「…遅い!5分遅刻だぞお前ら!」
グラウンドにて出て来た俺達を迎えたのは、実は何気に二回目の登場伊吹先生。
副校長という肩書き不相応の若さが見えるが、悲しいかな、その顔には微妙に皺がのぞかせている。
気苦労が多いのだろうか…まぁ、教師の皆様が姉ちゃんみたいのだったら過労死するに違いないのだけれど。
「またオシリス組か…少しは時間を守ろうという気概はないのか?」
「いえ伊吹先生、僕達は担任の意向に従ったまでです」
はぁ…と頭を抱える副校長。
姉ちゃんに関わった時点でその人の平穏は終わってるのである。
「…まぁいい。いつも通り体操からサーキットトレーニング。後はスポーツテストの練習をするように」
「「うーい」」
「あと転入生はちょっとこっちに来い」
む、何故か呼ばれた。
横にいた
ねうろんがすっと俺に耳打ちをする。
「(まさか…あの人とは初めて会った訳だし)」
乗っていたバイクが当人の車に突撃したなど口が裂けても言えない。
…もしや、賠償請求をされるのだろうか。こういうのって同乗者にも過失が及…
…と考えた所で、後ろから肩を叩かれた。
振り返ってみると、少し大人しそうなクラスメイトが俺にボールペン?を差し出していた。
確かこいつは、出欠の時に一番最初に名前を呼ばれていた…
「私は蒼。それよりもこれを…」
持って行け、と言うことなのだろうか。
そんなボールペンなんて余るほど持っている。
それでも何か意図があるのだろうと受け取り、手慰みに軽く頭頂部を押してみる。
バチッと何かを弾くような音と共に、雷が走った。
俺の知らない間にボールペンは電流を出せるようになっていたのかー。
……いや、おかしいだろ。
素直な疑問を蒼にぶつけようとすると、彼は親指を立ててこう言った。
「ボールペン型スタンガンだ。何かされそうになったら使ってくれ」
…何されるんだ。
俺何されるんだ!?
「どうした転入生、早く来なさい」
副校長が俺を呼ぶ。
仕方ない、腹をくくるしかないようだ。
かなり気持ちは後ろ向きに、俺は名を呼ぶ声へと走って行った。
「ヒャッハァー!自由時間だァー!」
「サッカーしようぜサッカー!」
グラウンドから聞こえる、クラスメイト達の声。
…俺も混ぜてくれ、今ならそう素直に言えそうな気がするのに。
伊吹先生の後ろを着いて行くと、上履きに履き換えて来るように言われた。
誰も使ってない教室にシュゥゥゥーッ!!されるのかと思ったら、
「転入してきたばかりだから、副校長の俺が直々に校内を紹介してあげよう。副校長だからな!」
とのことだった。
やさしいな流石副校長優しい。
その副校長様に先導されて校舎を歩く。
ここで軽く大和学園の校舎の大まかな構図を説明しておこう。
建物は大きく分けて三つ。
一つはA棟。3階建て。
俺の教室があるのもこの棟で、一階に一年、二階に二年と序列的に階が上がって行くようだ。
続いて、B棟。こちらは四階建て。
職員室や音楽室、化学実験室等は全てこの中に設置されている。
連続的に授業がB棟で行われることもあるので、鞄を携帯しつつ休み時間を闊歩することになるのは確かに珍しいかもしれない。
そして最後に冒頭で触れた体育館。
デカイ。とにかくデカイ。
以上。
B棟から体育館へと続く連絡通路を歩いていると、伊吹副校長が話し掛けてきた。
「…変わってると思わないか、教育に遊戯王を取り組むなんて」
「それは、まぁ…」
戸惑うのは無理もない、とぶんめいと呼ばれた男は言う。
何やら講釈を始めたので、俺は適当に馬の耳を展開する。
東風って「こち」って読むらしい。
通路から望む景色からは銀杏とおぼしき大木が数本見受けられた。
秋になると大変だろうな、とふと何気なく校舎を見上げると…
「…?」
二階の窓越しにこちらを見ている、女子制服を着た人の姿が目に留まった。
今は授業中のはずなのに、廊下から俺を見下ろすその存在は明らかに異端で。
しかし見覚えのある容姿だった。
あれは、朝……
「……ねぇ聞いてる?無視?また無視なの?」
