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◇

風が外ハネを撫ぜて、ほんの少し揺らした。
ふわあと可愛らしいあくびを漏らして後、輿水幸子は慌てたように周囲を見回した。
「随分カワイイあくびをするんだな」と彼女のプロデューサーは笑っている。
思わず、頬に朱が差し込む。
「だから、プロデューサーさんにはデリカシーってものがないんです!!」
頬を膨らませて大声で主張する。
そう言った後、ほんの少しだけ幸子は心の中で反省する。
(こういう時は……余裕たっぷりにカワイイボクのあくびが見れて、プロデューサーさんはラッキーですねぇと言うべきでした)

幸子は常に余裕たっぷりなカワイイアイドルを演じようとしているが、結局地が透けて見える。

後、2年――16歳になれば、結婚できる年齢になるというのに。
(まだまだ落ち着きがたりませんねぇ……)
と幸子は心の中で自嘲する。
まだ早いとわかっていても、幸子は16歳の自分を――そして自分のウエディングドレス姿を想像せずにはいられない、そして隣に立つであろう新郎【オトナのオトコ】を。
相応しい自分になろうとして、中々上手く行かない。
余裕と自分は膨らんだ風船のようで、突かれるとすぐに割れてしまう。

事務所の窓は開け放たれていて、優しい春風は微睡みのようにゆらゆらと入ってきている。
宿題をしている途中で寝てしまったらしい、もちろん――よだれでノートを汚すなんてことはない。

頭を振ると、桜の花びらが一枚ゆらゆらと地面へと落ちる。
窓は開きっぱなしで、事務所の中は春でいっぱいだった。

うーんと精一杯に背伸びをして、幸子はカワイイ身体を起こす。
何かを忘れているような気がするが、頭は未だ微睡んでいた。

「さて、起きたばかりで悪いが、今日の仕事は無しだ」
「えぇ!?なんでですか!?」

今日の仕事は一体何だっただろうか、思い出そうとしても記憶が霞がかかっている。
ほんの少しだけ、自分は未だ眠っているのではないかと――幸子は思った。

「今日の――――だったが――――――で、中止になった」
自分だけではなく、世界がまるごと微睡んでいるかのように、言葉が頭に入ってこない。
ただ、土曜の真っ昼間から仕事が中止になったことだけはわかる。予定が丸々空いてしまった。

「でしたら……」
輿水幸子は上目遣いでプロデューサーを見上げた。

「プロデューサーさん、これから買い物に行くんですが、付き合ってくれませんか」
一節一節を噛みしめるように、幸子は言った。
この台詞を噛んだり、とちったりすることはない。
何度も演じた役柄のように、一度も言ったことはないこの言葉は輿水幸子の中で馴染んでいた。

このデートの誘いを何度練習したことだろうか、輿水幸子は何時だって努力を忘れない。

そして「予定が無くなってしまったなら、今日はプロデューサーさんのスケジュール帳を――カワイイボクだけで埋めてあげますよ」と自信たっぷりに続けた。

不思議と緊張はなかった。
委ねるような心持ちであった。
今、輿水幸子は過剰な自身と過剰な自信で出来ている。

フフーンと、幸子は笑う。

プロデューサーは苦笑して、己の手を首筋に当てた。
「すまないなぁ、今日はちょっとな……」
少々困ったような事態になると、彼は何時だってそうする。
この事務所に所属するアイドルの全員が気づいている――それでいて、どうも本人は自覚が薄い癖だった。

「また、今度な」
そう言って、プロデューサーは幸子の頭にぽんと手を置いた。
また、今度――今度とは一体何時の事だろうか。
この約束は果たされることがあるのだろうか。

「今度っていつですか?」
如何にも不機嫌です、と主張するかのような態度で幸子は言った。
142cmの自分の身長よりも、プロデューサーはずっと大きい。
そんな彼に、自分の怒りは通じているのだろうか――と考えないでもない。
ハムスターが怒ったって、人間はカワイイカワイイと撫ぜるだけだ。

けれど、女性のデートの誘いを無碍に断ったのだ。
しっかりと怒らなければならない。

「来週の土曜日はどうだ?」
「えっ……ええっ!」

だが、あっさりと約束は成立してしまった。

「本当ですか!?」
「元から来週はオフで、買い出しに行くつもりだったしな」
「ふーん……そうですか」

心の半分は喜びで、もう半分は怒りだった。
せっかくのデートの誘いを買い出しとごっちゃにするなんて、と思う気持ちは自分の中で暴れだしている、
女の子の気持ちがわからないダメダメのプロデューサーさんとおもいっきり叫んでやりたい。
けれど、やっぱりデートだ、っていう喜びで暴れだしそうになる自分がある。

