姉ちゃんが教卓にたどり着く。
「はい、みんな席着いてー!ほら鉄槌カード仕舞いなさい!」
「うー…」
「後てぃるてぃる先生は自分のクラスに帰ってください」
「……みなちんまたあとで」
「二度と来んなし!」
再びざわめき立ち、あるべき形へと教室の中が修正されて行く。
机の上は片付けられ、己が席に戻って行く。
その中でも俺への注目は失われない。
口々に「あれが姉御の弟かー」「うほっ…いい男…」との感想が聞こえる。
…後者は聞こえなかったことにしたかったけど。
仮り染めの沈黙が教室を支配したところで、真の主たる姉ちゃんが口を開いた。
「はい、それじゃあ委員長号令ー」
「起立!気をつけ!」
委員長、と呼ばれた少年が高らかに叫ぶ。
セオリー通りならこの後礼がかかるはずだ。
俺も頭を下げるべきかな、と思案していたら。
え。
「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!」
な…
「「「超!エキサイティン!」」」
「3Dアクションゲーム!バトルドーム!」
これは…バトルドームのCM!?
このシンクロ率はいったいなんなんだ…っていうかこんな馬鹿げた号令をさせる教師なんて…
「ツクダオリジナルから!」
…姉ちゃんなら、有り得た。
そういえば、この掛け合いの時必ず姉ちゃんが「ツクダオリジナルから!」を担当してたんだよな。
それで、俺が…
「ドラえもん バトルドームも出たぁ!」
「…!」
「…!!」
…あ。
…やってしまった。
つい昔の癖で二の句を継いでしまった…思わず口をつぐんでももう遅い…。
初日からいきなりやらかしてしまうなんて、今日は厄日ではなかろうか。
恥辱に朱く染まる俺を迎えたのは嘲笑の声ではなくて、
「…やるネェ」
「流石姉御の弟ですね!」
「俺の台詞とんなよ転入生っ」
賛美の声だった。
…どういうことなんだ?
予想外の展開に頭が回らない中、姉ちゃんが柏手と共に収拾を試みた。
「はいはい、みんな静かにー!転入生を紹介するよー!」
三度静寂。
姉ちゃんが振り返り、黒板に俺の名前を書いていく。
…。
………それ、あだ名じゃないか…。
「今日から皆とエキサイティンするべぇず君です。ほら、けーちゃん挨拶して」
姉ちゃんに促されたので、渋々、いや、姉ちゃんの手前故にしっかりと挨拶をしよう…そう思った。
「えと…べぇずです。よろしくお願いします」
頭を下げる。
「よろしくー!」
「よろしゅうなぁー!」
故に、歓迎の証を聴覚のみで受け取る。
顔が見たくないわけじゃなかった。
それでも、この声に嘘は無いと信じられた。
姉ちゃん、言ってたもんな。
バトルドーム好きな人に悪い人はいないって。
「それじゃあ席は…先生の隣にする?」
それは遠慮したい。
「冗談冗談。ねうろんの隣が空いてるからそこに座ってー」
台詞を取られた、と嘆いた少年の隣の空席へ俺をシュゥゥゥーッ!!する……聞かなかったことにしてくれ。
たどり着くと、ねうろん、と呼ばれた彼は快く俺を迎えてくれた。
「俺はneuron。よろしくな、べぇず」
「あ、ああ、よろしく」
いきなり同じ目線で話し掛けられてどぎまぎしたが、なんとか相応の返答をすることができた。
こいつとなら友達になれるかもしれない。直感的にそう思った。
「にしてもたまげたなぁ…ドラえもんは俺の専売だったのに」
「あ、ごめん…」
「謝るなよ。あれは一つの競争なんだからさ」
明日は負けないぜ、とねうろんは笑った。
マツジュンに似てるなぁ、と思った。
「出席とるよー。あおあおー」
「こんばっぱー」
「今水やりしてまーす」
「あいよー…単位相殺っと…紅蓮ー」
「おめでとう」
「じょんじょーん」
「はぁい」
「真剣ー」
「欠席でーす」
「TDNー」
「Fuck you」
「ちゅるやーん」
「( ^ω^)」
「ちてっつーい」
「うー…ち?」
「ねうろーん」
「何がクニだよ!」
「べぇずー」
…普通に返事すべきか、これ。
「はい」
「べぇずー」
…あれ、やり直し?
姉ちゃんがこっちを見てる。…そういえば朝、挨拶はこうしろって…。
…言えと申しますか。
言えと申しますか、姉ちゃん。
「べぇずー?休みー?」
「…姉ちゃんは俺の嫁」
「ワンモアセッ!」
「姉ちゃんは俺の嫁!」
「ヒャッハー!…いるならちゃんと返事しなさい」
「…すみません」
羞恥心は誰にでもあると思う。実際、俺にはある。さっきも感じたし、今この時も身を捩りたいほど実感してる。
唯悲しいかな…姉ちゃんにはそんなものは備わっていないのだった。
「みなつーん」
「ぅい!」
「レイレイー」
「それロン!」
「れいじー」
「うん、あややと真剣以外は全員いるね!」
「姉御ー、ゆて吉忘れてるお」
「え?ゆてぃってこのクラスだったっけ?」
「…なんで僕ばっかり…」
「ゆてぃいたんだ」
「くーさん…目の前の生徒に向かってそれはひどいです…」
…正直、俺さえも存在に気づけなかった。
「ま、それはそれとして。一時間目は伊吹先生だからみんな授業に遅れて行くように。HRおわりっ!」
「「エキサイティン!」」
掛け声と共に、この場はお開きになった。
当然のようにゆてぃと呼ばれた彼は出欠を取られることはなかった。彼なら仕方ない。なんとなくそう思えた。
前の学校では着替えは部室等か教室で行っていたが、この学校も例に漏れぬようで、うら若き肉体を白日の下に晒してる男子が数多く見られた。
…断っておくが俺はゲイではない。
姉ちゃんに渡されたサブバックから中身を取り出す。新品の体操服に着替えると、制服とは違う開放感が心地よかった。
同じくねうろんが着替え終わるのを待っていると、他の生徒がデッキケースをポケットに下げ教室から出て行くのが見受けられた。
「…なぁ、ねうろん」
「ん?」
「次体育なのに…デッキ持ってくのか?」
「何言ってんだべぇず、デュエリストたるものいつでも決闘に応じられる姿勢でいるのは当然じゃないか」
…当然、と言われた。
姉ちゃんから「遊戯王ありきの学校」と聞かされていたが、…軽くカルチャーショックを受けた。
全く、変な学校だなと思う。
変な学校、だけれど。
「ねうろんはどんなデッキ使ってるんだ?」
「俺か?俺は忍者さ。忍者かっこいいぜ忍者」
「忍者か…手裏剣も入れてる?」
「当然だろ」
こうやって日常的に遊戯王の話が出来るのは楽しいかもしれない。
皆と同じように、俺はポケットにデッキケースを刺してみた。
…動きにくそうだな、と思った。
最終更新:2009年12月20日 23:42