第一四話
廃墟に吹き抜ける一陣の風。それは優馬の茶色がかった髪を揺らした。眼を覆おうとする前髪。それを右手で遮る。
ジャッカル「この気力の感じ……。それにあの剣。」
優馬「大丈夫か?隼人、沙織さん。」
見ると、隼人の背中には禍禍しい斬撃の跡。急所ははずしているようだが、ひどい出血だ。長くはもたない。沙織の体中は先ほどのバルキリアスで巻きつけられたため、切り傷がたくさんある。それを見た優馬。―――しかし不思議なことに、いつものように怒りが込み上げてこない。
沙織「私たちのことはいいから、早く構えて。油断してると、あっという間に斬られるわよ。」
優馬「…わかってる。」
マスターソードを構え、ジャッカルと対峙する優馬。少し間を置いた後、ジャッカルの口が動く。
ジャッカル「……また増援か。無駄な争いは起こしたくないのだが。…名前だけ聞いておこうか。」
優馬「皆本…優馬。」
ジャッカル「ユウマとはどう書く?」
優馬「ゆ・・・優等生の優に・・・馬。」
ジャッカル「……優れた馬か…。いい名だ、優馬。私はジャッカル。X星人幹部3人衆・『Ⅲ―X』の一人だ。」
優馬「そうですか…。ジャッカルさん、あなたは多分『悪党』じゃない。退き下がってくれませんか?できれば戦いはしたくない。」
ジャッカル「ふっ、喧嘩が嫌なのは御互い様だ。しかし私も素直に退くといらぬ叱責を受ける。……それに、先ほどお前たちと同じくらいの歳の少尉たちを倒した。この戦い、もうほとんどX勢が勝っている。そちらも潔く退いてはくれないか?」
今の話しを聞いた瞬間、優馬は驚愕する。「オレたちと同じ位の歳?」と考え込む。即座に思い浮かんだのは和也・大輔・鈴菜の顔。―――まさか。
優馬「……事情が変わった。ジャッカルさん、今すぐそこをどいてください。」
ジャッカル「………嫌だと言ったら?」
優馬「言わせない!!!」
叫んだ瞬間、優馬はマスターソードを思い切り地面に叩きつける。すると瞬間的に地割れが起こり、ジャッカルの安定感を奪う。
優馬(クッ…。浅い……!)
ふと見てみれば、地割れの先にジャッカルの姿は無かった。辺りを見回す優馬。すると背後に「……ザシッ」―――砂を踏む音。優馬は瞬時に反応し、振り下ろされてきたバルキリアスをマスターソードで受け止める。距離をとるため後ろに跳躍する優馬。
ジャッカル「先ほどの地割れを起こす技といい、今の反応といい。いい動きだ。優馬。」
優馬「そりゃどうも。」
今度は優馬が斬りかかる。が、バルキリアスで受け止められる。優馬は力任せにジャッカルを押し倒そうとする。が、次の瞬間、右足に痛みを感じる。見るとバルキリアスの伸びた刀身が足に浅くだが、突き刺さっていた。歯を食いしばり耐える優馬。しかし今度は腕を掴まれる。そしてそのまま※『巴投げ』で投げ飛ばされる。
優馬「くっ……!」
ジャッカル「その足の傷では、思うように戦えまい。……さあ、退くんだ。」
優馬「退きません。」
とは言ってみたものの、足が思うように動かない。ジャッカルさんの言う通りだ。たとえ無傷だったとしても、この人は自分より遥かに強い。良くても五体満足では帰れないだろう。今だって全然本気じゃない。マスターソードを地面に突き立て、よろよろと立ち上がる。足が少し痛いけど、もう少しこの人を足止めしなければ。
優馬「・・・まだまだ。」
ジャッカル「足・・・引きずっているが?」
優馬「大丈夫です。・・・さぁ、行きますよ!」
なにを言っているんだ、オレは。勝ち目がないのに。なんだかオレ、前より戦いを楽しんでいる?究極生命体・カイザーの習性か。・・・あのカオスみたいな。不思議なことに、足の痛みも次第に忘れていく。―――優馬の一閃。それを後ろ跳びでかわすジャッカル。すかさずその後ろに回りこむ。はっとするジャッカル。マスターソードはジャッカルの頭目掛けて横に振られるが、しゃがんでかわされた。舌打ち一つ。今度も頭目掛けて、縦にソードを振り下ろす。だが、既にそこにはジャッカルの姿はない。目標を失ったソードは代わりに地面を叩き割った。直後、後方からの力により優馬の体が吹っ飛ぶ。どうやら逆に後ろに回りこまれ、蹴られたみたいだ。瓦礫に突っ込む優馬。
優馬「―――っ!」
ジャッカル「先程より、動きがよくなっている。」
沙織「優馬・・・・あいつとほぼ互角に。」
隼人「オレより弱かったあいつが。・・・・どんなマジック使いやがった。」
くそっ!と呟きながら、優馬は立ち上がった。しかしすぐに己の体にジャッカルのバルキリアスが蛇のように巻きついてきた。―――まずい!一瞬、『死』という不吉な一文字が脳裏をよぎった。自分の命が蒸発するかしないかは、ジャッカルの右手の力の入れ方一つで決まってしまう。
ジャッカル「さぁ、この行為の意味が分かるだろう?―――退けと言っているんだ。断れば貴様の体はほんの2.3秒後、四方八方に四散することになる。しかし貴様は良い眼を持っている。その力が覚醒していない今のお前をここで殺してしまうのは惜しい。」
