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第二話 見知らぬ、教師

姉ちゃんと二人校舎に入り、上履きに履き換え廊下を歩く。
外観に負けず内装もまたしっかりとしていて、少なくとも荒れている、という印象は感じなかった。

ふと、掲示板が目に留まった。
新制限のリストが張り出されていた。…どうやら方針に違いはないらしい。

階段を上がり、二階へ。
職員室の表札が掲げられた教室へと歩を進める。

すると、目標たるその部屋から出て来た一人の男性が俺達の存在に気付いたようで。

心底驚いたように、俺の名前を呼んだ。
…俺も、驚いた。
百聞は一見にどうとやらというが、実際見てみるまでわからないというのはごもっともだと思う。

確かに姉ちゃんと一緒に働いてるとは聞いたけど、…やはり、驚いてしまう。

彼は、俺の遊戯王の師匠で、歳は離れてるけど、恩人とも言える間柄で。

「…サーヴィ」

「…よう来たな、べぇず

昔と変わらない柔和な笑顔で迎えてくれた、名前はサーヴィという、俺の幼い頃からの親友だった。

サーヴィが俺へと近付く。
逃げる理由なんてない。す…と俺の顔を、サーヴィの手が撫ぜた。

「…少し痩せたか?」

「……んなことねぇよ。サーヴィこそ痩せたんじゃないか?」

「はは、何分苦労が多くてな。ちゃんと遊戯王続けてたか?」


当然だろ、と俺は返す。
愛想笑いも昔と変わらなくて、どこかホッとした。

サーヴィも、俺を大和学園へと引き込んだ一因だった。
姉ちゃんがやって来た次の日から毎日のように携帯に電話してきてくれた。
「こっちに来い」「俺が面倒見てやる」。
姉ちゃんの家かサーヴィの家に居候するかで揉めたりもしたっけな。

大学に進学して疎遠になっても、絆というものは確かにあるらしい。

「…あのー…」

再会を噛み締めてると、一人間に入れなかった姉ちゃんがおずおずと口を挟んできた。

「そんなにBLオーラだされても困るんだけど…」

「えっ」

「えっ」

何を言い出すんだ、この姉ちゃんは。
確かに顔が近かったのでちょっと後ろに下がる。

「ねぇさーくん、だいちゃんは校長室にいる?」

「…だいちゃんじゃなくて校長だろ?なら、闘技場で生徒の相手してたよ。挨拶するなら放課後がいいんじゃないか?」

そっか、と姉ちゃんは頷く。
俺の親友ということはやはり姉ちゃんとも親友というわけで、このくだけた会話もまた懐かしさを引き立てる。

「じゃあ俺はSHRに行くからな。べぇず、あんましくーちゃん泣かせんなよ?」

「わかってるって」

じゃあな、と手を振り、サーヴィは俺達と別れた。

知人が二人も、しかも先生ならば、案外やって行けるかもしれない。
何事も前向きに。姉ちゃんから言われた言葉だ。

職員室の前まで来ると、姉ちゃんに少し待つように言われた。荷物を置いてくるやらどうとか。
同行するわけにも行かないので、引き戸の横で待機することにした。

どこの学校も、トロフィーなどは職員室の近くに飾るものなのだろうか。

何気に大和学園はサッカーが強い、とか姉ちゃんがいっていたが。
成る程、県大会の上位入賞の楯などがガラスのケース狭しと並んでいた。
優秀な指導者でもいるのだろうか?

「…カスだな」

「えっ」

類推の最中の冷たい一言に俺はハッとした。
声の主を捜す。
俺のすぐ後ろに、その人はいた。
歳は近そうだが制服を着ていない。もしかして姉ちゃんと同じ教師、なのだろうか?

