―――ひとつ、昔話をしましょう。
ある科学者の話です。彼はとても研究熱心な人で、妻と一人の娘と一緒に幸せに暮らしていました。しかしある日、彼はとんでもないものを発見してしまったために家族と離れ離れになってしまいました。女の子はとても悲しみましたが、それでもお母さんと一緒に応援しようと頑張りました。……しかし、それが彼の顔を見る最後となったのです。
彼はある孤島で行われたプロジェクトに参加し、その実験中の事故で命を落としました。報せを聞いた女の子の母親は、ショックのあまり病気を患いそのまま他界。女の子はあっという間に、ひとりぼっちになってしまいました。
女の子の名前は天王寺穂咲。その後穂咲ちゃんは引き取られ名を変えました。その名前は―――
「有賀、サキ……」
霧島麗華はあるファイルの一ページを見て、確認するように呟いた。このファイルは、ゾルゲル島から持ち帰って神埼瑞穂に提出したものを、この混乱に紛れて頂戴したものだ。
プロジェクト・OD。1954年にゴジラを葬ったという、封印された兵器を復活させる計画―――開発者と共に闇に葬られたその兵器の再開発は、若き科学者・天王寺総一郎を筆頭に『無酸素状態における生物研究』という名目の元M機関の中で秘密裏に行われていた。しかし、最終段階でミスが生じ、完成目前だった酸素破壊兵器『オキシジェン・デストロイヤー』は暴発、研究者は一人残らず死亡した。更にその島の生態系は乱れ、
カマキラスのような肥大化した生物がいつしか島を支配するようになっていた。
肥大化した生物達が原因でこの研究の存在が知られるとまずいと判断した一部の上層部は、表向きには『危険性を考慮した上で計画を封印す』という名目の下ゾルゲル島を閉鎖、同時に怪獣達の駆除と、研究所の隠蔽を行った。勿論大勢力ではなく、『入隊試験』など仮の姿を用いての小規模なもので、だ。だが、結局生き残りの一匹と未回収だった重要ファイルが霧島麗華に疑問を与え、こうして現在に至る。
恐らく、上層部は霧島の性格上金さえ積めば詳細は言及しないと思い込んでいたのだろう。残念ながら、彼女は守銭奴でなければ噂されているような闇の住人でもない、ただの探偵なのだが。
しかし、彼女の疑問は他にもあった。それは霧島がゾルゲル島から持ち帰ったファイルに書かれている、天王寺総一郎に並ぶ研究主任の名前。データ上では『有賀咲』とだけ表記されていたが……
ファイル内の名簿にはっきりと記載された名前を見て、霧島麗華は目を細めた。
主任
有賀咲 瑞穂
かつてゴジラの遺体が収容された防衛博物館。神崎瑞穂の呼び出しによって再度この施設を訪れた和泉怜は、扉をくぐった直後に唖然とした。
以前とは、施設の様相が全く違う。
X星人との戦いで炎に包まれ、ゴジラの巨体を収容していただだっ広い倉庫に既にあの巨体はなく、代わりにあったのはエメラルドグリーンの鈍い光を放った円柱上の何か。大きさはほとんど人間の身長と変わらなかったが、怜が驚愕したのは、その数だ。あの広さの倉庫を埋め尽くし、それだけでは飽き足らずとばかり通路の壁まで覆いつくしているその柱は、真っ暗な施設内部を不気味に照らしていた。
…なんだか、夜の病院みたいだ。小さい頃に海で溺れたとき、一度だけ入院した夜を思い出して、怜は少しだけ身震いした。
「こ、恐がってても仕方ないか……」
多少戸惑いながら、怜は一歩を踏み出した。
それにしても、こんな緊急時に一体准将は何の用があるというのだろう? 外の惨状を見れば、少しでも兵は欲しいはず。それに、ゆみの事も心配だ。あのブラッドスィーパを手にして、無事でいるはずがない。触れた瞬間、別の感情が流れてきて、自分が押し殺されていくあの感覚。私でさえ抑えきれないアレを、ゆみなんかが持ったら……
しばらく抑えられていた、『凶戦士』のゆみが再現されるとも限らない。とにかく、早い所こっちの用事を済ませてゆみを探さなければ。手遅れにならない内に。
怜は足早に不気味な通路を後にした―――しようとしたその時。
「んむっ!?」
突如背後から何者かに口を塞がれる。全く気配を感じさせずに近づいてきた―――かなりの手馴に違いない。抵抗する間もなくそのまま壁に叩きつけられ、首に押し付けられた腕に呼吸を奪われた。
潜入していたX星人の奇襲? それとも、こんな所に呼び出しされたこと自体罠だったのか? わからない。混乱の中で、意識が薄れる―――
