目を閉じて、神経を研ぎ澄ませる。
あまり処世術が発達していない俺に限ったことでは無いと思うが、初対面の人間とデュエルする時はどうしてこうも緊張するのだろうか。
「おい、デュエルしろよ」などとあっさり言えてしまう甲殻類がうらやましい。
ゆっくりと、目を開く。
緊張は抜けない。
ぎこちない挙動でデッキケースからカードを取り出す俺を見かねてか、伊吹先生が苦笑混じりに話し掛ける。
「そんなに肩に力を入れるな。別に何も賭けてるわけじゃないんだから」
「…はい」
この緊張の理由が、単に初顔合わせによるものではない、というのは自分でもわかっていた。
…先程伊吹先生が言っていた、サーヴィと姉ちゃんが俺を推薦したという事実。
もしここで負けたら、二人の想いに背いてしまうような気がして。
軽く頬を叩く。
「けーちゃんなら出来る」
そうだ。
大丈夫、俺なら出来る。
メインとエクストラを分け、デッキを差し出し、伊吹先生にカットを要求する。
同じく差し出された山札を三つに分けた後、異なる手順で一つの山に戻す。
その過程の中で、右手に感じた重厚感と滑らかさ。
一体何重にスリーブが施されているのだろう。
…別にオカルト的な感性はないのだけれど、何となく、何となくだが、このデッキは持ち主にとても愛されている…そんな気がした。
デッキを返却し、所定の位置に設置する。
先攻後攻はじゃんけんによって決めるというぶんめ…基、副校長の提案に従い俺は手を紙の形に模した。
対して伊吹先生は鋏。先攻を選択してきた。
「先生、手札は五枚からですからね?」
「…当然だ。では」
「ええ」
互いに、礼。
決闘が始まった。
「俺のターン、ドロー」
伊吹先生が慣れた手つきでデッキから一枚ドローする。
丁寧にフェイズ移行を宣言しつつ、メインフェイズ1。
「俺はローンファイア・ブロッサムを召喚する」
手札から切り下ろされたのは、植物族強化の一因となった一枚。
見咎める間もなく、それは自らを贄として墓地へ消える。
伊吹先生がデッキを手に取り、再びロンファをフィールドから墓地へ送っていく。
この作業に入るとこちらとしては激しく暇なので、他愛のない会話でも振ってみることにした。
「植物…ですか?」
「ん?ああ。この展開力が好きでね…昔から愛用してるんだ」
「昔って…」
ローンファイア・ブロッサムやあの大型モンスターが出てきたのは、つい最近のことじゃないか。
疑問に眉を潜める俺に、伊吹先生は語る。
黎明期より、遊戯王の世界では様々なジャンルのデッキが確立されていった。
ドラゴン族、戦士族、アンデット族、機械族…強力なカードや有力なサポートカードが編み出されることによって、それらの種族は時代と共に覇を競い合って行った。
だが。
植物に代表されるマイナー種族は、そのような厚遇が許されなかった。
曖昧な全体強化や忘れた頃に出てくるクズカードのみで、明らかな差別を受け続けていたのだ。
長きにわたる、デザイナーからの弾圧。
純粋に「植物族」を愛していた伊吹先生も、一時期諦めかけた時期があったという。
しかし。
ギガプラントの出現。
そして何より、海外からの新規カード「ローンファイア・ブロッサム」により一転、植物は強化の一路を辿る。
圧倒的な展開力、そして回転。
一躍植物族は種族デッキの中で頂点を争えるほどに進化したのだ。
信じつづけることは確かに難しい、先生は言う。
けれど。
「信じ続けた者にのみ、報いの福音は訪れるんだ。見せよう、俺の福音…切り札を」
伊吹先生がデッキから一枚の植物族モンスターを特殊召喚する。
それは、植物族で最も華麗で、最強の攻撃力を有したカード。
「椿姫ティタニアルを特殊召喚」
一枚の手札消費で攻撃力2800のモンスターを展開する。
植物族なら、それができるのだ。
「俺はこのままターンエンド…さぁ、お前のターンだ」
俺にターンが渡る。
ドロー。慌てることはない。
サーヴィは言ってくれた。「べぇずがべぇずらしくあれば負けないよ」、と。
メインフェイズに入る。
「Dドローを発動。手札からドレッドガイを捨て、2枚ドローします」
「ほう、D-HEROか…構わん、続けてくれ」
了承を受け、手札を交換する作業に入る。
