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食料増産 ~田植えと羊と城前と時々河童~

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食料増産 ~田植えと羊と城前と時々河童~


 この日もリワマヒの太陽は、暑い。
 とにかく夏は暑いこの国。
こんな日は決まって皆でコタツでだらだらと、とにかく甘いことで有名なはちみつ揚げ煎餅と
キンキンに冷えたシャイ――これまた砂糖が飽和しているほど甘いお茶とを交互にかじってはすすり、
口の中に張り付くような甘みが運ぶ幸福感を味わいながら過ごしているはずである。
 ちなみにこのメニュー、
一歩手前まで近づいている糖尿病の恐怖で背筋が凍るので夏にはもってこいである。

 そんな昼下がりを送るはずだったのに、今日の雰囲気は明らかに違っている。
とにかくあわただしい雰囲気だ。

 会議室の中には兼一王が林立する羊皮紙のタワーに囲まれ、執務席で身動きが取れなくなっているし
つい最近、半ば強制的に吏族に召集されたイドは涼しいと眠気に襲われるからと、
コタツから這い出て吏族専用の豪奢な机で筋肉に伝って流れる汗を輝かせながら、
ガリガリと筆を走らせ書類を積み上げている。
扉をはさんだ向こう側では古参吏族、平祥子が何かを叫びながら駆け回っている音が聞こえた。
宮城内は仕事の鬼が跋扈する、文字通りの修羅場であった。
 すべて、藩王の一言が始まりだった。

「ヤバイ……食後のお菓子がっ! 」



 そう、にゃんにゃん共和国に所属する全藩国に食糧増産命令が出されたのだ。
リワマヒという国は豊かな国土に恵まれ、今だかつて飢えで苦しんだことはない。
それに加えてリワマヒ人にとって最大の楽しみは食事、
と言われるほど食べ物に対して熱意を持ち、同時に執着心が高い。
そのため常に必要以上の食糧を生産し、
食糧自給率は軽く150パーセントにも達する飽食国家なのである。

 しかし、いくら豊かな食卓事情といえどもリワマヒは小国であり、
にゃんにゃん共和国の藩国全てに一律で課せられる莫大な兵站物資を
要求されようものなら大変なことである。
 その量、数字にして15万t。
 食糧庫をひっくり返しても当然足りず、このままでは次の冬の食糧すら危ぶまれる。
つまり、食後のお菓子程度ではすまないのである。

 そういうわけで国家存亡の危機に瀕しているのだが、食事を愛する国民に対して
おかわりを自粛しろだの、食後のお菓子を我慢しろなどと藩王が叫び出せば、
全国民による大クーデターにより兼一王は玉座から引きずり下ろされるだろう。

 つまり一年の総食糧生産量の約8割を担うこの夏季、
例年以上に大量の食糧を確保できなければ、この国は終わる。
大げさな比喩ではなく、本当にこの国は滅亡するであろう。



 国家存亡の一大事だというのに新品のわかばマークと入国と同時に剃った頭頂部が光り輝く男、
この国で最も新しい国民である幻痛は小心者故、なにか手伝えることがないかたずねることもできずに
兼一王が食糧増産命令を発令した時のポーズで一人コタツに入っていた。
他の国民や藩王も自分の仕事で切羽詰っているのに、
仕事もろくに覚えていない新入りにいちいち仕事を教える道理があるわけも無い。

(実際は状況に応じてお仕事してもらってます。幻痛さんありがとう! 兼一王)


「じ、自爆したい……」

 沈黙の魔術師にして踊るバカ、そして偉大なる大嘘つき岩田裕――あくまで彼の脳内で――
に憧れを抱くこのハゲ男、穴があったら入りたいと考える前にそう考えていた。
もちろん、彼のつぶやきに貿易関係の処理に追われている兼一王もイドも気がつきもしない。
ついつい独り言を言ってしまった恥ずかしさに耐え切れず、コタツから飛び出して走り去った。

 リワマヒ観光局発行のパンフを握り締め全力疾走していた幻痛は人に聞けないなら自分で、
あくまでさりげなくこっそりとがんばっている国のみんなを観察しようと思いたって
長城を途中で降りてジャングルへ向かって進路を変更した。
まずは牧場を目指そうと思っていた。



「それでは牧羊猫のみんな、今教えたことを忘れないでくださいね~」
 救国の技師、シコウはジャングルと市街地の境目にある羊牧場にいた。



 リワマヒ藩国は漁業、農業、畜産業、全てに力を入れている。
つまり、なんでもおいしいおいしいと食べる国ということだ。
牛肉、鶏肉、羊肉を主に食べ、どの動物も牧場にいけば目にすることができるが
特に羊が最もポピュラーとされている。
 その理由は三つある。