「神崎瑞穂の居場所へ案内しなさい」
目的は脅迫か。凛とした女性の声。ガタイのいい男かと思っていたが、見えた腕も案外か細く、長いブロンドの髪が鼻をくすぐる。
その殺気はホンモノで、迂闊なことを言えばすぐにも絞め殺されてしまいそうだ。しかし…
「し、しらない……!」
締め付けが強くなった。だが、本当に知らないのだからこう答えるしかない。デタラメに案内しても、途中で疑われたら一発アウトだ。直後、込められている力が強まる。
「ほ、本当に知らないの……!」
しばらく均衡状態が続いたが、やがて諦めたように首から腕が離れた。急激に気管に酸素が押し寄せてきたので、私は思わず膝をついてむせてしまった。
「なかなか強情ですのね」
「ち、ちが……」
すると、今度は何か黒くて冷たいものが背中に押し当てられて―――
「ま、何かあったときの盾くらいになるでしょう」
「え、えぇ!?」
…今日は厄日なのかもしれない。
翡翠を彩った淡い柱の通路を、拳銃に背中を押されしぶしぶ歩く私は、本当に彼女を守る弾除けのようだった。
「しっかし、何故そうまでしてとぼけるんです?」
彼女はまだ、私がここの人間だと疑っている。
「さっきも言ったじゃないですか、私は神崎准将に呼ばれただけで……」
「それはそろそろ聞き飽きたんで、次のいい訳があると嬉しいのですけど」
ダメだ、やっぱり話が通じてない。
「いや、ですから……」
なんとか弁明しようとするが、再度壁に押し付けられてしまった。また荒い尋問? そう思ったが、今回はどうやらそういう訳でもなさそうだった。
遠くでコツ、コツ、と足音が聞こえる。彼女を見ると、人差し指を立てて静かにする合図を送ってきた。このとき、私たちは緑の柱と柱の間に体を押し込まれている形になる。その刹那、ふと視界に映ったもの。不透明な柱の中―――正確には培養カプセル―――の中で、何かが動いた。よくは見えなかったが、培養液のかすかな流れに揺らめく髪のような……その髪が紫色だと分かった時、中にある『何か』が人の形であることに思わず声をあげそうになってしまった。しかも、その中に『いた』のは……
「…サ………!」
言葉を失った。膝を抱えて漂うソレは、何の表情も感じられず、水に浮かぶようにただ力なく漂うそれはあまりに不気味で。思わず私は後ずさった。だが、すぐに対岸の壁にぶつかる。いや……壁じゃない。
「ッひ……!?」
背中にまた、同じもの―――。不気味な翡翠の光から、虚空な中身まで。
瞬間、自分の肌が粟立つのがわかった。思い出したのだ。ここに来るまでに整然と並べられていた、無数の柱…いや、カプセルの存在があったことを。そして………その全てが、『同じ目的のためにある』ということも。
―――何なんだ、これは。いや、そもそもここは何なんだ。ここは、私の知っているM機関とは違うモノ。でなきゃ、こんなのありえない。こんな……
サキがこんなにたくさんいるなんて…ありえない。
確かにおかしいとは思っていた。あまりに性格がかけ離れていたこと、失ったはずの右腕のこと………違和感を感じていながら、言及すればまたサキが消えてしまうのではないかという不安のせいで何も言えなかった。だが、今ならなんとなくわかる。サキに何が起こり、何をされたのか…。だとすると、私と今まで一緒にいたサキは私の知っていたサキ? それとも、ここに閉じ込められているサキと同じような『何か』? わからない。なんだか混乱してきた。肌の粟立ちも、さっきからちっとも収まらない。心臓が暴れてるようだった。だが………
足音が消え、緊張が解かれるとブロンドの髪の彼女は音もなく立ち上がり奥へ歩こうとする。だが、私はそれを引き止めた。
「どうしたんです?」
「あの……」
「?」
―――確かな真実を知らなければ。サキに何が起こったのか。そして、私が何をしなければならないのか。
「教えてくれませんか。ココに、何があるのか…」
「これ……」
道路の片隅に無造作に放られた2つの銀色で金属質の物体。武骨なソレは、何かは分からなかったがどこか物寂しさが漂っていて、それでいて懐かしさを感じさせるモノ。
僕―――田口健太は、それを手に取ったとき、妙な胸騒ぎに襲われた。間近で見ても、それが何かはわからない。だが……何か、取り返しのつかないことになるような、そんな予感がした。
