアに『ワイドショット』のカードリッジをセットしてガイガンの前に立ちはだかる。そして、ガイガンの頭部に向かって翡翠の閃光を走らせる。だが、プラズマグレネイドも跳ね返すガイガンに、今更効果はあるのだろうか?
ガイガンも拡散光線で迎え撃つ。衝突。爆発。四散。二つの光線が、弾けるように重なり合い、ガイガンの視界を塞ぐ。ガイガンに届くことなく弾けてしまったワイドショット。
―――だが、これこそが真の狙いだった。ついに、天啓が下った。
チャージを終えたプラズマグレネイドが、今まさに放たれようとしていた。アンギラスとカマキラスが、ガイガンを放し、一気に退く。ガイガンもそれを追おうとする…が。
「逃がすわけがないだろう!」
静奈のショックアンカーがガイガンの腰周りに絡みつく。そして、流れる電流が一瞬だけガイガンの動きを止めた。
「今だ!」
ユイの指が引き金を引いた。再び夜空を彩る閃光。しかし、今度の狙いは頭部ではない。
地面を抉りながら、全てを蹴散らして突き進むプラズマグレネイドの閃光。それは、ガイガンの足元のコンクリートを砕け散らせた。地面が陥没し、悲鳴と共にガイガンの体が地面に吸い込まれていく。崩れた。今、鎌首をもたげよろめくガイガンの首が、ゆみのすぐ目の前にあった。
『行け、ゆみ!!!!』
全員の想いがひとつの言葉になって、今ゆみの中に届いた。
―――そして、その想いを光に変えて。
ゆみの背中の、光の片翼が羽を広げた。ブレードランスを固く握り締め、ゆみは一点に向かって羽ばたいた。
言葉を発するものはいない。誰もが、固唾を呑んでゆみの神々しい姿を見守る。
ガイガンの、裂けた口のような単眼が発光する。また、拡散光線を出すつもりだ。だが、ここで退くつもりはない。大丈夫…多分、私の刃のほうが、速くたどり着く。きっと。最初に見せた、怯えるゆみの姿はもう、カケラもない。
そこに在るのは、迷いなく貫く片翼の羽、家城由美子だけ。
「いっけええええええええええええええええええええええっっ!!!!!!!!!!!」
ブレードランスの刃が、ガイガンの首を貫こうと火花を散らす。抵抗しようと、直も武器を剥き出すガイガン。だが、どれも今の彼女を止めることはできない。
―――仲間の想いを背負った、そのツバサを止めることなど、できるはずがなかった。
「はあああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、ついに。
ガイガンの首を貫く、一筋の光―――それが、ガイガンの断末魔となった。
「1200mmウルトラメーサー、発射準備完了!」
フェアリングに流れる電気が、相当量の熱を伴って震える。そして、首を失ったガイガンに向けられた。
「撃てーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
次の瞬間、眼も開けていられないほどの閃光の渦が、ガイガンの腹部を丸ごと飲み込んだ。
白い光。熱風。そして、爆音。その中に、ガイガンの最期の咆哮が響いた―――。
「ちゃんと動けるじゃないか」
モニターの中に映る、天に昇る閃光を眺めながら、ジンは笑みを浮かべていた。ガイガンを倒されたにも関わらず、むしろ彼は、ミュータント達の勝利を楽しんでいるかのようだった。
「随分楽しそうですね、ジン」
気持ち悪いくらい板についた丁寧語と共に背後から現れたのはリオ・レオリナ。
「さあね」
「聞きましたよ。あのミュータント―――家城由美子さんを助けたそうじゃないですか。一体どういった風の吹き回しで?統制官の命令ですか?それとも、彼女が『カイザー』だから?」
「まぁ…色々ね」
曖昧な返事しかしないジンに、さすがのリオも怪訝な表情をする。
「ジン、一応言っておきますが。私やセフォル、そして『彼女』は従う身です。しかし、主の目的も知らず、直従おうなどと考えるのはこの私くらいでしょう。私はよいとしても、彼らを納得させたいのでしたら…あまり隠し事はしないべきだと思いますよ」
その言葉から何かの感情を受け取ったジンは、ようやくリオに向き直った。
「すまない。…だが別に、隠し事をしてるわけではないんだ。ただ、これは統制官の意思でもあるというだけ」
ふむ、とリオは小さく唸った。
「ところで…もう一つ疑問なのですが」
「ん?」
「『彼女』は、何故今回動かさなかったのですか?」
「いいや、彼女はちゃんと働いていたよ」
―――『家城由美子の監視』、としてね。
「片翼の羽……」
尾崎もまた、羽ばたいた片方しか生えていない光の翼の躍動を見つめていた。自分の力と、近いものを感じ、半ば胸の温かさが甦ってくる。ひょっとすると、彼女は―――
だが、尾崎はそれとは違うことを考えていた。そう、それは前者よりもずっと重要な事だった。
「いつまでも尾崎小隊、ってのも締まりがないよな…」
尾崎は、そのツバサに、象徴的な何かを感じていた。
「……フラット、ウィング…」
片方、半分だけのツバサ。どちらかといえば右肩上がりよりも右肩下がりな彼女達だけど。
「フラットウィング小隊…うん、それカッコいいな」
―――きっと、彼女達はいつまでも成長を続ける。そして、大きな何かを成し遂げるために、大きく羽ばたいてくれるだろう。その時こそ、1対の立派なツバサとなって。
―――尾崎の眼下には、光のように輝きを放つ仲間が、勝利の歓声をあげていた。
最終更新:2008年04月01日 20:00