 まず、牛は労働力として期待されている。
季節の変わり目の大洪水で肥えた表土が運ばれるので非常に農業に向いている風土なのだが、
毎年その洪水により田畑はほとんど無かったことにされてしまう。
その都度広大な面積を耕さなければならないので、その分大量の労働力が必要なのだ。
もちろん、おいしいので食べてしまうが。

 二つ目には羊から得られる、肉以外の存在が挙げられる。
宮城や学校にて大量に使用される羊皮紙、刺すような冬の厳しい寒さを乗り切る為の羊毛、
そして保存食の一つである、フェタと呼ばれるチーズ。
 食塩水中で熟成させるために強い塩味があり、海に面しているリワマヒ向けの食べ物で、
これと羊肉から作られたハム、柑橘類の果物と青野菜のサラダはサラダにもかかわらず
主食として食べる愛好家がいるほどにうまい。

 そして最後の理由が、牧羊猫である。
牧羊猫とは羊牧場で羊達を追う猫のことである。
すばやく動き、列を乱そうとしたり脱走を企てる羊には容赦なく両の手の爪で引っかく。
その引っかきの抑止力は高く、牧場経営者の強い味方なのである。
 リワマヒの牧場はほとんどがジャングルに隣接していて、
森の中に逃げ込まれると捜索は困難を極め、
食べ物も豊富にあるのでまず帰ってくることはないという。



「ん~。大変ですね~」

 彼女は牧羊猫の教育係を任命されていた。
画期的なシステムと思われていた牧羊猫にも、唯一最大の弱点があった。
それは羊毛に弱いこと。
 夏季に入るとすぐに羊毛刈りが始まるが、牧羊猫達はこの羊毛を見つけると
その中にダイブしてはにゃ~んとなってしまい、仕事をしなくなるのだ。
この隙に脱走し森の中に消えていく羊は後を絶たない。
それは年間100頭に届く勢いで、森の中には羊の王国ができてしまっているとかいないとか。

 ちょうど牧羊猫の教育を一段落終えて、一息ついたところだ。
勝手気ままな猫たちも救国の英雄の言うことには、みんな素直に従っている。
 順調順調と満足げに微笑んだその時、牧羊猫たちがざわつきはじめた。
 その気配はなにか質量のあるものの足音とともにこちらへ接近してくる。
シコウがそちらへ振り向くと特大の羊が群がる牧羊猫のかきわけ、
何匹かを吹き飛ばし巨大シダ植物生い茂る森へ向って、猪突猛進している。

 この羊、去年のベスト・オブ・リワマヒシープに選ばれたそれは大きな羊である。
今年の出荷されることが決定していて、その引き締まった肉の食感と
とめどなく溢れ出すであろう肉汁ははリワマヒ史に残るであろうと言われている。
 どうやら極上のステーキになって宮城の食卓に並ぶのを拒否したようだ。
このままではこの羊を食べるのを楽しみにしていた兼一王が悲しむだろうな、
などと考えているうちに羊は牧場とジャングルの境目に到達しようとしている。
ボーダラインと羊との間にいるのは、先日の冒険よりシコウにしっかりなついていた
本日付で牧羊猫となった二匹の兄妹。

「とめてくださ~い」

 敬愛するシコウの声に刺激された二人の兄妹は勇敢にも立ち向かった。
羊の方も今までより速度を上げ二人の兄妹へと向い、右のヒヅメを振りかざした!
そのヒズメは片方の猫の耳をかすめ、
猫のすぐ背後にあったバナナの木をチョキのような形で深くえぐる。

 そのやわらかい羊毛と緩慢な動きからは想像しがたいが、実は羊は気性の荒い動物である。
毛を刈ろうとした牧場の新米が勢いあまって皮膚ごと毛をむしりとってしまい、
怒った羊に怪我を負わされるというのは、よく聞く話である。
なんでもリワマヒの怪我人の多くはこれによるもの、
しかもそのほとんどがこの羊のせいなんだとか。

 ともかくヒズメの形に穿たれたバナナの木からは大量の水が噴出し、
シャワーのように二人の頭に降り注いだ。
 バナナの木は中に大量の水を溜め込む構造になっているのだった。
 大嫌いな水から逃げ出す兄妹。
そして誰も彼を止めるもはいなくなった。
シコウは30人分のメインディッシュが、
とひどく残念そうな声でつぶやきながらがさがさと音を立てて突き進む羊を見送った。


 幻痛は迷っていた。
このパンフについているリワマヒの地図には牧場の位置が載っていなかった。
地図も見ないで適当に走ったので長城どこにあるのかわからない。
自分の愚かさを呪う間もなく、すぐ後ろの茂みがざわめきだす。