「じゃあ、来週の土曜日、約束ですよ?」
やはり一節一節、噛みしめるように言った。
約束を忘れさせたり、放棄させたりするつもりは絶対にない。

「女の子の気持ちがわからないダメダメのプロデューサーさんでも、この約束は破れないことぐらい知ってますよね?」

「――ああ、約束だ」
そう言って、プロデューサーは笑った。

輿水幸子も、口元を緩めた。

◇

「約束……したじゃないですか!」
泣きたいような気持ちだったけれど、実際に幸子が取った態度は怒りのそれだった。
泣きたくて泣きたくてしょうがないのに、世界の理不尽に対して怒りが収まらなかった。
もしも運命に神がいるというのならば、残酷で、無慈悲で、冷徹で――ありったけの罵倒を並べてやりたいのに、輿水幸子は人を傷つけられる言葉を多くは知らない。
プロデューサーに投げかけた言葉は何時だって、本当は親愛の証で――本当は大好きって言いたかったけど、
恥ずかしくて、いつか、いつか、って大切に自分の胸の中に仕舞っておいて――そして、最期まで言えなかった。

約束をした翌日、プロデューサーは死んだ。
他殺だった。犯人は未だに捕まってはいない。
そして、捕まっても――死んだ人間は帰ってこない。

周りのアイドルたちは素直に泣いていたのに、自分は泣かないで――アイドルたちを宥める側に回っていた。
プロデューサーもきっとそうしたのだろうと、幸子は思う。

自分の葬式でも、きっと冗談みたいに立ち上がって、俺は死んでるけど泣くなよと――アイドルたちをなだめすかして回る。
そして、少女が落ち着きを取り戻した後に、じゃあまた何時かと言って――再び棺桶に戻る。

そういう人だったのに、現実は棺桶の中で冷たくなったままだった。

許せない。
自分にできることは何もない、全ては警察の仕事で――自分はアイドルでしかない。
それでも、自分の中から熱が噴き上げるようで。
思わず、幸子は手で首の裏を抑えた。

抑えた首は、プロデューサーのものよりも小さく、
抑えた手は、プロデューサーのものよりも小さく、
この感情はプロデューサーの代わりにはなれないのだろう。

ただ、激情が噴き上げて。
感情で自分を染め上げて。
自分が記憶に染められていく。

――聖杯戦争。
万能の願望機『聖杯』を巡る戦争。
サーヴァントを使役し、戦い抜く。

聖杯を用いれば、どのような願いも叶う。

幸子は首の裏を抑えたまま、その場を去った。
熱がある。そこに令呪があるのであろう。だから手で隠す。逃げるように走り去る。

プロデューサーは――死んだプロデューサーはプロデューサーではなかった。
自分が信じた者は何だったのだろう、本人に間違いなかったのに、
それは贋物で――死んでしまって、けれど本人は未だ生きていて、輿水幸子はトイレに向かった。

怒りも、悲しみも、気持ち悪さも、何もかもが本物だったのに――その中核と成るべきプロデューサーだけは贋物だった。
夢の世界で誰かが死んでも、起きてしまえばその人は何事もなかったかのように笑っているのだろう。
だが、夢の世界が現実にあるならば――自分はどうすればいい。

初めて輿水幸子は涙を流し、そして吐いた。

恐怖が、あった。


「――――」
輿水幸子は己のサーヴァントを呼んだ。 ]

◇

輿水幸子は夢を見た。
空の夢だった。
昔見たアニメみたいに、世界を構成する島々は空に浮いていて、その世界には怪物がいて、それを倒す英雄がいて、そしてアイドルがいない世界だった。

夢だけれど、喜びも悲しみも怒りも痛みも本物だった。
そして、気づくと映画撮影用の衣装も小道具の鎌も本物になっていて――輿水幸子はその空の世界で戦った。

囚われの身になった自身を怪物から助けだし、孤独な空で自分を仲間に加えてくれた騎空団。
彼女は騎空団として必死で戦った。
最初は難しかったが、歴戦の勇士を演じているかのように、自分には戦う力があることに幸子は気づいた。
だから、アイドルであることも忘れずに済んだ。

