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食品加工工場・杉田さんの産業育成

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食品加工工場・杉田さんの産業育成





「せっかく工場に勤めてるのに、給料が少なすぎるよな……」

杉田侘介。パン職人だ。
彼は困っていた。
「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」と歴史上の人は言ったかもしれない。
そして彼はパンを焼く時間も技術もあったが、
人はパン以外にもいろいろな物が必要なのだった。ありていに言って、物がなかった。

追い打ちをかけるように、不幸もあった。
実家の兄が継いだ鋼材工場。これが、こげついていた。
今日も職場に、仕事を一緒にやってくれないか。というお願いをしに、兄の宗介がやってきた。
そんなこと言われても、侘介にも仕事がある。
食品加工工場はリワマヒ国でも長い歴史を持っていたが、
度重なる事件や事故によって人口は減り、需要もまた、減っていた。

今日も侘介は兄の事を工場長に詫びながら、工場のラインに立つ。

今日もハードバケット(フランスパンのことである)の焼き加減は上々だ。
黙々と、ベルトコンベアに流れるハードバケットから、金属製の皿を外す。
外した金属皿は、足下のストッカーに落とす。
ストッカーにある程度金属の皿がたまったら、
ストッカーのキャスターロックを外して、奥に押し出す。新しいストッカーを引き込む。

ラインを回しながら、金属の皿を眺める。
「このままで、いいのか」
ただの工員で終わりたくない。彼は流れてくるハードバケットを処理しながら、つぶやいた。
兄の立場をも、思う。
兄には妻と幼い息子がいるのだ。

よし。
杉田侘介はその日、工場に退職届を出すと、
実家の鋼材工場へと、勤めを変えた。



杉田家の名前を継いだ鋼材工場は、杉田鋼材(有)という。
元は鍛冶屋である。
暑い工場内は、杉田兄弟にとっては懐かしいものの一つだった。
杉田の兄、宗介には鍛冶屋であった父の教えがあったが、パン職人の道に進んだ侘介には、それがない。
その代わり、侘介には工場で身につけた、生産管理技術があった。
侘介は兄に言った。
「一つ考えたんだ」侘介の元いた食品加工工場では、自動機械を使ったベルトコンベア式の生産を導入していた。
侘介は工場の退職金と長く貯めた貯金の全てを使い、鋼材の熱と光に耐える工業用マシンを、技術の進んだ西国の業者から購入した。
それはリースの半ば償却された中古品で、大した値打ちもないものだったが、
杉田兄弟は自動機械の扱いを毎日のように勉強した。機会をみてはいじくり続け、様々な鋼材をつくり出した。
しかし、侘介がパンを再び焼くことはなかった。



そうして、1年が過ぎた。

「兄さん」
侘介は宗介に言った。「俺、鋼材の気持ちが何か、分かってきた気がする」
宗介は微妙な顔をしたが、侘介は食品加工工場で学び、学問を修めた、大事な弟だ。
今ではすっかり、疲れた顔も背負っていない。
そうか、お前はすごいなあ。学校に通ってるだけのことはあったな。と宗介は答えた。
侘介は食品加工工場の夜間学校に引き続き、通い続けていた。工場の親方がそのまま通ってよい。と言ってくれたためだった。
幸いにして、自動機械で生産が省力化できたことから、杉田兄弟はある程度の余暇があった。
「それでさ。
学校で習った事なんだけど、ずっと試したかったことがあるんだ」
侘介の頭と腕の中には、鋼鉄の組成変化に関する温度と圧力の分布図が、くっきりとグラフ化されていた。
元々賢い男だったのだ。
「ただ、それには電気と新しい工作機械が必要なんだ」
兄は考え込んだ。
工場の会計は杉田兄の妻が引き受けていた。財布のひもはきわめて固い。
悩んでいたが、やがてやってみろよと兄はいった。
幸い、電力に関しては、海法よけ藩国からの電力供給が見込まれていた。
非聯合国の関係だったが、大統領府をつうじ、藩国が契約を結んでいたのだった。

侘介は3週と4日にわたる検討のすえ、
時に他国に渡ったリワマヒ国技術者と手紙をやりとりし、
時に聯合国の製造機械メーカー担当者と意見交換し、製造機械の研究に没頭した。