「この国、熊とかいないよね?」

 とつぶやくよりも早く茂みから飛び出してきたのは、大きな羊だった。
猫の瞳を90度傾けたような羊の瞳が怪しく光る。



 激しい陽光がすでに浅黒い皮膚をさらに黒く焦げつかせている。
暑さにも負けずに、先生の指示に従って黙々と苗を植える学生達。
学徒動員というわけではない。
近くの田んぼのお手伝いをしにくるのは例年の事だ。
ただ、今年はいつもより時間が長い。

 ズボンの裾をたくしあげた薊は午前中いっぱいの時間を使って植え、整列している苗を見渡す。
彼が植えた面積は何アールあるか検討もつかない程、広大だった。
しかしそれも周囲に広がる田全体の百分の一にも満たない広さ。
 何十本ものあぜ道の先に長城が立ちふさがっているのみで、人工物はそれ以外には見当たらない。
背の高いシダ植物達と長城に囲まれている田んぼは、
長城が作り出す影の寸前のところで終わっているあたり絶妙の一言に尽きる。

 手に持っていた苗の束を使いきり曲がりっぱなしだった腰を体操して伸ばすと、
血流が急によくなり背中がしびれ、熱くなった。
 牛に苗を大量に放り込んだバスケットを引きずらせ、
生徒達の作業を見守っているこの田んぼの主に
 苗を貰おうと声をかけようとしたとき、別の学生達の騒ぎ声が聞こえた。

「河童だ、河童が出たぞーっ! 」
「馬鹿でかい羊もいるぞっ!!」
「追えーっ! 」

 次の瞬間彼の目の前を横切ったのは足首を泥だらけに汚した三人の男子学生と巨大な羊、
そしてどっからどう見ても河童にしか見えない髪型の知ったような奴だった。

「その河童、人間だよ」

 と教えてあげようとしたが、彼はやめた。
 その三人と二匹が、彼の植えた苗の列を横切ったからだった。



 ここは海の上、といってもリワマヒ湾を横切る長城の上。
そこでは大洪水の間に避難させておいた養殖用の魚貝類を再び海へと戻す作業が行われていた。

 栄養豊富なリワマヒの海では天然に多くの魚貝類が取れるが、養殖業も盛んだった。
鉄砲水が海の汚れを洗い流し寄生虫なども元々いないリワマヒ近海では
抗生物質などを使う必要はまったくなく、漁民達も海を汚さないように万全の注意を払っているので
養殖と天然でも、あまり味に差は無かった。
 長城を支える支柱の中には水を溜め込んでおける巨大な空洞があり、
そこに水をためる事で大洪水の間、養殖用の魚貝類を避難させておくイケスとして使われた。

 今は牡蠣用のイカダを組んでいるところだ。
牡蠣は殻をワイヤーに通し、それを何条もイカダから吊るして養殖する。
 そんな時、ヒズメの音が近づいてきた。
 そう、河童とドデカイ羊と学生の集団である。
騒ぎを駆けつけたのか、学生はさっきよりも増えて数十人はいる。



 このとき河童もとい幻痛は、完全なランナーズハイに突入。
 ただただスリルを求めて輝くリワマヒ湾への、大きな一歩を踏み込んだ。



 驚く養殖業者を尻目に長城から迷わず飛び込む河童と、急ブレーキをかける羊と学生達。
 だが石造りの床でヒヅメではほとんど減速せずに、
二匹は豊かなるリワマヒの海に抱かれ沈んでいった。



 しばらくして、宮城のオコタ部屋兼会議室ではまるで葬式のような空気が流れていた。
いるのは兼一王、イド、平祥子の三人である。
理由はシコウから去年のベスト・オブ・リワマヒシープが森に消えたとの報告があったからだ。
リワマヒ中の人間から猫にいたるまで、皆この羊を食べる権利をこっそり狙っていたのである。

「ベスト・オブ・リワマヒシープ、無事です~」
「それは本当か……!?」


 突如部屋に入ってきたシコウの報告を聞いて兼一王はじめ、他の二人も万歳三唱!

 だが後日宮城に届いたのは羊ではなく河童のほうで皆を精神的にどん底まで叩き落した。
 羊のほうは無事海から引き上げられた後、にゃんにゃん共和国へ無事届けられましたとさ。



 その後河童は米を粗末にした罰でわかばマークが取れるまでの間、
御飯と肉と乳製品、ついでにお菓子禁止が命ぜられた。
 僧侶のような食事を食べながら、傷だらけのわかばマークを見てこう思った。

 傷は男の勲章だ。

 【おわり】