地下演習場。そこは、屋内であるにも関わらず木々が生い茂り、まるで外にいるのではないかと錯覚してしまうほど精巧に屋外を模した造りになっていた。
で、そんなところに引っ張られてきた私はというと。
「あ、あの…外、何か騒がしい気がするんですけど」
「大丈夫だ、私はお前をココに置いてからすぐいく」
「置いてっ!?」
「安心しろ、ただ置いてくわけではない…じゃ、『准将』後は頼みます」
それだけ言って、教官はさっさと行ってしまった。一体何をされるのか…
―――え、じゅんしょー、って?
そのとき、私の背後から何者かの手が伸び、私の体にするりと絡ませてきた。
「ひゃっ!?だ、誰ですか!?」
な、何か後頭部に柔らかいものが…
「ふふ、こんな所に飛ばされてきちゃうなんて、アナタも災難ね~♪」
この腕の本人の声が聞こえてくる。柔らかい声…なんとなく落ち着く。そっと振り向いてみると…
「アナタが家城由美子ちゃんね?」
梢色の髪に、とろけるような笑顔。思わず体の力が抜けた。
「は、はい。えっとぉ…」
「私は、『神埼瑞穂』。M機関の准将♪…あぁ大丈夫、とって食べちゃうわけじゃないから♪」
今度は頭を撫でられる…なんとなく遊ばれている気がしないでもない。でも、何故か落ち着いてしまうのが不思議…。
「えっとね、由美子ちゃんココにくるのは初めてだと思うからまだ知らないとは思うんだけど…ココは訓練場なの♪それでね、ちょっと由美子ちゃんにはちょっと特別な訓練をしてもらおうかなーと思って♪」
そう言った直後、目の前の巨大なゲートが音を立てて開いた。その大きさは見上げるほどで、60mは超えている、と思う。
だが、もっと驚くのはこれからだった。
中から現れたのは鋭い爪、角、体中を覆う無数の棘。しかも、その大きさは昨日の
バラン・ラバを遥かに上回っている…その体、60mは超えている。今度は確実。
「え、えぅ!?」
突然目の前に現れた大怪獣に混乱する私。すると、瑞穂さんの声がまた聞こえた。
―――いつのまにか遠くから。
「えっと、熊坂さんからの伝言で~す♪」
「ちょっ、いつの間にそんな遠くに!?」
「えー『この訓練で10分間攻撃を避けてみろ。そうそれば初回だし、今回は不問にする』だそうで~す」
「だ、だそうですって…」
声真似は上手かったです、だからやめましょう?避けるってあの怪獣の攻撃…
改めて怪獣を見つめなおす。見れば見るほど背中に張り巡らされた棘は立派である…。
思わず呆然としてしまう。
というか…そんな訓練で不問になるなんて……よくわからない。
そんな考えもつかの間、地面を揺らし怪獣が突っ込んでくる。しかも、見かけによらず俊敏な動き。あっという間に目の前まで迫り、角を突き立ててくる。
「ひゃぅうううっっっ!!?」
咄嗟に横っ飛び、しかし、木に激突する。は、鼻がジンジンする……
瑞穂さんに救いの眼差しを投げかけるが…瑞穂さんは、ただニコニコしているだけ。
「あ、あの、しんじゃ、死んじゃいますってあんなの!?」
「大丈夫ですよ~、『アンギラス』って、確かにあんまり頭いい種族じゃないですけど、私の言うことは聞くから♪」
いえ、そんな意味じゃなくっ!!
さらに怪獣『アンギラス』はツメを振りかざす。
「はぅぅう!?」
当たったら死にます。冗談抜きで。さらに、じゅんしょーさんはあろうことかこちらは完全に放置し、どこかに連絡し始めた。
もしものことがあったらどうする気なんだろう…いや、ないのかな?