「それは、確か家城の……」
ぷちへどを肩に乗せた幹也が眉間にしわを寄せて言った。
ぷちへどが心配だから、と彼(?)を探しに学校まで行った結果、怪物と戦闘機の飛び交う戦場に僕らは取り残されてしまった。そして、辛くも逃れた先にあったものがこのゆみさんのモノだという棒2つ。幹也がそれを知っているのは、以前ゆみさんが学校にその棒(正確には武器の類らしいが)を持ってきていたかららしい。美里さんはそれを隠そうとしていたらしいけど、幹也にはバレバレだったという話を聞いた。
それが、ここに落ちているということは…? ここで何かあったのか、それともうっかり落としてしまったのか。分からないが、少なくとも、今のゆみさんが危険な状況であることに間違いはない。
「幹也……先に行っててくれないか」
「は? お前何を…」
僕の背中を見て幹也は、次に僕が何を言い出すのか理解したらしい、急に声色を変えて制止した。
「バカか!? 死ぬぞ!?」
「それでも、行かなきゃ」
振り返った先には轟音と、爆発。正直、冗談じゃないしあんな所に好き好んで突っ込む奴の気なんて知れたものじゃない。だが、今から僕はそれをやらなくちゃいけない。一昔前の僕なら、信じられなかったろう。何事にも関わりを持とうとせず、誰からも距離を置いていた僕なら。だけど、僕は変わった。それを後悔なんてしていないし、むしろ良かったとさえ思う。そして、僕に
きっかけを与えてくれたのは彼女だ。だから……
幹也の制止を振り切り、僕は遅い足で走った。きっと幹也ならすぐに僕に追いついただろうけど、彼は追っては来なかった。諦めたわけではないと思う。わかってくれたのかも。
僕は心の中ですまないと謝罪して、瓦礫の道を掻き分けた。帰ったら、幹也にも何か礼をしなくちゃいけないかもしれない。
繰り返される交錯、銃声、悲鳴。幹也の目に、怪獣達には目も暮れず防衛軍を射殺していくEXMAの姿が映った。
「やってる事は変わんねぇな……ヒトも、化け物も」
台風の目のような静寂の中で、幹也はぽつりと呟いた。ヒトは争い、そして裏切る。幹也もまたヒト。だから、裏切られる切なさと怒り、裏切る後ろめたさを知っていた。だから、あの日―――
ふと、さっきまで肩に乗っかっていたぷちへどがいないことに気づく。
「まさか、アイツについてったんじゃあるまいな…」
やれやれ、と頭を掻く。最近、周りがゆみに感化されすぎなんじゃないかとつくづく思う。
「……美里でも探すか」
松本は、数週間前のことを思い出していた。自分の目の前で、天にまで昇る光柱―――なす術もなく、多くの罪無き人々を巻き込んでしまった苦い記憶。前回は完敗だった。
それと全く同じ光景が、今目の前にある。だが。
今回は違う。身を潜めている間、血の滲む特訓もした。あの時のようには、いかない。
大地を蹴り上げ、体を空色の髪の相手の懐へと滑り込ませる。行動は前回と同じ。だが、心の内は違う。今は冷静になれている。大丈夫だ。そのまま愛刀を振り下ろす。あくまで冷静に。直後、その姿が消えた。しかし、ここまでは予想通り。
真実(ホンモノ)は――――――後ろだ。
油断なく体を捻り、横薙ぎに一閃。直後、何かが弾ける音がした。
読みは当たっていた。目の前の光柱を構えた彼女は、相手の警戒を引き付けるためのまやかし。そして実体は相手の背後に回り、無防備な背中に必殺の一撃を突き立てる。よく出来た作戦だが、見破ってしまえば脆いもの。その攻撃自体も、実際は幻影の大剣より遥かに小さいものだった。あの時、大勢の市民を巻き込んだものは、何か別の力が地下から働いたのだろう。この事は、いずれ報せなければなるまい。
形勢は逆転した。トリックのある戦法に、二度はない。松本は余裕を持って仮面の少女に愛刀を突きつけた。しかしその時……松本の目の前で、それは予想だにしない展開を見せた。彼女の仮面は、割れていた。地面に真っ二つになって転がるそれは、同時に彼女そのものに変化をもたらした。空色の髪の少女の姿が、まるで乱れた映像のように不安定なものになり、やがてソレは砂嵐のように掻き消された。代わりにそこに立っていたのは、仮面の女よりも一回り小さな栗色の髪をした少女。可愛らしく左右に髪を結わえたその姿は、ゆみや怜と同年代のまだ幼さを残していて、それでいて苦悶する表情は鋭い戦士のソレだった。
「それが、正体か」