強さが数値として優劣を競う遊戯王の世界に於いて、相手を屠るにはどうすればいいか。
簡単なことだ。
よりデカイ数字を持ったモンスターを出せばいい。
「エマージェンシーコールを発動。デッキからエアーマンを召喚し、さらにデッキからドグマガイを手札に加えます」
そして。
「手札から沼地を捨てて融合を手札に…続けて融合を発動」
俺の切り札の攻撃力は、ティタニアルを凌駕する。
「手札からBloo-Dとドグマガイを墓地へ送り…」
エクストラを裏返す。
一番下に眠りし紫枠のカードに、俺は心の中で呟く。
(……行くぞ、相棒)
「Dragoon D-ENDを攻撃表示で融合召喚します!」
最強のDを、俺は呼び寄せた。
どうだ、と言わんばかりに伊吹先生へ目を向ける。
しかし彼に動じた様子は全く見られなかった。
正に冷静という言葉が相応しい眼。
すでに次のターンの戦略を練っているのだろうか。
ここでD-ENDの効果を使った所でティタニアルに潰されるだけ。
ならば普通に攻撃するべきだ。
「バトルフェイズ。D-ENDでティタニアルに攻撃」
「了解だ…200ダメージだな」
「エアーマンでダイレクト」
「1800ダメージ、残り6000…何も無いぞ」
トラゴーズは無いと言うことか。
特に伏せる物が無いので、俺はターンを先生に渡すことにした。
「中々に強力なモンスターを喚んできたな」
「…ありがとうございます?」
「……それでこそ、倒しがいがあると言うものさ」
何やら挑戦的な台詞を吐きつつ、伊吹先生のターン。
ドローしたカードを手札に加えた後、メインフェイズへ突入。
「俺は手札より増草剤を発動する。対象はローンファイア・ブロッサム」
墓地より蘇り、直ぐさま墓地に舞い戻る基軸。
再び椿姫とあいまみえることになるかと思いきや、デッキより飛び出してきたのは植物唯一のデュアルモンスター。
「ギガプラントを特殊召喚だ」
帝と同じ攻撃力を有する、禍しき風貌を持ったカード。
しかし増草剤の効果で通常召喚を封じられている今、その真価は発揮出来ないはず…
「再召喚出来ない今はあまり怖くない…そう思っているな、
べぇず?」
思っていた事を言い当てられ、少し動揺する俺。
俺の反応にニヤリとした先生は、ギガプラントにある装備魔法を装備する事で答えた。
…あれは…スーペルヴィス!?
「そうだ。こいつを装備したモンスターは再度召喚された状態になる…ギガプラントの効果発動!」
墓地より再び返り咲く妖花。
そして絢爛の椿姫が再び、伊吹先生の場に開いた。
「更に俺はもう一枚増草剤を発動…対象は…ティタニアルにしておくか」
もう一輪、花が開く。
ロンファからではないと言うことは…デッキにはもう存在しないのだろうか?
…落ち着け、俺。
いくらモンスターが並んだ所で、D-ENDを倒すことは出来ない。
そう楽観できたのは、椿姫にある装備魔法が装備されるまでの数秒間。
「団結の力を発動…これでティタニアルの攻撃力は5200にアップする」
「なん…だと…」
一枚のカードでフィールドは簡単にひっくり返る。
制限カードは、伊達ではない。
「団結とは集団に於いて何よりも大切なことだ。…このように不可能を可能とする。さぁ、バトルだ!」
ティタニアルの攻撃。
あえなくD-ENDが倒れ、2200のダメージが発生する。
さらに、もう一体のティタニアルの追撃。エアーマンは崩れ去り、俺に1000のダメージ。
そして、ギガプラントのダイレクトアタック…俺のライフポイントは既に半分を切り、2400まで削られてしまった。
…ヤバイ。植物、ヤバイ。
「ターンエンドだ」
いくらD-ENDの効果が強力とは言え、このフィールド状況はいささかキツイ。
…けど。
「ほぅ…まだ笑う余裕があるのか?」
「ええ…先生、俺楽しくなってきました」
久々に感じる、この高揚感。
サーヴィや姉ちゃんとデュエルしている時のような、…デュエリストの血という奴が燃えているという感じか。
…我ながらおかしなことを言ってるなぁ、とは思うけど。
「それでこそ、ウチの生徒だ」
ならば、かかってこい。
伊吹先生の声に応える様に、俺は勢いよくカードをドローした。
最終更新:2009年12月22日 03:01