紅蓮の空がきらめく頃。
林立するビルに炯々と映し出されるその赤を眺めながら、少女はただジッとそこに佇んでいた。
「根岸、行ったぞ!」
男の声がビルの壁を這うように響く。少女は、その声を聞くとすぐに視線を滑らせる。
目の前に現れる異形の昆虫――メガヌロン。虫とは思えないほどの重厚感に富んだ咆哮。
少女の腕がすっ、と持ち上がる。年頃の女の子らしい、小さくて綺麗な手。それが、生臭く、血で汚れたメガヌロンの口内に惜しみもなく突っ込む。
昆虫は目を見開く。困惑した表情なのか。
少女が指を動かすと、その表情は一瞬で粉々に消えた。

昆虫の口内にこびりついていた汚物と餌食の血とが混ざり合ったなんとも近づきがたいものを腕に塗ったまま、根岸ユイはまだ口から煙を吐くメーサー銃を収めた。

―――――任務

その名目の上ならば

私は全てを

惜しみなく行える


笑うことも


―――殺すことも




ゴジラ ファイナルウォーズ リバース番外編
~憧れとの距離~



数十いたメガヌロンは、たった数分で全滅した。
目の前のメガヌロンが完全に沈黙したことを見届け、私はその場を去ろうときびすを返した。
「まて」
不意に轟く男のやや低い声。
風間勝範。私の上司。
彼は、何も言わず私に何かを投げた。それは割とスピードのないもので、ひらひらと私の掌に降り立った。
「拭け。さすがにその臭いのをつけたままはいやだろう?」
「・・・ありがとうございます」
自然に口からでた言葉。私はそのハンカチで汚物を綺麗にふき取っていく。
貴方にはあまり似合わない、桃色のハンカチ。それでも、私はこの行為が素直に嬉しかった。

いつからだろう

貴方のことを、他の人とは違うように見えてしまうようになったのは。

風間少尉とは今まで数え切れないほど多くの任務を共にした。
中国の魔神『プルガサリ』、タイの神猿『ハヌマーン』、南極の悪魔、『マグマ』・・・
長い時間を共にしているから。この気持ちはそのせい と、いつも自分に言い聞かせてきた。決して、これは俗世に言う『恋愛感情』ではない。それは私も分かっている。幼少から任務のことだけを教えられてきた私にとって、そんな感情は知らないはずだから。
「ありがとうございました。これは洗って返します」
私はいつだって、笑って応えることが出来ない・・・。



今回の任務報告の帰り、再び貴方の声で私は足を止めた。
「まて!・・・なぜためらった。・・・・・・俺に勝ったつもりか」
「いや・・・お前の勝ちだ」
「いいか、一つだけ言っておく。戦場では手段なんて選んでいられない。お前のその優しさは、戦場では命取りだ」
訓練場から聞こえる貴方の声。その声と一緒に聞こえるのは、彼の同僚『尾崎真一』。彼は天才的とも言える戦闘の才能を持っている。―――貴方の、好敵手。

貴方は彼が相手の時は、すごくいい顔をしている。本気の顔でいる。
どうして。
貴方は、いつも彼しか見ていない。
(少尉、私のことは、見てはくれないのですね・・・。こんなに、一緒にいたのに・・・。)
それがたまらなく悔しくて、切なくて、気がつけば私は涙をこらえていた。



――――そして今、私はスナイパーメーサーを片手に、新たな任務に就いている。
『尾崎少尉の抹殺』
波川司令官直々の任務。
数時間前、異端の星の民『X星人』が地球に来日し、国連事務総長である醍醐直太郎の危機を救った。その後、彼は新たなる革命として、宇宙連合の発足を宣言した。が、尾崎少尉はその行為を快く思っていないらしい。仕舞いには、醍醐事務総長の護衛と偽って、事務総長暗殺まで企てているという。
そこで、それを阻止しろというのが私の任務だったのだ。

どうしてだろうか。
恐ろしく素直に動いていく私の体。
仮にもかつての同胞を殺すというのに。
気がついた時には、既に階段を下りていく尾崎少尉の頭部は、標準の中に収まっていた。後は、この引き金を引くだけで任務は終わる。

これで、いい

これは任務だから

任務なら・・・殺しても構わない


私の指が、引き金を動かす――――刹那、何かが私の視界を覆い隠し、銃弾は不発に終わった。
それは、ほかならぬ風間少尉だった。
「何をしているんだ・・・!」
私を見る貴方の顔は、怒りと困惑に満ち溢れていた。私は、ぶっきらぼうに「任務ですから」とだけ答えた。


不意に、パン と乾いた音が響いた。一瞬のことで最初は呆然としていた私だが、そのうちに意識を取り戻していくと、叩かれたことにやっと気づいた。
目の覚める想いだった。
「・・・見損なった」
貴方はそれだけ言うと、きびすを返してその場を去っていった。

―――どうかしていたのか。

ためらいもなく、私は殺そうとしていた

軽い嫉妬心がそうさせたのか

あの人さえいなければとさえ、考えていたのかもしれない

任務という理由にすがって。

そんな理性を掻いた私は

なんと愚かだったのだろう

ただ、貴方に振り向いてもらいたくて

ただ、あの人に貴方を取られたくなくて


その場に残ったのは、銃が床に落ちるむなしい音の反響だけだった。
その後、醍醐事務総長、並びに任務を依頼した波川司令官はX星人が仕掛けたニセモノだったことが判明。そして、その数十分後、風間少尉たち数名は轟天号で地球存亡をかけた最後の闘いへと身を投じていった。

いつからだろう

貴方のことを、他の人とは違うように見えてしまうようになったのは。

でも決して、これは俗世に言う『恋愛感情』ではない。

だって、それを認めてしまったら

もう帰ってはこない貴方を思い出すのが

辛くなるだけだから


風間少尉。この前貸していただいたハンカチ・・・洗ったので、返しますね。

その時は今度こそ――――笑って返したいと、思います

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最終更新:2007年03月09日 18:26