だが、ここにいたのがゆみや怜であったなら、もう少し違った驚きを見せていたに違いない。松本は知らなかったのだ。この少女こそゆみの親友、琴音美里だということを。
美里は戦いを続行しようとはせず、すぐに闇夜に姿を眩ました。正体を明かしてしまった事は、よほどまずい事だったのだろう。松本も、それ以上は追跡しようとはしなかった。深追いすれば、M機関に見つかり捕らえられてしまうかもしれない。自分はまだ大量殺人を犯した罪人になっていることを、松本は忘れていなかった。それに……今捕まるわけにはいかなかった。
「―――行かねば」
彼女との決着を誓い、松本はその場をあとにした。
プロジェクトODの失敗は、代わりに新たな可能性を彼らに示した。そう、それは生物の急激な自己進化であった。巨大化し、暴れるカマキラスを見てM機関上層部はむしろ笑っていた。『究極の生命を創造する力を得た』、と。公表されず隠蔽されたが、『デストロイア』という先カンブリア紀の微小生命体がオキシジェンデストロイヤーによって異常進化を遂げ、水族館の魚を全て骨に変えてしまったという事件もあった。その後、その技術によって実験的に改造されたミュータントこそEXMAであり、サキもその中の一人であった。それだけでは飽き足らず、彼らはそれを兵器にまで応用させようとした。だが、さすがに兵器に応用するのはかなり困難であった。そこで彼らは、最も有効な生態細胞との融合により、生物兵器に近い存在を生み出した。それが、プラズマグレネイドやブラッドスィーパのような次世代『生態』兵器。そしてその生態細胞こそ、回収したゴジラの屍骸より採取した『G細胞』であった。
霧島麗華の話は、その始まりから、その終わりまでが信じられないものだった。自分達の信じていた組織の裏の姿。人の命を守る組織が、命の重さも顧みない実験を繰り返していたなんて。そして、その中には―――
「サキ………」
もしこれが真実だったとしたら、私は許さない。幼少の頃から苛め抜かれて、心がボロボロになって、それでもあんなに明るく振舞おうと頑張っていたサキを弄ぶなんて。そんな悪魔の実験に利用するなんて。更に、サキと出会ったあの入隊試験でさえ、実験失敗を隠蔽するための工作―――。月夜に見た、サキの最後の笑顔が脳裏に焼きつく。
自然と拳が震えていた。
「行きますよ」
静かに燃える私を置いて、霧島麗華はつかつかと奥へ歩き出した。そんな冷淡な様子は、私の怒りを増徴させた。彼女は、この真実に何も感じないのだろうか? しかし、それは私の勘違いであるとすぐにわかった。
「……個人の感情だけで何かが変わるのなら、こんな事件…とっくに解決してるんです」
彼女もまた、怒りを感じていたのだ。
同じような区画の通路をしばらく進むと、ようやく開けたホールのような場所に出た。高性能そうな計器や機械が壁面にずらりと並び、モニタの明かりにのみ照らされたその静寂で冷ややかなホールは、異様な不気味さを醸し出していた。中央には、コードや機械が波打つように折り重なって、まるで一本の柱のようになっていた。
「……ここが最深部、ですかね? 霧島さん?」
しかし怜が振り返ると、そこに既に霧島麗華の姿はなかった。
「なんだったの? 結局」
肩をすくめる。もう弾除けの必要はなくなったのだろうか。
だがその時、そんな一瞬の思考を遮るように怜が入ってきた入り口と正反対に位置する扉が音を立てて開け放たれた。
「この混乱の中よく来てくれた、和泉怜」
扉の先の暗闇から姿を現した声の主。それは、怜にもよく聞き覚えのある声だった。M機関入隊試験の時に試験官を務めていた男…。嫌みったらしい私の上司の一人―――
「
国木田、少将…」
ゆらゆらと歩み寄ってくる男は、どこかこの世のヒトではない雰囲気を漂わせながら笑みを見せた。怜は警戒せざるを得なかった。さっきの霧島さんの話が正しければ、裏の目的を持ったあの入隊試験の試験官であったこの男も、連中の一味である可能性が高いはずだ。
「何を警戒している? 確かにココの内装は随分変わったが、それはそうする必要があったからさ。何も心配はいらない」
それでも警戒を解かない怜に、国木田はやれやれと首を振った。そして
「…何を吹き込まれたかは知らないが、あまり変な気を起こさぬ事だ」
深い声で、虫を潰すような視線で怜を見下した。
(やっぱり…!)