優馬「――くっ。」
沙織・隼人「優馬!!」
どうすれば・・・!今この人の言った通りにすれば、被害は甚大なんてものじゃないだろう。しかし、かと言って背けば、自分のまだ死ぬには若すぎるたった一つの命が消える。優馬の心中は、自分が地上数百mの地点で命綱を付けずに綱渡りをしている気分だろう。ほんの少しでもバランスを崩せば、真っ逆さまに落下しお陀仏である。その状況は、今と見事に
リンクしている。・・・そして優馬の口が開いた。
優馬「取引しましょう。」
ジャッカル「・・・?」
優馬「ここでオレを殺してください。その後、ただちに撤退してください。あなたもそっちの方では偉い方なんでしょ?それにこれだけの被害を出せば、上層部様も満足でしょう?戦いは次の機会に持ち越しってことで。」
隼人「ば・・・馬鹿かてめぇ!なに血迷ったこといってやがる!オレたち三人の中で、てめぇが一番M機関に入ってはしゃいでいたくせに!!」
優馬のあまりに唐突な決断に思わず言葉を荒げて怒鳴る隼人。―――しかし、優馬は涼しい顔をし・・・。
優馬「構わない。オレ一人の命で、今しばらくここからこの人たちが離れるなら・・・!」
沙織「・・・優馬。」
ジャッカル「よかろう。その取引、快く受け止めよう。・・・よく考えれば、貴様を今殺しておけば、次にくる時の『脅威』がなくなる。・・・しかし・・・・惜しい男だった!」
怒鳴った直後、バルキリアスを握る手に力を込めるジャッカル。優馬は静かに目を閉じた。―――刹那、一つの影が猛スピードでこちらに跳んでくる。そして影の主は己の足をジャッカルの顔面に思い切り叩きいれた。のけぞるジャッカル。
隼人「・・・あ・・・あんたは。」
沙織「伊織先輩・・・・!」
優馬「な。」
ジャッカル「・・・また援軍か。」
伊織「ふぃ~、危ないところだったね、3人とも。」
この場に合わない穏やかな声。とても軍人とは思えない。しかし、それはどこかとても頼もしかった。今の絶望的な状況を払う太陽の如く・・・・。
伊織「悪いけど、ここから先はボクが相手になるよ。」
そして、優馬くん、これをとなにかを優馬に向かって渡した伊織。救急用の医療用具がコンパクトに入れられた、特製のセットだ。優馬はそれを開け、隼人と沙織の手当てを始める。それを見届け、軽いステップを踏んで、構える伊織。それを見たジャッカルは確信した。
ジャッカル「・・・少なくとも、この3人よりはやり手という訳だな?」
伊織「そ。だから油断しないでよね?」
しばらく沈黙。遠くにはX勢と防衛軍が戦う気勢が聞こえる。
伊織(しっかしなぁ。ここにくる途中で
バラゴンが無残な姿で横たわっていたけど、・・・まさかこの人が殺ったんじゃないだろうな?・・・だとすると、ボクでも長くはもたないか・・・・。)
ジャッカル「――――止めだ。」
伊織「!」
ジャッカル「流石に私も度重なる援軍に疲れた。ここは退いておくとしよう。統制官の要らぬ叱責は仕方ないが、受けるしかない。」
突然のことで最初は訳が分からなかった。しかし、そんなことを考えている間にジャッカルはその場から姿を消してしまった。それを確認し、一同はほっと胸を撫で下ろした。
―――最前線。リカオン・コヨーテ・カラカルの3人が猛威を振るっている。防衛軍の士気はすっかり低下し、どんどん後退していく。
リカオン「ギャーッハハハハッ!!怯えろ怯えろぉ!!」
鎌を振り回しながら、狂ったように暴れるリカオン。それを見た
コヨーテはやれやれといった感じ。するとそこに、本部から帰った熊坂が現れる。一匹のデスロトイアの幼体が熊坂に飛び掛る。しかし熊坂は幼体の腕を掴み取り、その動きを止めてしまう。そして思い切り睨み付けた。威圧に押され、どうすることもできない幼体。―――そして。
熊坂「くたばれ!」
次の瞬間、熊坂が己の拳をありったけの力を込めて幼体の腹にぶち込む。一瞬、幼体の意識が飛ぶ。そしてもう片方の腕を幼体の頭に振り下ろす。幼体の頭が地面にめり込んだ。
リカオン「おやぁ?今頃真打登場ってわけか。」
だが、そこにジャッカルが割って入った。思わず、なんだよ?とリカオンが言い放つ。が、ジャッカルは険しい顔でリカオンに迫る。
リカオン「な、なんだよ、お前。そんなに怒らなくても・・・!」
ジャッカル「撤退だ!」
リカオン「・・・・・は?」
コヨーテ「――――なにを言っている?」
ジャッカル「思わぬやり手が現れた。このままでは、こちらは壊滅だ!」
嘘をついた。自分が疲れたというのもあるが、なにより
皆本優馬を殺してしまうのが――――嫌だった。
リカオン「てめぇでも倒せなかったとなると・・・やべぇかもな。」
コヨーテ「なら決まりだ。3人で行こう・・・・。」
――いや、それでは意味がない!!