そしてさらに2ヶ月の時が過ぎた。



侘介は兄に声をかけた。
杉田鋼材社長である宗介は、羅幻王国で開催されるという、産業展示会に出展する品物を作るべく、
知恵を巡らせていた。
国際規格であるMANTIS規格の製品を作ることについては、問題がなかった。
だがせっかくの展示会なのだから、何か人目を引く、変わったものをだしたい。そう藩国から直々に注文を受けたのだった。
兄はこれまでの製造品をリストアップしながら、腕組みをした。
そこに声をかけたのが、侘介である。
侘介の手には、やけに重そうな棒状のものがあった。金属製だが、フランスパンに見える。
「?」
「兄さん。これを展示会に持っていくのは、どうかな」
魅せられた。
弟が作ったフランスパンは鈍い輝きを放っていた。鋼でできている。宗介は直感した。こいつはいける。
「割ってみてくれないか」
侘介の言葉に、宗介は受け取ると、まあ、待ってみてくれと言った。
兄は熟練のハンマーでフランスパンを叩き、音と目方を確かめ、そして旋盤で少し表面を削ってみた。
飛ぶ火花に目を凝らし、やがて弟に言った。
「これはアイドレス工場の検査にまわして、調べてもらってみないとわからんかもしれんな」

だが、この表面の硬い焼き入れ、どうやった。そう聞いたが、弟はニヤリと笑うだけだった。



数週間の時が流れた。
アイドレス工場の技師が杉田鋼材にやってきた。
「検査結果が出ました」
手には工作機械で切断された、鋼のフランスパンの輪切りがあった。
「これはすごいですね。表面は堅く焼き締められていているのに、中は柔らかく粘る」
まるで日本刀のようです。一体どうやって作ったんですか。
そう技師と、宗介が尋ねると、はじめて侘介は愁眉を開いた。

侘介は工場のかたすみで研究に研究を重ねた、新たな自動装置を見せた。
装置にセットされた鋼材の周囲には銅製のパイプが巻き付けられていた。
「巻きつけたパイプに、強力な電流を流すんだ。
そうすることで、パイプがコイルの役目をして、電磁誘導をおこす」
「電磁誘導?」
「コイルに流された電流によって、強力な磁場が発生することです」技師が説明した。
「そう、そして、強力な磁場にさらされた鉄には、同じ電磁誘導の原理によって、渦電流が流れる。
渦状に流れる電流は、鉄の表面だけに集まり……鉄の電気抵抗によって、高温の熱が生じる!」
「誘導加熱!」技師は叫んだ。

誘導加熱の法則を使った器具、電磁調理器(IH調理器)は多くの国で実用化されていた。
「……というわけさ。パイプには流水を通してあるから、パイプが熱で壊れることはない」
工場で習った物理の授業を応用したのだという侘介。機械は、高周波焼き入れ装置と命名されていた。
これなら、世間様をあっと言わせられる。
そう確信した宗介と侘介は、改めて固い握手を、かわした。




こうして、リワマヒ国からの発注、杉田鋼材の展示物は「鋼のフランスパン」に決まった。
アイドレス工場の技官が返送した詳細なデータと“フランスパン”の輪切りは、
展示会にて多くの注目を集めることが、期待された。



また、一年の時が過ぎた。


鋼のフランスパンの注目度は絶大だった。
高周波焼き入れ装置が自動機械に属するところもまた、高い評価を得た。
焼き入れの深さ度合い調整 -通常の焼き入れであれば熟練の職人芸が要求される- を、
この装置は電流の周波数を変えるだけで行うことができた。

杉田鋼材の評判は高まり、その評判には必ず「あの鋼のフランスパンの」という宣伝文がついた。
もともと自動機械で生産する前提の工場であったことから、増員ににもよく耐え、業績は急上昇した。
鋼材に関して工業系各藩国からの注文があったことも大きい。
この注文に際しては、大統領府が多く仲介を行った。
今や社名も変更し「フランスパン工業」となった杉田家の稼業は、杉田家の生活を向上させ、
また地域の人々に、安定した仕事と給料とボーナスをも、提供した。
給料の中には、侘介が再び作るようになった焼きたてフランスパンも含まれていたというが、
それは自分の目と舌で確かめるのを、おすすめしたい。



めでたしめでたし。




担当:
文:室賀 兼一






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