依拠プロトコル
対象とする歴史的言説(古くからの、古伝承)
キーの配列に就ては何故アルファベット順に配列されて居らぬかは初學者の誰しも起す疑問であるが、現に使用せられてゐるキーの配置はUnivenrsal又は Standard Keyboardと稱せられて、此配列法は左右双手を相互に迅速に活動し、平均に使用させんが爲めで、之れによつてタイプバーの衝突を比較的に輕減する事が出來、尚ほ又速力の點から云つても最も利益があるのである。
http://www26.atwiki.jp/raycy/pages/116.html
- 小林三郎『英文Typewriterの発達とDvorak Keyboardについて』, 電気通信大学学報, 第18号 (1965年8月), pp.69-78
これは、実際、市中から採取された文言である。「意図的に打ちにくく」は、「バーがもつれないように・バーが絡まない範囲で」かつ「可能な限り打ちやすく」が二大目標レンマで、その結果が「打ちにくく」と感じるのは、絡み対策の必要性を軽視できる観点にいるからでもあろう。絡み対策の必要認識の軽重の問題であろう。
この最後の例は、後知恵構成的、実際の取材文言といえるかどうか。なぜなら、本書の構成上、後段でたたきやすいように、伏線が埋め込まれている可能性あり、、取り扱い注意、、
だが、この文面だと、「アーム同士が絡まるトラブルが増えていった。そこで、アームの衝突を防ぐために」となっている。これは、「絡まる」に「衝突」も含まれるのか、あるいは、少なくとも、「衝突」という事象を認識対象には挙げているってことだ。なあ。てか、「アームの衝突を防ぐために」説と読めるなあ。ならば、ショールズらの開発期に限局すれば、真言である可能性があるかもしれないタイプだな。タイピストをテスタータイピストと読み、あとはアームの問題だけだ。アップストライクを思い浮かべていない問題は、デコード者側の問題で文言メッセージ記号信号符号とは別だ。文面を読む人が読めば、アップストライクのことときちんとデコードして読むことも可能だ。読む者聞くものが、どのような古語デコード表を持っているかによる。アームという機構だって、英語文献ではどうなってますか?
そうか、古語なんだな、、現代語と同じ顔して、歴史古語が混じってる、、歴史辞書を参照して読まなきゃならないわけわかのいわば「のりと祝詞」状態なんだよ、言説は。タイプバーはどうだろかな。開発期のタイプライター、それは、アップストライクだったんですよ。タイプライターの古語。フロントストライク機時代の日本人に説明するならば、当時1870年ごろ開発期のいわゆるアーム部位、ショールズらはタイプバーと記し、あるいはタイプ・レヴァーやレター・レヴァーなどと呼ばれた、。
US Patents の long-arm and short-arm
そうだ、むしろ、タイプバーは呼称として確立しておらず、むしろ、サイエンティフィック・アメリカンが記した、タイプ・レヴァーのほうが、一般に周知された語句ということにさえなる。そしてそれら現物を共通に理解しうる説明概念的呼称としては、むしろ、アームのほうが、通用概念として、ことに初期タイプライター黎明期においては、幅を利かせていたぐらいかもしれない。
「打ちにくくなるように」は、「ポストelectronic era」的な観点移動によって起こったことかもしれない。人間工学もある現在の観点から見れば、そのショールズらの解決策は、使い勝手第一主義ではなくて、機構的制約下での最善化であった。そこんとこ、現代の観点からみれば、限界がありますよってな。
ほんとに、「なるべく打ちにくく」ってな文言は、あったのかなあ。そういう言説は、あったのだろうか。最遅配列、遅とは言ってないのか。最回りくどい配列かな、何だろ、最まどろっこしい配列、最わずらわしい配列、最煩雑配列、、
意図的に打ちにくく、わざと打ちにくく、は、あっても、 なるべく打ちにくく、っていうのは、最大限できる限り打ちにくく
最もならば、最大とは限らず、大雑把に言ってかなり最大の部類に属するってな使い方もあろうが、
意図的に、わざとは、そういうチューニング方針のもとってことで、なるべく絡まない方針のもと、それと打ちにくいは、必ずしも同義でない、比例しない、、。
なるべく絡まずに結果としてトータルなるべく早く打てるようにした。なるべくが二つけんかしてる。ま、これが、レンマが二つ、ジ・レンマ状況。そこで、間を取った解決、ほどの問題が出てくる。ほどほどのバランス、程度。最善的解決案が求められる、 その結果が、「打ちにくくした」と受け取られてしまう、、
ポストelectronic era
――つまり
アフターというかポストelectronic eraの、タイプバー関係ない世代から見れば、みょうちくりんな制約があったものだ、それと、打ちやすさとは、両立するの?ってな感じはある。
ところがどっこい、全部ではないが、両立する面も、確かにある程度はあるんだなあ、これが。ってのが、いまの感触。もちろん、最善って意味じゃなくて。まあ最悪ってわけじゃあないってな。
どういう点かというと、感じとしては、まず、digraphをタイプバスケット上でつなげると、打ちずらそうな感じがする。ホームポジションとか、一段に並ばなくて、ジグザグになっちゃいそうだ。でもないかな?THだけが特に、高頻度子音連続文字digraphなのかな?
あと、数字段を設けたて、そこに母音の多くをはめ込んだ。
でもじゃあなんでDvorakはそうしなかったか。ん。
まっ、おいおい考える。ってか、Dvorak時代には、タイプバスケットは半円になっていたから、文字上段でも中段でも、どっちでも大して絡みやすさの程度が変わらなくなっていたからかな?
あっ、Dvorakもフロントストライク式の絡み制約下のQWERTY式スタガー配置制約下でのデザインであったと、想定してます。
http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/707c682eec7c211df6ca9612e9e04fe0
http://www26.atwiki.jp/raycy/pages/94.html
ショールズ後年特許配列
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最終更新:2009年09月10日 12:55