「はぁ……疲れたぁ…」
本日最後の授業、国語を潜り抜けた俺はぐったりと机に身体を預けた。
…本当に、疲れた。
一日を振り返ってみる。
体育はまぁ、言わずもがな。
英語は姉ちゃんの担当ということで、嫌な予感しかしていなかったが…やはりというかなんというか。
「次、べぇず読んで」
「べぇず、お姉ちゃんへの愛を30字以内で訳して」
ずっと俺のターン。
履修が遅れている俺の為を思って、とおっしゃっていたが…あまり英語が得意ではない俺にとってはまさに拷問といって遜色なかった。
その次の数学は少し興味が持てる内容だったので救いはあった。
複雑な確率の分野を、羽生…もといペパ先生はデッキの構築方法を交えて解りやすく説明してくれていた。
…ただ、やたら不死武士をプッシュしてたのが気になったけど。
昼休みを挟んで、化学の授業。
本日最大の異変はここで起きた。
白衣を着たいかにもやる気のなさそうな教室に入って来たかと思えば、俺達に物理の問題集を解く様に命じたのだ。
おかしい。
確か4時間目は化学のはずなのに…。
しかしクラスメイトはみな教卓で睡眠に突入したその謎の男を咎めることなく、各々にデュエルを開始していた。
……あれ、おかしいのってもしかして俺だけなのか?
寸刻の後教室に飛び込んできたのは、同じ白衣を着たこちらはやる気に満ちた教師とおぼしき男性。
間もなく、謎の男を含めたスーパー説教タイムが始まっていた。
…後に
ねうろんから聞いたが、最初に教室へ入って来た人は
ケロたんという、やる気の無さに定評のある物理教師。
時間割をろくに把握していないらしく、先程みたいなことは稀によくあるらしい。どっちだ。
その次に教室に入って来た人はつかっち先生、当校の化学教師。
とにかく真面目な性格な為、ルーズのキワミであるケロたん先生とは水と油……なのは一時間にも及ぶ説教で身に染みるほど理解出来た。
極め付けは、国語。
貴族のような出で立ちの男が入って来たと思えば、
「私はエリオス。転入生のべぇず君の為に、幼女の魅力を伝えよう」
と豪語。
以下、ずっと幼女のターン。
幼女。幼女。幼女。幼女。幼女。
…軽く、覚醒しそうになったが。
「べぇず大丈夫かー?」
隣からねうろんの声が聞こえる。
まるで先刻の物理教師のように突っ伏した俺は、声だけで生存意志をを示す。
「…こんなにハードだとは思わなかった」
「ハハハ、何気にうちは文武両道を押し出してるからな…いや、遊戯王も入ってるから三道か」
「ねうろんは疲れてないのか…」
「ああ。…My SWEET BOYからエネルギーを貰ってるからな…」
何故か背中がゾクっとしたけど多分気のせいだ。
気のせいに違いない。
「それよりも、だ。放課後暇か?紅蓮や鉄槌誘ってカラオケにでも行こうと思ってるんだけど」
カラオケか。
最後に歌ったのはいつ頃だろう…姉ちゃんやサーヴィと一緒に気晴らしに行って以来かもしれない。
歌うことはそれほど嫌いでもないし、交友を深める意味でもその誘いには乗りたかったのだが。
「悪いねうろん…校長先生んとこに挨拶に行かなきゃなんないんだ…また今度でいいか?」
「それなら仕方ないな。安心しろ、…俺はいつまでもお前の返事を待ってるからな」
深い意味は無いと信じたい。
姉ちゃんが教室に入って来た。帰りのSHRが始まるらしい。
「はーい、レイレイ挨拶ー」
「起立ー。レイー」
そんなこんなで放課後。
姉ちゃんと再びB棟を歩く。校長室は三階の一角にあるとのこと、未知のエリアを歩いているとみょんに緊張する。
「なぁ姉ちゃん、校長ってどんな人なんだ?」
伊吹先生の話によると大和学園を立ち上げたすごい人というのはわかったが、イマイチその人柄というのは掴めていなかった。
姉ちゃんは少し考える素振りを見せた後、アース校長の人となりを話してくれた。
いわく、サーヴィすら歯が立たないほど強く。
いわく、初の国内プロリーグ発足に携わり。
いわく、姉ちゃんすら頭の上がらない…あれ?だいちゃんとか言ってなかったっけ。
要約すると、「とにかくすっごい人」らしい。
そんな人に俺は今から会いに行くのか…緊張がより高まって行くのを感じる。
ガチガチに固まって行く俺を見て姉ちゃんは笑って言う。
「だいじょーぶだよ、そんなに硬くならなくても。すぐ仲良くなれるって」
友達になりに行く訳じゃあるまいし。
しばらくすると、廊下の突き当たりに到着。
荘厳な扉に象られた、校長室の文字。
緊張が最大へ到達した俺を尻目に、姉ちゃんは無造作にドアを蹴る。
「だいちゃーん?いるー?」
「姐さんか?入っていいよー」
返された声に俺は目を丸くする…あ、姐さん?
姉ちゃんって確か今年で2(キャッキャウフフムーチョムーチョ)だったはず。…まさか、姉ちゃんより年下ってことなのか?
姉ちゃんが扉を開く。
「お邪魔しまーす。ほら、けーちゃん入りなよ」
「え、あ、し、失礼します!」
赤いカーペットに敷き詰められた部屋へ足を踏み入れる。
いかにも、偉い人の部屋という空気を全身から感じた。
中央のテーブルに目を向けると、そこには精悍な顔つきをした一人の男性。
俺の存在に気付いたようで、顔だけこちらに向け、
「悪いな、今デュエル中なんだ…少し待っててくれ」
と言った。
小さく頷き、テーブルの反対側に目を向ける。女の子が座っていた。
その緋目の少女は急かすように言う。
…ん、緋目?
「早くして。だいちゃんのターンよ」
「とと、すまんすまん。あ、姐さんお茶用意してくれるか?」
「はいよー。そこのお嬢様は何にします?」
「アールグレイはあるかしら、おばさん」
「おばさん…だと…」
…この透き通るような声は、朝聞いたような気がする。
もしかして。
「君は…」
思わず口に出してしまった。
俺の声に気付いた少女がこちらをを向き、妖艶な笑みを見せた。
「…あら、あなたは…へぇ、こういう運命なのね、私達は」
運命。
彼女が言う運命の意味を、この時の俺は知る由も無く。
ただこの再会がその運命によるものだと、俺は少なからず悟っていた。
時が動き出す刻は、今。
最終更新:2009年12月23日 03:00