全てを燃やし尽くしてしまいそうなほどの炎天下の中、三人の男女が風を切って進んでいった。その三人は一様に黒いスーツと白銀の装甲を纏っている。
「くそっ、まさかこんな学校に逃れていたとは!」
そう悪態づいたのは、メンバー中ただ一人女性、春日井静奈。セミロングの髪は風になびき、爽やかな風を新たに作り出しているような姿だ。
そもそもヘドラが現れた時点で気づくべきだったのだ。メガヌロンは汚染された水質間では生きていけない。よって、ヘドラによる急激な水質汚染により陸上に上がってくることは当然だった。
「あのさー、どうでもいいけどこの服暑くない?脱いでいい?」
恐ろしいまでに気楽な男、大澤信二。一刻を争う事態だというのにも関わらず、うちわを取り出してハタハタと扇いでいた。
「なー! ったくお前はまたそうやって・・・!」
思いっきり顔を赤くして信二を指差す静奈。その手は怒りのあまりガクガクに震えている。それをなだめるのが最後の一人で長剣を携えている男、松本実だ。
「静奈、言っている場合じゃない」
「ん・・・!?」
松本が前を見るよう促すと、その指を指した先に巨大な水柱が立ち上がっていた。
どうやら学校の中・・・水がある場所といえばプールであろうか。
三人は顔を見合わせると、急ぐ足を更に速めた。

「・・・にしても、今日の台は当たりだったんだけどなー」
「お前、勤務中にパチンコやってたのか?」
「ああ、『パチンコウルトラセブン』な」



ゴジラ ファイナルウォーズ リバース番外編
~きっかけ~




プールの水面に突如現れた異形の昆虫形態『メガヌロン』は、重厚感あふれる咆哮とともに次々大戸高校の生徒達を水中に引きずり込んでいく。
「ちょ、ちょっとちょっと何なの!?」
美里は信じられないような様子でプールを見つめる。
生徒の悲鳴。しかし、それは言い切る前に水の中にかき消されていく。
「と、とにかく逃げよ!」
由美子が固まっている二人の手を引いて校舎内へと飛び込もうと駆け出す。
しかし、次の瞬間再び水の張り裂けるような轟音が響き渡る。
振り向くと、もう一体の別の昆虫が甲高い唸りを上げてこちらを見下ろしていた。
メガヌロンよりも若干大きめな体、顔つきは似ているが、ソイツには透き通るような四枚の羽がついていた。更に、まるで矢のごとく全てを貫いてしまいそうな鋭利な、尚且つしなやかな尾を持っていた。まさにメガヌロンの成体ともいえる姿。
「・・・巨大蚊!?」
「え、トンボでしょ!?」
――――俗にメガニューラと呼ばれるその巨大昆虫は、真っ直ぐ由美子達に向かって急降下してくる。
「危ないっ!」
由美子は二人の頭を抑えてガッとかがみこむ。さすがにミュータントだけあって機敏な動きだ。
しかし、メガニューラの狙いも正確だった。最初に目を付けていた標的・・・美里の脚にそのしなやかな尾を巻きつけ、上空高くへと飛び立った。
「キャアアアッッ!!」
「美里ちゃんっ!」
美里の悲鳴が校舎中に響き渡る。美里は空中に宙吊りの状態になり、今にも失神してしまいそうな勢いだった。
その時、校舎脇から黒と銀の服装をした男女がなにやら物騒な物を抱えながら飛び込んできた。由美子にはそれが銃に見えて、そしてそれに間違いなかった。
「撃ち落とすぞ!間違っても民間人には当てるなよ!」
女性の方が叫ぶ。
「お、オレは地上のを殲滅する」
「はっはーん?ひょっとして実、当てられる自信ないのかな?ん?ん?」
「うっ・・・言うな」
長い剣を持った男が、長い銃を持った男にからかわれている。特にからかっている方はなんとも陽気というか、のんきというか・・・由美子でさえも、呆れるほどだった。それにしても、自信がないということは、剣の男は銃は嫌いなのだろうか?
「しょうがないな・・・んじゃ、このオレが一丁やったりますか!」
長い銃を持った方の男が、その得物を構えた。その瞬間、さっきとはまるで別人のような、引き締まった目つきになる。
「乙女の純情は、オレが守る!」
「「は?」」
刹那、長銃から放たれる閃光。それは蒼い空を幾重にも切り裂き、太陽の光をも遮ってメガニューラの翼部を貫いた。バランスを失い、プールの水面へと叩きつけられるメガニューラ。もちろん、美里も運命をともにした。
「バカ、民間人にまでダメージを与えてどうする!」
「いや、そういわれても・・・」
そうこうしている間に、飛べなくなったメガニューラは水の中へ逃れようとプールにもぐりこむ。
「ひゃあっ!」
のたうつ尻尾に振りまわされる美里はそのままメガニューラと共に水中に消えた。
「美里ちゃ・・・!」
その時、由美子のすぐ脇を風のようなものが通り過ぎた。
――――風じゃない・・・怜だ。
さっきまで少しも元気のなかった怜が、今はトビウオのような生き生きとした動きで、プールの中に飛び込んでいった。・・・まだ泳げないというのに。
「ちょ、ちょっと怜ちゃん!!」
由美子もその後を追おうとする。このままでは二人そろって溺れ死んでしまう。
だが、そんな由美子の前に突如立ちはだかるもう一匹の昆虫、メガヌロン。
メガヌロンは咆哮と共にそのグロテスクな口を目一杯広げ、由美子に食らいつこうとする。
「嫌あっ!!」
思わずメガヌロンに蹴りを入れる由美子。
するとどうしたことか、メガヌロンはあっさり身体ごと吹っ飛び、3メートル先のフェンスに叩きつけられて動かなくなった。
「え・・・あれ?」
ミュータント三人はそろって唖然とする。当の本人もキョトンとしたままその光景を見やっていた。
「ま、マジか・・・」
「いやー、最近の女の子は怪獣より強いんだなー」
「んなわけないだろ!」
「あ、それより、さっきの民間人!」
あの三人は飛び込もうとしている。恐らく二人を救出にいくつもりだろう。
だが、由美子はその三人の前に両手を広げて立ちはだかった。
―――極自然に体は動いた。
「待ってください!」
「おわっと!?」
「おや、さっきのとび蹴り少女?」
「お願いです、あの娘に・・・怜ちゃんに、任せてもらえませんか!?」
「何・・・?」
由美子の瞳は真っ直ぐで、真剣そのものだった。少なくとも、何か理由があるということだけは分かった。

