「どうなってやがる」

 夜道、一人の少年がそう吐き捨てた。
 少年の容姿を一言で言い表すならば、"厳つい"という単語に集約される。
 大柄な体格に無精髭、目元には得体の知れない傷跡。
 はっきり言って少年という呼称も大分厳しい。だが決して老け顔ではなく、どこか貫禄のある風貌の持ち主だった。

「俺は死んだ筈だぜ。おいおい、まさか本当にあのクソジジイが生き返らせてくれたってのか?」

 少年こと川田章吾は――兵藤和尊が言うところの"死人"である。
 川田は間違いなく、一度死んだ。この状況と苛つくくらい一致する殺し合いに参加させられて、その末に命を落とした。

 血が抜けていく感覚。
 それによる体の震え。
 冷え切っていく体温。
 "死"の感覚を余すことなく記憶している。
 最後。安堵と共に意識が途切れる瞬間まで、はっきりと。

 だというのにこれはどうしたことだ。
 体は温かく視界はクリア。腹を撫でても傷どころか痛みひとつない。
 生きている。死んだ筈の自分がまるで何事もなかったみたいに生き返っている!
 これにはさしもの川田も混乱の色を隠せなかった。
 死んだ人間は生き返らない。医者の息子である川田は、それを人一倍よく知っていたからだ。

 しかし川田章吾は今、誰の目から見ても明らかなほど、完膚なきまでに――生きていた。
 ひとりの生者として息を吸い、鼓動を打ち、頭で考え、足で歩いている。
 兵藤の言葉がぐるぐると、川田の頭の中にずっと残響していた。
 ぐるぐる、ぐるぐると。

「七原と典子さんは……居ないか」

 直前まで参加させられていた"プログラム"で戦いを共にした善良な二人の名前がないことに川田は安堵する。
 だがすぐにその表情は険しいものへと変わった。自分以外の死者の名前も、名簿には記されていたからだ。
 まずは"第三の男"三村信史。これはいい。問題はその次の二人……桐山和雄と相馬光子である。

 特に桐山が居るというのは非常に不味い。
 あれは文字通りの超人で、悪魔めいた殺戮マシーンだ。
 前回は総力戦の末、どうにか倒すことが出来たが……出来ることなら二度と戦いたくない。心底からそう思える相手だった。
 尤もそういうわけにも行くまい。あの桐山が早々に退場してくれるなんて幸運はまず望めない。
 出会ったならまた殺し合いをするしかない――前回の二の舞にならないよう祈りながら。

 心境は複雑で頭の中は未だ混乱気味だが、それでも川田の中に殺し合いに加担する選択肢は一切存在しなかった。

「……にしても三度目とはな。俺のことが余程嫌いか、神様よ」

 くつくつと皮肉げに笑いながら、川田は与えられた支給品を検める。
 確認の後で手に取ったショットガン。銃把の吸い付くような感触が手に馴染む。流石に三度目ともなれば銃の扱いも慣れたものだ。
 実戦経験有りの中学生だなんて、軍部にしてみれば喉から手が出る程欲しい人材だろうな。川田は自嘲するようにそう零した。

 殺し合いには乗らない。手段を見つけ出して逃げるか、或いは先のプログラムでやったように主催へ一発かます。
 それが川田章吾の行動指針だ。これだけは、どんな状況に置かれていようと決して揺るがない。
 一度目のプログラムの無念。二度目のプログラムで七原秋也や中川典子と勝ち取った勝利。
 二つの経験が、見てきた生き様が、川田の道をそっと示してくれる。ならば後はそれに従うだけだ。

 自分が何故生き返ったのか。
 今回はどうやってゲーム打破への糸口を見出そうか。
 考えるべきことは無数にあるが、足を動かしながらでも思考することは出来る。

 頭をフルに回転させながら、川田は神社へと続く階段を登っていき――そして。

「―――」

 境内が視界に入ると同時に、目を見開いて驚いた。

 そこに――何かが居た。人の形をした何かが、夜闇の中ひとり佇んでいる。
 "それ"は中性的な顔立ちをしていたが、着ている制服は男物だ。
 川田よりもずっと背の低い、華奢な美少年。その手にはサバイバルナイフが握られているのに、まるで剣呑さというものを感じない。

 そのあまりに現実感のない、どこか隔絶されたような佇まいに、川田は思わず息を呑んでいた。
 少年も川田の存在に気付いたらしく、二人の視線が交差する。
 そこで川田はハッとした。自分は今、得体の知れない、その上武器を持った参加者を前に棒立ちで無防備を晒している。
 二度のプログラムでこんなことは一度としてなかった。この島で誰より殺し合いの何たるかを理解している筈の彼が、まんまと忘我の境地に立たされた。

「あ……えっと。あなたも、このゲームの参加者なんですか?」

 苦笑いを浮かべながら川田へ問いかけた時には、既に少年から先の超越的な雰囲気は失われていた。
 どこにでも居るような普通の男子学生。彼に失礼な言い草にはなるが、とてもそんな大それた人間には見えない。
 少なくともあの桐山と撃ち合っておいて、今更気圧されるような相手では決してない筈。
 狐につままれたような心境の川田だったが、「俺も大概参ってるのかもな」と苦笑を浮かべると、気のせいとしてそのまま処理してしまった。

「ああ。その口振りからするに、あんたもだな? お坊ちゃん」

 少年の首にも自分と同じ、白く無機質な首輪が装着されていた。
 反逆者や穴熊を決め込む参加者を排除する爆弾入りの憎たらしい機械。
 そこまでは一緒だが――ぱっと見にも、政府制のナントカという首輪よりずっと精巧に作られているのが分かる。
 七原達の一件から学んだのか? と、川田は反吐を吐きたい想いであった。

 そんな川田の胸中など露知らず、少年は頷いて肯定を示す。

「僕は……潮田渚って言います。"ゲーム"には乗ってません」 

 この時――川田章吾はまだ知らない。
 彼が先程垣間見た少年の異常な雰囲気は、気のせいなどではないことを。
 彼が中学生活最後の一年間を費やして、一体何に打ち込んできたのかを。そして、何を成し遂げたのかを。
 遠くない未来、彼は知ることになる。自分が出会った少年は、ともすればあの桐山和雄以上に"殺す"才能を持った"怪物"であると。

 バトル・ロワイアルに二度放り込まれ、此度三度目に挑む少年と。
 暗殺の技能を一年間叩き込まれ、その手で師を殺めた少年。
 それぞれ全く違う修羅の道を歩んできた二人が今、夜の境内で邂逅を果たした。


【一日目/深夜/E-2・神社】

【川田章吾@バトル・ロワイアル】
【状態:健康】
【道具:FN-SCAR、不明支給品×2】
【スタンス:対主催】

【潮田渚@暗殺教室】
【状態:健康】
【道具:サバイバルナイフ、不明支給品×2】
【スタンス:対主催】

000:オープニング 時系列順で読む 002:白黒ファンデーション
000:オープニング 投下順で読む 002:白黒ファンデーション
潮田渚 :[[]]
川田章吾 :[[]]

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2018年05月06日 04:15