某所、平日の昼間から呑気に散歩を楽しんでいる男がいた。
今時珍しいほど立派なアフロ以外に、これといって何かがあるわけでもない。
そんな彼、田中広がマスターとして覚醒して、すでに一週間が立っていた。
広の生活はこの世界においてもあまり変化はなかった。彼に与えられたロールを一言で説明するなら「地方から上京してきたが就職に失敗した無職の高校中退者」となるだろう。
記憶を取り戻した当初、彼は憤慨した。どうせ作り物の日常なら、適当な企業の社長にでもしてくれたら……などと愚痴をこぼしたものだ。
だが問題はそこではない。
「あー……暇だなぁ」
無職である以上、一日のうちにかなり時間が空いてしまうことは必然だ。だが、幸いにもまだ少しは働かなくても暮らしていけるだけの金は工面できなくもない。
そういった事もあり、自堕落な性格の田中は、重い腰をあげて職を探す気にはなれない。
そうしてもて余した暇を潰すため、田中は近所を彷徨いている訳だが……
「……帰るか」
どうやら飽きたらしい。
「ただいまー」
家賃二万円、風呂なしトイレ共同、格安だが全体的にボロいこのアパートがここでの田中の住居だった
「お帰り。どうだった?」
玄関から上がると、近くして返事が帰ってきた。
決して広くない部屋で寝転がっているのは、野球少年のごとく刈り込まれた頭髪に、どことなくだらしない顔つきをした青年だった。
彼が田中のサーヴァント、クラスはニートであった。
「別に。ほら、今日の飯」
「おっ、ありがとう」
近所のスーパーで購入した半額弁当を同居人は嬉しそうに受け取った。虫歯なのか、笑顔から所々欠けた歯が目立っていた。
聖杯戦争。
何でも願いを叶えてくれる聖杯を巡って、古今東西、あらゆる英霊たちが死闘を繰り広げる儀式……らしい。
らしいというのは、まだ田中に今一自覚が薄いからだ。
目覚めてすでに一週間、まだ他陣営との接触はないこともあるが……。
(本当にこいつ英霊なのかよ?)
正直、目の前で半額弁当を食べているこのハゲが英霊なんて大それた人物とは思えないのもその一因なのだが……
聖杯。その漫画のような設定に、少なくとも好奇心に押され高校を中退したとき以来の緊張とワクワク感も最初はあった。
だが、こうして我が家に上がり込んできたサーヴァントとなしくず的に暮らしている内に、それも忘却の彼方だ
「おっし、俺も食うか。ソースとって」
「あ、どうぞ」
ニートたちの聖杯戦争は、まだ始まってすら居なかった。
【クラス】
ニート
【真名】
無銘(24歳のニート)@現実
【属性】
中立・中庸
【パラメーター】
筋力D 敏捷C 耐久E 魔力E 幸運D 宝具EX
【クラススキル】
ニート:A++
成人してもなお、ロクに働かずダラダラとした堕落的な生活を送っていた者が得るスキル
ニートの代表格として一部で知れわたっている彼のランクはかなり高い
己の陣地内では魔力の回復速度が早まり、また、その場で戦闘を行った際には自分たちに有利な状況を引き寄せることが出来る。
しかし、デメリットとして、このスキルを持つ者は外部から必要とされた行動に積極的な参加の姿勢を見せず、あくまで己のやりたい事を優先する傾向が高まる。
なお、このスキルを持つ者が陣地を作成することはない。あくまで、自分の保護者や他人が作り上げた陣地に住み着くだけである。
【保有スキル】
共同生活:C
第三者の合意のもと、マスター以外の人間から魔力供給を可能とするスキル
ニートの場合は、サーヴァントとして体を維持するための魔力を最大で3/1まで押さえることができる
ニートの精神:A+
ニートでありながら、何ら恥じること無く自分は幸せだと断言するほどの圧倒的精神力。
精神干渉系スキルを完全にシャットダウンする
貧困率:D
人生においてどれだけ金銭と無縁かと言うスキル。ランクDは、通帳に一桁しか預金がないレベル。
真名秘匿:EX
真名及び過去に何をしていたかと言う事の露呈を防ぐスキル。ランクEXはあらゆる宝具やスキルは当然の事、魔法を用いたとしてもその素性が割れる事はない。
その思想は広く浸透しているのにも関わらず、彼自身の情報はほぼ知られていないという逸話に由来している。
【宝具】
『働いたら負けだと思ってる』
ランクEX 種別:対思想宝具 レンジ:無限 最大補足:ニートと接触したものすべて
通常なら宝具扱いするのも憚られるほどの妄言にすぎないが、誰に強制されたわけでもなく、一つの世代に確固たる思考として確立させられた概念のために、非常に高い神秘を内包している。
そもそも、従来から指摘されるように、昨今の労働環境は総じて良好なものとは言えず、特にバブル経済崩壊後を皮切りにその傾向が、特にブルーカラー層に対して顕著に表れてきている。