力があるから、輿水幸子は自身の戦い、知名度を上げ、歌い、踊り、空の世界でもアイドルでありつづけた。

それほど苦しい生活ではなかった。
周りの仲間は優しく、頼れる人間で――そして、同じ事務所のアイドルたちがいた。

皆で同じ夢を見ていた。それだけのことだった。
いつか覚める夢、楽しい夢。

けれど、その世界に自分の親はいなかったし、プロデューサーもいなかった。
自分の居場所はあったけれど、自分の隣にいてほしい人はいなかった。

だから、あまりにも居心地が良くて――もう少しだけ、もう少しだけと思っても、起きることを望んでいた。




けれど、輿水幸子は永遠に起きることはなく、空の世界で死んだ。
最期まで、彼女は英雄として――闘いぬいてしまった。

◇

輿水幸子は気づく。
つまり、自分は夢から覚めていたのだと。
けれど、自分はそうではなかった。

輿水幸子は目覚めた。
だが、輿水幸子は目覚めることはなかった。

つまり、現実世界の輿水幸子は何事もなかったかのように夢の世界から目覚めたが、
自分は――夢の世界の輿水幸子は、独立した輿水幸子となってしまった。

二人は重なりあうこと無く、並列した存在となってしまった。

だから――今。

「ボクが二人いる、そういうことですね」
輿水幸子は輿水幸子の背後に舞い降りた。

――サーヴァントの名は輿水幸子。

蝙蝠羽根に悪魔の尾、そしてくるりとカールした角――まさしく悪魔と言った様相をした、英霊【アイドル】

「ボクが……もう一人?」
「フフーン、カワイイボクは、ボクから見てもやはりカワイイですねぇ」
そう言って、サーヴァントは薄っすらと笑った。

「ボクがボクのサーヴァントなんですか?」
「そうです、この度の聖杯戦争に於いて……アヴェンジャーのクラスとして召喚されました」

アヴェンジャーという言葉の意味を、幸子は頭の中から引っぱりだした。
その意味は復讐者――世界で一番、ボクに似合わない言葉だ。

「プロデューサーさんが死んだようですね」
「…………」

プロデューサーの死を悲しいと思う気持ちはある、理不尽さに対する怒りもある。
しかし、輿水幸子は――感情を整理しあぐねていた。
その心を抉るかのように、アヴェンジャーは言った。

「夢だって、見ている本人にとっては現実ですよ。
ボク――いえ、アナタがこの聖杯戦争から帰っても、もう一度、プロデューサーさんには会えるでしょう。
けれど、このプロデューサーさんの死も、プロデューサーさんの死に泣いている皆の悲しみも、本物なんです」

アヴェンジャーは同じ顔をした自分の目を、底冷えするような目で見つめた。

「ボクは……ボクだけど、ボクじゃない。
けれど、ボクはボクなんです……わかりますか?最期まで戦ったボクの気持ちがわかりますか?」
「でも……ボクは起きたんです……」

目の前のアヴェンジャーの姿を幸子ははっきりと覚えている。
あれは何時か見た夢の自分だった。
もしかしたら本当にあったかもしれない世界の――それでも自分は目覚めた。

「けれど……ボクが夢を見たから!ボクが産まれてしまったんです!!
決して悪い夢なんかじゃなかった!皆優しかった!!辛いこともあったけど、楽しいこともいっぱいありました!!
でも……でも……ボクはお父さんにもお母さんにもプロデューサーさんにも!!最期まで会えませんでした!!
わかりますか?ボクは……ボクは……」

冷たさで武装していたはずのアヴェンジャーは熱を帯びていた。
感情はぐちゃぐちゃに混ざって、何ひとつだって割り切れない。
ただ、アヴェンジャーは訴えたかった。

「ボクはボクになりたかったのに!!ボクはもうボクになれない!!!」

輿水幸子が見た夢は――いい夢だった、で終わってしまうような――他愛もなく忘れられてしまうような、不思議な思い出だって、で思い出されるようなものは。
どうしようもなく、アヴェンジャーにとっては現実だった。

そして、アヴェンジャーが夢見る光景にアヴェンジャーが辿り着くことはもうありえない。
彼女の夢には、もう――本物の輿水幸子がいてしまうから。


「……願い」

勝利した際に得られる無限の願望機、輿水幸子はこの世界のプロデューサーを蘇らせるつもりはなかった。
いや、願いそのものも存在しなかった――ただ、帰ることだけを望んでいた。

だが、わからない。
目の前に何時か夢で見た本物の自分がいる。

どうすればいいのかわからない。

「ボクの願いは……何ですか?」

「ボクの願いは……」

迷いなく、アヴェンジャーは言った。

「帰りたいんです、ボクの日常へ」

そのためならば――アヴェンジャーは言った。

「そのためならば――ボクは」


「ボクを殺すかもしれませんね」
そう言って、アヴェンジャーは笑った。
今にも泣きだしそうな、どうしようもない笑顔だった。
その気持ちに嘘はないのに、絶対に行動に移せないであろう――優しい少女の笑顔だった。

【マスター】
輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ

【マスターとしての願い】
???

