とっぷりと日も暮れた頃、岸田は公園の植え込みの陰に座り込んでいた。
荒い息を整えていると、視界に黒いものが映り込む。
学生服の少女―早川の姿を認めた岸田は、安心したように息を吐いた。
「―ッ!…あぁ、早川さん…」
早川涼子。
岸田の幼馴染であり、殺人事件に巻き込まれ、若くしてこの世を去った少女。
大きくなるにつれて疎遠になっていったが、あんな形で別れる事になったのは岸田の中で小さなしこりになっていた。
今この場に立っているのは早川であって、早川でない。
岸田には生まれつき霊感があり、幼い頃から死者の姿が見えていた。早川は如何なる理由からか幽霊となった後、岸田の側を離れずにいるのだ。
生前の彼女と違って全く表情が動くことはないし、何かを語りかけてくるわけでもない。
ただ、この街にやってくる以前と変わらないその立ち居振る舞いが、これまで以上に頼もしく感じられた。
鼻にティッシュを詰めたまま、岸田はここまでの経緯を思い出す…。
☆
岸田の記憶が戻ったのは夕食を済ませた後、リビングでぼんやりと夕方の番組を眺めている時だった。
何かがおかしかった。これまで説明し難い違和感が常に付き纏っていたのだが、今ならそれを説明できる。
まず、岸田の父親は海外を飛び回っており、家に帰ってくることが無い。
本来は母と自分の二人暮らしだったのだが、この場では父親が夜中の九時には必ず在宅している。
今は書斎に引っ込んでいるが……。
…鉄の味がする。
そっと鼻の下に指をあてるとぬらぬらした感覚が伝わり、離した指先を見てみると赤く染まっている。
岸田の身体は怪異が近づくと、鼻血を流してその接近を知らせるのだ。
不安げな様子で立ち上がった岸田がティッシュ箱を手に取ると、恨みがましい女性の声が脳裏に飛び込んできた。
≪…問おう。お前が、私の…マスターか…!?≫
声と同時に短い炸裂音が家の内部に響き渡り、重い物が倒れたような音がした。
岸田が硬直していると父親の声が何処からか上がったが、再び響いた炸裂音がそれを途切れさせた。
自分の早まった心臓の鼓動と荒い呼吸以外、周囲からは何も聞こえない。
リビングの景色に変化はないが、人の気配だけが消えた家は寒々しい妖気に包まれ、凍える様な心細さが岸田の中に沈んでいく。
右の鼻からは依然、血液が垂れ落ちていた。岸田の鼻から首元にかけて赤い軌跡が描かれている。
岸田は鼻血を止める事も忘れて、ゆっくりとした足取りでリビングから廊下に出る。
しばらくすると岸田の前方、天井近くに人影が姿を現す。
ボロボロのドレスを着た、顔の焼け爛れた女だ。辛うじて原型を留めている片側の眼が動き、岸田を捉えた。
「うぁあぁっ――!!」
女と目が合った瞬間、心の底に澱んでいた恐怖が吹き飛ばされた。
脊髄が全力で警報を鳴らし、身の危険を岸田に知らせる。
岸田は生存本能に身を委ね、玄関扉に向かって脇目も振らずに駆け出した。
「―逃げるな!」
背後から浴びせられた声を、岸田は無視した。
倒れかかるようにして、外に通じるドアノブに手を掛ける。岸田の体重がかかると扉はあっさりと開いた。
扉の勢いに乗っかって向かいの家の手前まで駆けると、岸田は逃げてきた方向に顔を向ける。
長い髪を振り乱した女は出入口に浮いたまま、岸田を見ていた。やがて女の影がスゥっと後ろに下がるとドアが独りでにしまっていく。
女から目を離さないよう、横伝いに動いていた岸田はドアが閉じきった事を確認すると、自宅から背を向けて当てもなく走り出した。
そして現在、目についた公園に飛び込んで休息を取っている。
☆
現状を把握した岸田の記憶に、未知の情報が再現される。
…聖杯戦争。
おそらく、あの女―シルエットから判断するに、女性だろう―が自分に宛がわれたサーヴァントなのだろう。
視線が左手に浮かんだ刺青に落ちると、岸田は深いため息を吐いた。
あれは徒に触れてはならないものだ。
あれは恐れ、敬い、遠ざけておくものだ。
幼少から死者を知覚し、幽霊となった早川が側に現れるようになってから多くの怪異に遭遇してきた岸田も、あれ程の存在を目にするのは初めてだった。
早川の助けがあったとしても、彼女には太刀打ちできないのではないか。
恐るべきサーヴァントをこれからどう扱うか考えていた岸田だったが、差し迫った問題があることを思い出す。
……学校だ。
明日も、明後日も学校がある。また、着の身着のままで飛び出してきたので、食べ物を買う事もできない。
ティッシュ箱だけは持ち出せたが、残りの荷物はサーヴァントが占拠した自宅の中だ。家の中には両親のNPCが残っていたはずだが、聞こえた限りではおそらく助かってはいまい。
顔を伏せかけた岸田の視界の端で、早川が動いた。能面のような表情で岸田の左手を指差している。
「…そうか、令呪!」
サーヴァントに対する3回限りの絶対命令権。
安堵した岸田だったが、直後に一つの懸念が頭をもたげる――仮に令呪を使って服従させた場合、あのサーヴァントの機嫌を確実に損ねるのでは。
外まで追ってこなかった所から、対話の余地があると推測するのは希望的すぎるだろうか。
しかし今すぐ自宅に戻る気は起きなかった。なんにせよ、考えなしに令呪を切る事は出来ない。
苦悩を深くする岸田の側で、早川は人形のように立ち尽くしていた。
☆
キャスターが逃げていく岸田を追わなかったのは、一時の判断からだった。
彼が自分の依代であることは理解していたし、岸田より先に殺さねばならない者たちがいる。
―なぜ私を起こした!