2007年までは全体的且つ、部分的ではあるが経済の悪化に歯止めが掛かりかけて来ていたが、2008年のリーマンブラザーズ証券会社の倒産を初めとした、関連する利用会社がうけた経済的な打撃の一連の流れである リーマン・ショック によって、日本経済は一気に傾いた。
結果、派遣従業員の大量解雇、労働環境の悪化、また給与、所得の大幅な減少となって多くの労働者達が一斉に被害を被る形となって現れる事となり、苦肉の策で持ち直した日本経済は一気に一〇年前の状態にまで押し戻される事となってしまうのである。
そして、これらに絶望した若者達は両親に中所得層を持つ者を中心に、「就職しにくい」事を建前とした、労働を放棄した形で生活を行う事に活路を見いだし、多様化する生き方を選ぶことが出来る現代社会において、あえてニートという、一切の価値創造を否定する生き方を選ぶ事となるのだ。
これらの前提を踏まえ、過酷な労働環境や生き馬の目を抜く現代社会に対し、文面だけになりつつある「スローライフ」の社会的な早期実現を訴えると供に、いわゆる「まじめな者がバカを見る」社会機構に対するアンチテーゼとして、特に現代において「働いたら負け」という新しい価値観の創造性を持つ6文字の言葉が成立する事となるのである。
この「働いたら負け」という言葉は、社会を構成する者達から侮蔑的な視線を送られると供に、現代社会に対して嫌悪感を持つ多くの者達から同意と賞賛の声をもって支持されている。生活保護で生活した方が働くよりも高収入で楽な生活が保障される現在の日本ではある意味ふさわしい言葉になってしまったのは皮肉なものであるーー
ーーといったような雑談は置いておくとして、この宝具の真骨頂は、ニートと接触した人物は誰であろうとも「働いたら負け」という言葉を確固たる真理であるとして相手に認識させる事である。 この効果はサーヴァント、マスター、NPCの区別無く有効。
この「働いたら負け」の「働く」は非常に広い範囲に当てはまるものだが、この聖杯戦争においては専ら戦闘に当てはまるだろう。
その場合、一度この宝具の射程内に収まった人物は、どれだけ精神力が強かろうが、聖杯に望みをかけるだけの願望/信念があろうが「働い(戦っ)たら負け」と無意識の内に思い込み、そもそも戦闘を行おうという気すら無くなってしまう。
また、この効果はAランク以上の直感、またはそれに関するスキルがなければ「働いたら負け」という風に思考が変化させられているということにすら気がつけない。
【weapon】
そんなものはない
【サーヴァントとしての願い】
ニートに優しい世界を創る
【人物背景】
2004年頃からNEETが社会問題化し始めたときに、あるニュース番組で流されたインタビューで上記の宝具の思想を語ったのが彼、24歳のニートである。
その発言は当時相当な波紋を広げた。
「きめぇwwwwwwwww」とか「神wwwwwwwwwwwwww」とかはともかく、やはり「こんな奴らの生活保護に税金が当てられるなんて」といった正鵠を射た批判も多かった。
しかし、この軽はずみともとられかねないこの発言は“よく”考えれば様々な解釈が出来る。 例えば、この発言の主は当時24歳で定職に就いていなかった為、人によっては様々なバックグラウンドを想像するだろう。
きっと就活で悉く敗れて開き直った挙句に負け惜しみを吐いて強がりを見せているに違いないといった想像を働かせる人間がいても何ら不思議ではないのである。
ただ、この手の輩の多くは定職こそは無いものの、財力はその辺の食堂で定食にありつけるくらいの余裕はある。
一方で、大卒でも就職が難しいこの御時世に中卒の身分で職探しをしなければならなくなったら、厳しい道程が待っている。
力仕事が主な鳶職、土方、塗装工以外は縦しんば就職が出来ても正社員になるのは絶望的で、まず即戦力扱いには絶対されない。
職場での冷遇も並ではないだろうし、給料も期待は出来ない。それこそ彼らの言う「働いたら負け」な状態なのかもしれない。
そもそも他人の走狗などになって権力者に自らの労働を売る事がバカバカしいと思った故の彼なりの労働拒否宣言なのだろうか。
「働かないこと」を美徳と捉えるという新境地に達していることから、「働いたら負けかなと思ってる」との言葉を出すに至ったのだろう。
【マスター】
田中広@中退アフロ田中
【weapon】
そんなものはない
【マスターとしての願い】
とりあえず帰りたい
【能力・技能】
釣り(ヘラブナ釣り)好きでかなり上手い。野球は嫌いだが、野球部顔負けの実力を持つ
【人物背景】
屁理屈屋で単純な性格のアフロ。最近、高校を中退した
【方針】
とりあえず生還。
最終更新:2016年06月11日 08:07