声色に違わぬ冷たい視線をショーケースに注いでいたその男は、ふん、と小さく毒づき続ける。

「功績をこのように顕示しなければ満足できん人間はたかが知れている。そう思わないか?」

「…えと、あなたは」

俺としてはごく正当な受け答えに思えたのだが、その人は心底呆れたように肩を竦めた。

「通っている学校の教師の顔すら覚えてないのか?貴様は」

カスだな、
なんとなくそう言われるんだろうなぁ…と来たる罵倒に堪えようと思っていたら。

「ってゐ!」

「あべしっ!?」

代わりに聞こえて来たのは、掛け声に付随された打撃音。
いつの間にか戻ってきた姉ちゃんが、出席簿でその人の頭を叩いていたのだ。

「空くぅん…私の可愛い弟に何しちゃってるのかなぁ…?」

「いや誤解だ先生、俺はこの生徒に意見を求めていただけで」

「あ?」

「…う」

姉ちゃんのにらみつける。こうかはばつぐんだ。

…あれ、今この人姉ちゃんのこと先生って言ってなかったか?
私服の登校も認められてるのだろうか。

「全くもう…けーちゃん、空くんにひどいこと言われなかった?」

未遂だった気がする。

「あ、そうそう。この子は空くん、大学の後輩で今年から大和に勤務することになったんだよ」

「…お空だ。日本史と世界史を教えている。そうか、お前がべぇずか…先生が毎日のようにお前のことをモグスッ!?」

お腹に姉ちゃんの膝が入る。
こんな破天荒な先輩を持って大変だなぁ、と少なからず同情してしまう。

姉ちゃんの補足によると、大学時代に共に勉強し合った仲で、BFに関する論文で某の表彰を受け、在学中ながらも大和学園からオファーを貰ったらしい。
いわゆる叩き上げの天才というわけだが…歳が近いせいか、姉ちゃんに振り回された仲という共通項からか、どことなく親しみが持てた。

「ちょっとちょっと、聖職者の部屋の前でなにやってんだい?」

三人で話していると、また一人職員室からやってきた。
今度は女性だった。

「あ、はるちんおはよー」

「おはようくーらん。この子が噂の弟くんかい?」

興味を向けられたので軽く会釈。
姉ちゃん並に快活そうなこの女の人は、ハルカ、と名乗った。当校で美術講師をしている…何故だろう、姉ちゃんがしきりに俺をハルカさんの視界に入れないようにしているのは気のせいだろうか。

「それより聞いたよくーらん、いぶっちの車に突っ込んだんだって?」

「うん。まぁ副校長の車だし」

「まぁぶんめいだしな」

いいのか。
だが不思議と俺も頷きそうになった。彼なら良いような気がしないでもない。

「凄い音だったよ…っていうかくーらんケガしてないの?」

「大丈夫だよ?だって私だし」

「先生だもんな」

「姉ちゃんだしね」

子供の頃、マンションの四階からダイブして無傷で済んだ姉ちゃんだ。
あの程度では傷一つ付けることは出来ないだろう。

そんなこんなで始業時間が近づいてきたので、俺達は各々に離散しあるべき場所へ歩き出した。
………教室へ。

再び廊下を歩く。
道中、新しいパックの封入率とか、ネクガは何枚だとか、サーヴィが公民を教えているのだとか、色々姉ちゃんが話を振ってくれたのだが、
胸中は穏やかではなかった。

不安。
一度決意したとはいえ、実行までの間が空いてしまうと人間とは熱意を失うものだ。
鉄は熱いうちに打て。

…姉ちゃんが、家にやって来た日を思い出した。

生返事ばかりで、姉ちゃんの説得を聞き流していたばかりのあの夕方。

早く終わらないか。
目すら合わさず、ただぼーっと時計を見つめていた俺。
突然、胸倉を掴まれ、目を見据えられた。

必然的に俺も姉ちゃんの目を見ることになる。
五年振りに見た姉ちゃんの涙、そして、

「逃げるな」

その言葉は、姉ちゃんが出て行ってしまった後もずっと俺の中を反響していた。

…確かに俺は、逃げていたかっただけなのかもしれない。
辛いことから目を背けて、嫌いだからと拒絶して、自分だけの世界に逃げ込んでいたのだ。
誰にも干渉せず、誰からも干渉されない、一人の世界。
そうすれば、誰も傷付かない。誰も傷つけない。
故にそのアンチたる学校という組織を憎悪していた。

けど、現実は違った。
一番泣かせたくない人を、俺は泣かせていたのだ。
その事実に気付いた俺は、

変わりたい


強く、願った。


姉ちゃんの足が止まる。
二年オシリス組。ここが俺の転入するクラスだ。
窓から見通す世界は、前の学校と同じように、騒がしく、楽しそうに馴れ合う同世代の人間達で埋め尽くされていた。
少し差異を述べるなら…当たり前の様にデュエルが行われていることだろう。

再び、不安が走る。
俺は本当にうまくやっていけるのか。
また、一人になってしまうのではないか。

恐怖にも似た、深い深い猜疑の海。

逃げたい。
…でも逃げたくない。

「けーちゃんなら、できるよ」

姉ちゃんが笑ってくれる。
そう、大丈夫だ。

自分の手で、扉を開く。
喧噪が止まり、視線が俺に殺到する。
好奇。されど、それに悪意は無く。

深呼吸。

大丈夫だ、いける。
何度も何度も自分に言い聞かせ、俺は自らの足を新しい世界へと踏み入れた。

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最終更新:2009年12月20日 17:54
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