無音の暗闇。さっきまであんなに騒がしかったのに、今はただ、時々沸き立つ気泡の重たげな音だけがかすかに耳を通り過ぎていった。
視界はほとんど利かず、ほんの数センチ先もぼやけて見えない。・・・まさに一寸先は闇。
慣れない水の中で必死に足をバタつかせながら、怜は苦しい息をグッと飲み込んでいた。

恐い。

脳裏によぎるあの時の光景。
暗闇の下から、あの巨大な目は現れ、あのハサミは持ち上がり、私を切り裂こうとした。
今でも、溜まった水を見るとあの恐怖が甦ってくる。
この足は震え、手は理性を失い、体は麻痺したように動かなくなる。

だけど――――

その中に、掴みたいものがある。

その中に、目指すものがある。

その中に・・・助けたいひとがいる。

もう、大切なものを失いたくない

兄さんと同じ想いは、させたくない

だから――――


ぼやけた視界の先に、何かが見えてきた。
栗色の、人間の髪・・・間違いなく美里だ。
メガニューラもいる。メガニューラは排水溝に無理矢理体を突っ込んでいる。どうやらそこから逃げようとしているようだ。
美里は気絶しているようで、水の流れにただ揺られていた。
怜はメガニューラの尻尾を掴み、美里を引き剥がそうとする。だが、即座に気がついたメガニューラは、自らの身体を排水溝から引き抜くと、怜に向かって突っ込んできた。だが、怜は尻尾を掴みながらメガニューラに向かってグッと足を屈める。
そして、突っ込んできた瞬間にその足を一気に解放した。まともに蹴りを食らい、奇声を上げてのけぞるメガニューラ。その瞬間、美里の脚に絡み付いていた尻尾が解けた。
怜は、美里を抱きかかえると、水上目指して一気に地面を蹴った。

由美子、そしてミュータント三人が固唾を飲んで見守る中、突如水が弾けた。
そこにいたのは・・・
「怜ちゃん、美里ちゃんも!」
そこには、気を失った美里と、荒い息遣いの怜がいた。だが、その後ろには怒り狂ったメガニューラもいる。メガニューラの迫る速度は怜と比べたらまるで自転車とジェット機の差だ。
「信二!」
「おっけ、わかってるよ!」
再び火を吹くスナイパーメーサー。その閃光は水の上を駆け抜け、メガニューラの身体を真っ向から貫いた。

「ん・・・」
美里が目を覚ますと、目の前にある心配そうな表情はぱっと明るくなった。
「あれ、私・・・」
「美里ちゃんっ! よかったあ~、ホントよかったよ~!」
泣きながらガバッと抱きつく由美子。
「ちょ、ゆみ、くるし、苦しいって!」
「だって、だって~!!」
じゃれあう二人を見て、後ろに立っていた怜も表情を緩ませた。
と、その時。
「和泉怜・・・といったか」
ミュータントの一人、女性の方が声をかけてきた。
「は、はい・・・?」
憧れのミュータント兵。しかし、名前を言った覚えはないのだが・・・?
「話はその娘から聞いたぞ。・・・M機関へ志願するんだな」
まさか、いつの間にそんな話をされていたのか。由美子の方を見ると、満面の笑みでVサインを送っていた。全く、余計なことを・・・
「確かに水中での技量もM機関では必要とされている能力だ。これが欠損していると任務上でも大きく支障をきたす。もちろん周りにも無駄な犠牲が出るだろう」
怜はシュンとなった。そこまでいわれては、もはや泳げない自分は・・・
「しかし、だ。まあ私の見る限り問題な箇所は特に見つからなかった。ご友人も無事助かったしな。そこで・・・よければ私の方から上に掛け合って、特別に入隊を許可しようと思うのだが、どうだろうか?」
その瞬間、怜はもちろん、由美子や美里も満開のサクラのような表情になった。
「は、はい!お願いしますっ!!」
「わーい、怜ちゃんやったね!」
今度は怜に抱きつく由美子。それはそれは凄まじい勢いで、怜の身体が倒れそうなほどだった。
「ちょ、苦しいって!」
だが、更に美里も怜に飛びつく。
「おめでとう、和泉っ!」
「ちょっと、アンタ達、わざとやってない?く、苦し・・・」


騒々しかったプールも既に暖かな静けさを取り戻し、夏の容赦ない太陽にさらされてキラキラと輝いていた。
それは、今まさに輝きを放つ少女達のように美しく・・・

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最終更新:2007年03月25日 18:28