今度は牙が地面まで食い込む。私の目の前。わずかにずれていれば多分あの中で細切れになっていたと思う。
…ここで死ぬとかないよね、私。
とてもではないが、安心はできないようだ。
その頃怜は、千葉のテーマパークの中にいた。
日の入りの風が、蒼い髪をさらさらと撫でる。ポニーテールをなびかす風―――静かな冷たさを持つそれは、どこか私の気持ちを不安にさせた。
「怜、準備いいか?」
静奈さんが私の肩に手を置く。
「は、はい…大丈夫です」
少しだけ温かみを感じる…しかし、私の不安はまだ吹き飛んでくれない。
そんな不安が顔にでたのか
「ちょっと…大丈夫、ホントに?」
静奈さんの顔が私を覗き込んできた。
「だ、大丈夫ですから、本当に…」
ちょっと遠慮がちに笑い、逃げるように離れた。
それにしても何だろう、この言いようのない不安は―――
そのとき、通信が入る。
『静奈、準備はできたかな?』
そう、このテーマパークには遊びに来たわけではなかった。
この甘ったるい声…あの准将だろう。
銀板装甲の金具を留める音が響く。それで、全ての雑念を消した
―――ことにした。
夕闇の中に木霊する咆哮。そして、影が対峙するミュータント達をすっぽりと覆った。再度の咆哮。相手は、こちらの敵意をはっきりと感じ取っている。
見上げるほどに巨大な怪獣は、手こそ退化しているものの、尻尾は野太く、無骨な身体は狂ったように常に揺れている。
『
ベムラー…初めて目撃されたのは竜ヶ森湖、身長は50mくらいで、攻撃は尻尾と光線。光線は特に強力だから気をつけてね』
「わかってるよ」
静奈さんは不敵に笑って見せた。しかし、私は少し後ずさってしまう。
お、大きい―――
この大きさを相手にするのは、かなり久しぶりだった。昨日のバラン・ラバやメガヌロンは比較的にいえば『かなり小さい』ほうだ。そして、私はその系列の怪獣ばかり相手にしていた。
思わず足がすくんでしまいそうになる。ベムラーと聞いた時から覚悟はしていたけど…改めて姿を見ると、圧倒されそうになる。
「怜、よけろ!!」
「へっ?」
呆然として気づいていなかったのか、既にベムラーは首をもたげ熱光線の発射体勢に入っていた。
「ひゃっ!」
間一髪身を翻す。さっきまで私がいた場所がコンクリートごと抉られている。
「怜、大丈夫!?」
「な、なんとか……」
―――しっかりしなくては。敵の大きさなんて関係ない…任務を忠実にこなす、それであの男に対等な位置まで上り詰める。そして…
握ったメーサー小銃が火を噴く。それはベムラーの胸に吸い込まれるように命中。小さな爆発を立てる体に悲鳴の声を上げるベムラー。
それを追うように今度は静奈さんの武器、『ショック・アンカー』がベムラーの皮膚を貫く。
ショック・アンカーは准将が静奈さんのために特注で作らせた武器で、両手に構えた銃の右に備えられた物理兵器。アンカーは巻きつけて相手の動きを拘束することも出来るし、今のように直接の攻撃手段にもなる。
ベムラーの悲痛の叫び。しかしそれはすぐに怒声へと変わり、口腔内を激しく揺るがす。さらに、そこから蒼い煙が広がりだす。いけない、また熱光線を―――
しかし、そこに一筋閃光がよぎった。一瞬の早業。
「おっと、そうは行かないんだよねー」
スナイパーメーサー。信二さんだ。
「そろそろ終わりにしましょうぜ。エネルギーが切れてきやがった」
「って、あんた酒入れてきたの!?」
「え、フツーでしょ?」
ぽりぽりと頭を掻き、驚く静奈さんをわからないように見る。
「仮にも!仮じゃないけど勤務中に飲酒ってどうなの!あのね、そりゃ確かにあんたが酒強いのは知ってるけど―――!」
「いいっていいって、細かいことは気にしなさんな。俺が許すから大丈夫」
「んなーっ!あんたはいつもそうやってー!」
「そうカリカリするなって、あんまストレス溜めると胸って育たないらしいですぜ?いつまでも貧乳はいやっしょ?」
「えっ、ホント? ―――ってひんぬー言うなー!!」
ベムラーよろしく静奈さんは激怒している。 …どうでもいいですけど、敵は……?