聖杯はなぜ自分を起こした?せっかく家族3人で安穏とした場所にいたのに。
愛する家族から引き離され、欲望渦巻く殺し合いに放り込まれてしまった。
―許さん…!
聖杯を求める者をみな殺し、この催しを開いた者もみな殺す。
マスターの死は、自分の邪魔をしない限りは猶予する。この戦いが終わるまでは。
乗っ取った一戸建ての最奥に陣取ったキャスターは呪詛の声を上げる。
「我が眠りを妨げる愚か者共!一人として生かす訳にはいかない!我が恨み、思い知れ……!!」
【クラス】キャスター
【真名】間宮夫人
【出典作品】スウィートホーム
【ステータス】筋力D 耐久B 敏捷E 魔力EX 幸運E 宝具A+
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
陣地作成:EX
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
キャスターは呪いの力によって、神殿を超える『間宮邸』を建設できる。
道具作成:-
魔術師として魔力を帯びた器具を作成可能。
下記スキルを得た代償に喪失している。
【保有スキル】
魔物作成:A+
魔力や素材を費やす事によってモンスター・クリーチャーを作成できる。
人魂、狂犬程度なら数十体を一度に作成できるが、一般人でも十分対抗できる。
死神やドクロゴーストになるとサーヴァントを相手取れる実力を持つが、彼らの作成は相当量の魔力を蓄えない限り、令呪の助けが必要。
精神汚染:A
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。
自己改造:C
自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。このランクが上がればあがる程、正純の英雄から遠ざかっていく。
邸内で殺された子供達の霊と一体化している。
飛行:C
力ある幽霊として宙を舞う事が出来る。飛行中の敏捷値はスキルランクで計算する。
【宝具】
『間宮邸(スウィートホーム)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:屋敷に足を踏み入れた者全員
キャスターが作成する陣地。生前慣れ親しみ、死後に憑りついた自宅の屋敷を再現させる。
間宮邸の内部は空間が歪む為、屋敷に存在した部屋や通路が追加される度に外観より広くなっていく。
邸内に配置された無数のトラップが侵入者を迎え撃つほか、作成したモンスター達の魔力消費を軽減させる効果を持つ。
間宮邸の内装はキャスターの精神状態を示す様に荒廃しており、ポルターガイストなどの怪奇現象が頻発する。
特筆すべき点として、陣地内で死亡した犠牲者は間宮邸を警備するモンスターの一員に加えられてしまう。
『長い悪夢の終わり(フューネラル・フォア・マミヤ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人
土偶・古びた写真・間宮一郎の日記・子供の棺。間宮邸が完成した時点で、陣地内の何処かに自動配置される4種類のアイテム。
この宝具はキャスター自身が使うのではなく、間宮邸に侵入した者達が使う。
4種類のアイテムを順番通りに突き付ける事でキャスターは成仏する。
キャスターはサーヴァントと化した事で宝具による攻撃でも打倒する事が可能になったが、この宝具を使用されない場合は彼女の魂が救われることはない。
【weapon】
破壊効果のある閃光。
【人物背景】
フレスコ画家・間宮一郎の妻。
生前に子供を不慮の事故で亡くした精神的外傷により発狂。近隣の子供達をさらって焼却炉にくべるという凶行に手を染める。
そして自らも命を絶った。
彼女の死後、何者かによって子供の供養塔が荒らされ、子供の遺体が隠されてしまう。夫人は怒り狂い、亡霊として現世に舞い戻った。
そして屋敷に住まう者、屋敷に足を踏み入れる者を無差別に呪い続けた。
彼女が亡くなってから30年後、屋敷に侵入したTVクルー達の活躍によって成仏する。
【聖杯にかける願い】
聖杯戦争を破壊する。自分の眠りを妨げたものに死を。
【マスター名】岸田純
【出典】死人の声をきくがよい
【性別】男
【Weapon】
なし。
【能力・技能】
「霊感」
幼少期から死者の霊を見ることが出来るが、会話は出来ないので彼らの伝えようとすることを正確に受け取れない。
怪異に近づくと鼻血が出る体質。
「早川涼子」
岸田の幼馴染。ある事件に巻き込まれて死亡した後、幽霊として岸田に付き纏う。
害をなす事はなく岸田は彼女の助けによって、最悪の事態を何度となく免れている。
幽霊になってからは無表情だが、無感情ではなく身振り手振りによってアピールを行う。
【ロール】
高校生。
【人物背景】
高校一年生。病弱でぼんやりとしている事が多い。
早川涼子失踪事件に巻き込まれてから幾度となく怪異に遭遇することになるが、幽霊となった早川の助けで辛うじて生還し続けている。
父親は海外にいるため、実質母子家庭。
【備考】
・両親のNPCは死にました。この時点では着の身着のままです。ティッシュ箱のみ所持しています。
・キャスターが陣地の作成を始めました。何事も無ければ数日後に岸田宅が『間宮邸』に変貌します。
【聖杯にかける願い】
脱出したいけど……どうしよう。
最終更新:2016年06月11日 08:01