ジャッカル「ダメだ!奴は私をいとも簡単退け、無傷でその場のX隊員とデストロイアの幼体を一人で一掃したほどだ。3人で行っても、良くて相打ちというところ。」
必死にそれらしい嘘をつき、二人を説得する。それを聞いたリカオンとコヨーテはしばらくお互い見つめ合う。そしてコヨーテが一歩前に出た。
コヨーテ「・・・ならば仕方ない。引き揚げよう。」
リカオン「コヨーテ!てめっ・・・・いいのか!?」
コヨーテ「そんな相手に勝てるわけがない。今は一旦退き、体勢を立て直すのが得策・・・・。」
カラカル「ならすぐ、行くニャ!そいつがこないうちに!」
急いでX勢は引き揚げていく。熊坂もまた、ほっと胸を撫で下ろした。―――今この廃墟にX勢は誰一人いなくなった。不気味な静けさが廃墟を包む。
熊坂「この戦い、一段落だ。皆、よく戦った。これより撤退する。」
―――数分後、廃墟には屍以外は誰もいない。動く者がいない中、わずかにピクつく影が・・・。
和也「・・・・・・ん・・・・・。」
ふと目を覚まし起き上がろうとするが、体に一瞬激痛が走る。だが、感覚があるということは自分は死んでいないのか?―――あの一閃、完璧に致命傷だったと思ったが・・・・。
和也「・・・ぐっ。・・・とりあえずは助かったか。」
よろよろと立ち上がる。今にも死にそうだ。だが、村正を思い切り振り、自らを奮い立たせる。ふと見れば、そこには大輔と鈴菜が横たわっている。――死んでしまったのか?一応二人の口元に手を当ててみる。―――すると。
和也「まだ、かすかに息がある―――!」
二人を起き上がらせ、そしておぶる。かつての和也からは考えられない行動だった。今和也は、自分の『仲間』を助けようと必死だ。
和也「急がなければ、手遅れになる・・・・。」
痛みが全身を駆け巡る。が、そんなの関係ない。今は一刻も早く本部に―――。
―――数十分後、一人の兵士が玄関で倒れている和也たちを発見し、急いで医療班に連絡した。和也・大輔・鈴菜の3人は一命を取り留めた。
―――X勢本部。
???「・・・・そうか。」
ジャッカル「以上が今回の結果です。」
少し薄暗い室内でⅢ-X+カラカルは一人の人物の前に跪いている。暗くて顔が見えないが、どうやら統制官のようだ。その傍らには巨大な剣らしき物が煌いている。
???「今回は致し方ない。次にはオレも行く。その時が、本当の最終決戦だ!」
草木も眠る丑三つ時。そんな時ジャッカルは一人、なにやら出かける準備でもしているようだ。そして脳裏にある記憶が甦る。
(ジャッカル「さぁ、この行為の意味が分かるだろう?―――退けと言っているんだ。断れば貴様の体はほんの2.3秒後、四方八方に四散することになる。」)
あれもただの脅しだった。殺すつもりなど一切ない。あれだけ脅せば素直に退いてくれすと思った。―――しかし。
(優馬「ここでオレを殺してください。その後、ただちに撤退してください。あなたもそっちの方では偉い方なんでしょ?それにこれだけの被害を出せば、上層部様も満足でしょう?戦いは次の機会に持ち越しってことで。」 優馬「構わない。オレ一人の命で、今しばらくここからこの人たちが離れるなら・・・!」)
あやつの信念を貫き通す眼に魅せられた。あやつは恐らく・・・カイザー。まだその力を完璧に使いこなせていない。そんなあやつの傍らに常にあり続けていたい!その成長を身近で感じてみたい!―――これは自分の単なるわがままに過ぎない。だが、私は決心する!あやつを守護すべく・・・・・X勢を抜ける!!
決意したジャッカルは、静かにX勢本部を後にした。
最終更新:2008年11月09日 18:56