【weapon】
カワイイ

【能力・技能】
カワイイ

【人物背景】
中学三年生になった十四歳。
「ボクが一番カワイイに決まってますよ」と事あるごとに自分を「カワイイ」と発言するなど自意識過剰な性格の髪の右側に緑と赤のヘアピンをした薄紫のショートヘアの少女。
髪の両端の一部が少しハネている(持ち歌の歌詞では寝癖)。一人称は「ボク」。口癖は「ふふーん!」。どこか慇懃無礼な口調だが、
分が悪くなると強がりつつも弱腰になる。元の世界ではエスカレーター式の私立に通っている。
現在の所CDデビューを除いたすべてのレア名には「自称・」が付く。自称・マーメイドでカナヅチであることが判明。
何時か空の夢を見た少女。

【方針】
???

【クラス】
アヴェンジャー
【真名】
輿水幸子@グランブルーファンタジー
【ステータス】
筋力:C 耐久:C 敏捷:C 魔力:D 幸運:A 宝具:C
【属性】
中立・善
【クラススキル】
復讐者:E++
憎しみという感情からは程遠い場所にあった普通の少女が抱いてしまった憎しみ。
アヴェンジャーというクラスの根幹であり、輿水幸子が輿水幸子に召喚された際のみ、彼女はアヴェンジャーとして召喚される。
マスターである輿水幸子と接する際に判定を行い、アヴェンジャーが負の感情を抱いてしまった際、彼女の魔力が増加する。
◆怒った顔もカワイイですねぇ……

忘却補正:E++
夢は所詮夢。どんなに夢で心を震わせようとも、きっと見た夢は忘れられてしまう。
誰一人だって夢の中の英雄は覚えていない。しかし復讐者は決してこの憎しみを忘れない。
復讐は復讐者が忘れ去れれた瞬間に果たされる。
敵サーヴァント、そして輿水幸子に対するクリティカル威力が上昇する。
◆ボクを忘れるだなんて失礼しちゃいます!

自己回復(魔力):E-
復讐者は孤独――それが故に、自己完結する。
復讐は永遠――それが故に、殺害以外での決着は認めない。
復讐の感情を魔力に変換する特異なスキル。
◆思いを力に変えるのはアイドルもサーヴァントも同じですね!

【保有スキル】
自称・カワイイ:A
保有スキル使用時に魔力を回復する。
◆お得な感じもまたカワイイですね!

アライト・ウイングス:A
精神を集中し2ターンの間、敵の全ての攻撃を回避する。
また、その際アヴェンジャーにDランクの被虐体質を付加し、
フルスパークによる筋力向上を無効化する。
スキル使用時、回避行動以外の行動が使用不可能になる。
一度発動した後に数ターン間を置かなければ連続発動できない。
◆回避に専念するので他の事ができませんが仕方ありませんよね!

自称・サプライズ:A
一度の戦闘で一度のみ使用可能。
あらゆる状況から、アライト・ウイングスを発動する。
◆カワイイボクがそう簡単にやられるわけないんですよ!

フルスパーク:A
最大補足:1人
A+++ランク相当の魔力放出を行い、敵に特大ダメージを与える。
攻撃を受けた敵は怒りで筋力を向上させる。
◆このあとアライト・ウイングスを使うと最高に活躍できます!

【宝具】
『自称天使、降臨(アライト・エンジェル)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~8 最大補足:1人
アヴェンジャーの所持する大鎌による怒涛の連続攻撃。保有スキル再使用間隔を1ターン短縮する。
◆自分のポテンシャルの高さが怖くなります……

『天空より舞い降りる天使(サチコ・イン・ザ・スカイ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:??? 最大補足:1人
マスターが『サチコ・イン・ザ・スカイ』と口にすれば、どこに居ようとアヴェンジャーがパラシュートで降ってくる。

【weapon】
大鎌『無銘』
闇を払う天使の武器。
◆ボクの可愛さも武器ですけどねぇ……

【人物背景】
少女は空の夢を見た。
少女は夢の中で英雄として戦った。
少女は夢から醒めた。
少女は夢から醒めることはなかった。

【聖杯にかける願い】
輿水幸子へと戻る。
最終更新:2016年05月04日 14:21