―――私が心配するまでもなかった。駄々喋っている間に準備を完了したベムラーの熱光線が一帯を焼き払う。メリーゴーランドや、ジェットコースター、テーマパークを代表とするアトラクションがごうごうと音を立てて燃え、数秒の後ゆっくりと原型を崩し、落ちていく。
「あーあ、遊んでるから」
「っさい、元はといえばお前のせいだろ!…仕方ない、一気に叩くぞ!私のアンカーで相手を拘束する、ソコを集中攻撃だ。いいな、怜、信二!」
話が脱線すると手がつけられないけれど、いざという時には心から頼りになる、そう思った。
「はい!」
「おっけ!」
「み…准将、最も拘束に効率のよい箇所は?」
『腕部は意味がないから、頭部を狙って。熱線さえ封じれば攻撃手段はないわ』
聞き終わるか終わらないかのうちにアンカーがベムラーの頭部をヒュンヒュンと音を立てて巻きついていく。
みるみるうちに、ベムラーの口は塞がれてしまった。
「これでいいんだな?」
『うん、上出来♪』
私と信二さんが同時に得物を構える。ベムラーは苦しそうにもがいて、ワイヤーをはずそうと四苦八苦している。
「いけぇっ!」
私の放ったメーサーが次々ベムラーの体に突き刺さっていく。銃撃音に混じって聞こえてくる悲鳴。しかし、トリガーは緩めない。
―――爆発。炎が上がる。満身創痍のベムラーは立ち込める煙の中に包まれた。
「おわっ…た……」
戦いは終わった。フッ、と肩の力が抜ける。今まで相手にしたことのなかった巨大怪獣。もちろん協力しなければ無理だったろうが…それでも、初めて倒せた。
初めて、勝てた―――。
「作戦終了、これより帰還する」
『ご苦労さま♪』
「あー終わった終わった、これでようやくエネルギーにありつける♪」
「ったく…ていうかだから勤務中は―――!」
私は煙の中をじっと見つめていた。これが、戦い。そう、あの男に近づくにはこういう戦いをこれから何度も行っていかなくてはならない。
―――でも。
今日のこの戦いは、私の中で大きな自信となった。これでいい。コレを、続ければいい。そうして、少しでも近づいて―――
「……?」
「よし、引き上げるぞ」
『本部には、こっちから連絡しておくわね♪』
『きゃあああっ!?』
「ちょっ、どうしたの!?」
その悲鳴は、あまりに唐突だった。静奈から任務完了の報告を受け、一息つこうと思った直後のことだった。
「静奈、何かあったの!?もしもし、もしもーし!」
応答なし。ただ耳障りなノイズが流れるだけ。
こちらのただならぬ様子に、由美子ちゃんもこっちを振り向く。その後ろでは『片手で』アンギラスを止める姿が。
「あの、何かあったんですか?」
「あぁ、何でもないから…そのまま続けててくれるかな?」
とにかく、どこかの隊に応援に行ってもらうしか…でも、千葉まで行くにはやはり時間はかかってしまうだろうし…
「聞こえてるかわからないけど…とりあえず、誰かに応援に行ってもらうから。それまで待ってて!」
状況がわからないのではしょうがない。その誰かに、報告してもらうしか…
「…あら?」
ふと目をやると、そこにはアンギラスしかいなかった。それまでそれを避け続けていた少女がいない。
「…あらあら」
時間は、あと1分ほどで10分になるところだった。
完全に誤算だった。あれでトドメを刺したはずだったのに。煙を突き破って現れた尻尾が私の体を根こそぎ奪い去る。そのまま鉄骨に叩きつけられる。その瞬間に迸る破裂するような痛み。
「あ……く…」
こ、声がでない…
「怜!」
「手ごたえあったはずだがなー」
「言ってる場合か!いくぞ!!」
「しゃーねーな!」
再び姿を現したベムラーに構える両者。
しかし、拘束の解けた口から熱光線が放たれる!
「っと!」
熱光線は二人の間をすり抜け、見上げるほどの観覧車の根元に突き刺さる。
「っ、しまった!?」
観覧車がぐらぐらと揺れる。そして、バランスを保てずに倒れてくる。
―――怜の、真上に。
「怜、逃げろ!!」
「れぃちん!」
二人の声が聞こえる。でも……
体が、動かない――――――!
動こうと思えば思うほど、体は意思に反して動かない。瓦礫はもう、眼前まで迫ってきていた。
「あ……あぁ…」
もう―――どうにもならない!
目を閉じることしか、できなかった。昨日は、ゆみに助けてもらった。でも…今はいない。
誰も、助けになんて…
轟音が聞こえる。観覧車が倒れ、地面に崩れていく音。私はその中に、飲み込まれているのだろう。
(暖かい…)
何故だか、ものすごく暖かかった。ほっとするような…ものすごく、心が安らかでいられた。
(天国、かな…)
初めは、本気で天国にいるのいではないかと思った。しかし、段々体の感覚が覚醒してくると、そこが天国でないことがわかってきた。
まだ…生きてる?
恐る恐る目を開いてみる。紅の日差しが眩しくて、思わず目を細めてしまう。そこに映った影。いや、私には目の前にその顔が見えた。
「怜ちゃん…大丈夫?」
笑顔―――何度も、何度もカワイイと思った、眩しい笑顔。
私は、ゆみの胸の中にいた。どうしてここにゆみがいるか、そんなことはもうどうでもよくて。
ただ、来てくれたこと、ココにいることが、ただただ嬉しかった。
「あ、あれは…」
「ありゃ、今日は短かったんだな…教官の説教」
夕焼けに溶け込んだ、繊細なオレンジの髪。私はつい見とれてしまっていた。
そのまま、ゆみは私を優しくおろすと、ベムラーに向かって銃口を構えた。
最終更新:2007年10月02日 22:57