伊吹先生の声に、俺は意識を戻される。
「は、はい…聞いてますよ」
「ならいいんだが…それで、俺はムーチョムーチョ…」
…再び、校舎を見る。
しかし既に少女の姿は無く。授業中の校舎に相応しい人気無さに包まれていた。
…あの子は、一体。
他に気にすることが無くなったので、真剣に伊吹先生の話へと集中することにした。
「…やはりおかしいと思うだろう、遊戯王を教育に取り組むなんて」
「それは…まぁ」
たかが遊びの道具を教育現場に基幹として導入するなんて、それこそ天地がひっくり返るようなことだと思う。
伊吹先生は続けた。
アース校長の理想。熱意。野心。そして、具現。
「確かべぇずと言ったな。人間が生きて行く為に最も必要なことは何かわかるか?」
「…なんですか」
「それは、約束を守ることだ」
「…約束」
そう、と伊吹先生は頷く。
「例えば俺達がデュエルを始めたとする。俺の先攻、だが俺の手札は7枚…お前ならどうする?」
「どうする…って…手札が一枚多いと指摘しますけど」
「何故?」
「なぜって…ルールじゃないですか、最初の手札は五枚って」
その通り、と伊吹先生は言う。
何を当たり前のことをおっしゃるのか。
「逆にべぇず。お前自身の手札が六枚だったとしたら、お前はどうする?」
「…先生に申告して、もう一度やり直すように謝ります」
「何故?」
「…ルールですから」
「その通りだ」
この人は何を言いたいんだろう。
そう思っていると、いつの間にか体育館の前に着いていた。
靴を脱ぎ、靴下のまま通路を歩く。
「この世は色々な約束事に満ちている。法律、制令、、この場に於いては校則、果ては対人間における些細な決まり事もそうだ」
「…はぁ」
「その約束を守らないと人はどうなる?法律では罰せられる。制令では制裁を受ける。校則では…教職者が進んで言うことではないが、退学という処罰も辞さない」
「…」
「対人間では最も悲しい末路を迎える…『信頼を失う』ってことだ」
鍵を取り出し、鉄扉を開く。
電気を付けていない為、最初は唯広いだけの屋内運動場に思えた。
点滅。
視界が開かれる。
広がった光景に、俺は思わず息を呑んだ。
「ぅわ…」
そこには、見渡す限りに設置された机と椅子。
そして、フィールドシート。
「大和学園自慢の闘技場だ。二三階はぶちぬきで運動場になってるけどね」
伊吹先生が自慢げに言う。
だがその気持ちもわからないでもないが…。
ここまで、やるか。
茫然としていた俺を尻目に、近くの一席に座った伊吹先生は続ける。
「俺はさっきデュエルを例に上げたな。…実際、遊戯王には様々な約束事が内包しているだろう。基本ルールやカード特有のルール…制限カードなど…それを守らなければ当然、敗北が与えられる」
「それは、まぁ」
「俺はこう思う。遊戯王を極めることは、人生を極めることに等しいと」
…とんでもないこと言い出した。
しかし。
とんでもないことと思えながら、何故俺は耳を背けないのだろう?
「勝つ為に努力することも、人脈を広げることも、全て。一つのデッキの為に心血を注ぐ。それはそれはとても素晴らしいことじゃないか?」
故に俺達は遊戯王を通じて、君達を教育する。
そう、言い切った。
…ばかげてる。
デッキの携帯を命じたり、時間割に堂々と「決闘」の二文字が記されていたり。
果てはこんな施設まで作っていて。
なんて、ばかげて。
楽しそうな学校なんだ。
「…さて、話は変わるが」
伊吹先生が再び空気を変える。
その眼はまるで少年のようだった。
「俺は純粋にお前に興味を持った。くーら先生はともかく、あのサーヴィがお前の転入を要求をしてきた…ということは、だ」
強いんだろう?
そう、言われた。
「…試してみますか?」
「当然だ。その為にここに案内してきたんだからな」
ハハハ、と笑う、一人のデュエリストがそこにいた。
ならば。
俺も、デュエリストになることにしよう。
対面に座る。
俺の真の学校生活が、始まろうとしていた。
最終更新:2009年12月20日 23:40