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平成19年7月28日~29日 明石・堺へ

平成19年7月28日 明石


仕事を終えてそのまま夜行の高速バスに乗り、慣れずに寝苦しいバスでの一夜を明かして、大阪まで行きました。

大阪から鉄道で明石へ。

源氏物語にも登場する風光明媚な街明石は、日本標準時子午線が通ることから、必ず中学校1年生で覚えなければならない街でもあります。

駅から北へ歩くと、明石公園です。

この公園はもともと明石城のあった場所に整備されたそうです。

そして明石城の城下町を設計したのは、かの有名な剣豪宮本武蔵です。

公園を抜けて、まずは柿本神社へ参拝に。

こちらの御祭神は歌聖と呼ばれる柿本人麻呂公です。

人麻呂公の残した和歌には、明石で詠まれたものもあります。

境内には、人麻呂公の和歌を刻んだ石碑や、ゆかりの木々があります。


大君は神にしませば天雲の
雷の上にいほりせるかも


そこから歩いて程近いところに、明石市立天文科学館があります。

夏休みの子供たちに天文学への興味を深めてほしいという願いがあるのか、館内のプラネタリウムでサマーアカデミーという催しが行われていました。

この日のゲストは、我が国が打ち上げを予定している月探査船「かぐや」計画の立役者、会津大学教授の寺薗淳也先生。打ち上げについてのマル秘情報など、サービス精神満載のお話しで、大人でも十分に楽しむことができました。

子供からは、「なぜ毎日形の違う月が出るの?」という内容の質問もありましたが、ユーモアも含めて丁寧に答えていました。

「かぐや」をはじめとする各国の月探査計画が、今年から次々に始まるということで、これまで解明されなかった月の謎がたくさん明らかになるだろうという期待もある一方、月にうさぎがいるんだよという素朴な「夢」は、もう子供には通用しない時代なのだというさみしい気持ちも、多少感じたのでした。

プラネタリウムを鑑賞しながら、少しの睡眠時間も確保できました。

ここの時計塔は、東経135度日本標準時子午線標識を兼ねています。

昔のイギリス人が地球上に引いた線のうち、日本にとってキリの良い数字の線が、歴史ある明石市を通ったというのは、なんという偶然でしょう。

館内のあちこちには135度の線が引かれ、それ以外の展示もなかなか充実しています。

教科書で読む135度線を子供に話すことは簡単です。

しかし実際その地を訪れ、その地の空気を吸って帰ると、きっとより身近なものとして伝えられるのではないかと思います。

もちろん名物「明石焼き」を食べることも忘れませんでした。

平成19年7月29日 堺


二日目、と言っても今回の旅の最終日。

この日は大阪の堺方面へ行くことに決めていました。

帰りの高速バスの時間も気になるし、目的地までかなり距離があるため、行く先は二か所に絞り込むことにしました。

まずは大鳥神社。

和泉国の一之宮です。

御祭神は日本武尊と大鳥連祖神。

東国平定を成し遂げ、お帰りになる途中、伊勢の能褒野でみまかった日本武尊は、白鳥になって陵から飛び出されたという伝説があります。

その白鳥が最後に降りてとどまられた地に御創建されたのが、この大鳥神社なのです。

境内には種々の樹木のよる広大な森が拡がり、夏でも涼しい風が通っていました。

それから最後の目的地である仁徳天皇陵へ。

上空からの写真などで、均整のとれた美しい前方後円墳の全貌が知られていますが、三重の堀の外側にある正面に立つと、小高い丘のように見えるのが不思議です。

歴代の天皇のなかでも特に民を貴ぶ心が篤かったと伝えられる仁徳帝。

そのたぐいまれな仁慈の心は、次の御製からも伝わって来ます。


高き屋にのぼりて見れば煙たつ
民のかまどはにぎはひにけり


日本の繁栄は、気高く慈悲深い天皇というリーダーがあったからこそなのだと、今更ながら感激しました。

帰りのバスまでまだ時間があったので、通天閣へも登りました。

アメリカの女性芸術家の夢に現れたというビリケン像に手を合わせる人々を見て、やはり多神教国日本はおもしろい国だと思ったのでした。

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最終更新:2008年12月14日 14:55
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