後ろ手に握るミストラルコアのグリップに力が入る。本性を表したということは、怜の口封じをするために何かしら仕掛けてくるはずと思ったからだ。しかし、国木田は特に何をするでもなく再び口を開いた。
「どうだ、我々に協力しないか?」
「!?」
怜が驚くのも最もであった。それは、あまりに予想していた答えとかけ離れていた。
「天王寺の娘…確かサキといったか…。君とあの子は友達だったな。…嬉しくはなかったか? 一度死んだ友が、寸分違わぬ姿で戻ってきたのだぞ」
「寸分…違わない?」
「そう。つまり、君と同じ境遇の人間を、同じように救うことができるのだ。それだけではない。この完璧なクローンの量産が可能になれば、まさに難攻不落!無敵の部隊を造り上げることができる。死を恐れず命令に忠実。そして何より、兵を失うことなく大量の戦力が手に入る。優秀な人材をクローニングすれば、個体差もなくなる。素晴らしいとは思わないか? 今回は人格形成に多少の問題があったが、今後研究が進めばより完璧な人間の再現が可能になる。私はそれを…」
「ふざけないで」
陶酔して語る国木田の言葉を遮り、怜は頂天に達した怒りをぶつけた。
「あれがサキですって? ふざけるのも大概にしてよ!サキは、あんな人形みたいな娘じゃない!サキは……ちょっとだけトロくって、そそっかしくって、ちょっとだけ臆病で、…でも、優しくって、すごく、一途で……あんな人形とは、全然……まるで全然違うんだからッ!!」
怜の掌で、『形見』の加速銃が軋むような音を立てた。物悲しそうな、小さな音だった。
「さっきの話の答えを返すわ……断固!絶対!拒否ッッ! むしろ、私が今ここでその計画、全部叩き潰してやる!」
込み上げる怒りの全てを、振り絞るだけ振り絞った叫びだった。体で感じていたわななく震えは、もはや誰から見てもわかるほど大きなものとなっていた。だが。
「ま、そうだろうな。私も神崎に言われなければ君など誘ったりはしなかっただろうな」
つまらなそうに彼は答えた。そして次の瞬間……国木田の顔から、一切の笑みが消えた。
「それに私はミュータントという奴が 大嫌いでね」
深く押し殺した、一切感情ない声だった。いや、正確にはそう聞こえただけなのだろう。そう感じるほど、彼の『怨み』は大きなものだったのだ。彼は、自分の負の感情をなだめるかのように中央の柱を撫でて見せた。
「そういえばお前もミュータントが嫌いだったらしいな? ―――サキ」
…?
一瞬、意味がわからなかった。国木田がサキの名を呼んでも、サキは一向に現れない。あの、通路にあったカプセルもない。しかし、彼はさもその場にサキがいるかのように話している。彼の視線の先にあるのは、中央の柱だけ…。
―――まさか。
嫌な予感がした。見せ付けるような、国木田の厭味ったらしい笑みが怜の背筋を凍りつかせる。直も話を続ける国木田。勿論、柱に向かって。
もし、この柱が『柱』でないとしたら。例えば、霧島麗華から聞いた生態兵器―――生きた兵器。人間との融合が可能ということは、あのクローンのサキ自身が証明していた。
そう、コードに繋ぎとめられたそれは柱などではなく―――無数の『砲台』だった。そして、その砲台の根元へ視線を沿わせた時、絶句した。
「………!」
悲鳴さえあげそうだった。総毛が逆立った。心臓が、体を突き破りそうだった。なのに、体の反応が追いつかない。瞬きが、精一杯だった。
―――そこにあったのは、無数のコードに繋がれ、食い破られたかの如く背中から突き出した砲身に体を預けうなだれる、本物のサキの凄惨な姿だった。
最終更新:2010年02月10日 11:38